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(今日のコトバ)
目に見えるもので
一財産つくるのもいいが、
目に見えないもので
一財産をつくるのは、
もっといい。
大きな家を建てる。
スーパーカーを買う。
高級時計を持つ、、、。
目にわかる財産があるのは
素晴らしいことだ。
自力で手に入れたものなら、
富の象徴といってもいい。
ただ、目には見えないけれど、
素晴らしい財産もある。
それは記憶という心に残る
美しい財産に多い。
何か成功した。
誰かに勝利した。
誰かに感謝された。
誰かと感動した、、。
思い返して、
素晴らしいと思える記憶は、
すべて財産。
目に見える財産を
たくさん持つのもいいが、
目に見えない財産を
たくさん持つのも素晴らしいこと。
どっちがいいかではない。
どっちも大切ともいえる。
ただ、人生を豊かな気持ちで
生きたいなら、
目に見えない財産をたくさん持つこと。
大切なことだと思う。
(今日のコトバ)
成功も、失敗も、経験論。
だが、経験だけは進化論。
人生には、
成功も、失敗もある。
時に、喜び。
時に、悲しむ。
結果という事実に一喜一憂する。
ただ、結果というものは人生において
途中経過。
命が終わるその時まで
結果がすべてではない。
そう考えると、
人生は命果てるまでの冒険。
毎日毎日、いろいろなことがある。
そこに、成功や失敗はつきもの。
一喜一憂は仕方ないが、
こうも考えられる。
成功も、失敗も、経験。
そして、経験は人生に積み重なる
進化。
どんな経験も進化につながる。
だからこそ、
人は過去の自分より
今日の自分が強くなれる。
結果ではなく進化で人生を考える。
そんな意識で生きていきたい。
(今日のコトバ)
締切りは、
人間は人間業ではない領域に導く。
なぜだか追い込まれると、
人間は途轍もない力を発揮する。
特に、締切りとか納期とかいう
土壇場になると、
自分でも信じなられない力で
最後まで乗り切れる。
だとしたら、
いつもいつも締切りの気持ちで
行動すればいいじゃないかとも思うが、
これがリアルな締切りでないと、
信じられない力は発揮できない。
とするなら、人生に
締切りをたくさんつくってしまうのは
どうだろう。
「締切りに追われて」という状況をつくる。
それこそが信じられない力を
発揮する、し続ける源になる。
いつもいつも締切りに追われては、
心身が疲弊してしまうが、
できる限り締切りをつくる人生。
そこに自分の未知なる力を生み出す
一つの答えがあるはずだ。
(今日のコトバ)
見守るだけの救い。
何もしない気配り。
ただ隣りにいる思いやり。
それも、きっと、人の支えになってる。
何かをすることだけが
支えではないと思う。
遠くからでも、
いつも見守ってくれる。
何もしないけど、
いつも気にしてくれる。
側にいるだけだけど、
いつも思いやりを感じる。
何もしなくても、
誰かの支えを
感じたことはあるはずだ。
そして、その支えは
心の底でありがたいと思っている。
口にはしなくてもつながっている
安心感は、
生きていく上で、
途轍もなく大切なものだ。
だからこそ、
日頃、
自分が安心して生きていけたら、
まわりの人を見まわしてみよう。
実は、自分ことを
支えてくれているはずだ。
いざという時に、
「手を差し伸べてくれる人がいる」
そんな気持ちにしてくれる人がいたら、
ちゃんと感謝する。
いま、自分が幸せなのは、
まわりの人たちのお陰であることを
忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
光を探せ。
そこは答えを明るく照らしている。
何事も現場にいること。
それがチャンスをつかむには
一番大事。
遠くにいては、
つかめるチャンスもつかめない。
現場とは光が集まる場所。
出来事の光。
人の光。
そして、場所の光。
すべてが集まって光っている。
もし、いま、チャンスがないと
嘆いている人がいたら、
自分の行きたい方向にある現場、
光っている場所へ行こう。
そこに行くだけで、
新しいチャンスを見つけられる。
勇気と技量があれば、
チャンスをつかむこともできる。
「とにかく光ある場所へ」
チャンスをつかむための鉄則だ。
(今日のコトバ)
噂されるようになったら、
現場で認められた証拠だ。
わる口、陰口も含めて、
まわりで噂されるように
なったら、
存在が理解されはじめたということ。
存在感がないと、
話しのネタにはならない。
「あの人は、こういう人だ」
「アイツは、そういうところがある」
などといわれて一人前。
そういう意味で噂される存在に
なることはワルいことではない。
むしろ、噂されてこそ自分を
証明できる。
もちろん、いじめやハラスメントになる
噂はいただけないが、
もし、自分のことがまわりの人の
話題になったら一歩成長。
その噂を、噂ではなく
認めさせる声に
変えるために、もっと頑張る。
それぐらいの気持ちで
生きていけばいいと思う。
(今日のコトバ)
人格は、
その人が最良の選択だと思ったものの
集大成でできている。
その人が、日々、
何を考えているか。
考えていることが、
日々、人をつくり上げ、
人格というものを形成する。
人をつくり上げるとは大袈裟だが、
「人が考えていること」は
人格の源になる。
夢を追いかけている人は、
夢のことで頭が巡る。
欲望の塊の人は、
欲の求める方向へ動き出す。
愛であふれている人は、
愛ある生き方を模索する。
その「人が考えていること」は、
自分の行きたい方向への
選択をし続けている。
その選択の集大成が人格になる。
だからこそ、
どう自分の人格を表現されたいかを
意識するなら、
思考の中心に自分の目的を置く。
それだけで、自分の人格が決まってくる。
いい、ワルいではない。
思考は人格になる。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
言葉の強さに負けるな。
言葉の大きさに負けるな。
言葉の鋭さに負けるな。
言葉は口ほどに実力はない。
たった一言で、
人の気持ちは変わる。
強い言葉で迫られれば、
「はい」といってしまうこともある。
大きな言葉で伝えられれば、
嘘も信じてしまうこともある。
鋭い言葉で突かれれば、
心が痛むこともある。
言葉は人を壊す力がある。
だが、反対に考えると、
言葉はただの言葉だ。
その一言で殴られたり、
蹴られたりするわけではない。
言葉を聞き流してしまえば、
何ともないこともある。
言葉を読まなければ、
何ともないこともある。
つまり、言葉を自分の中で
どう消化するかで、
言葉の力は何とでもなる。
言葉は口ほどでもない。
そう考えて生きていく。
それだけで、
人生がつまらないことで
悩まされずに済む。
もっとポジティブに
生きていけるはずだ。
(今日のコトバ)
主語が「わたし」の人は、個人主義。
主語が「みんな」の人は、誇大主義。
人の考え方は
大きく二つに分かれる。
一つは自分を中心に考える人。
わたしはこう思う。
わたしはこれしかやらない。
わたしはこれが好き。
わたしの考えはこうだ、、。
わたしの思考が優先する。
もう一つは
全員の考えを中心にする人。
みんなはこういっている。
みんなはこう思っている。
みんなはこれが好き。
みんなの考え方はこうだ、、。
わたし本位とみんな本位とでもいおうか。
大きく分かれるのは、
ある程度わかる。
ただ、あまり「わたし」が過ぎたり、
あまり「みんな」が過ぎると
バランスを失う。
「わたし」も「みんな」もあっていいが、
正しいことは何んだというところから
意見をいう。
そこを忘れてはいけない。
バランスを失った生き方に
ならないために大切なことだ。
(今日のコトバ)
今日は、明日より責任が重い。
いちばん使える日はいつか?
それは、今日。
今日以外使うことができないともいえる。
では、「今日を毎日使い切っているか」
と問われると、
使い切っているとは
いえない人も多いと思う。
ただ、今日ほど機能的で、
今日ほど使いやすい時間もない。
自在に使いきらなければ、
もったいないともいえる。
人は「明日こそ」と、
明日に期待をかける。
だが、今日ほど使える時間はない。
そのことを意識して生きると、
一日一日が充実していく。
人生の今日という一日を
大切に使って満足する。
今日を使い切りながら
生きていこう。
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