(今日のコトバ)
理解とは、
誤解と誤解の公約数である。
「理解した」というけれど、
ほんとうに理解するのは難しい。
理解にも誤差はあるし、
人によって理解度も違う。
さらに、人を理解するとなると、
本当に難しい。
いい人。
わるい奴。
切れ者。
地頭がいい。
気分屋。
しつこい。
怠け者等々。
現わす言葉はたくさんあるし、
人を勝手に理解した気でいる。
だが、
ほんとうに理解しているだろうか。
いい人と思う人が、
ほかの誰かが見ると、
「結構、計算高くて嫌な奴」と
いわれたりする。
わるい奴と思った人も、
かわいいわるい奴から、
本格的に悪党まで
グラデーションがある。
結局は、理解するといっても、
どこかに誤解の部分が残っている。
自分も、相手も、どこか誤解している。
そして、誤解と誤解の公約数で、
人を判断している。
そう考えると、
あまり大声で理解といわず、
誤解しながら生きていること
意識することが大切。
心のどこかに誤解があることを
忘れずにいよう。