(今日のコトバ)
肩書きを捨てても、ただ者でない人になろう。
社会で生きていく上で、
肩書きは必要だ。
偉い、偉くないではなく、
どこのポジションに自分がいるかを伝えやすい。
ただ、この肩書きの上にあぐらをかく人がいる。
「自分は、部長だ、わかっているな」
「自分は、社長だから、君らに意見されたくない」等々。
肩書きで相手を威圧する人がいる。
競争社会の中で、より高いポジションにいるのだから、
ある程度、努力はしたのかもしれない。
だが、この肩書きが人生のポジションではない。
生きていく上で、サバイバル術に長けている。
腕力があって、他人が困っている時に、力で支えてあげられる、等々。
人間として優れた機能を持っている方が、
生きるために役立つかもしれない。
記憶力や学習能力が優れている人も、
社会に貢献できることがたくさんある。
人間の評価は多面的だ。
その中で、肩書きという、漠然としているのに、
社会の階級をつくってしまうもので評価するのは、
正しいとはいえない。
もっといえば、この肩書きに負けない能力を持つことが
できる人生を自分でつくるべきでもある。
人は、評価を気にして生きている。
であるなら、肩書きという変動する評価ではなく、
不変の評価をつくって生きていくべきではないだろうか。
自分は自分でしかない。
自分の人間としての能力が優れていることが、
ほんとうに自分を活かし、自分を守ってくれるのだ。
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