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(今日のコトバ)
誇大広告で生きるな。
希少価値で生きよう。
「自分を大きく見せる」
出会う人に等身大の自分より、
あきらかに誇張して見せようとする。
そんな人を時々見かける。
自分もそうかもしれないと思う時もある。
では、自分を大きく見せる時とは
どんな時だろうか。
一つは、初対面の相手を威圧するために
必要以上に力んで大きく見せてしまう。
もう一つは、自分がイケてない時に、
イケてるとポーズをとってしまう時。
この二つが思い浮かぶ。
いずれにせよ自分の力が及ばないから、
なんとかかっこつけようと演出しているのだ。
本当に力があれば、
大きく見せる必要はない。
相手が怖くなければ尚更だ。
ただ、人間は臆病な生きもの。
なんとか大きそうに、強そうに見せて、
相手からマウントをとりたがるものだ。
だからこそ、
どんな時も自分が胸を張れるものを
持っている。自覚しておく。
そして、自分の価値を知っておく。
何をされても、何をいわれても
ブレない価値のあるものがある。
そこさえわかっていれば、
自分を大きく見せる必要はなくなる。
文字通り自信を持って生きていける。
まわりの人は、
誇大広告を見ようとしない。
希少価値が知りたいのだ。
そこを理解して生きていこう。
(今日のコトバ)
お互い様、お疲れ様、お蔭様。
人間にとって大切なものは、
「様」がついている。
「お互い様」
「お疲れ様」
「お蔭様」
生活の場面で必要な言葉。
「困った時は、お互い様」
といって、手を差し伸べたり、
手を差し伸べてもらったりしている。
「今日は、お疲れ様」
といって、仕事から解放される
言葉として定番に使われている。
「お蔭様で、ありがとう」
といって、誰かの支えに感謝する時
使われている。
生きる場面の節目節目に
使われる不変の言葉たち。
この言葉が人生で必要な言葉だから
不変なのだ。
だからこそ、
「様」をつけてリスペクトしている。
こじつけでもあるが、
人にとって、
人生にとって重宝な言葉たちなのだ。
だからこそ、
その言葉たちを大切に使いたい。
この言葉をしっかり使えれば、
人生はいい方向に向かっている。
そう思えるのだ。
(今日のコトバ)
明日、誰かにこびないために、
今日、全力を尽くして生きろ。
負い目がある生き方をしていると、
知らず知らずのうちに、
相手にこびてしまう。
必要以上に気を使ったり、
やたら下手に出てしまう。
心からそうしたいならいいが、
けして、本気ではない。
ただただ負い目をつくったから、
下手に出てしまう。
誰にでもあることだと思う。
自分が下手に出ることで、
負い目を解消しようとしている。
だが、負い目がなければ、
そんなことはしたくない。
だとしたら、
負い目のない生き方をすることが大切。
特に、大きな借りをつくることは避ける。
ギブ&テイクが通用しない相手なら、
尚更、もらうばかりではいけない。
そのために何をするか。
それは、日々、着実に生きる。
借金や必要以上に世話になることをしない。
自分が借りをつくらない範囲で生きていく。
そこさえブレなければ、
こびずに生きていける。
まず、人に借りをつくらない生き方を
実践しよう。
(今日のコトバ)
自分投資していない者に、
投資家は集まらない。
夢は自分だけでは叶えられない。
自分以外の人の力が大きく左右する。
では、自分以外の人が自分の夢に参画するには
何が必要だろう。
それは、
自分が夢に向かって研鑽していること、
自分が切磋琢磨して、
夢へ前進している姿勢を見せることが必要。
つまり、自分が自分に投資している様を
見せる。
夢に参画する人たちは、
ある意味投資家だ。
投資家は、
夢が実現すると思わなければ、
投資に躊躇する。
だからこそ、
夢を叶えようとする自分は、
研鑽を続けていくことが大切。
いま、自分に夢があって、
誰かのサポートが必要な人は
自分を研鑽し、
自分に投資する。
そして、進化する自分を見せる。
そこが一番大切になる。
(今日のコトバ)
ある人は、
負ける前から負け犬の顔をしている。
ある人は、
勝つ前から勝ち馬の顔をしている。
そして、未来は、
その顔の通りの顔になっている。
しっかりと準備ができて
挑戦する時、
人は自信にあふれた表情になる。
緊張することはあっても、
どこか不動な気持ちが伝わる。
反対に、
準備不足で不安でいっぱいだと、
オロオロした気持ちが
表情に出て、
いい結果はでないと思える。
つまり、何かに挑戦する時は、
準備によって、自信を持つか、
不安になるかがはっきり表情に出る。
そして、結果は自信のある方に微笑む。
準備。
誰もが大なり小なりすることだが、
しっかりするか、
いいかげんにするかで、
結果は大きく変わる。
誰もがわかっている。
だからこそ、
準備に全力を傾ける。
どれだけ準備しても、
し過ぎということはない。
そして、その準備が自分の挑戦を
いい方へ導いていく。
挑戦には、
最大限の準備をするのだ。
(今日のコトバ)
今日の地味な作業は、
明日の派手な成果のためにある。
毎日、同じことをして
一日が過ぎていく。
何も変わらない平凡な一日。
成果があったのかと疑ってしまう日もある。
ただ、その何も変わらないことを
続けることが、実は、
途轍もない成果を生むことにつながっている。
考えてみれば、
いまはもうあたりまえのようになった作業も
最初に覚えるまでは、
多くの時間がかかった。
技術があるからあたりまえになったのだ。
人間の卓越した能力である習慣性が、
毎日の地味な作業も、
高い生産性につなげているのだ。
だからこそ、
いまやっている地味な作業を
おろそかにしてはいけない。
この地味な作業は、
未来の大きな成果の礎になる。
小さなことを積み上げて、
大きなことを成す。
忘れてはいけないことだ。
(今日のコトバ)
地球という願いが叶う星に
生まれたことは、
人間いちばんの幸運である。
人には、
夢や希望がある。
その願いを叶えることができる。
もっというと、願いを叶えることで
幸せになれる生きものでもある。
他の生きものになったことがないから
わからないが、
常に願いが叶う状況にある生きものは
稀有だと思う。
ただ、普通に生きていると、
願いが叶うことが
あたりまえになっている。
大きな願いでなくても、
小さな願いなら毎日のように
叶っているといっていい。
それを幸せといわずして、
それを幸運といわずして
何というのだろう。
けして、願いが叶うことは
あたりまえではない。
だからこそ、
このいま生きている状況を感謝する。
幸せであること、
幸運であることを意識して生きる。
忘れてはいけないことだ。
(今日のコトバ)
小さなものをもらったら、
大きくして返してあげよう。
幸せは、小さなものに宿る。
日々生きることは、
小さなことの積み重ね。
その一つ一つに幸せの種がある。
もし、
自分が誰かから小さな何かをもらったら、
もらったものを自分なりに
大きくして返す。
このやりとりの繰り返しが、
幸せを生み出すといってもいい。
「幸せになりたい。
幸せにしてあげたい」
そう思ったら、
小さいことを大切にする。
そこに幸せになるすべてがある。
そう思って生きていきたい。
(今日のコトバ)
人生にゴールはない。
だから、ゆっくり歩いてもいい。
勝者や成功者だって、
ちょっと先に行っただけ。
歩みを止めなければ、
また、追いつき
追い越すことができる。
いつも大なり小なり目標を
持って生きているが、
人生で考えるとゴールではない。
ゴールがあるとすれば、
命が果てた時かもしれない。
否、命は果てずこの世から
あの世に場所が変わるだけ
という人もいるから、
命は永遠かもしれない。
ともかく、人生の失敗や敗北を
ゴールだと思って生きる必要はない。
人生が続く限りゴールはない。
速く走ろうが、
ゆっくり歩こうが人生は続いていく。
そう思えば、
いま成功している人も、
いつかは失敗するかもしれない。
いま勝者になっている人も、
いつかは敗者になるかもしれない。
肝心なのは自分の考え方。
自分が目標に向かって、
前進しているならそれでいい。
いまがゴールではない。
そのことを忘れず
生きていけばいいのだ。
(今日のコトバ)
努力は絶対主役にならないからこそ、
目標が達成した時は、
大きく賞賛してあげよう。
成功した。
勝利した。
結果が出た、、、、。
その陰には、努力があった。
ほとんどの場合、
努力なくして望む成果は
得られない。
そして、成果を得た時、
努力はそっと姿を消す。
人間として付き合ったら
何と良い奴だろう。
信頼を築くのに申し分ないと思う。
だが、たいがいの場合、
成果が出ると努力のことを忘れてしまう。
自分を努力から解放して、
スイッチをオフにしてしまうことさえある。
だが、本当の戦いはここからだ。
次のテーマに進む時、
いちばん戦力になるのが、
やっぱり努力。
絶対に忘れてはいけない。
努力を休ませることはいいが、
なぜ、成果を出したかを思い返す。
その陰に努力あり。
絶対的に自分の武器になり、
自分の味方になる。
努力を常に自分のものにするのだ。
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