「あきらめない」と生きていく

 

(今日のコトバ)

 

あきらめるのは、

いつでも「まだ早い」。

 

 

「あきらめる」

長く、何度も使ってきた言葉だ。

ただ、その言葉の価値を

わかるようになったのは、

ある程度、

年をとってからの気がする。

「あきらめる」は、

若き日、簡単に使って、

それも、かっこいいと思って

使っていた。

あきめるとはいわないけれど、

「ブチ切れた!」とか、

「できねえーよ」とか、

わりとやらないことを

正当化する時に使っていた。

だが、人生という長い大河を

渡っていると、

あきらめてはダメなことが

あまりにも多すぎる。

もっというと、

あきらめなかったから

上手くいくことも多々あった。

たった一言「あきらめる」。

その言葉に支配されたら最後、

人生の大切なものを失ってしまう。

だとすれば、

どういう気持ちで生きればいいか。

「あきらめる」の反対は何?

粘り強く頑張ってみる。

あきらめるのは、

まだ早いと肝に銘じる言葉。

そんな言葉と生きていく。

「あきらめない」と。

 

 

明日への投資のための今日

 

(今日のコトバ)

 

今日、この道を走ることも、

明日輝くための助走になっている。

 

 

考えてみると、

物心ついてから、

ほとんどの今日という日は、

明日のための準備に費やしている。

明日へ、

未来への段取りのために準備をする。

うまく準備ができれば、

明日はいい日になる

可能性が高まる。

もう何十年もその繰り返しだ。

もちろん、昨日の後始末で

今日を使うこともある。

だが、昨日の後始末も、

明日への準備になることが多い。

だとすると、

今日のすべては、

明日へ、未来への準備。

もっというと、

今日は明日への投資といってもいい。

「明日への投資のための今日」

ポジショニングが決まれば、

今日という日は

もっと希望に満ちあふれてくる。

今日はいつも人生で

大事な一日なのだ。

 

 

 

数値の外にある気持ち

 

(今日のコトバ)

 

気持ちは、

社会のあらゆる数値から

答えの出せなかったものである。

 

 

人には目に見えない

「気持ち」がある。

どこにあるかわからない。

正しく言い表せない。

いつも揺れ動いている。

一人一人まったく違う機能、、。

だが、自分のどこかに確実にある。

人間の持っている繊細で、

美しい能力でもある。

そして、

この気持ちは

数値では表せない。

もっというと、

世の中におけるすべての

数値の外にある。

だからこそ、

人間にとって尊いものなのだ。

人間が人間として

生きるために、

この世の中が素晴らしいものだと

感じるために、

気持ちはある。

自分の気持ちを

大切にして生きていこう。

ハングリーが支え

 

(今日のコトバ)

 

飢えた狼になった記憶は、

一生消えない誇りになる。

 

 

人生のある時期、

自分でも恐ろしいほど

ハングリーになる時がある。

特に、若き日は誰でも

ハングリーになった記憶があると思う。

物資が足らずに

ハングリーになることもあるが、

大きいのは心のハングリー。

何か夢や目標があると、

達成しようとしてハングリー精神が

強く働き出す。

その記憶は誰の心にも

刻まれる。

それは心の傷ではなく、

いちばん近い言葉を探せば、

誇りになる。

「自分の人生には、

こんなにハングリーな季節があった」

忘れられない記憶だ。

そして、その誇りが自分の人生の

心の支えにもなる。

苦しい時、しんどい時、

ハングリーな時を超えた

誇りが支えになる。

いま、自分に困難が迫っている人は、

ハングリーな時の自分を

思い出せ。

跳ね返せる、粘れる、貫く力を

また、呼び覚ますことが

できるはずだ。

 

 

後悔は次へのジャンプのチャンス

 

(今日のコトバ)

 

後悔は、

人間の学習能力を

MAXに上げる。

 

 

「後悔は良くない」というが、

後悔しない人生などあるだろうか。

誰もが後悔を何度も経験して

生きている。

何もしないで

後悔する場合もあれば、

万全の努力をしても

期待した結果が得られず、

後悔することもあるだろう。

ただ、考えてみれば、

どんな後悔も、

この次どうしようとは

考えたはずだ。

後悔先に立たずではあるけれど、

後悔したからこそ、

次の行動を見つめる、改める。

だとすれば、

後悔することも

ワルいことばかりではない。

次の自分を見つけるための

経験だとしたら、

自分にとって

いい作用をすることもある。

だからこそ、

後悔したら

次へのジャンプのチャンスと捉える。

それができれば、

反省も行動も明解になる。

後悔を自分のものにして、

さらなる高みに挑戦するのだ。

弱さは補うもの

 

(今日のコトバ)

 

弱さをかくさなくていい。

ただし、

弱さを売り物にしてはなない。

 

 

誰にでも弱さある。

人間はすべて弱さから

はじまっているといってもいい。

ただ、相手に弱みを

見せたくなかったり、

強さで相手を

制圧したいがために、

弱さをワル者にすることもある。

寄らば大樹の陰ということもある。

ただ、本来、人間は弱い生きもの。

弱さをすべて

隠すことなどできない。

ほんとうに弱いものは、

隠さず伝えればいい。

その先、自分で

強化できるものは

強化すればいいし、

まわりの人の支えで

弱さを補うべきものは

補ってもらえばいい。

一点、良くないことは、

弱さを売り物にして、

必要以上に弱いことを

アピールすること。

すべてが弱いとなると、

支えようがなくなる。

助けることも難しい。

弱さを甘えに

転換することにもなる。

だからこそ、

弱さもギブアンドテイク。

自分の弱さを

補ってもらう代わりに、

誰かの弱さも補ってあげる。

世の中を生き抜くために

大切なことだ。

失敗だからこその財産

 

(今日のコトバ)

 

失敗作は、

独創的な作品の宝庫です。

 

 

成功するまでは、

数々の失敗を繰り返す。

一度で成功することなど、

ほぼない。

難易度が高くなれば

尚更だ。

ただ、その失敗のすべてが

ムダにになるものではない。

成功への途中で失敗したものや

まったく違う方法で試したものなど、

成功例に比べて失敗例の種類は多い。

そう考えると、

失敗は財産になるし、

想像性が高いものもある

ということになる。

だからこそ、

失敗は必要。

失敗するからこその

財産がある。

その財産を有効に

活用することも、

一つの成功だと思う。

快適で楽な生き方

 

(今日のコトバ)

 

「わが道を行く」が、

いちばん遠くまで行ける。

 

 

ペースを変えず、

いいリズムで生きている。

マイペースといっていい。

気づいたら、

結局、いちばん自由に、

いちばん遠くまで行っている。

そんなことを感じる人がいる。

とにかく、マイペース。

人のペースに合わせない。

自分のやり方で、

自分のリズムで、

自分が生きる。

まわりはちょっと

ほっておいて、

自分のペースを守る。

自分のペースを守るのだから、

少々、他人はどうかと思うが、

別にワルいことを

しているわけではない。

ただ自分のペースを

守っている。

考えてみれば、

大なり小なり人はマイペース。

だとしたら、

自分もマイペースにして

自由に生きる。

それが、

快適に生きる一つの方法。

同じ人生なら、

気を使い過ぎて

疲れて生きるより、

自分のペースで

自由に生きる。

人として

快適で楽な生き方だと思う。

 

夢を持って前向きに

 

(今日のコトバ)

 

夢を持って毎日生きていると、

夢は現実に融合してくる。

 

 

漠然と夢というけれど、

夢のおかげでどれだけ人生が

素晴らしいものになったかと

思うと、夢に感謝しかない。

夢のあった人生と

夢のなかった人生を

比べたらわかる。

夢のある時は意欲的に

人生をハツラツと

生きていける。

反対に、夢がないと

なにもかもが漠然として、

達成感のない日々が

続いていく。

「夢があるから」

がんばれたこともたくさんある。

さらに、夢の素晴らしいのは、

夢を持ったその日から、

前向きに生きていける。

どんどん夢が自分の現実の中で

大きくなっていく。

仮に夢が叶わなくても、

夢と過ごした日々は

人生の財産になる。

だからこそ、

夢を持つことは大切。

夢は夢だけで終わらない。

現実の生活を大きく変えていく。

たいがい、

前向きに変えてくれる。

夢を持って、

人生を素晴らしいものにしよう。

 

挑戦者として生まれた

 

(今日のコトバ)

 

生まれつき挑戦者で、

人間は生まれてきている。

 

 

何かに行うには、

大なり小なり

挑戦する気持ちが必要だ。

「やりたくない」と

思ったら、

その瞬間、どんな簡単なことも

できなくなってしまう。

「できない」とよくいうが、

そのほとんどが、

「やりたくない」で

できていると思う。

そう考えると、

「やりたい」と

思える気持ちになれば、

何でも挑戦できるといえる。

もっといえば、

本来、「やりたい」と思う

気持ちは、人間には

初期設定されている気がする。

だが、様々な環境や誘惑などに

気持ちを変えられ、

「できない」といってしまう。

だからこそ、

人間は挑戦者として生まれてきたと

思うようにしよう。

何かの自分テーマが生まれた時、

「自分は挑戦者なんだ」という

気持ちからはじめてみる。

気持ちをセットするだけで、

はじめの一歩が違ってくる。

踏み出すまでの時間が

早くなる。

人生を有意義になる。

挑戦者であることを

忘れずにいよう。