欠点をメリットに

 

(今日のコトバ)

 

欠点は生まれつき

欠けているから、

そこに自分の視野が生まれ、

そこに自分の形が生まれる。

 

 

欠点がある。

生まれつきといっていい。

治しようのない自分の癖。

一生物といってもいい。

ただ、

それは社会の仕組みから

考えると欠点というだけであって、

見方を変えれば、

自分の強みにもなる。

例えば、鈍感。

仕事の中で

敏感に感じてくれないと

困る場面はあるが、

あまり理解できない。

仕事では困るかもしれない。

ただ、生きるためには

鈍感だから

神経がすり減らずに済むことは

多々ある。

気にしないと

ふてぶてしく生きていける。

メンタルが強い要因にもなる。

一例だがそれだけではない

欠点の強みはたくさんある。

自分が生きていく道に合わせて

欠点がいかに有効になるか。

確かめながら生きるのも

ワルくないと思う。

高い目標

 

(今日のコトバ)

 

高い目標を掲げることは、

人間の狂気を

引き出すための手段なのだ。

 

 

目標を掲げる。

特に、高い目標を掲げると、

達成のための力の入れ方は

尋常ではなくなる。

少しばかり頑張る程度では

達成できない。

全身全霊で挑み、

全力を尽くす。

時には狂気になりながら

邁進する。

「高い目標」

それは、自分の限界との戦い。

高い目標をクリアするたびに、

成功は約束されないが

成長はしていく。

人間にとって大切なもの。

それが「高い目標」なのだ。

生きることが希望

 

(今日のコトバ)

 

希望とは、

夢の背中を見つけること。

 

 

どこまで生きても

希望はあると思う。

もう何十年も生きてきて、

希望がなかったことがない。

絶望とか、喪失とか、

悲しみとか、

希望の対局にある気持ちに

なることはあったけど、

だからといって、

希望を失うことはなかった。

もしかすると、

希望とは未来への望みだけでなく、

生きることそのもの

かもしれないと思う。

なぜなら、

生きていることを意識したら、

いつも希望がそこにあるから、

生きる=希望とも

いえるのではないか。

深く考えると、

理由が必要になるから、

とにかく、

生きることが希望であると

定義してしまう。

そう考えると、

毎日生きること自体が

明るい未来になる。

それだけで、

少し得した気分になる。

希望は生きることの

別名なのだ。

人生の勝率を上げる

 

(今日のコトバ)

 

人間は得意技でできている。

いつ、何時、

誰が挑戦してきても、

得意技があれば

勝ち抜けるのだ。

 

 

得意な分野は強い。

誰もが自分の得意分野で

勝負できれば、

ほぼほぼいい結果が生まれる。

だとしたら、

世の中という荒波を、

自分の得意技で

生き抜いていけばいい。

ここぞという人生の勝負の時、

必ず自分の得意技を出す。

常に得意技を出せる

状況をつくり、

そこで勝負する。

人生の勝負所の勝率を上げ、

自分が思い描いた人生を

歩んでいけるはずだ。

 

はじめに言葉ありき

 

(今日のコトバ)

 

未来が見えないなら、

懸命に言葉を発信しろ。

言葉は未来の欠片になる。

その欠片を集めれば、

未来の地図ができあがる。

 

 

頭にあることを、

頭にしまったままだと

他人は判断できない。

言葉にしてこそ、

頭の中のものが

わかりはじめる。

言葉にしたからといって、

頭の中のすべてが

わかるわけではないが、

少なくても何をしたいかは

わかるようになる。

そこから自分の夢や目標が

動き出す。

「はじめに言葉ありき」

人生において叶えたいものは、

言葉からはじまる。

そのことを忘れずに

常に言葉で表現して生きる。

未来を自分のものにするために

言葉を武器にする。

大切なことだ。

人として大切なこと

 

(今日のコトバ)

 

人生とはお詫びと

修正のくり返し。

そして、ご愛顧に

感謝する歴史なのです。

 

 

 

生きていると、

ころんだり、ぶつかったり、

痛みを感じたりしながら、

しんどい時間を過ごしていく。

また、誰かという力に

支えられ、

ありがたい時間を過ごしていく。

キレイごとではすまない人生。

お詫びのくり返し。

その時々に

いろいろな人の力を借りて、

なんとか生きている。

そのお詫びや感謝を

忘れてはいないか。

忙しかったり、

面倒くさかったり、

不義理だったりして、

人として大切なことを

忘れてはいないか。

そう思うことがある。

自分でも忘れていることが

多々ある。

だからこそ、

お詫びや感謝は

気づいたらすぐに伝える。

人として

大切なものを失わないように

しっかりと伝える。

そのことを忘れてはいけない。

幸せの数を確認する

 

(今日のコトバ)

 

あふれる幸せを

どうしていいかわからずに、

どこかに忘れてしまって、

「幸せはどこにある?」と

また探し歩くのが人間である。

 

 

 

幸せを数えてみると、

自分のまわりに

いくつでもある。

幸せの基準は人様々だから、

幸せの基準を

高く設定している人は、

あまりないかもしれない。

それでも思い返してみれば、

幸せの一つや二つはあるはずだ。

ただ、幸せは数えれば

確かにあるのに、

数えながったり、

自分が不幸だと思っていると、

まったく幸せではないと

思ったりする。

自分にある幸せを見失って、

幸せはどこにある?と

疑問を持ってしまう。

そして、答えが出ないまま

幸せを探しをはじめてしまう。

そこで肝に銘じたいのは、

自分のまわりは

幸せに囲まれているということ。

朝起きてから眠るまでを考えて、

どれだけ幸せに支えられているか。

それを考えただけでも

幸せの数に驚く。

だからこそ、

幸せを探すより、

まず、幸せの数を確認する。

そこから始めよう。

普通やあたりまえに幸せがある

 

(今日のコトバ)

 

もし明日が人生最後の日でも、

今日やることと同じだとしたら、

それは素晴らしい人生じゃないか。

 

 

 

「明日が人生最後だったら、

何をする?」

時々、聞く人がいる。

子供の頃は、

夢を一気に実現して、

最後に考えられないぐらいの

贅沢をして終わる。

そんなことを

考えていたと思う。

ただ、人生を重ねて

様々な経験すると、

少し答えが変わってくる。

それは、

「明日で終わりなら、

今日と同じことを

やって終わりたい」と思うのだ。

今日まで続けていることが、

普通のことであればあるほど、

あたりまえであればあるほど、

このままでいいと思う。

それが人生の一つの

答えのような気もする。

人生の普通やあたりまえの中に

幸せがあって、

幸せであると思える時を

生き抜きたい。

それが、長く生きた答え。

だからこそ、

人生最後の日も

今日と変わらない

いつもと同じ日がいい。

たどり着いた人生の答えの一つだ。

人と人の間に感謝あり

 

(今日のコトバ)

 

「すいません」という言葉が

多すぎて、

「ありがとう」という言葉の数が

減ってしまうのは、

人間の不徳といたすところです。

 

 

 

日々の暮らしの中で、

感謝しなければいけない場面は

たくさんある。

毎日あるといってもいい。

ただ、

その感謝しなければ

いけない場面で、

感謝をちゃんと

伝えているかというと、

そうでもない。

「ありがとう」という言葉を

使う場面はとても少ない。

「すいません」という言葉や

何も伝えなかったりで

過ごしてしまうことの方が多い。

でも、それではいけない。

人間関係の基本には

感謝があるはずだ。

その感謝を伝えないで、

どうして関係が良くなるだろう。

良い関係になりそうでも

良い関係にならず、

ワルい関係は

よりワルくなるような気がする。

だからこそ、

感謝を大切にする。

人と人の間に感謝あり。

その気持ちを伝えることで

良いコミュニケーションを

築ける。

そのことを忘れてはいけない。

最上級の自分を目指せ

 

(今日のコトバ)

 

「誰か」のように生きると、

「自分」が息切れして走れなくなる。

 

 

憧れる。

誰かのようになりたいと願う。

特に若き日は、

立志伝中のスーパースターに

大いに憧れ、

その人を目指そうと思う。

憧れを目指すことは、

成長するために大切なことだ。

ただ、どんなに憧れても

自分以外の自分にはなれない。

憧れた人と自分は違う人間。

そう考えると、

いつか憧れと自分のギャップに

はさまれて、

苦しむことになってしまう。

そうならないために

大切なことがある。

それは、自分の最上級を目指すこと。

自分の才能・センスを確認し、

自分が行くべき方向性を確認し、

自分という人間を最高に高める。

そういった気持ちがあれば、

自分を誰かと比較して

ギャップに悩まなくて済む。

自分という確固たる価値観で

生きていける。

人生とは自分の一生。

誰かのような人生より、

自分の人生といい切れる

人生にしたいものだ。