生きた時間を生きる

(今日のコトバ)

 

生きていることを過保護にすると、

生きた時間は生まれない。

 

 

 

ただ漠然と生きている。

ただ時間だけが流れる。

ただ食べて、ただ寝て、

ただPC・スマホをみるだけ。

仕事をしていたり、

学校へ行っていたり、

それ以外の何かをしている人もいるだろう。

だが、その時間に何かの成長があるかというと、何もない。

毎日のルーティーンを繰り返すだけ。

同じ時間が繰り返すだけ。

そんな気持ちで生きている人はいないだろうか。

時間が生きていない生き方。

時間に過保護にされている生き方。

そんな生き方に流されていくと、

人生はどんどん小さくなる。

自分自身がどんどん小さくなる。

昔、思い描いた夢が遥か遠くへ消えていく。

できれば、そんな人生でなく、

もっと進化していく人生にしたい。

そう思うなら、生きた時間をつくるべきだ。

生きた時間とは、目標をつくって、

その達成のために前進していくこと。

時間の長さの問題ではない。

短くても、長くてもいい。

とにかく、時間の中で精一杯生きる。

目標に向かって着実にステップしていく。

それが、生きた時間を生きることになるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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動く!

(今日のコトバ)

 

動けばわかる。

もっと明るい道がわかる。

動くのだ。

 

 

 

 

悩んでしまう。

困ってしまう。

考え込んでしまう。

袋小路に入ってしまうと、

人は心も体も動くことをやめてしまう。

その時間が長く続くと、

暗い気持ちが支配しはじめる。

良くない状況に陥っていく。

問題は様々だから、

すべてを解決する名案があるわけではない。

ただ、いえることは、

自分自身の行動が止まってしまっているということ。

簡単にいうと、動かなくなっている。

そこに大きな原因があるのは間違いない。

精神的にダイナミックに動く気がしないのはわかる。

だが、心を鬼にしてでも動く。

無闇でいい。無鉄砲でいい。

とにかく動きまわる。

動いていれば、解決策かは別として何かは見つける。

その見つけた何かは、

何かのヒントになる可能性がある。

さらに、動くことは、

心身ともに動かすことになる。

心身共に活性化して、

いい発想が思いつくこともある。

だから、まず、動くのだ。

動けば、何かが見えてくる。

何かが捉えられる。

どんな方法があるか、

どんな道があるかわかる。

止まっている状況を打破するために、

動き出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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挑戦することで進化する

(今日のコトバ)

 

勝利も、敗北も、前進という進歩がある。

 

 

 

勝ちもある、負けもある、

引き分けもあって、人生は進んでいく。

結果によって、悔しかったり、悲しかったり、

辛くなったりするけれど、

どの結果であれ、挑戦した経験は、

人生において前進になる。

挑戦することは、それだけで、

もっと高いところへ駆け上がろうとすること。

切磋琢磨して、目標に向かうのだから、

冷静に考えてみると、

確実に進歩しているともいえる。

つまり、挑戦を続けることは、前進、進歩につながる。

とすれば、挑戦を続ける人は、

前進、進歩し続ける人になる。

まわりを見ていても、

いつも目標を持って何かに挑んでいる人は、

着実に前進している。

いま、自分の成長に疑問符を持つなら、

目標をつくり、目標に向かって挑戦すると決めて生きよう。

目標があれば、到達するまで、

挑戦することは自然に見えてくる。

その道を懸命に走り続ける。

挑戦し続ける。

人は、挑戦することで進化するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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歩き出すためのエンジン

(今日のコトバ)

 

失望は絶望と手を組んで壁をつくるから、

希望は野望と手を組んでも壁を突破するんだ。

 

 

 

一つの失望で全人生が終わるような気になることがある。

特に、人生の大一番を賭けた挑戦に失敗すると、

立ち直るまでに時間がかかる。

何をどうしていいかわからなくて、

抜け殻の状態が続いたりする。

時に、時間が解決してくれることもあるので、

ゆっくり治癒できるなら、それもいい。

だが、どうしても失望状態から抜け出せない時は、

どうすればいいだろう。

時間以外の有効な手立てはあるだろうか。

一つある。それは、希望を持つということ。

漠然とした希望ではなく、

何とか手にできる希望、

何とか手にしなくてはいけない希望を持つ。

もっといえば野望でも、欲望でもいい。

とにかく、前を向いて歩きだすエンジンになるもの。

その燃料になる具体的な目標を持つ。

抜け殻状態になってしまうと、

立ち直るまではきつい。

ただ、復活劇は希望が見えるところからはじまる。

自分がどうしても手に入れたいものを、

もう一度考えて、歩き出す。

希望、野望、欲望、なんでもいい。

その気持ちになることが、

復活のはじまり。

立ち直るために、

あらゆる望みを総動員するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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自分から行く

(今日のコトバ)

 

指をくわえて待っていると、

順番が知らん顔して素通りしていく。

 

 

 

 

待っていると、

自分のところではないどこかへ

行ってしまうことがある。

じっとしていれば、あるいは、怠慢で、

待っている。

自分のところへ来ると信じている。

だか、結果は自分のところへ来なかった。

そういう経験は多少なりともあるだろう。

待っている。

時に大切なこともある。

ただ、待っているという行為は、

あくまでも受け身。

ほとんど相手まかせで、

その結果は相手にゆだねているといっていい。

では、どうするか。

正攻法だが、もっも確率の高いものは、

自分から動くということ。

待っていない。

どんどん自分から行く。

会いに行く。奪いに行く。売り込みに行く等。

待っていることより、

よほど確率は高くなる。

わかっているが、

できない人は大勢いる。

もし、いま、待ちの姿勢、受けの体制なら、

自分から動いてみよう。

それだけで、

自分が捉えられるチャンスが

まったく変わる。

人生は、大きく変わる。

とにかく、一歩踏み出してみるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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飢えは気持ちの勝負師にする

(今日のコトバ)

 

気持ちで勝つためには、人生が飢えなければならない。

 

 

 

「最後は、気持ちの勝負だ」

というが、最後になると、ほぼすべての人が、

気持ちの勝負をしていると思う。

ただ、気持ちの勝負で戦いを決するということを、

すぐにみんなが納得してしまう。

では、気持ちの勝負で勝つためには、

何がポイントになるのだろうか。

技術、体力、もちろん大事。

そこから先の精神論。

一つの答えは、

飢えているかどうか。

勝利に飢えているか。成功に飢えているか。

お金に飢えているか。食うことに飢えているか、、、。

その飢えが大きければ大きいほど、

気持ちの戦いに強くなれる。

どの飢えがというのではない。

もっというと、同じ飢えるべき環境でも、

人によって飢えが違ってくることもある。

ただ、少なくても、飢えが大きいほど、

気持ちは戦闘的になる。

最後のバカ力がでてくる。

そこが、気持ちの勝負に超越した力を発揮させる。

そのことを忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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自分通りの自分で生きる

(今日のコトバ)

 

虚勢を張っている者は、

穴を一つあけるだけで、

どうしようもなく小さくなる。

 

 

 

実際の自分より、

大きく見せようとする人がいる。

それほど、誇大化して自分を表現しなくてもいいのに、

何かにつけ大きくつたえようとする。

当然、誇大化していくうちに、

虚もあれば、虚勢を張らなくてはならなくなる。

そこからわるい循環がはじまり、

人として肝心な信頼を失ってしまう。

また、大きくみせるタイプは、

一つの嘘が見破られたり、

一つの虚勢をつぶされたりすると、

あっという間に小さくなることもある。

あれだけ大きい顔をしていたのに、

こんなに小さくなってしまったということもある。

人生では、時に、大きくみせたり、

強がったりしなければならないことがある。

だが、それが慢性化すると、

自分の人間性、自分の信頼性にかかわることになる。

そこを忘れてはいけない。

だから、なるべく自分の等身大で生きる。

自分の大きさで認められれば無理がない。

自分のサイズで生きられれば苦しくない。

自分通りの自分でいれる環境をつくるのだ。

 

 

 

 

 

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うらやましいの裏の人生

(今日のコトバ)

 

勝者だって、平気な顔の下で、

悲鳴というサイレンが鳴っている。

 

 

 

勝利の後に満身創痍ながら、なんとか勝利を手にしたと

インタビューに答える選手がいる。

プロやオリンピックの選手においては、

最高のパフォーマンスをする裏で、

ボロボロの肉体や精神をかかえていることが多い。

実は、そんな状況は、

誰の人生でも起こっている。

試合で勝利をする人、

競合プレゼンで勝利をする人、

営業努力で大きな数字をクリアする人、

研究開発で新しい製品を生み出す人等、

何かの結果を出す人は、

スポットライトの陰で、

様々な痛みを抱えながら、

成功・勝利の笑顔をつくる。

その結果だけみて、うらやましがっていると、

足が止まってしまう。

もし、誰かの結果がうらやましくて、

同じ世界で戦いたいなら、

その陰の努力や痛みも知るべきだ。

そこを見ないと、

永遠にうらやましいだけで終わる。

うらやましいの裏の人生を知って行動する。

そこに進撃スタートのホイッスルが鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

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結果につながる努力

(今日のコトバ)

 

努力に悔し涙を流させるな。

 

 

 

どれだけ頑張っても、

結果が出なければ水の泡になる。

ほんとうは、そうではない。

頑張った力は自力に変わり、

自分の財産になる。

ただ、やっぱり頑張った以上、

結果を出したいのが人情だ。

せっかく、それまで頑張ってきた努力に

報いてあげたい。

結果というよりも、

それまでの努力に意味を持たせたいと思うものだ。

となれば、努力=結果という図式を求めるべきだ。

あるアスリートが

「結果の出ない努力は努力ではない」といった。

努力は自分の価値と思いがちだが、

実は、第三者が決める価値でもある。

「アイツは努力したから結果が出たんだ」

という基準は理解できるが、

「自分はこんなに努力したのに結果が出ない」

という基準は理解ができないことでもある。

だからこそ、努力したら結果に結びつけるべきだ。

努力は無駄にはならない。

ただし、努力が理解されない可能性のある。

努力が努力として理解させるためにも、

結果につながる努力を目指すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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夢に向かって挑む

(今日のコトバ)

 

夢は夢のままじゃ終われないといっている。

夢のわがままを聞いてやろうじゃないか。

 

 

 

 

思い描いているだけで、

指をくわえているだけで終わってしまう。

生きていると、そんな夢もいくつかあったと思う。

ただ、その後についてまわるのが、後悔。

なぜ、やらなかったのだろう。

なぜ、できなかったのだろう。

なぜ、求めなかったのだろう。

なぜ、なぜ、なぜ、、、、、、、、。

儚い思いで終わったことによる、後悔。

大なり小なり、

人生の中であったはず。

その後悔をなくすためには、

夢に素直になって、

思いっきり挑んでみる。

失敗したって、負けたって、いい。

経験という財産が積み上がる。

ほんとうに達成したい夢ならば、

その経験を元手に、

もう一度、挑めばいい。

もっというと、せっかく描いた夢だ。

実現しなければ、もったいないと思う。

人が人生で実現できる夢は、

それほど多くない。

だとしたら、一つでも夢を実現するために

アクションを起こす。

自分の人生を有意義なものにするためにも、

自分の人生を満足させるためにも、

夢に向かって挑むことは大切なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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