安売りしない

 

(今日のコトバ)

 

人間は安売りすると、

結局、誰も喜ばない。

 

 

そもそも安売りするという言葉が

合っているかどうかわからないが、

何かにつけ、

生きる環境で安売りしてしまうことがある。

仕事などの発注で人件費として

安く受注する。

コスト競争もあるから、

仕方ないことかもしれないが、

安いと足元をみられる。

安いからといって、

楽させてくれるというものでもない。

安さゆえに、

あごで使われることもある。

ある有名俳優が仕事の選択を

「ギャラの高い順でやる」といっていた。

それは、ギャラの額が

たくさん払われるからだけでなく、

「ギャラが高いと相手が

リスペクトして仕事をしてくれるから」

といっていた。

高い分、相手も真摯に仕事をしてくれる。

その結果、いい加減なことや

ムダなこと、ミスなどが省ける。

その場の環境が良くなって、

いい仕事ができるということらしい。

「なるほど」と思う。

レベルは違うが自分でも

頼まれごとに安請け合いすると、

酷い目にあうことが多い。

反対に、お金をかけても

いいスタッフを選べば、

スムーズに事は運んでいく。

だからこそ、

何事も安売りしない。

特に、自分の大切な領域、

多くは仕事にまつわることにおいては

自分を安売りしない。

そのことを肝に銘じたいと思う。

寂しがられる人

 

(今日のコトバ)

 

幸せとは、

寂しがってくれる誰かがいること。

 

何に幸せを感じるか?

いろいろな状況があり、

人それぞれでも違う。

ただ、誰もが「幸せだな」と

感じていそうなことはわかる。

それは、自分がいないと

「寂しい」と

思ってくれる人がいること。

愛している人であろうが、

愛してくれている人であろうが、

まわりにいる人であろうが、

ただ、つきあいがあるだけの人であろうが、

嫌いな人であっても、

寂しいといわれると、

自分どこかが温かくなる。

それを幸せと呼んでもいい気がする。

だとすれば、

いないと寂しがられる人になることを

意識して生きてもいい。

それには、

「誰かのために役に立つ」

そんな意識をもって生きることが大切。

人が生きるために筆頭にあがる役目。

そこに幸せが生まれる源があるのだ。

 

 

 

基礎のカタチを学ぶ

 

(今日のコトバ)

 

カタチから入って、

気持ちを入れるのだ。

 

 

何事もマネから入る。

お手本とされるやり方の

エッセンスを汲み取り、

必要な能力を身に着ける。

「カタチから入る」ともいえる。

基礎は誰もが学ぶべきカタチ。

そして、

このカタチを身に着いてからが

本当の勝負。

どれだけ基礎を学び応用できるか。

自分というフィルターを通し、

どれだけオリジナルなものになるか。

正統派的に成長する人もあれば、

トリッキーに成長する人もいる。

ただ、一言いえるのは、

大きく成長する人は、

基礎がしっかりしている。

カタチをしっかり身に着けている。

そこをショートカットすると、

大きな成長は望めない。

もし、いま、目指した分野で

成長したいなら、

まず、カタチから入る。

基礎を徹底的に学ぶ。

そのことを忘れてはいけない。

できるの情熱の火を絶やすな

 

(今日のコトバ)

 

「こんな事ぐらいできる」

そう思った時、本当にその力は宿る。

だが、すぐに始めなければ、

その力を失う。

 

 

根拠もなく、

「自分にもできる」と思う事がある。

直感でできると思えてしまう。

その時ほど夢に近づくこともない。

どんな壮大な夢でも、

「できる」と心が決めている。

もっとも強いモチベーションなのだ。

たいがいその道の成功者やプロも、

最初は根拠もなく「できる」と

思ったところから始まっている。

ただ、一つ問題がある。

「できる」と思った時、

すぐに始めなければ、

その力は失われる。

根拠のない自信がつけた

情熱の火は、

根拠がないだけに

消えるのも早い。

だからこそ、できると思った時に

一気にやり始める。

そこができるかできないかで、

人生は大きく変わる。

「できる」信じて生きてみよう。

やがて大きな財産になる

 

(今日のコトバ)

 

今日も道に迷う。

明日、少しだけまっすぐ

歩くために。

 

 

今日一日だけ見れば、

昨日より大きな進歩は

ないかもしれない。

ただ、それでも今日の試行錯誤は大切。

今日、昨日までの反省をして、

「もう少し良くしたい」

そう思うから、

人は躍動してくる。

一日一日。

少しずつ少しずつ。

だが、その積み上げたものは、

いずれ大きな進歩になる。

昨日から今日までは一日だが、

その一日が365日に続けて一年経てば、

大きな力になる。

これが3650日続けば十年になり、

大きな自分の財産になるはずだ。

だからこそ、

今日という一日を大切にしたい。

その継続が途轍もない

自分の財産になっていく。

人生において、

間違えのないひとつの

正しい道だと思う。

側にいる人が幸せ請負人

 

(今日のコトバ)

 

そばにいてくれる人って、

人生最高のギフトだ。

 

 

どんなものより大切なものがある。

それは、自分の側にいてくれる人。

あたりまえに隣にいて、

あたりまえの会話をする。

時に空気のような存在かもしれない。

だが、側にいてくれた人が、

突然、いなくなったらどうだろう。

不安になる。困る。寂しくなる。

悲しくなる。

どうしていいかわからなくなる、、。

人間の感じたくないものすべてが

一挙に襲いかかる。

こんなに辛いことはない。

反対に、

自分の側にいてくれる人が

いることで、

どれだけ幸せでいられるだろう。

あたりまえのことが

あたりまえにできる幸せは、

自分の側にいる人が

大きな役割を担っている。

だからこそ、

自分の側にいる人を

大切にしなくてはいけない。

その人がいなくなると

幸せの方程式が崩れる。

あたりまえが崩れる。

自分の側にいる人は、

人生の最高のギフトだと思って

大切にしよう。

 

人柄は相手次第

 

(今日のコトバ)

 

人柄なんて相手によって変わる。

嫌な奴には、嫌な奴になり、

いい人には、いい人になる。

 

 

人柄をうんぬんかんぬん。

他人がいう。自分がいう。

人柄とは、その人のマーケティング。

「おおよそ、こんな人だ」と

思われてる部分でもある。

ただ、初期設定として、

たいがいの人が

同じ人柄になることがある。

それは、嫌な態度をとる相手には、

こちらも嫌な態度をとる。

笑顔でリスペクトを持ってくれる人には、

こちらもリスペクトして対応する。

相手の態度で変わって

しまうのではないだろうか。

仮に、嫌な人に会っていて、

不貞腐れた態度をとっている時を

目撃されたら、

「あいつ人柄良くないよ」といわれるし、

笑顔の人と会っていて、

笑顔で対応していたら、

「あの人、感じいいね」となる。

ほんとうの人柄は、そうではない。

そんなことはわかっているが、

通り一遍で見られると、

人柄は簡単に仕分けられる。

気をつけて生きていきたいものだ。

格上に挑んで成長する

 

(今日のコトバ)

 

勝てそうもない相手に

立ち向かう。

そこに、

成長するすべてのアイテムが揃ってる。

 

 

「勝負。

できれば勝ちたい。

否、勝つと宣言して挑む。

ただ、相手は自分より実力が上。

簡単には勝てない状況がある」

そんな状況に陥ったことが、

人生で何度かあるだろう。

宣言通り勝てたこともあれば、

善戦むなしく負けたこともある。

ただ、振り返ってみると、

格上の相手に挑んだ時ほど、

自分が成長したことはない。

勝てないほどの実力を持っているから、

挑む自分は心身ともに、

ベストになるよう鍛える。

その結果、決着はつく。

その結果がどうであれ、

挑む間に研鑽したものは、

確実に自分を成長させてくれた。

だからこそ、

いま、自分に成長が必要だと思う人は、

自分より格上、

自分より強い者に挑んでいこう。

結果はともあれ、

自分が成長することは間違いない。

その後の人生の

大きな財産になってくれるはずだ。

やる気とは、自分を生み出すこと

 

(今日のコトバ)

 

やる気とは自分を生み出すこと。

やる気を出すたびに自分は生まれる。

 

 

「やる気を出せ」とか、

「やる気が見えない」とか。

人生のいろいろな場面でいわれる。

本気でいわれることもあれば、

軽い気持ちでいわれることもある。

では、このやる気とはなんなのだろう?

「物事をやり遂げようとする欲求」と

辞書などにはかかれている。

確かに間違ってはいなのだが、

どこか概念的な気もする。

もっと近いものはないかと考えると、

ひとつの答えにいきつく。

それは、やる気とは自分を生み出すこと。

やる気といってもその条件によって、

様々変わる。

その変わった条件の目的を

成し遂げるということは、

自分をどこまで生み出せるかともいえる。

やる気=自分を生み出す。

そう思うと、

やる気の考え方も簡単になる。

目の前の目的のために

自分を生み出す。

その出し方が

カタチになればやる気になる。

そう考えてやる気と

対峙してみてはどうだろうか。

 

 

 

二重構造をもつ言葉

 

(今日のコトバ)

 

「傷つけたくない」は、

「傷つきたくない」の方便である。

 

 

「キミを傷つけたくない」という。

あまり怒ったり、

悲しませたりしたくない。

心に傷が残るようなことを

したくないということだろう。

間違ってはいない。

ただ、「キミを傷つけたくない」の意味は

それだけではない。

その中には、

「自分が傷つきたくない」という

気持ちもあるはずだ。

否、むしろその気持ちの方が

強かったりする。

言葉には深い意味がある。

言葉が二重構造の場合もある。

「傷つけたくない」はその典型。

もし、「キミを傷つけたくない」と

いわれたら、

「自分も傷つきたくないんだな」と

思いやる。

もしかすると、

それが優しさにもなる。

人は二重構造の言葉を使って、

争いを起こさぬよう生きている。

そのことを忘れてはいけない。