幸せになるために、夢や希望を持つこと

 

(今日のコトバ)

 

夢や希望は叶えた先にあるもの。

そして、幸せは、

夢や希望を叶えたいと思った時、

そこにあるもの。

 

 

 

人は、夢や希望を持っている。

大なり小なりあっても、

夢や希望が

生きる指針になっている。

ただ、夢や希望を叶えるまでには

時間がかかる。

短い期間で叶うものもあるが、

10年、20年かかるものもある。

大変な作業だ。

だが、夢や希望を叶えたいと思った時、

目標が生まれ、

生きることにどん欲になれる。

と同時に、

幸せな気持ちにもなれる。

人生が幸せであるかという

課題に対しては、

夢と希望という目標が

設定できた時、

クリアできる部分が多い。

もっというと、

夢や希望を叶えようと思った時、

もれなく幸せを感じられる。

大切なのことは、そこにある。

人生、幸せかどうか。

一つの答えは、夢や希望を持つこと。

そういっていいのではないだろうか。

言葉は未来をつくる

 

(今日のコトバ)

 

人間は、

言葉を口にすることで

未来を生み出しているんだ。

 

 

 

 

毎日、毎日、人は、

言葉を発している。

自分のまわりの誰かに、

不特定の誰かに、

そして、自分に。

考えてみると、

そのどの言葉も未来のために

発しているといっていい。

仕事や学校で使う言葉は、

未来に続く話が中心。

仮に過去の話をしても、

そこから次の何かに

つなげようとする。

つまり、言葉は未来を

つくるものといっていい。

だからこそ、未来のためにも

言葉は大切に、丁寧に使うべき。

その言葉一つで未来が変わる。

その言葉で人生が変わるかもしれない。

言葉の力を信じよう。

挑戦者は、定石ではない戦いを

 

(今日のコトバ)

 

王者は、

挑戦者の足りないものを

すべて持っている。

ただ一つ無謀という

狂気をのぞいて。

 

 

 

長く王者でいる。

トップに君臨している。

無敗記録更新中である。

そういう状況をつくる人は、

その分野のすべての機能において、

最高点を出せる力を

持っている。

だからこそ、一番なのだ。

この一番と戦いを挑むために、

この一番を倒すために、

挑戦者は何をすべきか。

それは、

努力することは大前提として、

一か八かの勢いに賭ける。

無謀ともいえる戦術で、

相手に向かっていく。

とかく、王者は計算しがち。

計算通りの戦いには強いはず。

ならば、計算も、

予想もできないもので戦う。

できれば、そこに勢いがつくと、

もっといい。

戦いには、なんでも

定石というものがある。

その定石にのっとったら、

王者には勝てない。

ゲリラでいい。

トリッキーでいい。

想定外でいい。

どんどん王者のペースを乱す

戦いに挑む。

そこに勝利の光が射すことがあるのだ。

あきらめなければ、状況は変わる

 

(今日のコトバ)

 

最低の場所で咲いても、

壁をつたわって、

最高の場所にのぼりつめることも

できるんだ。

 

 

 

スタートは最低だった。

とても能力が劣っていた。

ライバルの背中ばかりが視界に入った。

いちばんケツからの

一歩といってよかった。

だからといって、

ゴールがビリとは限らない。

戦い方によっては、

中盤まで盛りかえせることもあるし、

一等賞になることもある。

要は、あきらめないこと。

どんな状況でも、

ゴールを切らない限り

終わりではない。

どこかで抜くチャンスがある。

自分の実力で抜けることもあれば、

ライバルが失速することもある。

また、不測の事態によって、

戦いそのものが

想定外の展開になることもある。

あきらめない。

そこだけは、どんな時も

自分の懐に持っておいていい

意志なのだ。

 

 

 

不利より、有利

 

(今日のコトバ)

 

不利は、

戦う者すべてに

標準装備されている。

 

 

 

戦う前は、不安になる。

自分の不利な材料を探してしまう。

敵に負けている部分を

考えてしまう。

ただ、この気持ちは、

自分ばかりではなく、

敵も同じようなことを考えている。

「こっちの方が弱いのではないが、

こっちの方が不利なのではないか」と。

だからこそ、

自分が戦いの前に不安になったら、

敵も不安であることを

思い出してみる。

「自分だけでない。

相手も同じだ」と。

不利を考えるなら、

有利な部分を考える。

気持ちも落ち着いてくるはず。

不利より、有利。

戦いは、

そこで勝負するのだ。

 

ほどほどというバランス感覚

 

(今日のコトバ)

 

天使の心にも、

悪魔の心にもならない

まん中の心で生きる状態を

人間という。

 

 

 

人の所業には、

悪魔に魂を売り渡したようなことを

することもある。

最近では、

子供の虐待で命を

奪ってしまう事件も起こっている。

反対に、なぜ、

こんなにいい人なのだろうと

思う人もいる。

人は、生き方によって、

悪い顔、いい顔をどちらの顔も

持ち合わせている。

ただ、人は、人。

悪人でも、善人でもない。

人という理性を持った

生きものなのだ。

だからこそ、

悪人過ぎない、

善人過ぎない生き方をすべき。

ほどほどというバランス感覚を

人は持っている。

そのことを忘れてはいけない。

未完成の伸びしろ

 

(今日のコトバ)

 

完成とは、

想像が終わったこと。

未完成とは、

想像がまだ羽ばたいている

途中のこと。

 

 

 

 

完成。

出来上がり。

すべて作業が終わる。

つまり、そこで想像も終わる。

ピリオドが打たれたのだ。

未完成。

途中経過。

作業は終わらない。

つまり、

まだまだ想像し続ける必要がある。

進行形でなければならない。

いい方を変えれば、

未完成は、伸びしろがある。

その意味を大切にすべきだ。

完成させることも大切だが、

完成は完成。

その先はない。

未完成は、

どうにでも進化することができる。

未完成のいい意味を捉えて

生きる。

それも前向きに生きる方法だ。

 

習慣を変えてみる

 

(今日のコトバ)

 

知らぬ間につくった

ルーティンワークが、

挑戦を忘れた

つまらない自分をつくっていく。

 

 

 

毎日続けなればならないことは、

試行錯誤しながら、

やがて、

やりやすいスタイルを見つけ

習慣化してくる。

同じようなやり方で、

考えるよりも体が反応し

慣れていく。

慣れたことで

スムーズに進行するのだから、

それでもいいといえる。

ただ、習慣化することで、

何も考えなくなったり、

何も工夫しなくなることもある。

もっというと、

慣れ過ぎたために

挑戦をしなくなることもある。

自分のスキルを

アップしようとしなくなる

こともあるのだ。

そう考えると、

習慣化も必要だが、

習慣化したものを

もっといいスタイルはないか

検証することも必要。

さらには、習慣を一度止めて、

新しい挑戦をはじめることも

必要かもしれない。

何かいつも通りで、

つまらない時間を

過ごしていると思ったら、

習慣を変えてみる。

そこに、刺激を感じる生き方の

ヒントがあるのかもしれない。

有益な遠回り

 

(今日のコトバ)

 

近道は、絶景を見るには短すぎる。

 

 

人は、いろいろな

人生の道を歩いてきた。

近道で楽した記憶もあるだろう。

反対に、遠回りして、心も、体も、

しんどい思いをした

記憶もあるはずだ。

ただ、近道は楽だった半面、

少ない風景しか見れず、

体験的にはたいしたことが

なかったりする。

遠回りした道は、

しんどい記憶があると同時に、

近道よりは様々な風景に

出会ったはずだ。

その中に、

人生を変える風景があったりする。

そう考えると、

人生、遠回りも

わるいことばかりではない。

否、むしろ様々な

体験ができるということでは、

近道より遠回りした方が、

人生にとって有益だったりする。

そう考えると、

遠回りもわるくない。

人生、近道、

ショートカットするばかりが

素晴らしいわけではない。

そのことを忘れてはいけない。

 

傷で強くなる

 

(今日のコトバ)

 

つまずいてつくった傷が、

誰にも負けない個性になる。

 

 

 

人は何度もつまづく。

痛い思いもする。

時に苦しくて音を上げる。

時に悲しくて嘆いてしまう。

誰でもあることだ。

ただ、その人生のつまづき、

強くいうと傷は、

やがて人生の糧に

なることが多い。

その傷をつくった

経験があるから、

いまの自分が生きていられる。

いま自分が強くなったといえる。

そして、その傷は、

自分の個性のひとつに

なることもある。

人生でつまづいてつくった傷は、

自分の強い武器になる。

それぐらいの気持ちで

生きていこう。