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(今日のコトバ)
あいつの歴史にされてたまるか。
オレはオレの物語の中で生きてやる。
人生は、自分のものだ。
そんなことはわかっている。
だが、生きていると
「誰かの歯車にしか
なっていないのではないだろうか」と
思う時がある。
社長や上司、先輩など、、。
中間管理職の人は部下にでさえ、
使われているのではないかと
思うこともあるはずだ。
ただ、人生は自分のもの。
自分が主人公なのだ。
そう思うと、
誰かの歯車になっていると思うと、
つまらない人生になる。
誰かの歯車ではなく
自分の意志で生きる。
それには、置かれた場所で
自分の物語を見つけることが大切。
誰かにいわれたとしても、
そのアクションは自分に任されている。
任された先で自分の物語をつくる。
もちろん、起業して自分の物語、
歴史をつくれる人は、
その道をまっしぐらに進めばいい。
自分の物語を生きる。
意志を持って生きる。
人生を素晴らしいものにするために
大切なことだ。
(今日のコトバ)
ずっと笑顔でいよう。
あの人の思い出のひとつが笑顔になる。
それは、あの人に
幸せをひとつ届けたことになる。
笑顔が最高のコミュニケーションだという。
特に、まだ付き合いが浅い間は、
笑顔で話してくれると
ホッとできる。
それにも増して、
いつも笑顔でいてくれる人がいると、
気持ちが随分楽になることが
生きる場面で多々あった。
「笑顔でいてくれる」
それだけで、
自分の気持ちをよくしてくれる。
笑顔の人は、
とてもありがたい存在なのだ。
さらに、笑顔が多かった人は、
思い出の中でも笑っている。
思い出そのものが気持ちいいものになる。
それは、幸せを届けてくれているのと
変わりない。
だとしたら、
自分も笑顔でいよう。
まわりの人の思い出の中で
笑顔を残してあげよう。
それだけで、
まわりの人に
幸せを一つ届けることになる。
あの人の大切な自分になれるのだ。
(今日のコトバ)
昨日という歴史を誇れ。
明日という空想に羽ばたけ。
そして、今日という現実を楽しめ。
「過去を振り返るな」とか、
「未来のことで不安になるな」とか、
「現実を直視しろ」とか、、、。
過去、未来、現在を
あまりよくいわない人がいる。
だが、過去、未来、現在は、
すべて自分のもの。
もっというと、自分の財産。
すべてを大切に使うべきだ。
過去は自分の素晴らしい歴史。
未来は自分の明るい設計図。
現在は現実というチャンス。
どれもこれも必要なもの。
どれもこれも欠けてはならない。
どれも自分のもの。
人生は、短い。
自分のすべての財産を使って
豊かに生きる。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
となりの人を幸せにすると、
未来がやってくる。
幸せには、いろいろな考え方がある。
「幸せは感じるもの」とか、
「幸せは口にしない時が、幸せ」とか、
「平凡こそが幸せ」とか、
もちろん、
「成就した時が幸せ」も幸せの醍醐味だ。
ただ、年を重ねると思うことがある。
幸せといえるのは、
自分の足元がしっかりすることだ、と。
具体的にいうと、
自分のまわりにいる人が、
自分にとって素晴らしい環境を
つくってくれる人が揃っていること。
そんな環境ができれば、
人生は幸せになれると思うのだ。
家族、仕事場、趣味の場、、、、、。
そこにいる人たちといると、
快適な気持ちになれる。
そう思えると、
幸せな気持ちになれるし、
人生はとても有意義なものになる。
いま、自分に幸せが足りないと
思っている人は、
自分のまわりのいる人が
快適な環境をつくってくれているかを
どうか考えてみればいい。
快適な環境をつくってくる人がいれば、
その人を中心に自分の環境をつくる。
いない人は、
快適な環境をつくってくれる人を探す。
そこから幸せな環境をつくることがはじまる。
人は、幸せを感じて生きていけるほど、
いい人生はないと思う。
だからこそ、
幸せは、いつも自分の足元に必要なのだ。
(今日のコトバ)
あなたに出会えるから、
今年はいい年になる。
人生を劇的に変えるもの。
それは、出会いといっていい。
どんな人生を生きていくにしても、
出会いが大切。
その出会いは、
人生における一つの奇跡といっていい。
ほんとうに偶然に出会った人が、
人生を大きく左右してしまう。
偶然ではなく戦略的に出会った人も、
人生を大きく変えてしまう。
いいことばかりではないが、
いいことばかりではない意味でも
出会いは人生を変える。
もちろん、出会いだけで人生はつくれない。
自分の研鑽も必要だ。
だが、自分の手を離れたところで
劇的な人生をつくるのは出会い。
そう思うと、
ひとつひとつの出会いを大切にした人は、
人生に劇的という奇跡が
数多く訪れるといえる。
いま、自分の人生に
劇的な奇跡がないという人は
出会いを大切にする。
そのことだけで、人生は劇的になる。
出会いは、人生を劇的にする奇跡なのだ。
(今日のコトバ)
今年叶う夢は、史上もっとも素晴らしい。
去年は、想像しない一年だった。
いい意味はあまりなく、
人類全体が危機に陥った。
もちろん、想像しない変化もおき、
リモートワークなどの平準化が進んだり、
新しい未来がつくられた一年でもある。
だが、それでも、人々にとって
つらい一年だった。
そう考えると、
底辺の年でもあったと思う。
だとすれば、
今年は上昇していくものが
たくさんあるはず。
飛躍的な上昇があるかもしれない。
期待も込みかもしれないが、
人間には希望が必要。
絶対に上昇する一年だと思えば、
この一年素晴らしいものになるはずだ。
2021年1月1日。
ここからスタートするものは、
想像を超えて、
大きく、素晴らしいものになる。
そう思って生きていきたい。
(今日のコトバ)
誰かの物語が終わっても、
自分の物語は続いていく。
そこには終われない夢があるんだ。
社会に出ると、
自分の夢だけは生きていけない。
その大部分を占める仕事は、
自分の夢の人もいるが、
企業の夢、もっというと社長の夢、
上司の夢のサポートだったりする。
収入を得ているし、
ほぼ納得しているのだから、
文句があるわけではない。
ただ、自分の人生を考えたら、
本気でやりたいことなのかどうか、
考えてしまうこともある。
「若き日の夢をあきらめて生きている」
「趣味で生きたいが実益が伴わない」
「ボランティアに人生を捧げてみたい」
など、いろいろな夢があるだろう。
こんな時代だ。
会社が人生のすべてを
背負ってくれるわけではない。
仕事の仕方も見直されている。
副業ができる会社も増えていくだろう。
そう思うと、
自分の夢を叶える時間が増えたと
考えてもいい。
自分のやりたいことへ時間を投入する。
つまり、夢に時間を投入することができる。
人生は、いやがおうでも
時代に影響を受けてしまう。
だとすれば、
その時代の流れを使って
上手に自分の夢を実現していく。
そんなことを考えて生きることも、
人生にとって大切。
有意義な生き方をするための
一つの考え方だと思う。
(今日のコトバ)
人生は努力ばかりではつまらないから、
奇跡をつくって
人間を楽しませてくれるのだ。
何事も達成しようとすると、
努力が必要になる。
努力をひたすら頑張った人が、
成果を出すともいわれる。
とにかく、達成へ必要な努力。
ただ、努力ばかりでは人生楽しくない。
辛いことでいっぱいになることもある。
そこで人生というステージは、
奇跡というスペシャルコンテンツをつくった。
勝利とか、成功とか、成果とかの達成の上に、
奇跡というスペシャルなものをつくったのだ。
そして人は、
人生で数度しか出会えないかもしれない
奇跡を信じて達成まで努力する。
人は弱い生きもの?
人は強い生きもの?
どちらであってもいい。
その努力の先に
何かギフトが欲しい生きものであることは
間違いないのだ。
そう考えると、
数度しか出会えない奇跡も
人生の大切な必需品。
絶対的に信じていい夢、
絶対に信じるべき夢なのだ。
いま、努力が必要な人は、
その先で出会う達成、
さらにその先で出会うであろう奇跡を
信じて生きていこう。
信じることは何の費用もかからない。
そして、信じることによって、
モチベーションが大きくつくられていく。
奇跡は生きていく上での
最高のペースメーカーなのだ。
(今日のコトバ)
挑戦者とは、
まだ無謀の意味を知らずに
戦い続ける獣のことだ。
王者ではない、
それ以外の者は、
すべて挑戦者。
その挑戦者は、
王者と何が違うのだろう。
タイトルがかかっていない。
守るものがない。
無名でもよい、、、、、、。
いろいろあると思う。
だが、一番必要なのは、
無謀に挑むこと。
戦術も計算も大切だが、
そこで戸惑っていては、
ビッグチャンスはつかめない。
とにかく、どんな状態でも
前へ突っ込んでいく。
自力を信じて、
腕を振り続ける。
負けることなど考えない。
勝利という夢だけにまっしぐら。
そんな状況をつくれた時、
挑戦者は結果を出す確率が上がる。
いま、挑戦者のポジションにある人は、
挑無謀になれることができるかを考える。
できると判断してスタートする。
そこをベースにできれば、
実力プラスαの力が発揮できるはずだ。
(今日のコトバ)
「はずれ」を何度も引くから、
「あたり」に喜びを感じるんだ。
生きていれば、
あたりもはずれもある。
どちらかというと、
はずれの方が多い気もする。
失敗とか、敗北とかも、
はずれ感がある。
結構な数ではずれ感を感じる。
だが、はずれ感が多いからこそ、
あたりに高揚する。
あたりがサプライズになる。
また、いつかあたりに出会うことを
願って生きることができる。
そう思うと、
はずれが何度も続くこともワルくない。
あたりがきた時の嬉しさは格別になる。
人生は、あたりとはずれできている。
だからこそ、
どちらも人生の礎になる。
そう思って生きていくと、
少しだけ楽しくなるはずだ。
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