はじめは、小さなことから

 

(今日のコトバ)

 

ささいなこと。

ちいさいこと。

こまかいこと。

人間が見ているものは、

大きいことなんかじゃない。

 

 

 

いいことも、

ワルいことも、

最初はささいなことだったり、

小さいことだったり、

細かいことだったりする。

そこを見逃したり、

そこを避けて通ったりすると、

後々、大きい問題になったりする。

突然、大きな問題が

身に降りかかったと思うことがあるが、

ほんとうは、その前に、

ささいな芽のようなものが必ずあったのだ。

また、大きな夢だって、

小さな達成の集合体だし、

幸福だって、

一つ一つ確かめてみると、

小さなことの集積だったりする。

つまり、ささいなことや

小さなことが、

人生の方向性を決めている。

だからこそ、

日頃、生きている場面で出会う

ささいなことや小さいことを

大事にする。

そのことを忘れないことが、

間違いない道へ進むことにつながるのだ。

相手との差が未来になる

 

(今日のコトバ)

 

敗北した点差を忘れるな。

これからその点差を超えることが

未来になる。

 

 

 

敗北した時、

いろいろな気持ちが渦巻く。

決して、前向きな気持ちではなく、

「もうあきらめてしまいたい」という

気持ちが大きくなることもある。

ただ、敗北したということは、

相手との差がわかったということ。

勝てない理由は何かと

考えていくうちに、

勝つためのヒントが見つかることもある。

実は、そこに

人生の未来がある。

もっといえば、

相手との距離=人生の目標に

なることもある。

そう考えると、

敗北することは、

未来を見つけること適している。

悔しさや辛さなどあるかもしれない。

だが、それ以上に未来が

見つかる可能性がある。

自分の考え方次第で

未来は見つかるのだ。

自分の眼で見る

 

(今日のコトバ)

 

色眼鏡をかけてしまうと、

人を見る視力が落ちてしまう。

 

 

人を見る。

簡単なようで、

こんな難しいこともない。

「あの人は、こういう人だ」と

思い込んでしまうと、

それが間違った判断でも、

なかなか修正できない。

また、誰かから聞いた人物評を真に受けると、

その人の固定概念ができあがってしまう。

あやふやな基準の評価が、

そのまま自分の評価になってしまう。

ほんとうに人を見るには、

これではいけない。

少なくても自分として

正しい判断を下すなら、

直接その人とコミュニケーションを

とってみる。

じっくり腹を割って話してみる。

一緒に行動してみる。

付き合いが深くなると、

まったく違った人物評になる人は

たくさんいる。

少なくても、

先入観ではなく、

自分の眼で見て、

自分でコミュニケーションをとって

相手を判断する。

人を正しく見るために

自分の眼で見ることは大切なことだ。

毎日、生きる時間を更新している

 

(今日のコトバ)

 

昨日、先生に心配されたけれど大丈夫。

今日の私は、昨日よりずっと強くなっている。

 

 

人は、毎日、

生きる時間を更新している。

一日一日と記録を塗り替えている。

それに伴い、経験も毎日積み上がっていく。

昨日より今日は、少し賢くなっている。

過去できなかったからといって、

現在できないとは限らない。

技術の進化したこともあるだろう。

精神の強くなったこともあるだろう。

もっといえば、

年齢を重ねると、

知恵が生まれてくる。

その知恵で人生の荒波を乗り越える。

もちろん、

嵐のような荒波で、

乗り越えられないこともある。

ただ、知恵というからには、

自分一人ではなく、

たくさんの人脈を駆使してもいい。

引き出しが増えているのだ。

そのことを意識して荒波も乗り越える。

毎日、生きる時間を更新して、

経験値も増えている。

自分にはその財産がある。

生きるために忘れてはいけない。

 

口グセで前向きになる

 

(今日のコトバ)

 

口グセを前向きにすると、

人生が前向きになる。

 

 

 

たかが口グセだと思うなかれ。

まわりの人を見てほしい。

後ろ向きなことばかりいっている人は、

人生において

いいことが起こることが少ない気がする。

反対に、前向きな口グセの人は、

人生において

いいことが起こる率が高いように思える。

統計をとったわけではないから

単純な話ではないが、

少なくとも、

前向きな口グセの人と行動すると、

自分まで前向きになってくる。

リーダーでも、

ネガティブチェックばかりする人より、

モチベーションを上げてくれる人の方が、

いい結果を出しているように思う。

口グセ。

よく発する言葉。

ただそれだけだけれど、

前向きになる。

言葉は心の使者。

心の使者は前を向こう!

といっている。

それが口グセとなれば、

人生はいつも

前を向いているということになる。

だからこそ、

口グセを前向きにして生きていく。

意識することで、

人生を前向きにできる

有力な方法だ。

 

 

 

 

可能性は、自分の考え方次第

 

(今日のコトバ)

 

0%ではない可能性は、

可能性100%になる。

 

 

可能性が0%のことなんて、

そうそうない。

どうにもできないことはあるが、

それでも、自分の力が向上したり、

時が経ったりすると、

可能性が生まれてくることもある。

そして、0%でない可能性は、

可能性が100%あるということになる。

仮に、1%の可能性でも、

その1%を追求すれば10%になり、

やがて100%になるかもしれない。

未来のことは誰にもわからない。

だからこそ、

そこに少しでも可能性があるなら

全力で取り組む。

「できない」という言葉は禁句。

とにかく、やってみる。

そこから、可能性が生まれてくる。

「できる」と思うところまで頑張れば、

後は勢いで達成できるかもしれない。

いま、目的の前に、

可能性が0%ではないと思うなら、

可能性が100%あると想定してみよう。

取り組む気持ちが上がってくる。

未知の力がわいてくる。

可能性とは、自分の考え方次第なのだ。

 

一言「できる」といえばいい

 

(今日のコトバ)

 

「できない」という人が

となりにいたら、

チャンスが舞い降りたのだ。

ただ一言「できる」といえば、

チャンスは自分のものになる。

 

 

 

一言、

「できる」

「できない」ということが、

人生を大きく変えてしまうことがある。

「できる」と答えれば、

大きな未来が広がっていく。

反対に、「できない」というと、

自分の世界を狭めてしまう。

ほんの一言かもしれないが、

振り返ってみると、

人生の分岐点になる。

さらに、誰かが「できない」といった時、

自分のものとして「できる」といって、

チャンスがまわってくることもある。

もちろん、自分の実力では

到底できないということに、

大やけどすることもある。

そこまでのレベルに手を出す必要もないが、

手を出せば届くくらいものだったら、

「できる」といってしまっていい。

それが人生の未来の扉を開く。

自分にとって有意義な人生を

築いてくれる可能性が広がる。

「できる」

たった一言、人生にとって大切なのだ。

正論も、ひとつの持論

 

(今日のコトバ)

 

正論で追いつめると、

異論の行き場がなくなる。

 

 

「その人がいうことは、いつも正論」

そういわれる人がいる。

まわりにいる人も正論と認めている。

正しい意見をいっている。

ただ、正論をいう人にありがちなのは、

正論を押し付ける人。

・・・・これが正解だろ!

・・・・これだ正しいんだ!!

ゆえに、キミの意見は間違っている!

そう聞こえる人がいる。

そんな言い方をされると、

自分の意見がいえなくなってしまう。

自分にも異論があるし、

正論だと思っていることも、

正論という保証はない。

立ち位置が変われば、

正論でなくなることもある。

そう思うと、

自分でも、誰でも、

正論だと思って発言することはいいが、

正論だと思ったことを押し付けるのは、

まわりの風通しをワルくしてしまう。

正論は、正論こそ、押し付けない。

その正論は、自分の正論であって、

ほんとうの正解かわからない。

正論も、ひとつの持論。

そのことを忘れてはいけない。

続けることは、かっこよさ

 

(今日のコトバ)

 

地道な努力こそ、

最高のパフォーマンスである。

 

 

 

コツコツと努力する。

まわりがどう思おうと、

何をいおうと、

着実に前へ進む。

自分が目指す目標に向かって、

一途に邁進する。

そんな姿を見せる人がいる。

たくさんではないが人生で何人か

出会ったことがある。

そんな人をかっこワルいと

思ったことはない。

やっていることが泥臭くても、

鈍臭くても、強い意志を感じる。

ゆっくりでも前へ進む姿が

美しいとさえ思う。

結論をいうと、

努力を続けられる人は、

最高にかっこいいといえる。

何をやるにしても、

何を目標にするにしても、

簡単にあきらめる姿はかっこよくない。

続けるということは、

一つのかっこよさ。

そして、それは誰でもできること。

もし、いま、自分の生き方が

かっこよくないと思っているなら、

一つのことをし続けてみよう。

続けることは、

最高のパフォーマンスになる。

かっこよく生きるための道になるはずだ。

生きることも、明日も、希望を内包している

 

(今日のコトバ)

 

人間は、

希望のしっぽを命果てるまで

離さない。

 

 

生きていると、

いつまでも希望を持っている。

具体的でないかもしれない。

小さいかもしれない。

ただ、人は命果てるまで

希望を持っている。

「何かをしたい」と思った時、

そこに希望が生まれる。

時が最後の日まで進むように、

希望も最後の日まで持っている。

「希望と共に生きていきたい」

と考える必要もなく

希望と生きている。

もしかすると、

生きるという意味の中に、

希望は内包されいるのかもしれない。

たしかに、

少し長く生きてみると、

人生のどこかに希望があった。

そして、希望があるから明日に迎えた。

生きることもそうだが、

明日にも希望は内包されている。

つまり、前向きに生きていくすべてに、

希望は内包されている。

だからこそ、

希望を大切にしたい。

自分の持つ希望に向かって

全力で生きていく。

それこそが、

希望を大切にする気持ちなのだ。