真実は人の数だけ

 

(今日のコトバ)

 

真実に諸説あり。

 

 

ほんとうは、

真実は一つしかないのだろう。

ただ、真実は人の生きる方向によって

変わることがある。

もっというと、人は信じたいものを

信じる傾向にある。

自分が正しいとおもったら、

それが真実だと

思ってしまうこともある。

そして、真実は人の数だけ

生れてしまうものでもある。

だからこそ、嘘が生まれる土壌もある。

人の数だけ真実があれば、

どれかは嘘になる。

さらに、知るべき真実と

知らなくていい真実もある。

真実。

それは答えのない答え。

自分の解釈で

いくらでも変わっていく答え。

そのことを忘れてはいけない。

 

「好き」の延長線上を行け

 

(今日のコトバ)

 

好きならば、

どんなに遠くても届く距離。

嫌いならば、

どんなに近くても届かぬ距離。

 

 

「好き」という気持ちは、

自分の能力を大きく開花させる。

才能と呼ばれたり、

得意といわれたり、

もっというと努力もそう、

「好き」という気持ちから

始まっている。

「好き」だから、楽しめる。

「好き」だから、頑張れる。

「好き」だから、続けられる。

そう考えると、

「好き」だと思えるものの

延長戦上に目標を立てれば、

目標を達成することが

しやすくなる。

能力が欠けていたり、

不得手だったりするより、

よっぽどスピーディに目標を

達成できる。

だからこそ、

「好き」を大切にしたい。

「好き」の延長線上は、

楽しみながら

人生を大きく広げていく。

「好き」は、

大切にしたい自分の能力なのだ。

 

「もう少し」は前向きな言葉

 

(今日のコトバ)

 

「もう少し」とは、

光が見えているとも解釈できる。

 

 

 

「もう少し、がんばろう!」

「もう少し、やってみよう!」

など、ひと踏ん張りする言葉。

仕事の最後などには、

掛け声的に使う言葉だ。

この「もう少し」という言葉、

とても前向きな言葉ともいえる。

後一歩でゴールできる。

ちょっとで達成できる。

そんな気持ちで、自分を、

まわりの人を鼓舞する。

その結果、

状況が前進し、

あるいは改善して、

いいところまで進む。

「もう少し」

何かをするということは、

生きるために

前向きな言葉なのだ。

だからこそ、

「もう少し」

「後一歩」などの言葉を

生きる状況に

できるだけ使っていく。

人生を前進させるために

大切なことだ。

 

 

歴史を忘れない

 

(今日のコトバ)

 

人間は、

いつも歴史の劣等生でした。

 

 

歴史に学ぶという。

書物などを紐解けば、

ネットで検索すれば、

学ぶべき点は確かにある。

いい教訓、

ためになる話、

未来の想像の仕方など、

ほんとうに学ぶべき点は

いくらでもある。

だが、先生が歴史で

生徒が人間であると、

生徒である人間は、

あまりいい生徒ではない。

歴史を学ぶというよりは

歴史の警告を忘れて、

何度も同じ間違いをする。

独裁者に国家が牛耳られると、

平和な世の中が戦禍に変わる。

核は縮小の方向へ進んだはずなのに、

世界は縮小を無視しはじめる。

もっといえば、

弱い者いじめをしないという

生きる原理原則も、

世界中でいまだ守られてない。

歴史を学ばない、

というか、歴史を忘れてしまう。

だからこそ、

人間は歴史の劣等生だと意識して、

歴史を確認しながら生きていく。

破滅に向かっていくことや

人権を侵害していくことは必ず、

世界や国家に悲しい時間をつくる。

そのことを忘れはいけない。

 

目を逸らさない

 

(今日のコトバ)

 

目を離すから恐怖はつけ上がる。

目を離さずににらみつければ、

恐怖だって一目散に逃げていく。

 

 

 

怖いと、視線を逸らす。

怖い人、怖い出来事、怖いものなど。

その結果、怖さは倍増し、

ものすごい力を持って、

自分に襲いかかる。

誰もが怖さと遭遇した時、

体験があると思う。

ただ、怖さが去ってしまうと

いつも思うのだが、

視線を逸らしたり、

逃げたりしたことが、

怖さを大きく育ててしまった

原因ではないかと。

しっかり見つめると、

ほんとうはそれほど怖くないもの、

怖くもなく、

怖れるに足りないものなどが

たくさんあった。

しっかり見つめて、

本質をつきとめれば

怖くない。

そんな気持ちに何度もなった。

だからこそ、

怖さに遭遇したら

目を逸らさないことを意識する。

生きるために

肝に銘じたいと思う。

誰かの支えになって、幸せになる

 

(今日のコトバ)

 

誰かに良いことをすると、

自分に良いことが起こる。

まず、はじめに気持ちが良くなる。

 

 

 

自分が幸せになりたかったら、

何をすればいいだろう。

時々、考える。

いちばん早く

幸せな気持ちになれるのは、

誰かの役に立つこと。

困っている誰かをサポートしたり、

問題を一緒に解決したり、

とにかく、誰かの役に立つと、

自分がいい気持ちになれる。

少しおおげさかもしれないが、

幸せな気持ちにもなれる。

そう思うと、

幸せになれることはいっぱいある。

まわりを見渡して、

助けを必要とする人に

手をさしのべる。

そこから幸せになる。

意識して、手をさしのべれば、

多くの幸せにも恵まれる。

まず、誰かの支えになることだ。

ほめるべきところを、ほめる

 

(今日のコトバ)

 

ほめることは、

幸せの種まきです。

 

 

 

口で、言葉で、心で、

人をほめる。

ほめることは、タダだ。

いくらでも伝えられる。

そして、ほめられた人は、

ワルい気はしない。

その人との関係もうまくいく。

こんなにいい

コミュニケーションツールはない。

できるだけ、

人間関係で使った方がいい。

ただ、守らなければ

いけないことがある。

それは、

ちゃんとほめるべきところを

ほめること。

お世辞ではなく、

罠ではめようとするのではなく、

いいところをほめる。

きっと、ほめた気持ち、

ほめた言葉は、

人間関係を円滑にする。

幸せにつながっていく。

ほめること。

人と人の関係において

大切にしたいものだ。

過去、現在は、明るい日につながっていく

 

(今日のコトバ)

 

人生は、

明日という「もう一回」の

連続です。

 

 

 

生きている限り、

明日は続いていく。

今日を生きているなら、

明日を想定して生きている。

その明日とは、

どう意味があるだろう。

意味ではなく、

生きていれば時間が経過し

明日になっていく。

そんなことはわかっている。

だが、明日が人生で背負うものは

あまりに大きい。

例えば、過去も、今日という現在も、

「明日のための準備だ」

ということもできる。

もちろん、継続性のないもの、

今日終了するものは、

明日と直接関係がない。

ただ、過去の財産が、

今日手にしたものが、

明日につながることは多々ある。

そう思うと、

すべてが明日に

つながっていると思ってもいい。

その上、日本語では

明るい日と書く。

過去、現在は、

明るい日につながっていく。

そう思うと、

生きる意欲がわいてくる。

明日は人生にとって

大切なものなのだ。

夢中になれるものを目標にする

 

(今日のコトバ)

 

夢中とは、

一生懸命が

最速になった状態である。

 

 

才能がある。努力できる。

根気がある、、。

人にはいろいろな長所がある。

ただ、

その中で圧倒的に長所になるのは、

夢中になれる力ではないかと思う。

集中力もあるかもしれないが、

一心不乱に物事に突き進む人は、

いい結果を出す確率が高い。

さらにいえば、

夢中になっている人は

楽しんで取り組んでいる。

集中して、

夢中になれるということは、

いい結果を出せて楽しめる。

一石二鳥にもなる。

人間の持っている機能で、

こんなにいいものはない。

だからこそ、

夢中になれるものを目標にする。

そして、まっしぐらに取り組む。

人生を充実させるために

大切なことだ。

感謝して眠る

 

(今日のコトバ)

 

本日のトリを飾る言葉は、

「ありがとう」です。

 

 

今日一日を

どんな気持ちで終わるか。

一日の中には

様々な出来事があって、

夜眠る前の気持ちは、

一定ではないはずだ。

楽しい気持ち、

悲しい気持ち、

怒りの気持ち、

落ち着いた気持ち、

落ち着かない気持ち、、。

日によって違うと思う。

「今日という日を

ちゃんと生きられた。

嫌なことがあったとしても、

いろいろな人にお世話になった。

自分の体と心もがんばった」

そう思うと、

様々な気持ちの上に、

感謝の気持ちが

生まれるのではないか。

「ありがとう」と

つぶやいてもいいのではないか。

人は80年生きて約3万日生きる。

そのうちの多くの日を、

感謝の気持ちで終わる。

それだけで人生が

素晴らしいものになっていく。

感謝は、

生きるために大切な役目を

果たしていると思う。