面の皮を厚くするために

 

(今日のコトバ)

 

面の皮の厚さは、

生きるための最高のプロテクター。

 

 

あまりいい表現ではないけれど、

「面の皮が厚い人」は、

どんな状況でも強く生きられる。

この世知辛い世の中、

あらゆる方向から、

難題がやってくる。

その一つ一つの出来事に、

いちいち傷ついていては身がもたない。

事実、身がもたなくて

苦しんでいる人もたくさんいる。

そう考えると、

やっぱり面の皮が厚いぐらい人の方が、

ケロッと生きられる。

では、面の皮が厚くするには

どうしたらいいか。

もともと生まれつきふてぶてしくて、

面の皮が厚い人がいる。

そういう人は除いて、

繊細とか、神経質とか思う人はどうするか。

一つは経験を積む。壊れない程度に、

難題に自ら取り組む。

何度も難題をクリアした経験があると、

少しずつ面の皮が厚くなる。

また、難題と距離を置くのも一つの方法。

距離を置いて

自分の心を痛めないように生きる。

さらには、

誰かに難題を任せてみるのもあり。

繊細な人は自力本願になりがち。

他力本願で考えるのもありなのだ。

世の中の難題を

すべて一人で解決なんてできない。

重い荷物は誰かと

担ぐぐらいの気持ちでいい。

面の皮が厚い人は、

実は、他力を使うことも

上手かったりする。

とにかく自分一人で解決しない。

そんな考えから面の皮を厚くしていこう。

 

夢に期限を

 

(今日のコトバ)

 

「いつか」を封印すると、

「いま」が自由に動き出す。

 

 

「いつか、やってやるよ」という。

いつかという期限なしの夢。

だが、いつかと口にした時点で、

漠然とした夢でしかない。

何をやるとも決めていない。

そんな状況では、

一歩踏み出す気持ちにもならない。

では、

夢を実現するためにどうするか。

それは、期限を設けること。

何月何日までに達成するという

期限を決める。

決めてしまうと、いま、

何をしなければならないかが

見えてくる。

行動すべきことも明解になる。

ムダな時間も削減できる。

だからこそ、夢を決めたら

期限を決める。

期限を設定するだけで、

夢への道は見えてくる。

夢という漠然としものだからこそ、

期限をつくろう。

未来は無限大

 

(今日のコトバ)

 

未来は何も決まっていない。

もっと自由に、もっと激しく、

もっと大きく動いていいのだ。

 

 

あまり未来のことを

限定して生きることはない。

生きていれば、

明日はたいがい予定があって、

そこそこやることは決まっている。

だが、

決まっていない明日の時間もあるはず。

もっといえば、明後日、一か月後、

一年後ともなれば、

決まってないことだらけだ。

その決まっていない時間を、

もっと自由に、もっと激しく、

もっ大きく生きてみる。

いつもやっていないことに

挑戦するでもいい。

冒険的なことに挑むでもいい。

いまやっているものを

深く突き詰めていくのでもいい。

未来という無限の時間を

精一杯生きてみる。

それこそが自分の殻を破る、

自分が変わる、

自分が進化することになる。

自分というこの世界で一番尊い生き物に

最高の未来を与えて生きるのだ。

優しさの循環

 

(今日のコトバ)

 

「優しさ」だって、

優しくしたい人に

優しくしてるんだ。

 

 

優しい。といっても、

広い意味がある。

どこまでが優しさで、

どこからが優しさでないかの

一線はない。

ただ、一言いえるのは、

自分が人に優しくする時は、

やっぱり優しくしたい人にする。

よく頑張ってるからとか、

運がワルかったからとか、

体を痛めているからとか、

心を痛めているからとか、、。

どこかで優しくしたい状況がある。

何も優しくしたいと思わない人に

優しくすることはない。

そう考えると、

優しくする状況はあるし、

優しくされる状況もある。

人と人が支わなければ

生きられないのと同じ。

だとすれば、

優しくしたい人に遠慮しない。

優しくされなければ

立ち上がれない人には、

手を差し伸べてあげる。

反対に、

自分が優しくされたい時は、

誰かの手にすがる。

その循環が世の中を、

優しく、強くしていく。

世の中がいい状況とは、

優しさが循環している状況なのだ。

自分が成長する核心

 

(今日のコトバ)

 

時間を大切にできない人は、

自分を大切にできない人。

 

 

時間。

どうにでも使えるもの。

人によっては、

予定をきっちりと組み、

休みなくやることを決める。

反対に、

人によっては、

予定のない時間が大幅にあり、

何もしない時間がたくさんある。

どちらの人もいるだろう。

ただ、自分の人生を

イキイキ生きるためには、

予定をきっちり組んで、

やるべきことを決めていかないと、

人生の持ち時間はどんどん消えていく。

何事もできる人というのは、

時間を上手に使っている。

ムダな時間というものが

あまりない。

そして、その時間を上手に使う人は、

自分を上手に使っている人といっていい。

そして、時間を上手に使っている人は、

常に成長している。

つまり、自分を大切にしている人なのだ。

そう考えると、

時間という有限な資源を、

どう使って生きるかが生きる鍵。

そこを意識して生きることは、

自分の人生にとって大切。

自分が成長する核心になるのだ。

 

 

自信は自分に帰ってくる

 

(今日のコトバ)

 

自信を失うと、

世界中が敵にまわった気がする。

 

 

何かが原因で自信を失う。

その瞬間から

途轍もない喪失感に襲われる。

無力、敗北、失敗、哀しみ等、

いろいろな感情が入り混じる。

味方を失ってしまったという

気持ちにもなる。

自信があると、

自分の実力も

揺るぎない気がするのだが、

それ以上に、自分に集まる人の力も

大きなものだと思っている。

それが一瞬にして失ったとなると、

どうしていいかわからなくなる。

自信というものは、

ほぼ「気」につくられている。

「気」というものは、

一瞬で壊れもするが、

一瞬でつくり上げることもできる。

つまり、「気」は

自分の意識でどうにでも

なるということ。

もちろん、自信を失ったばかりでは、

「気」をアップすることはできない。

それでも、自分ができることを確認し、

もう一度歩き出せば、また、自信が

ふつふつ湧いてくることもある。

時間が「気」を癒し、

自信を元のポジションに

戻してくれることもある。

だからこそ、

自信を失ったからといって、

喪失感にさいなまれることはない。

いままでの自分の財産も、

自分の味方たちも、

未来への時間も、

取り戻すことができる。

自信は必ず自分に帰ってくる。

そう信じて生きていくのだ。

愛の届く行動

 

(今日のコトバ)

 

愛されている時間は、

人を憎めない。

 

 

人を憎んでいる時とは、

どういう時だろう。

嫌がらせをされた時とか、

卑劣なことをされた時とか、

傷つくことをされた時が多いと思う。

だからといって、

自分が傷つけられた時に

人を憎んでいるかというと、

そうもいえない。

では、どんな時に人を憎んでいるか。

それは、愛されていない時が

多いように思う。

もう少し正確にいうと、

自分が愛してほしい人に、

愛してもらえない時、

人を憎むような気がする。

自分において憎んだ人のほとんどが

愛していた人だから、

あながち間違いでもない。

だからこそ、

人を憎んで暗い影を落とした時は、

「愛されていなんだなあ」という

状況に気づいて、

愛されるように、もしくは、

もっと愛してみたり、

愛を届く行動をしてみよう。

そこからは憎しみは生まれにくい。

少し大きな話をすると、

憎しみがなければ

戦争は起こらない。

地球規模で平和に生きるめの

考え方の基本になるはずだ。

 

ジタバタは、未来を整える作業

 

(今日のコトバ)

 

ジタバタすることは、

未来への道を舗装すること。

 

 

さまざまな場面で

人はジタバタする。

もがく。

あがく。

無駄な抵抗かもしれない。

見苦しく見えるかもしれない。

ただ、ジタバタした後の自分は

どうだろう。

少し成長した気もするし、

ホッとする時もある。

言葉としてはかっこワルいが、

決してワルいことばかりでは

なかったと思う。

では、なぜジタバタすることが

ワルいことばかりではないのか。

それは、

未来のために

生き方を整えているから。

立ちふさがる人生の課題に対して、

体当たりして、もがく、あがく。

そのもがくこと、そのあがくことが、

未来を整える作業になっている。

これから生きていく道を、

舗装することになっているのだ。

だとすれば、

ジタバタすることもワルくない。

もっとジタバタしながら

未来にいこう。

ジタバタするだけ未来は、

自分のものになるはずだ。

 

目標に気持ちを向けよう

 

(今日のコトバ)

 

みんながやりたがらない仕事を、

早い者勝ちでやれる人こそ頂点に立つ。

 

 

誰もがやりたくない作業がある。

面倒くさかったり、

ただの手伝いだったり、

体に負担のある重労働だったり、

長い時間を拘束されたり、、。

「やりたくない」

そう思う。

ただ、そんな作業を嬉々として

やってしまう人がいる。

誰よりも先に作業をはじめる。

ものによっては、

あっという間に作業を終えてしまう。

どんな現場でも一人ぐらい目撃したはずだ。

そんな人は、

必ずといっていいほど、

トップやリーダーというポジションに

駆け上がっていく。

しんどい作業を

「しんどい」と思うのではなく、

作業を片づけて

時間を有効に使おうと思っている。

時間のムダをつくらず

モチベーション高く作業する。

目標の次元が高いのだ。

もっというと、

目標があってそこに意識があるから、

しんどい作業に気持ちが向くのではなく、

目標に向いているのだ。

だからこそ、

しんどい作業もこなせる。

もし、いま、

自分の作業がしんどいと思ったら、

その作業の延長線上に目標があるか。

そこを一度、考えてみよう。

目標があれば、

しんどい仕事も少し楽になるはず。

作業が目標につながるなら、

熱い気持ちで仕事に

向き合えるはずだ。

内なる声で動こう

 

(今日のコトバ)

 

「失敗を怖れるな」という人ほど、

失敗を大声で叫ぶ。

 

 

無責任に、

あるいは、咤激励を込めて、

「失敗を怖れるな」という人がいる。

確かに、失敗を怖れれば怖れるほど、

一歩踏み出せなくなる。

弱気な自分がいると、

どうしても不安になり、

勇気が出せなくなる。

そんな時、自分が自分に

「失敗を怖れるな」と、

気持ちを鼓舞するのはいい。

だが、他人から「失敗を怖れるな」と

いわれるのは少し違うと思う。

まず、他人に責任はない。

失敗しようがしまいが自分は痛まない。

また、失敗しないと困る人と

失敗すればいいと思う人が、

結構な数で混在している。

気持ちの底から応援をしている人は、

ごく僅かといっていい。

大勢は無責任に言葉を発しているのだ。

だから、

無責任な言葉に心を動かすことはない。

自分の内なる声に耳を傾け、

自分のタイミングで

動けばいい。

自分の責任は自分しか持てない。

自分の内なる声の元に

動いていていこう。