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(今日のコトバ)
あきらめることは、
人生の時間を腐らせること。
あきらめてしまったことがある。
人生のすべてから数えると、
数えきれないほどの数がある。
もっとも、あきらめたことを
忘れたものもあるので、
どれぐらい数かは
わからないというのが正しい。
ただ、あきらめたことは、
後々、後悔したり、
もったいないと思ったり、
ムダにした感は残る。
もっというと、
あきらめるまでに費やした時間が
何の役にも立っていない。
100を目指していたのに、
0になってしまった気もする。
ほんとうは、
費やした時間がその後の人生で
役立つこともあるが、
気持ちがあきらめてしまったので、
プラスにはならない。
そう思うと、
やっぱりあきらめないでやり抜く方がいい。
きつかったり、苦しかったりすると、
あきらめたくなるから、
そういう場合は、どこかで句読点をつける。
「ここまでやったらOK」という
自分の目標を設定する。
その基準をクリアするまで頑張る。
特別な無理をしないところまででいい。
とにかく、クリアできるゴールをつくる。
それだけで、
あきらめたことにはならないと思える。
また、一度はじめたことは、
できるだけ長く続けていく。
長く続ければ優れた能力が着実に
身についていく。
自分の人生の武器にできるかもしれない。
とにかく、
あきらめるという気持ちにならないように
生きることが大切だ。
(今日のコトバ)
幸せとは、
大きいものでも、
小さいものでもなく、
ちょうどいいものだ。
なんとなく幸せとは、
大きいものだと思ってしまう。
幸せな気分は、
カラダ全体を包んで、
いい気分にしてくれる。
大きな感じがする。
また、ちょっとしたラッキーも
幸せな気分に一瞬なる。
小さな幸せのような気もする。
ただ、幸せに大きさはあるのだろうかと
考えることがある。
生きていて幸せを感じるのは、
いつも幸せではない状況が生まれた時。
「あの頃は幸せだったな」と感じた時で、
むしろこれから幸せになろうする時は、
当然、現状を幸せと感じてはいない。
「あの頃は幸せだったな」ということは、
振り返って幸せを感じているのだ。
もっといえば、たいがいが、
あの頃が特別なことで
幸せになっているのではなく、
平凡な時間があったことが、
いつも通りの時間があったことが
幸せだったと思っているのだ。
そう考えると、
幸せは、
大きいものでもなく、
小さいものでもなく、
普通のことだと思える。
だからこそ、
いま流れている普通の時間を
大切にするべきだと思う。
何でもない普通の一日が
振り返って幸せな思い出に変わる。
そのことがわかっていれば、
日々の時間をもっと大切に生きられる。
幸せを感じながら生きていけると思う。
(今日のコトバ)
失ったものを追いすぎて、
大切なものを忘れてはいけない。
人生において、
かけがえのないものを失う。
昨日まであたりまえにあったものを、
突然、失ってしまう。
大好きなもの、
愛したものを失ってしまう。
貴重なものを失ってしまう、、、。
誰の人生にも起こることだ。
傷心、喪失感、苦しみ、、、。
様々な気持ちが駆け巡る。
なかなか気持ちが
前へ向くことができなくなる。
落ち込んでいる状態といっていい。
そんな時間を過ごしたことは
誰にもある。
ただ、落ち込む時間が長くなると、
自分が前進できなくなる。
落ち込む時間は、
前へ進めない時間といっていい。
すべてといわないが、
人生において意味をなさない時間に
なってしまう。
短い人生、それは、
とてももったいないことだ。
よく考えてみれば、
失ったものも大切かもしれないが、
それ以外の
いま自分のまわりにあるもので、
大切なものがたくさんあるはずだ。
その大切なものを大切にしないで、
何を大切にするというのか。
そのことを忘れてはいけない。
人生は、
様々な大切なものに支えられて
成り立っている。
「失っていない大切なものの存在を
大切にして生きていく」
その気持ちを持って人生を
前向きに歩んでいこう。
(今日のコトバ)
世界一速い人は、競技場にいる。
世界一強い人は、リングにいる。
だが、世界一愛しい人は、となりにいる。
人生は、
価値のあるものを手にしながら
生きていく。
その中でも、最高のもの、
唯一無二なものであれば、
人生は素晴らしいものになる。
その中で
世界一といっても過言でないものを
手にできるだろうか。
難しいことはわかっている。
技を競うものだと世界一になれる人は、
ほんの一握り。
戦いつぐ戦いで、頂点に立つのは至難の業だ。
ただ、自分が「世界一愛する人いる」
というのはどうだろう。
あくまでも自分の気持ちだから、
結果も人の評価も関係ない。
自分が愛していればいいのだ。
そして、世界一愛する人と出会えれば、
人生はやはり素晴らしいものになる。
誰もが世界一を手にできる唯一のこと。
それが、世界一愛する人がいるということ。
世界一といえるものがあることは、
この上なく幸せなことだ。
(今日のコトバ)
この道を歩いていくから
出会える人がいる。
そして、出会いたい人は、
この道のどこかに必ずいる。
正解の道って何だろう。
右の道か。
左の道か。
まっすぐの道か。
はたまた戻り道か、、、。
いろいろ考えるが、
結局、一つの結論にたどり着く。
「自分が選んだ道が正しい」と。
茨の道だったり、
紆余曲折していたり、
上り坂が続いたり、、、。
楽な道ばかりではない。
ただ、自分の選んだ道を歩くと、
必ず会うべき人には会える。
仮に、会えないという人は
避けているだけ。
どんな道でも自分の選んだ道なら、
目的地まで続いている。
その途中で会いたい人に
会わなければ前へ進めない。
目的地までの案内人、
目的地までの行く能力を
つけさせてくれる人など、、、。
目的地さえブレなければ、
必ず必要な人と会う。
そして、会えれば、
この道は正しい道になる。
だからこそ、
選んだ道を信じて
まっすぐ歩いてみよう。
その道は必ず自分にって、
正しい道になるのだ。
(今日のコトバ)
赤点、平均点、合格点だって、
頂点までの通過点である。
人生は、命果てるまで通過点。
一区切りはあるものの、
すぐに次の目標に向かって
生きていく。
だからこそ、あきずに生きられる。
人生が短いといわれるのは、
何年、何十年という長い時間を
あきずに生きるからだ。
あきなないということは、
次に目標があること。
目標がある限り、
すべては通過点であり、
終止符は打てない。
そんな、あきない人生を
みんな生きている。
あきないということは、
ひとつの幸せでもある。
つまり、人生を生きることは
幸せなことになる。
そんな人生を生きられることを
感謝したいと思う。
(今日のコトバ)
この場所が輝いているのは、
光があたっているからでなく、
人が輝いているからです。
なんとなく明るい。
あの場所へ行くと明るい気がする。
そんな気持ちになる場所がある。
決して、日の当たりがいいわけではない。
ごく普通の照度の場所なのに明るいと思う。
なぜ、明るいのかと考えると、
そういう場所には明るい人がいる、
楽しい人が集まっている、
活気あって人が生き生きしているなどの
共通点がある。
反対に、暗い場所も照度の問題ではない。
そこにいる人が暗かったり、
怖い人がいる場所だったり、
みんなが意気消沈している場所など、
人の問題が大きい。
つまり、人は光を放っている。
人が明るいことが、
その場所を明るくしているのだ。
だからこそ、
自分の生きる場所を明るくしたいなら、
明るく、楽しく、
活気に満ちた人を集める。
まずは自分から明るくしていく。
自分のいる場所を明るくするためには
忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
正しさだけで突破するな。
間違いだけで退散するな。
正解ってなんだろうと思う。
立ち位置が変わると、
正解は変わってしまうこともある。
人の数だけ正解があるものもある。
例えば、戦争だって、
国と国との正解の戦いともいえる。
我々の国の正解は、
他の国の正解ではない。
どちらも正解だが、
どちらも正解でないこともある。
自分の正解だけを正論にすると、
大きな間違いになる場合もある。
また、間違いたと判断したから、
何もかも止めてしまうこともあるが、
間違いもすべてが
ワルいわけではないこともある。
少し修正すれば正しくなることもあれば、
そもそも間違っていないことを、
知識がないだけで間違っていると
判断してしまうこともある。
だからこそ、
正しさだけで突破せず、
間違いだけで退散しないことが大事。
よく考えて、
よく観察して、
自分のやるべきことを決める。
その意識を常に持つことが大切だ。
(今日のコトバ)
この一秒を縮めるために三年かかった。
そして、この一秒を縮めることを進化という。
たった一秒のために、
たった一センチのために、
たった一グラムのために、
アスリートは命を懸けている。
オリンピック選手なら、
人生のすべてを懸けて、
この戦いに挑戦しているといっていい。
実は、この「たったへの挑戦」は、
人間という生きものすべてのテーマでもある。
毎日生きてる人も、
毎日働いている人も、
けして、一日で劇的に進化するわけではない。
アリの行進のように、
少しずつ、少しずつ進化していく。
昨日と今日では何も変わらないかもしれない。
だが、今日と一年後では、
圧倒的な差が出る。
その差のことを進化という。
誰もがその進化を目指して、
日々を生きている。
そのことを忘れてはいけない。
人間は、少しずつ進化する生きもの。
すべての進化は少しずつなのだ。
(今日のコトバ)
勤勉は、結局、無敵です。
どんなことでも、
一つのことを続ける。
あたりまえのことを、
あたりまえに続ける。
誰が何といおうとも、
妨害があっても、
あきることがあっても、
コツコツ続ける。
それは凄いことだ。
おもしろくないこと、
嫌なことなどで、
続けることが
できなくなりそうなこともある。
それでも続けるということは、
並大抵の意志ではないし、
強い哲学を感じる。
一言で表すと勤勉になるだろうか。
勤勉に続ける。
実は、それこそが、
どんな目標も実現できる最強の武器。
結局、勤勉に続けた者が
一番高みに届く。
人はみな勤勉が最強の武器であることを
知っている。
だが、人は勤勉に続けることを
どこかで放棄する。
人によってはあきらめてしまう人もいる。
そして、そこが人生の分岐点。
勤勉を続けられる人は、
目標に手が届くことが多くなる。
続けられない人は、
目標に手が届かなくなる。
どちらの生き方を選ぶか。
分岐点は自分で決めるのだ。
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