足をひっぱらずに、手を借りよう

(今日のコトバ)

 

足のひっぱりあいっこから、いち抜けた。

だって、みんな鬼だもの。

 

 

 

足をひっぱっている人は、勝てません。

ひっぱっているだけで、前へは進んでいないから。

足をひっぱっている人は、幸せになれません。

ひっぱっているだけで、幸せを破壊しているから。

足をひっぱっている人は、美しくありません。

ひっぱっているだけで、顔が醜くなっているから。

人は自分が苦しくなると、誰かの足をひっぱって

自分の苦しみを解決しようとする。

でも、それは自分の評価を落とすだけで、

人としてのランクを急降下させる原因でしかない。

どうせ人と接するのなら、足をひっぱるのではなく、

手を借りよう。そして、借りた手に感謝して、

貸してくれた人に恩返しをする。

そうすれば、人間の良心が連鎖し、

すばらしい人間関係が生まれる。

けして、鬼を生まない人間社会が構築されるはずだ。

自分のオンオフ

(今日のコトバ)

 

開店したら閉店するまで、緊張感を。

 

 

 

人間にも営業時間があると思う。

ここで集中してかんばらなければならない

という時は緊張感をもって力を発揮する。

そしてオフになれば、自由に自分を解放する。

その切り替えが充実した毎日を過ごすことにつながる。

また、長い目でみれば、この切り替えができる人間が、

成果を上げていると思う。

あなたのまわりをしっかり見てみよう。

いい仕事をする人は、必ず自分のオンオフをもっている。

必ずオンオフのスイッチをもっている。

あなたも上手にオンオフを使いましょう。

お詫びと暑中見舞い

本日、「今日のコトバ」が

途中までの表記になってしまいました。

大変、申し訳ありません。

ただいま、復旧作業をしておりますので

しばらくお待ちください。

 

ということでなんですがブログをかりて

コトバザウルスを見てくださっている皆様へ

暑中お見舞い申し上げます。

猛暑が続きますが、くれぐれもお体を大切になさって

元気に夏をのり切ってください。

昨年かきましたLOOOOOOOOOONG VACATION

するもよし。避暑地にいって涼むのもよし。

海外でリゾートを満喫するのもよし。

田舎に帰るのもよし。

ご自分のコンディション&コストと相談の上、

楽しい夏をお過ごしください。

リフレッシュしてリセット

(今日のコトバ)

 

休んでいると遅れる。

休まないと狂う。

休みは上手に使いましょう。

 

 

 

暑さを越えて熱さへ。

いよいよ夏バテシーズン到来といったところか。

朝からじっとり汗をかき、

集中力が散漫になり、

何事にもやる気がそがれていく。

こんな時は、どんと休んでしまおう。

からだと気持ちの入れ替えをしないと、

バランスがくずれ自分の立ち位置を見失ってしまう。

生きるための爽やかな風が必要な時だ。

いまこそ、一回リフレッシュしてリセットしよう。

また、走りだすためのエネルギーを蓄えるために。

目標ある幸せ

(今日のコトバ)

 

ぜんぶ揃って幸せなのではない。

何か欠けたものを満たすことで

幸せが生まれるのだ。

 

 

 

喜びが、楽しみが、満タンになることも、

幸せのカタチだと思う。

でも、いちばん幸せな時っていつだろう。

考えてみると、何かに試みて、その成果があらわれ、

「もっとがんばってみるか」と思っている時が、

いちばん幸せなような気がする。

なにもかも達成してしまって、喜びの頂点なのだけど、

次の目標がなくて心にすきま風が吹き出すより、

頂上を目指して駆け上がっている人間の方が

端から見ていてもおもししろい。

いまの幸せに満足していなくても、

着実に目的に近づいたり、成長しているなら、

それは、とても幸せな状態にあるはずだ。

その幸せを大事にしよう。

その幸せを生涯追い続けよう。

仮に何かを達成してしまったら、

次の目標をもてばいい。

次の目標が、新しい幸せが生まれるはずだ。

そして、成長や成果の中に埋まっている幸せを

また、たっぷり掘り起こせるはずだ。

 

ヴィッセル神戸の三浦知良が横浜FCに移籍した。

彼もサッカーを引退することで、目標がなくなることが

どれだけ寂しいことがわかっていたと思う。

その結果、J2でもサッカーをすることを選択した。

新しい目標をつくって走り出せば、また、新しい幸せが生まれる。

そのことを彼は知っているのだ。

方法論、経験、そして自信

(今日のコトバ)

 

達成するばかりが正義ではないが、

途中でやめた人は何をつかめばいいか

わからないまま終る。

 

 

 

一つのやるべきことを完遂するのと、

途中であきらめるのでは、

自分の中でつかめるものがまったく違うものになる。

完遂した人は、達成したという充実感とともに、

一つの方法論をスキルに組み込むことができる。

同じようなテーマをあたえられた時、

その方法論と経験と達成した自信で、

そのテーマは簡単にクリアできるはずだ。

だが、途中で投げ出した人は、

同じようなテーマでもまた1からスタートしなければならない。

それは、結論をもたない方法論とあきらめた経験と

自信がないという不安が残ってしまっているからだ。

あはらめるという簡単な行動は、

方法論、経験、自信という3つの大きな柱を失ってしまうのだ。

なんでもかんでもあきらめずに、

石にかじりつけとはいわないが、

ここぞという時はあきらめない方がいい。

なぜなら、あきらめないで得るものはあまりに大きいからだ。

きっと、成功者はみな知っている。

成功を手にした人は「あきらめない」から

つかめるものを知っている。

そして、つかんだものを絶対離そうとはしない。

つかんだものが人生を思いっきり有意義にしてくれるからだ。

あなたも「あきらめない」で、自分の夢や希望を達成し

自分のサクセスストーリーをつくってみないか。

 

道路公団が民営化を前に副総裁が逮捕された。

これも談合や天下を「あはらめない」という結果かもしれない。

だが、「あきらめない」も悪事に利用すると

最後は正しい審判が下される。

「あきらめない」は自分のプライドをかけた

夢のために使ってほしいものだ。

自分が再生するものを見つける

(今日のコトバ)

 

自分を壊さないだけのズルをポケットに。

 

 

 

真面目にだけ取り組めば、息がつまる。

真剣勝負ばかりだけでは、身が持たない。

生き方上手の人は、自分自身を壊さないための

術を知っている。

スーパースターも、カリスマも、美女も、野獣も、

気を抜ける場所や時間を大事にしている。

カラオケでも、早朝野球でも、フィットネスでも、

飲み会でも、美食でも、釣りでも。

その行為をすれば、自分が再生できる、

復活できるものを確保しているのだ。

明日を新鮮に生きるために、

今日壊れそうなところは今日修復しておく。

修復できる人生と、できない人生では

一生の楽しさまったく違うものになってしまうはずだ。

 

尊敬するアントニオ猪木はプロレスの天才だったが、

暴露本によると私生活、経営者としてはクエスチョンマークが

たくさんついたようだ。それも自分を壊さないための

再生方法のひとつだったのだろう。

現状打破のために基礎を

(今日のコトバ)

 

「このまま」が、

明日になると「こんなもの」になってしまう。

 

 

 

現状維持は退化に等しい。

昨日使えた技術が、今日使えなくなる。

今日使える技術が、明日使えなくなる。

日々の社会ではあたりまえのように起こりうる。

人間だって、過去を引きずっていては

成長できない。新しいものを生み出せない。

人間の人生の時間割りを、

教育、仕事、老後に分けてみれば、

子供から社会に出るまでの教育期間と

社会人一年目から退職までの数十年は、

立場や場所で質は違えど

やっぱり進化の連続であると思う。

その中で自分の武器となるものを研鑽し、

進化させていくことがとても大事なことなのだ。

プロ野球選手が真夜中でも素振りをするように、

毎日基礎をおこたらなければ、

地道でもステップアップできる。

それが、長い年月続けると偉大な成果として

とてつもない進化を果たすことになるのだ。

あなたも現状を打破するために基礎を大切にしよう。

 

それにしても、スペースシャトル「ディスカバリー」は、

まだ帰還もしないうちから、欠陥が発見されてしまった。

NASAはこの数年間、進歩を果たしたのだろうか。

すこし気をつけて、深く、長いおつきあい

(今日のコトバ)

 

助けてくれる人も、

お前の人生まるごとは持ちこちえられない。

手だけ貸してもらえれば充分な生き方をしよう。

 

 

 

助けてくれる人には、甘えてしまう。

たまに甘えてしまったり、ちょっと手を貸してもらうぐらい

サポートしてもらうのはかまわないと思うが、エスカレートして

人生をまるごと助けてもらおうとするのはどうだろう。

相手だって、コミュニケーションをしっかりとりたいから

少々のことであなたを助けてくれる。

しかし、だんだん依頼心が強くなり、大きな負担となるほどの

助けを求めたら、相手を不快にしているといって過言ではないのだ。

「すこし気をつけて、深く、長いおつきあい」

相手の事を考えて、相手が気持ちよく、

手をさしのべてくれる関係をつくろう。

それには、相手を尊敬して、相手とのいい距離を保ちながら、

サポートしてもらおう。

あなただって、必要以上にものを依頼してこられては、

好きな人でも嫌いになってしまうでしょう。

人間は比較級で生きている

(今日のコトバ)

 

救われているのは自分より苦しんでいる人がいる時。

けして、自分より楽している人を知った時ではない。

 

 

 

台風7号が今日上陸した。海沿いの地域での津波、

各地で発令される大雨洪水警報。

社会を暴力のように殴りつけた

悲惨なテレビ映像が流れる。

床上浸水した住居、川に流されていく車、

看板が飛んでいってしまったコンビニ、

土砂崩れの村、、、、、、、。

その時、その悲劇と関係ない人は何を思うのだろう。

「かわいそうだね、あの人たち」と思う人が大多数だろう。

でも、心の片隅に「自分の家、家族でなくてよかった」とも

思うのではないだろうか。

誤解を恐れずにいえば、人の苦しんでいる姿を見て、

自分のいまある幸せを確認しているといえるのではないか。

けして、いいことだといいきれないが、

普通の人々の偽りのない心境だと思う。

自分が他人との比較で自分の方が恵まれていると感じると、幸せになれる。

しかし、自分の方が恵まれていない時、幸せを感じるだろうか。

正直、幸せは感じないだろう。

自分より金持ち。自分より持てる。自分より成績がいい。

その人たちを見て幸せになれるほど、

人間は大きくないと思う。

嫉妬、不愉快、屈辱、劣等感。

言葉にすると、かわいくない気持ちが並ぶ。

でも、そのかわいくない気持ちから新しい何かを生んだり、

歴史的発明をしてしまったり、時代を変えてしまったりする。

あなたより、苦しんだり悲しんだりしている人も、

あなたより、楽しんだり優れている人も、

ぜんぶ、あなたの生きていくための尺度になっている。

そう、人間は比較級で生きているのだ。

どっちがいいとか、どっちが悪いとかではない。

あなたがどう解釈して生きるかなのだ。

 

先週も東京で震度5の地震があり、

サイバーエージェントとの社長と奥菜恵が離婚した。

あなたはどう思うだろうか。