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(今日のコトバ)
生きているだけではない。
今日も生き抜いたのだ。
人生にとって立派な成果だ。
「ただ生きている」
そういう人もいるかもしれない。
だが、「ただ生きる」ことだって、
人生において
大いなる成果がある気がする。
この世に生を受けて、
何もわからないところから、
意志を持って生きるようになる。
人生のはじめのあたりは、
自分のためだけに
一生懸命になることもあるが、
長く生きれば生きるほど、
人のために生きざる負えない。
仕事をしていれば、
仕事の先の発注者、消費者のため、
会社の同僚のため、
稼いだお金は家族のためになる。
税金を払えば、
不特定多数の
誰かのためになっている。
消費税を含めれば、
税金を払っていない人はほぼいない。
赤ん坊や老人であっても、
誰かの心のいやしに
なっていることもある。
介護で人にお世話になるばかりでも、
お世話してくれる人は知見を得て、
次の介護に活かすこともできる。
そのケーススタディは
未来に活かせる可能性もある。
生きている以上、
自分の行動の何かが
誰かの役に立っている。
そう思っていい。
一日多く生き抜いたら、
それだけ、また、
成果を上げている。
だからこそ、
今日を生き抜いた自分を
誇りに思って生きていいのだ。
(今日のコトバ)
勇気は失敗という記録を
残さない。
発揮した記憶だけを残す。
何かに挑戦して
勇気を発揮したら、
その結果はどうあれ、
勇気においては
成果を出したことになる。
勇気を出せなくて
終わったわけではない。
自分の中に湧いたで
行動に起こした。
それは一つの成長であり、
実績である。
自分の中で財産になっているのだ。
「勇気を発揮したという記憶を
積み重ねて生きていく」
自信の礎に確実になっている。
そのことを忘れず生きていこう。
(今日のコトバ)
幸せとお金は別物なのに、
街ではよく手をつないで
歩いている。
幸せににお金は必要か?
そもそもお金は幸せを約束するものか?
堂々巡りの議論をすることがある。
人によっては、
お金が幸せを約束するなんて
ありえないという。
反対に、
お金こそ幸せの正体だ
という人もいる。
どちらも正しいような気がする。
もっというと、
自分の考えによって
正しさは変わると思う。
ただ、
お金は幸せのすべてではないが、
幸せのすべてに関与しているのは
確かだ。
世の中の仕組みを
幸せにしようとしていくと、
どこかでお金の問題が派生する。
だからこそ、
お金に対して勧善懲悪にならない。
幸せ至上主義にならない。
上手なバランスで共存させる。
そんな気持ちで人生の幸せ論を
考えたらどうだろうか。
(今日のコトバ)
まがり角ばかりの人生を
歩いてきたのに、
振り返ってみると
一本道になっているのが、
人生。
紆余曲折あった。
右往左往した。
五里霧中の中も歩いてきた。
なのに振り返ってみると、
まっすぐの一本道になっている。
それが人生。
どんな道であっても、
どんな場所であっても、
自分という存在は変えられない。
意志という魂が前進していけば、
その軌跡が一本になる。
そう思うと、
生きていく道の選択も大事だけど、
どんな道も
前向きに歩いていくことが、
もっと大切な気がする。
いま歩いている道を
よりよい道にする。
その継続が
人生をよりよいものにする。
人生とはそういうものでは
ないだろうか。
(今日のコトバ)
愛する人がいることは、希望。
愛してくれる人がいることは、幸福。
愛する人が愛してくれることは、奇跡。
生きる基本とは、なんだろう。
人それぞれいろいろな考え方がある。
定義するのは難しい。
ただ、愛を中心に考えると
わかりやすくなる。
愛する人がいると、
愛する人が希望になり
人生のモチベーションが上がる。
愛してくれ人がいると、
大いなる味方がいるようで
人生に幸せを感じる。
そして、
愛する人が愛してくれることは、
人生に奇跡が起きたといっていい。
この広い世界で巡り会って、
愛し愛される確率なんて、
何億分の一になるの?
人生で起こる奇跡の一つと
考えてもいいはずだ。
そもそも愛自体が
奇跡の産物といっていい。
だから、
生きる基本を愛で考えてみる。
人との出会いが大切になる。
人との愛は本当に尊くなる。
生きるための中心に愛はあると
思うのだ。
(今日のコトバ)
いま、ここに、
あたりまえにあるものを、
幸せという。
自分が生きている環境。
自分の席がある居場所。
半径5mの円の内側。
そこにいれば安心できる。
自分が自分らしくいられる。
その場所こそ、
幸せの発生源といっていい。
あたりまえだとか、
平凡だとか、
言葉にすると刺激はないけれど、
決して自分を不幸にしない。
心の安定を約束してくれる。
そんな場所を
ほとんどの人は
持っているだろう。
ただ、その場所に
感謝をしているかというと、
そうでもない人もいる。
そして、その場所を失ってから、
その場所の大切がわかる。
もったいないことだ。
あたりまえだとか、
平凡だとかを約束する場所は、
幸せの発生源だと思えば、
もっと大切にできたはず。
だからこそ、
いま生きている場所を、
ちゃんと見つめてみよう。
その場所にちゃんと感謝しよう。
いまのあたりまえが、
いまの平凡が
長く続くように大切にして生きる。
人生を有意義にするために
大切なことだ。
(今日のコトバ)
連戦連勝は、しんどくなる。
連戦連敗は、くやしくなる。
一勝一敗は、たのしくなる。
何事もバランスが大切。
生きれば生きるほど
そう思う。
特に勝負事。
連戦連勝は、
はじめは気持ちいいが
「勝ち続けなければならない」
という観念に縛られると
しんどくなる。
連戦連敗だと
自分のふがいなさに
悲しくなり、
やがてやる気を失ってしまう。
だが、一勝一敗ならどうだろう?
勝ったり、負けたりしていると、
何度も何度も熱くなれる。
戦うモチベーションが
続いていくのではないだろうか。
勝って気持ちよく、
負けて腹が立つ。
その気持ちの動きが
もっとやり続けようという
モチベーションをつくる。
だからこそ、
一勝一敗が続くことは
人生にとって楽しいと思える。
生きるためには、
必要な勝負の結果かもしれない。
(今日のコトバ)
夢は、
見ても、追いかけても、
与えても、叶えても、
いいもんだ。
夢。
それは人が生きていく上で、
もっともモチベーションを
つくるもの。
夢があるから頑張れる。
一番始めの熱い思いが、
夢のイメージを構築する。
そして、人間は
その夢という思いを
カタチにするために生きる。
その過程で、人と夢は
様々な立ち位置をとる。
夢を見ている状況。
夢を追いかける状況。
夢を与える状況。
夢を叶える状況、、。
人生において
夢が伴走している。
そして、夢が伴走している時、
人間はイキイキしてくる。
人生は一度きり。
夢があると
前進する気持ちになれる。
夢を人生に伴走させて、
イキイキした人生を
生きていこう。
(今日のコトバ)
人間は、未来長者。
生きていくということは、
未来に進んでいくこと。
一秒後の世界はもう未来だ。
だとすると、
人間は膨大な未来を
自分のものにしている。
この未来を本当の意味で
自分のものにできるか、
そうでないかで、
まったく人生は変わっていく。
自分の意志で未来を
コントロールできれば、
人生は有意義なものになる。
反対に、自分の意志で
コントロールできないと、
人生はしんどいものになる。
同じ人生だったら、
有意義なものにしたい。
そのために自分の意志で
未来をコントロールできるように
考えていく。
人間は、
未来という時間が膨大にある
未来長者。
そんな気持ちで生きていこう。
(今日のコトバ)
幸せは遠くにあるのではない。
いつだって足下にある。
その幸せを名付けて
スタートラインと呼ぶ。
幸せを感じなくなると、
どこか遠くにあって、
なかなか
手にできないもののように思う。
だが、考えてみると、
幸せというものは自分の身近、
もっというと自分のまわりで
感じるものだったりする。
良いことが起こったり、
嬉しいことがあったり、
感動したり、
幸せの呼び水は、
みな自分の身近で起こったこと。
そして、その幸せは
何かのきっかけになる。
何度も、何度も経験してきたから
わかりそうなものだが、
幸せでないと思うと、
どこか遠い所に
幸せがあると思ってしまう。
そんな時こそ、
自分の身の回りに
幸せになるものがないか探す。
小さいことでいい。
きっかけはどこかにある。
それを探すことで、
もう幸せになっている。
幸せとはそういうものだ。
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