傑作にあきらめはない

 

(今日のコトバ)

 

駄作といわれる作品には、

どこかにあきらめが描かれている。

 

 

傑作といわれる

卓越した作品がある。

高い評価を受け、

大きな感動を呼ぶ。

映画などでは記憶している人も

多いだろう。

ただ、中には駄作と呼ばれて

人の記憶から忘れ去られた作品もある。

発表はされたものの

人から酷評を受けたもの、

人から忘れ去られたものもある。

では、傑作と駄作の違いはなんだろう。

監督が素晴らしい。脚本が秀逸だ。

キャスティングが見事。制作費が潤沢、、。

傑作の理由はいくらでもある。

駄作の理由は

その反対であったともいえる。

ただ、駄作に関しては、

それだけではない気もする。

最初は、きっと作品をつくるにあたって、

熱意はあったのだろう。

だが、作品のどこかにあきらめのような

ものがうかがえる。

コミュニケーションを拒否したり、

伏線を回収しきれていなかったり、

トーンが途中で変わってしまったり、、。

作品制作にはいろいろな事情があって、

言い訳をしたいこともあるだろう。

だが、やっぱり作品は最後まで全力を尽くすもの。

もちろん、観客に謎を残して終わる作品もあっていい。

でも、そこでコミュニケーションを無視すると、

もっというと、

コミュニケーションをあきらめてしまうと、

傑作への道は遠い。

誰もが駄作をつくろうとしているわけではない。

だからこそ、傑作にしたいなら、

あきらめるを捨てること。

最後の最後まで全力を尽くして

作品に挑む。

その意志が大切だ。

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