才能を超えた運動量

(今日のコトバ)

 

運動量が豊富だと、

どの世界からも手放されない。

 

 

才能ともかく。コネともかく。理論派ともかく。

行動力があり、動きまわる人間は、

どの世界でも指名がある。

どの世界でも仕事が途切れない。

頭だけで、口だけで、何も行動しない人間より、

圧倒的に使える。

スポーツの世界でも、

技術だけはすぐれているが走らない人選手より、

タフで運動量豊富な選手の方が重宝がられる。

つまり、人生の戦いでは、走り続けることで、

汗を一生懸命かくことで勝てる試合もたくさんあるのだ。

そこを狙うのもひとつの選択だと思う。

少々才能に疑問があっても、その種目が好きで、

熱中できるのなら、人生を賭けてみる価値はある。

自分の内なる声と相談してみよう。

 

オーストラリアに一戦目を落とした日本代表。

クロアチア戦は必勝で勝ち点をあげなければならない。

ここまできたら、技術や才能はどうでもいい。

徹底的に走りまわって、クロアチアがあきらめるまで、

ボールに執着してほしい。

2006年の日本の夢や希望は、

サッカー日本代表が背負っているのだから。

人生の持ち時間を有意義に

(今日のコトバ)

 

今日は一日しかないけれど、

明日はたくさん輝いている。

 

 

今日は一瞬で過ぎていく。

あたりまえだけれど、明日は、明日以降の時間は、

燦然と輝いていて、夢もあれば、自由もある。

この明日という時間をどう考えるかで、

人生の持ち時間は有意義にも、無意味にもなる。

人によっては、人生の持ち時間が限られていて、

明日以降のことが、夢だけでは語れないこともある。

だが、黒澤明の「生きる」のように、

人生のタイムリミットが決められたから、

やるべきことが明解になることもある。

つまり、人には自分の意志次第でどうでもできる

宝石のような明日があるのだ。

この大事な明日を意識するか、しないかでは、

人生がハッピーか、ハッピーでなくなるかにも匹敵するのだ。

明日に希望をもって生きられる。

明日がワクワクするような日になる。

そう思えれば、人生はとても面白いものになる。

そして、人生がぐんと躍動していくのだ。

紆余曲折でも一本の道

(今日のコトバ)

 

まっ白なところへ行くか。

設計図のあるところへ行くか。

もう出来あがっているところへ行くか。

 

 

丸太船で航海をはじめて、

いずれはクイーンエリザベス号で帰港する。

未知の世界にくり出して0からものをつくりあげる。

冒険にも似た人生にとっての醍醐味だ。

ただ、すべての人がこの0からスタートすることが、

上手だとは限らない。

あるていど大きなフレームの中で、

コツコツと作業をしながら頭角を現す人もいる。

さらに、完全に出来あがっているところを、

管理することが得意な人もいる。

人の能力は千差万別だ。

どこからはじめて、どのように成功してもいいと思う。

だが、自分の適性、行くべき道は、

正しく選択しなくてはならない。

間違ってしまうと大変なことになる。

行く道を間違えた時、目標地にはたどり着けない。

自分の才能を信じると同様に、

自分の適性を見極めるのも最重要なのだ。

人生を成功させる道は、紆余曲折あろうとも

一本の道になっているのだから。

度胸は体験の数

(今日のコトバ)

 

みんな度胸なんてもっていない。

前へつっこんだところから度胸が生まれるのだ。

 

 

度胸が座ってるとか、いい度胸しているとか、

ここ一番で腹を決められる人に度胸という称号が与えられる。

でも、この度胸をいつでもどこでももっている人って、

誰もいないのではないかと思う。

もしあるとすれば、迫り来る危機などを何度も体験した

記憶によって、まったく未体験の人よりは怖れずにいられる。

ただそれだけのことだと思う。

今日これからはじまるワールドカップ第一戦のオーストラリア戦も、

初体験の選手は昨晩眠れない選手もいただろう。

だが、中田英寿をはじめとする海外組やワールドカップ経験者は、

興奮しすぎて何がなんだかわからない状況には陥らないと思う。

それは、少年の頃から世界で戦ったという自信と経験に他ならない。

そう、度胸とは体験の数でもつことのでるものなのだ。

様々な体験を自発的にするようにすれば、

自然と心と体がタフになり度胸がつく。

もし、あなたが度胸がないといわれているのなら、

リスクあるものに挑戦しよう。未知との遭遇を体験しよう。

度胸は、ほっておいても身に付いてくるはずだ。

試練のおかげで強くなる

(今日のコトバ)

 

優しさばかり集めたら、

弱い人間になってしまいました。

 

 

厳しさばかりの中では、息がもたない。

激しさばかりの中では、神経が休まらない。

辛さばかりの中では、気力が萎えてしまう。

人生のどこかに、休憩所のような優しさは必要だ。

否、必ず優しさがなければ、人は生きていけない。

だが、優しさの中の多くは甘えも含んでいる。

優しさばかりを選んで生きるということは、

甘えばかりの中で生きることとイコールになる。

甘えた体質の中で生きれば、自分の体質も甘えた体質になる。

厳しさもなく、激しさもなく、辛さもない状況で、

甘えられる状況ばかりで生きていけば、

人間なんて簡単に弱い人間になってしまう。

だからこそ、甘えた弱い人間をつくらないために、人生には試練がある。

日々のどこかにこの厳しさをもつことで、

人間が弱くなっていくことを防いでいる。

ちょっと頑張らなければいけないこと、少し痛みを伴うことも、

すべては人間が強く生きていくための強化システムなのだ。

試練よ、バンザイ。試練のおかげで今日も強く生きられる。

毎日にあきない

(今日のコトバ)

 

人生は、レシピ通りつくってもおいしくない。

 

 

 

高級でおいしい料理をつくるには、

よい素材と調味料を加えて料理をすればいい。

最近では創作料理などというお店も増えたが、

創作された料理もレシビを考えて、

計算して人が舌鼓を打つ味をつくっている。

これが、人間には一定までは当てはまるが、

料理のようにレシピ通りいくかとなるとそうはいかない。

仮にレシビが勉強だとして、

同じようなカリキュラムをこなしても、

個人の集中力、個人のコンディションによって、

まったく違った結果が出てしまう。

また、環境が予想もつかない状況をつくり出し、

宝くじが当たったり、事故に遭ったりすると、

昨日の自分では考えられない今日の自分がいることもある。

だからこそ、人生はおもしろい。

仕事や学校へ行く前に、星占いなどをみて、

今日一日の幸運を願う。

アクシデンドやトラブルがあっても、

それを解決することで充実することもある。

人間は、レシビ通り、計算通りに生きられない。

思い通りに生きられないからこそ、生きる張り合いができる。

毎日あきずに、喜怒哀楽を楽しみながら生きられる。

そう、人生って、人間だけが楽しめるいいものなのだ。

必需品となる幸せ

(今日のコトバ)

 

目的があるとないとでは、

幸福があるとないとに等しい。

 

 

ワールドカップ・ドイツ大会が始まる。

選ばれた23人のプレーヤーではないが、

日本でテレビの前にいるだけで、

ワクワクドキドキする。

一次リーグ突破だ、ベスト4どまりだ、

優勝するんだ、と予想をするだけで

楽しい時間が過ぎていく。

ワールドカップは、自分が参加しないのに、

勝敗が日々の中で重要な目的となる。

これが自分のための目的であったらどうだろう。

クラブ活動の試合、入試、入社、様々なコンペ、

競合のプレゼン、、、、、。

テレビを観戦するわけではないから、

ただ楽しいだけではすまされないが、

厳しいプレッシャーがあっても、

確実に目的がある時、人はとてもいい顔をしている。

ひたっている時間はないかもしれないが、

充実した時間を過ごし幸せの中にいることは間違いない。

目的は、必需品として幸せを携帯しているといっていい。

いま、幸せでないと嘆いているのなら、目的をもとう。

目的をもつだけで、幸せのシッポぐらいは捕まえられる。

後は、自分の努力の仕方でどうにでもなるのだ。

心に希望の灯

(今日のコトバ)

 

助走をつけて、

思いっきり高い壁に挑んでいくことが、

かっこいいことなんじゃないか。

 

 

勝ち負けではない。

無謀と思える敵に向かっていく。

結果が秒殺であっても、

その挑む姿に、その飛び散る汗に、

その流す涙に、人は心をうたれる。

勝つことより価値のある敗北だってある。

要は、チャレンジスピリットを賭けて、

人生の一瞬に完全燃焼したかが、

勝敗を超越した美しさを生み出すのだ。

だからこそ、いま目の前にある壁に立ち向かおう。

いま目の前にある夢をつかみにいこう。

結果か、答えが、自分の思ったものでなくても、

全力で戦った足跡は、自分の、仲間の、

心に希望の灯をともすのだ。

経験とポジティブ

(今日のコトバ)

 

軽薄だって、

人生の荷物は背負わなければならない。

 

 

 

どんなにいいかげんに生きようと、

どんなにちゃらんぽらんで生きようと、

人生の修羅場はやってくる。

笑ってばかりいられない時、

楽しんでばかりいられない時が

必ずやってくる。

重荷を背負いすぎるあまり、

前へ進めなくなってしまうこともある。

その時、経験という知恵をもっていないと、

対処のしようがなくなる。

自分の中に危機的状況を打破した経験があれば、

ケーススタディを元にシミュレーションできる。

さらに、ポジティブというスピリットがあれば、

屈しない心で前向きに生きていける。

人生の苦境に立った時、

自分を救うのは経験とポジティブなのだ。

青空は魂

(今日のコトバ)

 

雨の上では、青空が微笑んでいる。

 

 

 

どんなに大雨でも、どんな嵐でも。

その上の空は、晴れ渡っている。

雨とか、嵐なんて、一過性のものだ。

人間の日々の出来事も同じだ。

辛いこと、悲しいこと、痛いことがあっても、

生きていれば、必ず楽しいと思える、

幸せと思える時にまた出会える。

人間も自然の摂理と同じようにできているのだ。

そして、人間にとって青空にあたるのが、魂なのだ。

どんなに心が揺れ動いても、

根っこにある魂は動かない。

その魂がしっかりしていれば、

どんな喜怒哀楽が激しい時があっても、必ず元に戻れる。

そう、雨の後、必ず晴れた日がくるように。