「限界だと思う」の可能性

 

(今日のコトバ)

 

限界は、つねに新記録を狙っている。

 

 

誰もが限界だと思うことがある。

ただ、振り返ってみると、

人生では何度も

その限界を超えてきた。

もちろん、本当に限界で、

限界を超えられなかったものも多々ある。

だが、それでも限界は何度も超えてきた。

限界。

もうこれ以上進めない、

超えられないこと。

言葉として定義すれば、

そうなるだろう。

ただ人間が限界といった時、

「限界だと思う」と感じるだけだ。

限界だと思うの思うは、

「限界だ」とは違う。

思うという漠然としたものに、

実は、まだ可能性を残しているのだ。

だからこそ、

限界だと思っても、

「まだ、思っているだけだ」と

気を引き締め、踏ん張ってみる。

あがいてみる。

それこそが限界を超えていく

源泉になる。

人は限界を超えるだびに

成長していく。

自分の目標が限界の先にあるなら、

尚更、思うの部分を取っ払うまで

がんばってみる。

大切なことだ。

人格からくる自分のリズム

 

(今日のコトバ)

 

時間は、

人格に似たリズムを刻む。

 

 

人によって時間の使い方は違う。

まったく同じ秒・分を刻む時間を

自分の使いやすいように使う。

ある程度の制限はあるが、

自分のやり方で使う。

最初からエンジン全開で、

頑張って時間を使う人がいる。

少しずつスピードを上げて、

最後に全力を傾ける人がいる。

30分ごとに休憩を入れて、

同じ調子で働く人もいる。

特に仕事であれば、

ある程度フレームさえ守れば、

時間は自分のやり方に任せられる。

そしてその時間の使い方は、

人格に連動しているともいえる。

もっというと、

人格が生み出すリズムに合わせて

時間を使っている。

だとすれば、

状況にもよるが、

できるたけ自分のペースで

時間を使えるように生きる方がいい。

自分のリズムでできれば、

それが一番効率がいい。

人格からくる自分のリズム。

大切にしたいものだ。

奇跡のリアリティ

 

(今日のコトバ)

 

永遠という遠い奇跡より、

今日という近い奇跡を生きよう。

 

 

永遠。

言葉にするのは簡単だけど、

永遠の果てを見ることも、

感じることもできない。

言葉だけのファンタジーといっいい。

ただ、永遠とつくものは、

とても素晴らしいものだったりする。

永遠の愛、永遠の夢など、

スケールの大きな奇跡を語ることもある。

反対に、永遠と対をなすもの、

例えば今日も奇跡のなせる業といえる。

今日という何気ない一日だけど、

一日として同じ日はない。

楽しいと思える日もあれば、

悲しいと思う日もある。

運がいい日もあれば、

運のワルい日もある。

そのすべてが奇跡のような

出来事ともいえる。

仕事一つとっても、

一人では何もできないのに、

会社という組織になると、

簡単に仕事として処理できる。

適所に配置された人々が、

真摯に対応してくれる。

学校だって学んだことを

実践すると、

できなかったことが

できるようになることもある。

成長をこの上なく感じることもある。

趣味だってそうだ。

趣味を行うこともそうだが、

趣味をする場所を行くだけで

ワクワクする。

仲間に会えるだけで

嬉しくなる。

奇跡といってもいいことばかりだ。

だからこそ、

今日という奇跡を追いかけよう。

永遠という奇跡を追うのもいいが、

それよりリアリティがある。

そんな気してならない。

 

愛情の飢え

 

(今日のコトバ)

 

嫌われ者は、愛情に飢えている。

 

 

世の中、どんな場所でも

愛される人ばかりではない。

必ず嫌われ者は一定数いる。

圧倒的多数は平凡な人であり、

愛される人も何人かいて、

嫌われ者もいる。

嫌われ者の嫌われ方は

様々だが、

一つ大きな特徴がある。

それは、

愛情に飢えているというところ。

嫌味をいって嫌われる人は、

嫌味を言いながら

自分を大きく見せたい、

注目を集めたいと思っている。

かまってちゃんのような人は、

だれかれなく優しくして欲しいと

思っている。

暴力的な人でも、

暴力を振るいながら、

自分に従えと考えている。

その根本には愛情への飢えがある。

だとすれば、

家族関係、恋愛関係、友人関係などの

愛情に触れる部分を改善すれば、

嫌われなくなることもある。

すべてが改善されるわけではないが、

ひとつの有効な方法として、

愛情を感じられる環境に

導いてあげる。

嫌われてる人も、

それほど嫌われなくなる

きっかけになるはずだ。

同じ目線で人を見る

 

(今日のコトバ)

 

見下すな。見上げるな。

同じ目線にならないとその人を見誤る。

 

 

先入観で人を判断してはいけない。

第一印象で人を決めつけてはいけない。

先人に何度もいわれてきたことだ。

わかってる。

わかっているつもりだ。

ただ、例えば声が大きかったり、

体が小さかったり、

暗い表情だったりで、

人を判断していることもある。

もっというと、

自分よりたいしたことないと

見下げたり、

凄い人だと思って

見上げてしまったりすると、

その人の本当の姿を見誤る。

だからこそ、

同じ目線になって人を見ることが大切。

少し位時間がかかってもいい。

むしろ、少し時間をかければ

わかることも多い。

先入観、

第一印象等で人を判断しない。

人間関係を円滑に築く上で

大切なことだ。

奇跡の生きもの

 

(今日のコトバ)

 

人生とは、3000gの魂で生まれて、

30000日の奇跡を起こす物語である。

 

 

人は約3000gで生まれて、

約30000日の人生を歩む。

生まれたての赤ん坊は、

ただ泣いてばかりの生きものだが、

何千日、何万日立つうちに、

一人前の人間になっていく。

その期間に、

無数のドラマが起こる。

どれもが奇跡といっていい

出来事といえる。

つまり、何もできない生きものから

奇跡の生きものへ成長する。

それが人間の人生という物語。

だからこそ、

一日一日を

大切にして生きていきたい。

生きている今日も奇跡の時間。

そう思うと尊い一日に感じるはずだ。

 

謙虚な態度は自信

 

(今日のコトバ)

 

賞賛は人を謙虚にもする。

その謙虚さは自信と名を変える。

 

 

手柄、成功、勝利など。

人は賞賛を浴びる場面がある。

その時、嬉しいという気持ちがあって、

テングになったり、

傍若無人になったりする人がいる。

評価されたのだから、

当然といえば当然だ。

だが、それとは反対に、

謙虚になる人もいる。

賞賛されたからといって

偉ぶるわけでもなく、

別人格が顔を出すわけでもない。

もちろん、テングになったり、

傍若無人になることもない。

言葉すれば、謙虚。

そんな人は、

たいがい賞賛をもう力に変えている。

賞賛だけで一喜一憂しない。

その先のことを考えている。

そして、その先へ行くことが

ブレていない。

謙虚な態度は自信に思える。

そう考えると、

賞賛された時の態度で、

本物か、そうでないかがわかる。

テングや傍若無人になる人は、

ただその瞬間を喜んでいる人。

ほんとうに凄い人は、

ただただ謙虚にふるまう。

それほど間違っていない

考察だと思う。

 

そこで終わるか、前へ進むか

 

(今日のコトバ)

 

後悔は退化でできている。

反省は進化でできている。

 

 

後悔と反省。

人生とは切っても切れないもの。

人生で失敗したり、負けたりすると、

どこかに後悔がある。

ただ、同じ失敗したり、負けたりしても、

その先に希望があれば、

反省する気持ちになる。

どちらも人生の必須科目だ。

だが、大きく違うところがある。

それは、後悔だけで終わると、

その人は退化してしまう。

悔しいという気持ちだけで

終わったら、

そこまでの頑張った自分も

終わってしまう。

反対に、結果が良くなくても

腐らず、その経験をどう次に活かすかを

考えて、自分が切磋琢磨すれば

進化できる。

ほんの考え方の違いかもしれない。

そこで終わるか、前へ進むか。

後悔と反省には、

大きな違いがある。

どっちを選ぶかは人の自由。

ただ、後悔で終わらせたくない

何かがあるなら、

反省の道を選ぶ方がいいと思う。

経験に希望を集まる

 

(今日のコトバ)

 

キャリアは、希望を捨てない。

 

 

経験がある。

それは自信の礎にもなる。

「経験者募集」という

わかりやすい求人の文言にもある。

経験。経験者。

子供の頃から何度も使った言葉だが、

年を重ねるたびに重みを感じる。

世の中は経験者を

求める場面が多い。

もっというと、

経験のある人が仕事の中心にいると、

それだけでホッとする。

経験者は貴重なのだ。

そして、経験があるからこそ、

希望が持てる。

経験に希望が集まるといってもいい。

だからこそ、

経験のある人になることは大切。

経験が人生の希望を生む。

経験が人生の道をつくる。

経験者になって

素晴らしい人生にしよう。

満たされても、夢や希望を忘れない

 

(今日のコトバ)

 

満腹はケンカできない。

 

 

満たされると、

人は穏やかになる。

欲望とか、野望とかも、

薄れてしまうこともある。

それはそれでいいことかもしれない。

だが、満たされたからといって、

夢や希望まであきらめてしまうのは

違うと思う。

満足した時の自分を思い出してほしい。

「もっと上へ行こう」

「勝ち抜いてやろう」

「絶対に成功してやろう」等、

前向きだった気持ちを忘れてしまう。

反対に「これでもいいか」と、

気がゆるんだりすることもある。

それも人生だから、

ワルいことではない。

ただ、絶対叶えたい

夢や希望があるなら、

満たされることで

足を止めてはいけない。

そのためには、満たされることと

夢や希望の距離を忘れず生きる。

ブレない自分を意識して生きる。

大切なことだ。