絶対的人生の宝物

 

(今日のコトバ)

 

背中を押してくれる人と、

背中をさすってくれる人は、

あなたの背中を

見守ってくれる同じ人だ。

 

 

「いつも見ていてくれる人」

子供の頃は

親や先生だったり、

大人になっても、

上司だったり、妻や夫だったり、

恋人だったり、、。

いろいろな人が

見つめてくれている。

その人たちの支えは、

人生にとって

途轍もなく大きい。

いつも見守ってくれる

ということは、

いつも力になってくれる

ということ。

その人たちを

大事にすることが大切。

自分の人生がどう転んでも

支えてくれる。

そんな人は

人生でそれほど出会わない。

そして、その人は

絶対的人生の宝物。

人生を安心して生きるために、

とても大切な人なのだ。

みんなの声よりじぶんの声

 

(今日のコトバ)

 

みんなの声に一票入れると、

じぶんの声が無効になる。

 

 

みんなの声というものがある。

国民の声。

大勢の意見。

世論。

まわりの人たちの主張。

いろいろある。

だいたいそんな意見だろうと思う

みんなの声。

ただ、みんなの声というものが

本当にみんなの総意の声かというと、

そうでもない。

一人の大声の意見に、

考えもなく

従っていることもある。

関わりたくないから、

自分の意志を反映しない

意見に賛成する人もいる。

いちばん困るのは、

みんなの声に自分の声が

どこにもないこと。

自分ではみんなの声と

違っていると思っているのに、

みんなの声の中で

自分の声が

かき消されてしまう。

大きな問題でない時は

それでもいい。

だが、生きることに

密接に関わる時、

自分の声が

どこにも届かなかったら

大変なことになる。

だからこそ、

自分の声を大切にしたい。

小さな声でも、

みんなの声と違っても、

自分の声を上げる。

生きていくために、

備えておきたい意志だ。

セルフセキュリティ

 

(今日のコトバ)

 

無数にある嘘を見破り、

人の数だけある真実を見極め、

たった一つしかない

事実を見定める。

世の中、結構、しんどいものだ。

 

 

世の中という組織で

生きていると、

いつも嘘と背中合わせになる。

人からの嘘、SNSからの嘘、

ネットからの嘘、

システムからの嘘、、。

その中で、

生きてきたキャリアで

嘘と事実を見定める。

きちんと見定めないと罪に

なってしまうこともある。

世の中、正しく生きることは、

結構、しんどいことだ。

だが、

それが生きるためルールなら、

従って生きるしかない。

そう思うと、

嘘と距離置く生き方が

大切になる。

悪い人、悪い物、

悪い場所には接触しない。

それがセルフセキュリティとなる。

一昔前は、善と悪のきわきわが

面白いとされた時代もあった。

だが、時代は変わった。

悪と距離を置く。

そのことを意識して

生きていく必要がある。

人生を前売りする時期

 

(今日のコトバ)

 

青春とは、

人生を前売りすること。

 

 

若き日は、

自分の様々な可能性に

賭けてみようと思う。

天分のものを

発表してみたり、

努力を重ねて

実力を発揮してみたり、

趣味を極めてみたり。

だが、運動系のアスリートで

ない限り、

大成するまでには

至っていない人が多い。

だとしたら、

こう考えたらどうだろう。

「若い今の時間は、

人生の前売りの時。

まだ、予告編しか見せられないが、

必ず大ヒット間違いなしの

名作を創り出す」と。

そう考えれば、

人生がワクワクしてくる。

楽しい人生を

歩んでいける。

若き日という時間を

最高のものにできる。

人生の若き時間は、

前売りの時間なのだ。

勝利も、敗北も、必要

 

(今日のコトバ)

 

勝利はインセンティブ。

敗北はギフト。

 

 

一喜一憂する。

特に、

勝敗のかかったものは、

勝ちそうになると喜びに

包まれるし、

負けそうになると悲壮な

気持ちになる。

人間、誰でもそうだと思う。

だが、長く生きていると、

勝ちにも、

負けにも意味があると

思うようになる。

勝ちが幸せ、

負けが不幸ばかりではない。

反対のこともあれば、

時間の経過と共に価値が

変わっていくこともある。

だからこそ、

こう考えると

気持ちが

スッキリするのではないか。

勝利はインセンティブ、

敗北はギフト、と。

勝利は報酬をもたらす。

心身共に嬉しいし、

場合によっては懐具合も

あたたかいものになる。

敗北は人生への大切な贈り物。

今後、間違えてはいけないことを

体験として教えてくれる

生きる上での贈り物。

そう考えると、

人間、誰でも

勝利と敗北どちらも必要。

そしてどちらも

価値のあるもの。

そう思って生きることが

大切だと思う。

最高の育成機関

 

(今日のコトバ)

 

人間は、

仕事をしている時だけ

人間を超えられる。

 

 

夢中で仕事をしている時、

人は途轍もない力を

発揮する。

未知の力を生み、

光を放ちながら、

美しい姿になる。

人間が他の生きものと

圧倒的な差を生む

瞬間といってもいい。

もしかすると、

この仕事という

生きるテーマを

見つけたからこそ、

人類が進化したとさえ思える。

だからこそ、

自分の仕事という領域を

大切に育てたい。

仕事は、

自分が生きるための

最高の育成機関になる。

そのことを忘れずに

生きていきたい。

幸せをコーディネートするもの

 

(今日のコトバ)

 

幸せは、

身近なもので揃っている。

 

 

人は本当に大切なものを

見失いがち。

大切なものより、

欲しいものや

憧れているものを

一番に考えてしまう。

ないものねだりとでも

いおうか。

だが、本当に大切なものは

たいがい自分の身近に

あるもの。

毎日会っていたり、

肌身離さず

持っていたりするものに、

大切なものが多い。

そして、大切なものが、

幸せをコーディネート

してくれている。

大切な人いるから

平凡でいられる。

大切なものがあるから

あたりまえでいられる。

自分の毎日をストレスなく

つくってくれる。

幸せはいつも身近にある。

だからこそ、

身近にあるものを

文字通り大切にしよう。

それが幸せに生きるため鉄則。

いつものようあるもの、

いつもの顔ぶれの中に、

幸せは生息しているのだ。

まわり道は目標からのギフト

 

(今日のコトバ)

 

まわり道した者は、

近道した者より磨かれて

この場所にいる。

 

 

どうしても近道をしたい。

とくに面倒くさいと

思うものは、

最短距離で進みたいと思う。

だが、人生はそう甘くない。

夢や希望といわれる

自分にとって大事な目標を

目指す時、

ほぼ必ずといっていいほど

近道はない。

反対に、

必ずまわり道が用意されている。

それはなぜか?

夢や希望は、たいがい

今より高い目標が設定されている。

その高い目標を

クリアするためには、

知識も、体力も、経験も

未熟過ぎたら

達成は難しい。

だからこそ、

遠まわりして

試練をクリアして、

目標を達成させる。

つまり、まわり道は

目標からのギフトともいえる。

人生は夢や希望を

叶えることで、

素晴らしいものに

なっていく。

そのために、

まわり道が

用意されているのだ。

自分の価値を提供して生きる

 

(今日のコトバ)

 

人生は、

存在を価値にする競技である。

 

 

存在感がある、ない。

人を称していわれることがある。

たしかに、

圧が強いほど

存在感がある人もいれば、

空気のように存在が

わからない人もいる。

だが、

人はその存在を価値にして

生きている。

仕事のできる

その人の存在が必要。

優しくしてくれる

その人の存在が必要。

そこにいてくれる

その人の存在が必要、、。

あなたという存在が、

どこかで

誰かが必要としている。

その必要性が価値を生む。

そして、誰一人として

価値のない人はいない。

自分の価値を

自分で理解していたら、

世の中に自分の価値を

提供できる。

自分の価値を提供して

生きることができれば、

こんなに楽しい人生もない。

だから、

自分の価値を理解して

生きていこう。

人生を有意義にするために

大切なことだ。

 

 

損得で動くのが人間

 

(今日のコトバ)

 

損得で動かない人なんて、

想像上の生きもの。

世の中で誰一人

出会うことはない。

 

 

「損するから嫌だ」

「もっと得したい」

そう思うのが

人間という生きもの。

ただ、生きていると、

「あの人は

損得勘定をしない人」とか、

「損得で動くな」とか

いう人がいる。

本当に損得抜きで

生きているだろうか。

全世界の人を

知っているわけではないから、

絶対とはいえないが、

少なくとも自分のまわりで

損得を計算しないで動く人と

出会ったことがない。

もちろん、どうしても損を

しなければならない

役回りの人はいるが、

その人も

損を回避するよう動いたり、

裏で得するよう

動いたりしている。

それがワルいと

いっているのではない。

人間は損得で動くことが

標準装備されていると

思うのだ。

だからこそ、

自分だけ損得を考えないで

生きることはない。

得を考えて行動していい。

それが人間。

まわりの人間だって、

みんなそうなのだ。