卑怯者はバカをみる

(今日のコトバ)

 

卑怯者は、

最後に正直者に負けることになっているのだ、

人生劇場は。

 

 

 

辛い状況になると、ちょっとズルをしてみたくなったり、

インチキをして、出し抜こうと思ったり、

やばくなったら、誰かに責任を押しつけたり。

人が卑怯になる時は、人生の様々な場面でおとずれる。

その卑怯な行為は、その場しのぎでは問題を回避できるのだが、

たいがい後から痛い目にあうのが世の常だ。

ちょっとだけ安心する。少しだけ相手に勝った気がする。

一瞬誰かのせいにできる。

でも、それはあくまでも、その場しのぎで、

結局、まっとうに頑張っている人が、

ちゃんと行きたい所にいけ、ちゃんと評価されている。

まわりを見渡してみればわかる。

実は正直に頑張っていてバカを見ている場合は、あまりない。

もしバカをみているとしたら、正直のフリをしたり、

頑張っているフリをしているだけなのだ。

だから、堂々と正直にがんばって生きてみよう。

そうすれば、悪いことはそれほど人生で遭遇することはない。

涙の後に

(今日のコトバ)

 

涙は、情熱の放出だ。

 

 

 

こみあげてくる涙は、温かい。

それは、人間の情熱のマグマから発生しているからだ。

人間の機能とか、生理的な問題とか、

そんなことはどうでもよくて、

涙は、情熱の熱で温められて流れてくる。

勝った時、負けた時、悔しい時、

感動した時、そして、悲しい時も、

情熱に触れた心の汗が、涙となって流れるのだ。

だから、生きていく上で涙を流すことは、

とても大切だ。涙をちゃんと流せる人間の方が、

涙を流さない人間よりも、健康的だといえる。

もし、いま、泣きたいことがあったら、

我慢せずに涙を流そう。

体の中で情熱を燃やすだけでなく、

燃やした情熱の汗を放出しよう。

涙の後のあのスッキリとした気持ちが、

自分をリセットしてくれる。

次のスタートラインに立たせてくれるのだ。

不安はひとりではない

(今日のコトバ)

 

安心しろ。みんな不安なのだ。

 

 

 

追いつめられると、自分ひとりが不安になった気がする。

眠れなかったり、ピリピリしたり、落ちつきを失ったり。

集中力もなくなり、何も手につかなかったりする。

ただ、その不安もひとりではないと思ったら、

少し気持ちきが楽になるのではないだろうか。

逆にどんな状況でも、自分だけが不安なのではなく、

その状況に関わるすべての人が、すくなからず不安になっている。

受験も、面接も、仕事も、何かの扉を開く前には不安だ。

恐怖を与える人に近づく時も不安だ。

物事を予定通り遂行できなくても不安だ。

でも、考えてみると、ひとつひとつの不安は、

生きているすべての人がもつ不安であり、

同じ状況におかれている人は数限りなくいる。

また、同じ出来事で不安におかれている人も、

自分ひとりではないだろう。

共通の不安ならタッグを組んで解消してもいい。

ようは、みんな不安をもっていると知ること。

ナーバスになって不安が襲ってきたら、

みんなも同じ状況だということを思い出そう。

それだけで、少し安心して生きられるのだから。

噛みつけ、吠えろ

(今日のコトバ)

 

噛みつかなければ、永遠に吠えられる。

 

 

いじめらている人間が、じっと耐えているだけだと、

どんどんいじめは繰り返される。

おもしろがられてエスカレートしていく。

つまり、いくらいじめても、「こいつはいいんだ」

と思わせてしまうと、人間は際限なくいじめにはしる。

その時、どう対処したらいいか。答えは簡単。

いじめた人間に噛みつけばいいのだ。

いじめてもいいと思っている人間に、

噛みつかれたり、吠えられたりすると、

軽い気持ちでいじめをしていた人間も、

驚きと恐怖で、いじめようという行為から遠ざかる。

ちょっと最初は勇気がいるけど、

このままやられたままでいれば状況は変わらない。

なにも学校だけでなく、社会でもいじめはある。

そのどれもの特効薬が、噛みつく、吠え返すことにつきる。

自分の力で噛みついて現状を打破するのだ。

人間は、人間にいじめられながら生きる必要はないのだから。

敗者復活の力

(今日のコトバ)

 

人生は、みんな敗者復活戦を

勝ち上がってくる。

 

 

 

すべての人間が敗北を背負っている。

夢や希望とのギャップをうめられず敗れ去ることもある。

ただ、その敗北を自分の力で逆転しようとする意志から、

凄いドラマが生まれ、人間は進化していく。

敗者復活戦。

オリンピックの柔道の試合にもあるこの言葉こそ、

人生で一番大事なテーマなのではないだろうか。

敗北を背負ったまま終わらせない。

勝つためのチャンスは、一度では終わらない。

失敗してもいい。次に成功すればいい。

哲学といってもいいこの言葉に支えられて、

人間はもっと強く生きていけるのだ。

こんな時代だからこそ、

この言葉から力をかりて、

もっとポジティブに、もっと全力で生きるのも

素晴らしいことだと思う。

もし、一歩踏み出すことに躊躇している人がいるなら、

この敗者復活戦という言葉をそばにおいて、

思いっきり生きていくことをおすすめする。

夢を意識せよ

(今日のコトバ)

 

夢のために、自意識過剰であれ。

 

 

自分が叶えたい何かがあるなら、

言葉にして、行動にして、自分でキャンペーンを

はるべきだと思う。

他力本願だとか、以心伝心だとか、

夢だからとあやふやに考えていると、

ほぼ目的は達成できない。

幸運にして親の力で夢を叶えることができても、

自分の努力と意志がなければ、

夢もあっさり逃げていってしまう。

夢を実現したら維持することだって、

夢を叶えることの重要な役目なのだ。

とにかく、人生を賭けるほどの夢をもったのなら、

常に自分で意識して夢を描こう。

過剰なぐらい意識した方が、夢が具体的になりやすい。

ぜひ、意識することで大きな夢を実現してほしい。

ガキ大将で楽しめ

(今日のコトバ)

 

自分の中の「ガキ大将」を、

ひっぱり出して戦え。

 

 

大小にかかわらず危機的状況になると、

弱気な自分が首をもたげてくる。

本来はもっと強いはずなのに、

メンタルな部分で怯えてしまう。

誰にでも経験があることだと思う。

でも、その時、一歩引くのではなく、

一歩前へ出てしまえば、

状況は180°変わってしまう。

負けそうだとビビると相手から舐められる。

必要以上に相手を強気にさせ、

戦う前から勝負に負けてしまう。

反対に怖さはあっても一歩前に出て、

相手をのんでかかれば、

実力以上の結果を出せることもできる。

では、怖さを消して一歩前に出るにはどうするか。

ズバリ、楽しむことだ。

もっというと、楽しもうと意識することだ。

楽しめば、嫌なプレッシャーから解放される。

相手にリラックスして対峙できる。

プロの一流アスリートが、「絶対に勝ちます」と

いわなくなった。過度のプレッシャーをかけないようにしているのだ。

そして、「試合を楽しもう」というアスリートが増えている。

それは、本当に楽しもうという意味もあるが、

弱気や怖れから解放する意味も兼ねているのだ。

だから、何かのプレッシヤーに立ち向かう時には、

自分のエゴを思いっきり出してみよう。

その上で、楽しむという意識をもてば、

予想以上の結果を導き出せるはずだ。

ハッピーエンドになると信じて

(今日のコトバ)

 

ツイていない出来事は、

すべてハッピーエンドになるための

プロローグだ。

 

 

目的をもって行動しているのに、なかなか上手くいかない。

星占いの予言通りに悪いことばかり起こる。

苦しみがあまりに多いので、あきらめてしまう。

ツイていないと思うと、この世の終りぐらい

落ち込んでしまう時がある。

でも、ものは考えようだ。

はじめから予想以上に上手くいってしまうと、

目的を達成した時に感動が薄れてしまう。

どうせなら、映画のようにスタートでボコボコにされて、

おとしまえをつけながら目的に近づいていく方が、

よっぽどおもしろいはずだ。

立ち直れなほどの傷を追って、動けなくなることは困るが、

人生で出会うたいがいの壁は、

超えたいと念じて行動をしていけば超えられる。

ほとんどの場合、ハッピーエンドが用意されている。

だから、ツイていない出来事もポジティブに受け取ろう。

映画の主人公になったつもりで、

「このアクシデントは成功するためのプロローグだ」と信じてみよう。

近い将来、必ずハッピーになると信じて。

ドキドキを探しに

(今日のコトバ)

 

ドキドキしたら、

チャンスが到来している時なのだ。

 

 

「チャンスっていつくるの?」という人がいるが、

それは誰でもわかる。ドキドキしている時だ。

振り返って考えてみればわかる。ドキドキしたのはどんな時かを。

たとえば面接の時。自分の夢を叶えるためにドキドキしている。

たとえば試合の時。自分の誇りを勝ち取るためにドキドキしている。

たとえば告白の時。自分の愛を成就するためにドキドキしている。

また、たとえそれが謝りにいく時でも、怒られる時でも、

ここをのりこえれば問題が解決できるからこそドキドキしているのだ。

生きている瞬間でドキドキすれば、

その時すぐそばにチャンスが近づいている。

そう思えば、ドキドキするのも怖くない。

そう思えば、ドキドキするのも楽しくなる。

いま、チャンスが見出せないと嘆いている人がいたら、

ドキドキを探しにいこう。

きっと、チャンスはそこにいるのだから。

命は情熱に温められて

(今日のコトバ)

 

命は、たえず情熱で温めないと

生きていけない。

 

 

 

ゆっくり時間だけが流れていく。

ぼーっとしながら昨日と同じような今日がはじまる。

生きているのか、死んでいるのか、

境界線もわからない。

それも生き方かもしれない。

ただ、その生き方は長くは続かない。

生活というどうしょうもない時間がやってきて、

働いたり、学んだり、社会と接点をもたないと、

自由には生きていけない。

人間には命があり、何もしないと命は存続しないのだ。

ならば、この世界に誕生した喜びを

情熱に変えていきいき生きよう。

素晴らしい人生にするために、

かけがえのない人生にするために、

命に情熱が燃えていることを伝達しよう。

命は、情熱に温められて生きているのだから。