受け流せばいい

(今日のコトバ)

 

心のない人に、心を傷つけられる必要はない。

 

 

 

あきらかに心がこもっていない言葉を発してくる。

気持ちを傷つける言葉を平気でいってくる。

傷つくのは自分ばかり、、、、。

そういう経験はないだろうか。

意識、無意識にかかわらず、

言葉や態度で傷つけてくる。

不快感がたまって、

こちらの心が痛んでくる。

なんでだろうと、クヨクヨと考える。

だが、考えてみるとたいしたことはない。

相手の発した言葉が気に入らない。

傷つく言葉を発ってきたというだけだ。

もっというと、相手はこっちが傷ついていることさえ、

わかっていないこともある。

そう思うと、ほんとうにバカらしいと思う。

後々考えると、なんであんな言葉に傷ついていたのだろうと思う。

だとすれば、相手が心なく遣ってきている言葉なら、

こちらも心で受け止めることはない。

受け流すという選択もある。

人生は、いろいろ不愉快なことがある。

そのなかで、心ない言葉で不愉快になることは、

一番簡単に対処できる。

受け流すのだ。

もし、腹が立ったらいい返してもいい。

とにかく、こちらの心を痛めないように生きる。

無駄に悩む時間をつくる必要はないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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生きたように生きるために価値が必要

(今日のコトバ)

 

カチは、ガチです。

 

 

 

価値。

あると認定されると、

評価が決定する。

「あの商品は価値がある」となると、

その商品は優れた商品と認定される。

そもそも価値のない商品があるのかという問題はあるが、

商品力が弱いと、

価値がないといわれてしまう。

また、評価もある期間が過ぎれば、

変わってしまうものもある。

時代に合わなくなったものだ。

もちろん、個人にとって価値があるもの、ないものという

認定のしかたもある。

ただ、価値を認定されることは、

商品にとって、リアルな評価。

本当の実力の認定になる。

人間においても、

出来る人とは、何か特出した能力があって、

価値がある人といえる。

評価のゆるぎない基準になる。

商品もそうだが、自分の能力が人より秀でれば、

それは価値になる。

自分の特出したものがあるか。

あるなら、それは価値になる。

自分の特出したものがないのなら、

得意な能力を磨いて、それを価値にしよう。

価値ほど、高い評価はない。

自分が生きたいように生きるために、

価値は必要なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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少しだけ明るくする力

(今日のコトバ)

 

明日になると、見たこともない風景が見れるんだ。

 

 

 

 

どこまで生きても明日はわからない。

同じような一日でも、

まったく同じにはならない。

今日まで知らない人と出会う。

今日まで知らない出来事に遭遇する。

今日まで知らない幸せを知る。

人生は新しい何かを経験するから、

もっと生きていこうと思う。

もっと頑張ろうと思う。

そして、その新しい何かが、

いいことであることをどこか期待している。

無意識のうちに期待している。

前進するには、その期待感が必要だ。

明日には、その期待感がある。

今日、辛いことがあっても、明日少し変わる。

明日の力とは、

人を少しだけ明るくする力。

人はみな、少しだけ明るくする力を求めているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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普通の日を幸せな日に昇格する

(今日のコトバ)

 

おおきなあくびをして、

あたたかい日があれば、

いのちは笑ってくれるよ。

 

 

 

 

あたたかい日だ。否、あたたか過ぎる日だ。

夏の日差しなので、喜んでばかりはいられないが、

雨の日が続くよりは気分はいい。

思いっきり背伸びをして、

大きくあくびをして、

ボーっとできる日は、最高に気分がいい。

生きていれば、何度もめぐり合う、

そんな日を、人はあたりまえだと思ってしまう。

気分良く時間が過ぎていくことが、

何よりも幸せであることを忘れてしまう。

そして、そんな日の素晴らしさは、

不健康な状態、気持ちが滅入っている状態になると、

気づかされる。

自分の調子が悪くなって、

普通の状況がいかに幸せか理解できる。

だとすれば、幸せの設定を普通に置いたらどうだろう。

ほぼ毎日が幸せになるのではないだろうか。

何をいっているんだ。

「普通の日は、普通の日だろう」という気持ちもわかる。

だが、普通の日が尊いことも、また、確かなのだ。

そのことを忘れないだけで、

幸せの分量が多くなった気がするかもしれない。

幸せだと思える日が、たくさん持って生きていこう。

 

 

 

 

 

 

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防げる悲しみがある

(今日のコトバ)

 

悲しみは、寸止めで。

 

 

 

もし、できるならば、

悲しみの直撃を受けるのではなく、

間接的に、あるいは、避けるだけさけて、

和らげることができるならと思う。

もちろん、事故のように突発的な出来事で、

どうにもならない悲しみもある。

ただ、この悲しい結果は予測できたということも

たくさんあるはずだ。

「やっておけ」といわれて

やらずにいて、悲しい思いをする。

「やめろ」といわれて、

やめられずに、悲しい思いをする。

第三者が見ていれば、

当然の結果のような悲しみがある。

その悲しみは、防げる悲しみだったはずだ。

人生は、いろいろな事が起こる。

できるだけ悲しい状況には遭遇したくない。

だとすれば、最低限、

自分で防げる悲しみは、

自分で防ぐ。

そこが大切になのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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悲しみを癒すために

(今日のコトバ)

 

不幸は、笑っている場所から逃避行していく。

 

 

 

生きていれば、悲しいことはたくさんある。

自分ではどうにもならないほど悲しいこともある。

自分に、より自分に近い悲しみは、

どう癒していいかわからないこともある。

ただ、どんな悲しみも人は癒すことができる。

癒すことで生きてきた。

解決する方法も、たくさん知っている。

まずは人間。仲間や肉親等、信頼している人々に

癒してもらう。次に時間もある。

少しずつだが、時の経過と共に悲しみも薄らいでいく。

そして、いちばん大きいの心から笑える状況に身を置く。

笑えば笑うほど癒される。

笑っていれば、時間がはやく進んでいく。

悲しむ時間からも遠ざかる。

悲しい気持ちも忘れていける。

とにかく、笑って、笑って、笑う。

人間は、有史以来、悲しみを癒す知見を

たくさん積んできた。

その中で笑いは悲しみを癒す最右翼にある。

そのことを忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

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みんな弱点がある

(今日のコトバ)

 

ツボ、1mmずれて、ボツ。

 

 

 

弱点、急所は、ピンポイントに攻めなくては、

決定的な効果を発揮しない。

勝負する人は、必ずといっていいほど、

長所があるのと同時に弱点がある。

攻めに強い人は守りに弱いし、

守りができる人は攻めが苦手だったりする。

オールラウンドにできる人は、

どれも個性が際立たない。

頭の回転は早いが粘りはない。

粘りはあるのだが、瞬発力に欠ける等々。

長く生きていても完璧な人は出会ったことがない。

つまりは、みな弱点を抱えている。

ライバルに勝とうと思うのなら、

弱点をピンポイントで攻める。

反対に、人を育成しようとするなら、

弱点を外すして、強い部分をのばす。

人は弱点を持っている生き物。

完璧な人はいない。

そう思うと、いろいろな戦い方、

いろいろな付き合い方ができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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途中経過であることを忘れるな

(今日のコトバ)

 

人生は、短距離走者も、中距離走者も、

長距離走を走っていく。

 

 

 

 

わかっていることだが、人生は長い。

何年も、何十年も生きていく。

その生きる時間の中で、

勝ったり、負けたり、成功したり、失敗したり、

泣いたり、笑ったり、

緊張したり、興奮したり、高揚したり、落胆したり、

いろいろなことが起こり、

いろいろな気持ちになる。

それらすべてが途中経過。

個人的に、短距離走者のように短期決戦に向いている人も、

中距離走者のように短期と長期の間に結果を出すのが得意の人も、

長距離走者のように長い時間を走らなければならない。

短距離、中距離、長距離、得意は得意でいいと思う。

ただ、人生は長距離であることを理解しておくべき。

つまり、どんなことが起こっても死ぬまで途中経過であるということ。

一喜一憂するなとはいわないが、

負けてもまだ先がある。勝っても勝ち逃げできない。

そのこと忘れずに生きていく。

そこが自分を追い込まない生き方の秘訣なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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得意分野で幸せに

(今日のコトバ)

 

成功のまぼろしが子供をつくる。

失敗の積み重ねが大人をつくる。

 

 

 

 

子供の頃は、無限の可能性を感じていた。

野球選手でも、サッカー選手でも、

パイロットでも、レーサーでも、

何にでもなれると信じていた。

大人になると、現実という壁に何度もたたきつけられ、

自分の身の程を知っていく。

子供の頃の可能性を信じなくなった人から、

普通の大人になっていく。

ただ、ここで一つ思うことがある。

その可能性は自分に向いてる分野で探しているか、

ということ。

まわりを見ていると、

違う分野なら能力を発揮できたのに、という人がたくさんいる。

なんとなく、時代や環境に流されて、

自分に向いていない世界であがいている人が多い。

営業的な気持ちの欠片もないのに、

募集が多いから営業職につく。

あるいは、高学歴なので研究者になったが、

勉強と研究がまったく違う能力が必要で役に立っていない人。

力仕事なのに腕力がない人等、、、、、。

自分の得意分野を知らずに、

なんとなく人生を決めてしまう人がいる。

だが、こういう人生で幸せになれるだろうか。

なれる人もいるだろうが、

自分にとって最高の人生にはなりにくいのではないだろうか。

年齢的に遅すぎてしまうこともあるかもしれないが、

できれば、子供のように可能性を追う気持ちを、

大人の視点で探す。

自分は何に才能があるのか。

自分は何に向いているのか。

そこをわかった上で生きていくべきではないか。

人生は、幸せを探す旅。

悲しいこと、辛いこと、苦しいことだけでは、しんどい。

少しでも幸せに、少しでも楽しくするには、

自分の得意分野で生きる。

そこが人生のポイントになるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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言葉で人生を生きる

(今日のコトバ)

 

言葉は、時々、傷より痛い。

 

 

 

 

人の言葉は、凄い力を持つ。

一言で感動させることもできれば、

一言で傷つけることもできる。

時に一生忘れられない座右の銘となって、

心に刻まれる。

時に一生忘れられないほど傷つく言葉もある。

それを思うと、言葉の力は重い。

そんなことは誰でもわかっているのだが、

言葉に途轍もない感動し、

言葉に深く傷を負う。

何も名言でなくとも、

愛を告白しその答えが「うん(Yes)」というだけでも、

一生忘れられないものになる。

その反対で、「ごめんなさい(No)」といわれただけでも、

耳にこびりついて離れない。

言葉の力。

もっとも簡単で、もっとも力を持つコミュニケーションツール。

だからこそ、大切に使わなくてはいけない。

人は、言葉で人生を生きていく生き物なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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