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(今日のコトバ)
謝らないと、
相手の気持ちが
重荷になってのしかかる。
ケンカした。
暴言を吐いた。
嫌なことをいってしまった、、、。
その状態のまま何日か続いている。
その時、自分の気持ちはどうだろう。
何か重いものがのったような、
心がどよんとした曇り空のような、
不快な気分が続く。
では、その時の解決方法は?
もうそれは一つしかない。
謝ってしまうこと。
本心からワルいと思っていることは、
すぐに謝ってしまう。
また、多少、相手に否がありそうでも、
謝ってしまう。
相手も謝るきっかけを待っていることも
たくさんある。
謝るだけで、
不快な気分から解放される。
もちろん、絶対に謝れないこともある。
譲れない戦いもある。
だが、それ以外のイザコザで
謝ることで気持ちが晴れるなら、
謝ってしまう。
自分の気持ちを重くしないための
一つの方法だ。
(今日のコトバ)
憎まれ役を買って出ろ。
嫌われ役を買って出ろ。
汚れ役を買って出ろ。
いつか勝負の時、
売り飛ばせる時がやってくる。
嫌われることはしたくない。
できれば、好かれていたい。
平穏な日々を送りたい。
人は、たいがいそう思うはずだ。
だが、人生、
いい人ばかりではいられない。
時に、憎まれ役を買って出なければ
ならない時がある。
本当は気が進まないが
どうしてもやるしかない。
その時は、自分でも気が滅入る。
「なんで自分が?」と思うこともある。
ただ、長い人生、
損な役まわりをしたことが、
どこかでプラスに働く時がある。
心を鬼にして指導をした人が成長したり、
正しくない方向へ行こうしているのを
反対して助けたり、
怠けていることを良しとしている仲間に
怠けない姿勢で導いたり、、、。
その時はわからなくても、
時間が経てばわかる。
みんな経験で知っているはずだ。
だからこそ、
損な役まわりを避けずに引き受ける。
人生では大切なことだ。
(今日のコトバ)
空いてる時間を
埋められなかったのは、
自分の罪でした。
芸能人は、
空いているスケジュールが
埋まっていくことに
無上の喜びを感じるという。
何もない状況を打破し、
分刻みで仕事が入る。
売れっ子になることを
一番実感することでもある。
これは芸能人でなくても、
人として生きていれば、
スケジュールが埋まることに、
無上の喜びを感じるのではないか。
どんな働きをしている人も、
スケジュールが埋まることは、
生きるバロメーター。
さらに、人から
様々な要件を依頼されている
証拠の一つでもある。
そして、
空いた時間を埋められないのは、
ほぼ自分のせいであるといっていい。
仕事の依頼が集中すれば、
自然にスケジュールは埋まる。
依頼されないまでも、
自分を研鑽するために
時間を埋めることもできる。
どう使うかは自分の意志一つ。
埋めるだけがすべてではないが、
埋まっていない人生が
充実していないことだけは
確かといえそうだ。
(今日のコトバ)
尖っているのは、
丸め込まれるのを拒否したからだ。
なぜ、あの日、
あんなに尖っていたのだろうと、
若き日を振り返ると
思うことがある。
少年から大人に成長する時期、
必要以上に尖ってみせようとした。
大人になるためのルール、
社会のルールが自分に迫ってきて、
それが正しいか
正しくないかわからないから、
いちいち抵抗した。
その状態が尖っていたのだと思う。
まだ、若いから
力が有り余っていたこともあるだろう。
ただ、若き日、尖っているのは、
大人のルールに丸め込まれまいとする証。
だとすれば、大切な成長の過程になる。
尖っている若者こそ、
実は、正しい道を歩いていく人たちなのだ。
(今日のコトバ)
座っているだけではない。
そこにいるだけでアイコンになっている。
みんなあなたを求めてやってくるのだ。
いつも通り、
いつもの場所に、いる。
たとえば、会社や学校の席。
あたりまえに
あなたが座っているけど、
そこにいることで、
まわりの人は、
一つのアイコンとして
認識するようになる。
「そこに行けば、あなたがいる」
そう認識している。
だから、そこに、
いるべき場所にあなたがいないと、
おおげさにいえば、
社会の認識が変わる。
間違いなくあなたという人間も、
そのアイコンの一つ。
社会の大事な機能になっている。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
ゆるめたら、しめる。
人生だって、しっかり歩こうと思ったら、
靴ひものように扱おう。
人は、生きていると
どこかにゆるみが出てくる。
気のゆるみもあるし、
体のゆるみもある。
長い人生だ。
どこかがゆるむのは仕方ない。
ただ、ゆるんだところを放置していると、
あたりまえだが、
ほどけたり、くずれたり、
擦り切れたりしてしまう。
ゆるんだら、しめる。
ゆるんだら、結び直す。
メンテナンスするといってもいい。
そこをおざなりにすると、
後々、大事故につながる。
だからこそ、
自分のあらゆる部分がゆるんだら、
細心の注意を払う。
その意識だけは忘れずいよう。
(今日のコトバ)
自分という持ち物を武器にしろ。
いつ、何時、誰が挑戦してきても、
いちばん強い自分でいられるように。
身につけた武器を持っている。
その武器を持っていると、
自信を持って生きていける。
どんな困難に出会っても、
どんな困難を打開する時も、
その武器でなんとかなる。
そんな武器を一つ持っていると
人生は楽しくなる。
「困った時の〇〇頼み」が
自分の武器でできる。
人生は、
いつ、何時、
何が起こるかわからない。
何か起こった時、
対処するのは自分の能力。
そして、その時、
自分の武器という能力が、
役に立てばこれほど楽なことはない。
そのためにも、
自分の武器を磨く。
人生に何があっていいように、
自分の武器を磨き
懐に忍ばせておくのだ。
(今日のコトバ)
故郷とは、
あなたのいいことも
わるいことも捨てないで、
大事に残しておいてくれる宝庫である。
いくら偉くなっても。
いくら出世できなくても。
故郷にある記憶は変わらない。
いい記憶も、わるい記憶も、
ちゃんと昔のまま残っている。
ありがたいような、
ありがたくないような。
ただ、そこへ戻ると
みんなの記憶の中に
自分の原型がある。
素に戻れる場所がある。
そんな場所があることは、
人生にとって大切なこと。
都会へ出て生きることがしんどくなって、
会社の人間関係が嫌になって、
何かにすがりたい時もある。
その時の一つの選択として
故郷がある。
素のままの自分を受け入れてくれる
場所がある。
そういう気持ちを持てるだけで、
人生は安定してくる。
自分に厳しい状況がおとずれても
生きていく勇気がわく。
人生にとって、故郷は素の自分を
受け入れてくれる大切な場所なのだ。
(今日のコトバ)
希望が前を走っているから、
人は追いつこうとして人生を加速する。
もし、希望や夢がなかったら、
人生はチンタラしたつまらないものに
なっていたと思う。
物心ついた頃から、
大なり小なりの希望や夢があった。
その希望や夢が自分を成長させ、
人を一人前にしてきたといっても
過言ではない。
なぜ、希望や夢が
人を成長させるか?
それは、人は希望や夢ができると
それを目標として達成しようとする。
達成までの道程は、
自己研鑽の連続。必然的に
成長しなければならない状況に
追いこまれる。
だからこそ、成長せざる負えないし、
人はつまらない人生を送らずに
生きていける。
希望と夢は、
人間の人生において
最高の贈り物なのだ。
(今日のコトバ)
「明日を見てろ」というヤツに限って、
今日の準備も終っていない。
大口をたたく人がいる。
「明日を見てろ」といって、
現状はまだ負けているが
近い将来、勝つてるという言葉を
発する。
まわりに一人ぐらいいるだろう。
ただ、この大口をたたく人で、
近い将来、現状を打破し、
勝利した人はほぼ0といっていい。
口先だけといわれ、
最終的には、
たいしたことのないヤツ、
力のないヤツと思われてしまう。
反対に、
現状が負けていても、
本気で勝とうとする人は、
虎視眈々と、
自分を磨き、チャンスを狙っている。
決して、大声を上げずとも、
その時のための準備に余念がない。
つまり、本気で勝ちたいと思っている人は、
言葉より行動で語る。
その日のために、
どんどん行動し、勝利のために
必要なものを準備する。
言葉ではない。
言葉より行動で準備している人が
本気なのだ。
未来を勝利に変えるのは
行動している人。
忘れてはいけない。
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