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(今日のコトバ)
どんなものをくれる人より、
欲しい言葉をくれる人に
身も心も捧げてしまう。
岐路に立った時、
落ち込んだ時、
苦しい時、、、、。
誰かの支えが欲しくなる。
物質的に支えてくれるのも
ありがたいが、
もっと必要とするものがある。
それは、言葉の支え。
励ましてくれる様々な言葉に
力づけられる。
ただ、人によって欲しい言葉は違う。
例えば、「がんばれ」と
いわれて嬉しい人と、
「がんばらなくていい」と
いわれて安心する人がいる。
言葉は真逆のメッセージになる。
人によって違うのだ。
そして、その言葉が、
その時の自分の状況にピッタリはまると、
人はプラスの方向へ動き出す。
リスタートして歩き出すこともできる。
そのきっかけが言葉だったりする。
だからこそ、
救いを求めている人へは
言葉を大事にして伝えよう。
ちゃんと伝われば、
言葉を心の支えにして、
未来へ進むことができる人が生まれる。
ここぞという時の
言葉の力を大切にしよう。
(今日のコトバ)
理不尽に足をつかまれ、
不条理に手をつかまれ、
それでも前へ進むのが人間の強さです。
辻褄が合わないことに右往左往。
矛盾に疑問を持つこと数多く。
正解は肩書き高い者が決め、
事実がゆがめられる。
世の中、そんなことばかりだ。
だが、人は理不尽を
受け入れて生きていく。
その一つ一つが生きるための
血肉になって人は成長していく。
つまり生きるための強さを
身に着けさせてくれる。
人生という大河を渡るには
一筋縄ではいかない。
その時、
理不尽で鍛えられた強さが
力になる。
本当は理不尽など
ない方がいいに決まっている。
ただ、理不尽も生きるための
強さを養ってくれていると思うと、
少し気持ちが救われる。
生きる強さをつくるために
不条理も大切なトレーニング
機関なのだ。
(今日のコトバ)
人生は戯言でつくられた茶番劇だけど、
それでも感動作になるのだ。
上手くいかないと思う人生がある。
同じような間違いをくり返し、
同じように後悔することもある。
努力が足りなかったり、
怠慢だったりして、
望む結果は得られないこともある。
人生を喜劇悲劇という前に、
茶番劇として笑ってしまうこともある。
「人生」
毎日付き合っているのに、
答えが出ないもの。
人生という概念を考えないまでも、
人生の一部をテーマとして、毎日、
考え、迷い、悩んでいる。
あまりかっこいいものではない気もする。
ただ、この人生も自分史のように
見つめ直してみると、
それほどワルいものではない。
否、むしろ人生は大作だし、
感動的場面がたくさんあって
構成されている。
だからこそ、
いまの自分の生き方が
ちっぽけに見えても、
自信を持って生きていい。
誰にもマネできない
素晴らしい人生を歩んでいる。
自分だけでも称賛すべきだと思う。
(今日のコトバ)
生きることは、
歩み寄って、支え合って、
少しだけわがままをいえること。
生きることは簡単ではない。
楽しいばかりではないし、
悲しいことばかりでもない。
嬉しい時もあれば、
辛い時もある。
どんな時も生きる知恵を絞って
乗り切ってきた。。
そこで思うのは、
支え合ったり、歩み寄ったりして、
生きるべき環境をつくること。
一人では生きていけない。
必ず誰かの支えが必要になる。
その時のために、
支え合い、歩み寄りを大切にする。
そして、少しだけわがままになる。
いつもいつもわがままではなく、
時々、少しだけわがままになる。
それぐらいの気持ちで生きていく。
自分の生きる環境を
穏やかにするために
大切なことだと思う。
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