思いやりの瞬発力と持久力

 

(今日のコトバ)

 

優しさは、

一番はじめに駆けつける瞬発力と

一番最後まで手を握る持久力が

必要だ。

 

 

優しさって、なんだろう?

そう自問自答した時、

一つの答えが浮かび上がる。

それは、相手に対する思いやりの

瞬発力と持久力だと。

ここぞという時に、

瞬間的に思いやりを捧げる。

躊躇せず、遠慮せず、

瞬間的に手をさしのべる。

そして、相手が優しさを

必要としなくなるまで

思いやりを捧げ続ける。

優しさとは、

そういうものでないだろうか。

一瞬だけ優しいとか、

みんなが優しくしているから

優しくするとかは、

ほんとうの優しさではない。

「いい人です」という名刺を

渡したいだけの気もする。

優しさは必要のない時は、

あたりまえだが必要はない。

ただ、ほんとうに悲しい時、

つらい時には、

人の優しさは大きな支えになる。

そして、

ほんとうにありがたい優しさは、

思いやりの瞬発力と持久力。

そう思うのだ。

 

嘘を見破るには行動を見よ

 

(今日のコトバ)

 

言葉で嘘をつくのは簡単だ。

行動で嘘をつくのは困難だ。

 

 

 

嘘。

人は人生のさまざまな場面で

嘘をつく。

言葉を中心に

真実ではないと知っていて

人をダマす。

嘘といっても、

許される嘘と

許されない嘘がある。

冗談ですむ嘘もあれば、

一生にかかわる嘘もある。

嘘にもグラデーションがある。

ただ、一言いえることがある。

それは、嘘は簡単に言葉にできるが、

嘘を行動で示すのは

難しいということ。

行動で嘘をつくということは、

いいかげんにはできない。

上手く人をダマすために

真剣に演技をする。

真剣にやると、

そこに真実が現れたりする。

もちろん、詐欺師のように

行動すべてを嘘で固める人もいる。

だが、普通に生きている中での嘘を

行動にするのは大変な作業。

もっというと、行動は力仕事。

行動にするまでの嘘はしんどい。

つまり、行動では

ほとんど嘘がつけなくなる。

「嘘を見破るには行動を見ろ」

そこに嘘に巻き込まれない

一つの基準がある。

歩み寄るという知恵

 

(今日のコトバ)

 

世界の悲劇を終息させるには、

神様が足りない。

人間でできることは、

人間でやってくれといっている。

 

 

なぜ、人間は人間を

理解できないのだろう。

正論という言葉がある。

大人になるまで正論は、

みんなの正しい論拠だと

思っていた。

だが、よくよく考えてみると、

正論は他人にも自分にもある。

極論をいえば、

人間の数だけあるといっていい。

一人一人が正論で責めたら、

世界がまとまるはずはない。

だだ、

人間には経験値がある。

知恵がある。

なんとか他人の正論と

自分の正論を調整して、

一つの解答を出しても

良いのではないかと思う。

だが、その正論はまったく違う着地を

することもある。

国家の政治という単位になると、

まったく右と左で分かれてしまう。

それでも、

人には歩み寄るという能力がある。

もう一度、

他人も認めて自分も認めてもらう

着地点を探る。

その意識を世界中の人々が

持てるようになると、

平和な世界がやってくる

気がする。

行動は理解しやすい

 

(今日のコトバ)

 

人間は、

考えていると小さくなって、

動いていると大きくなる。

 

 

岐路に立って

考え悩む。

頭の中で試行錯誤して、

一歩踏み出すことに躊躇したりする。

兎角、考えていると時は

動きが鈍くなるものだ。

反対に、考えることよりも

行動することで解決策を探る。

そういう人は

動きがダイナミックにみえる。

そのやり方が

正しいか正しくないかは

わからない。

ただ、動くことによって

行動がわかりやすくなる。

大きく行動していると

まわりの人から認知される。

知恵を貸してくれる人が

現れるかもしれない。

手を貸してくれる人が

現れるかもしれない。

心配してくれる人も

増えそうだ。

頭の中でモヤモヤするより

いいことはありそうだ。

人を巻き込んでも解決したい時は、

行動するところをみせることも大切。

考え悩む。

ダイナミックに行動する。

自分で選べばいい。

いい選択をして

生きていけばいいのだ。

 

プレイヤーというクリエーター

 

(今日のコトバ)

 

読むばかりでなく、

書くのだ。

聴くばかりでなく、

歌うのだ。

観るばかりでなく、

描くのだ。

才能は発表はなければ、

命を持たない。

 

 

自分に才能があると

信じていて、

何とか頭角を現したいが

何をしたらいいかわからない。

そんな時は、

とにかくプレイヤーになることだ。

好きなものの

延長線上にあるものを選んで、

まずはやってみる。

初心者として人より

呑みこみが早かったり、

習得時間が短かったりすれば、

才能がある分野かもしれない。

その分野を突き進めばいい。

次に、その才能が異彩を放つか。

人と違っていれば、

オリジナルの能力かもしれない。

自分の独壇場になる可能性もある。

そして、その上で

困難にも立ち向かえるか。

困難に立ち向かえるということは、

タフな精神力も

あるということになる。

一つの才能が

あるかないかの試験が

あるとすれば、

ここで試験は合格かもしれない。

ただ、最後に残った

一番大事なものがある。

それは、継続する力。

または、

習慣化する力といってもいい。

一つの才能を生み出し

ほんとうの力にするには、

そこまでの工程を

乗り切らなければならない。

ただ、ここまでくるのは、

大きな結果を求めたもの。

まずは、自分プレイヤーという

クリエーターになること。

そこがスタートになる。

自分の好きなもので

得手なものを探して、

一歩を踏み出してみよう。

いま、この時間、今日という時間

 

(今日のコトバ)

 

今日の一時間は、

明日の一時間より

仕事ができる。

 

 

 

時間とは、

いま、この時間だけが

自由に使えるもの。

過ぎ去った過去の時間も、

来るべき未来の時間も、

自分ではどうにもできない。

そう考えると、

いま、この時間、

今日という日こそ、

一番有効に使える時間ともいえる。

だからこそ、

いま、この時間、

今日という時間を大切にしよう。

人生の中でこれほど貴重な時間もない。

時間の上手な使い手になるためにも、

いま、この時間、

今日という時間を

自分のものにするのだ。

目標の貼り紙

 

(今日のコトバ)

 

目標は時計を見るように、

何度も何度も確認しながら

達成するもの。

 

 

人は目標に向かって

生きていく。

大きな目標、

小さな目標あるが

誰しも目標を持つ。

その目標の中でも

大きなものがある。

達成が困難、

不可能な気がする目標。

夢に近いと

いっていいかもしれない。

そんな目標を達成するために、

どんな意識を持てばいいのだろう。

切磋琢磨した上で必要なこと。

それは常に目標を確認すること。

よく目標を家や会社の壁に

貼ったりする。

「東大、絶対合格!」

「売上げ120%達成!」

目につくところに

明確な目標が掲げる。

簡単なことだが

とても大事なこと。

目標が確認できると

意識も目標に向かう。

困難な目標でも、

なんとかしようと

いつも頭を巡らせる。

行動に走らせる。

たかが目標の貼り紙。

されど目標の貼り紙。

いざ大きな目標に挑む時、

この目標の貼り紙をやってみる。

辛い時、しんどい時、

迷った時、

気持ちを前向きにしてくれる効果が

あるはずだ。

 

偶然も必然の産物

 

(今日のコトバ)

 

偶然とは、

気の早い必然が

フライングしたもの。

 

 

 

人生の様々な場面で

偶然と出会う。

突然、想定外の出来事と

出会う。

いいこともあれば、

ワルいこともある。

ただ、偶然といわれると、

いいことが多いような気がする。

その偶然と出会い、

出来事が終わってみると、

偶然は偶然ではないと思える。

出会うべくして出会うことが、

想定より早かっただけだと思うのだ。

偶然は、

出会うべき必然が

思いの他早く目の前に

現れただけのこと。

そう考えると、しっくりくる。

そして、ほんとうに

早世の必然であるのならば、

必然のために切磋琢磨すればいい。

偶然という読めないタイミングを

計らなくていい。

必ず必然として結果がついてくると

信じる。

そのために

準備という名の努力を惜しまない。

偶然も必然の産物なのだ。

 

声を正しく伝える

 

(今日のコトバ)

 

キミの叫び声は、

みんなの中でささやき声に

なっていないか。

 

 

自分の声が、

届けなければ

いけないところに届いているか。

そう感じることがある。

特に、意見、本心、弱音など、

心の底からの声が

伝わっているかが疑問な時がある。

上手くまとめて伝えられない。

声が小さくて伝わらない。

みんなの声にかき消されて

伝わらない、、。

伝わらない理由はいろいろある。

ただ、どうしても伝えたい声は、

あらゆる手段を使って伝えるべきだ。

まずは声のボリュームを上げること。

誰かの耳に入れば伝わることはある。

声のボリュームを上げることが

はばかられるなら、

伝える方法を考えていく。

メール、SNSなどから声を上げる。

行動で現わしてもいい。

伝えたい声が伝わらないと、

解決しなくてはいけないことが、

解決しない場合がある。

とにかく、方法を考えて声を伝える。

意識して生きていこう。

 

新しいものは、人を幸せにする

 

(今日のコトバ)

 

新しいものとは、

未来を幸せで包んだもの。

 

 

生活の中に

新しいものが届くと、

とても幸せな気分になる。

新しい家電、

新しい車、

新しいスマホ、

新しい家具、

新しい衣服、、。

これから手にする未来に

気分は高揚する。

そこに幸せが生息している。

だとしたら、

常に新しいものを求めて生きれば、

つねに幸せになれかもしれない。

お金で買う新しいものだけでなく、

自分でつくるものでもいい。

自分で椅子をつくってもいい。

自分で作曲をしてもいい。

自分でデザインをしてもいい。

自分で小説を書いてもいい。

いま、発表する場はいくらでもある。

評価されるかされないかは

わからない。

ただ、

幸せな気分になることは

約束できる。

幸せになるために、

新しいものをつくるのも

ひとつの方法だ。