そこにいること

(今日のコトバ)

 

そこにいるから、キミは価値があるのだ。

 

 

 

 

一月四日。仕事始めだ。

仕事をしている人は、出社すれば自分の席がある。

そこで、自分の役割が待っている。

自分の仕事を遂行する。

同じように学校でも、趣味の世界でも、

自分がいるから成り立っている組織があるはずだ。

そこに自分がいるから機能する。

ということは、

その場所にいることに価値があるということ。

その価値こそが自分の存在を証明する。

あたりまえのように、そこに存在する。

あたりまえのように、そこで機能する。

そのことで助かっている人が、たくさんいる。

そう思うと生きることが素晴らしいことだと思えてこないか。

生きる価値があると思わないか。

ほんとうにあたりまえのことだ。

ただ、そこにいる。そこにいることが、

自分のまわりの人を支えている。

そのことを忘れてはいけない。

自分がいちばん忘れてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

 

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奇跡を普通にする術

(今日のコトバ)

 

普通は、奇跡がくれた贈り物です。

 

 

 

 

毎日があたりまえのように過ぎていく。

普通に起きて、普通に食べて、普通に働いて、普通に眠る。

この普通であることに、何も疑問を持たないで生きている。

ただ、この普通であることは、

本当にあたりまえであることだろうか。

体調が悪ければ、起きることは辛い、食べることも辛い。

職がなければ、働くこともできない。

心に問題を抱えていれば眠ることもできない。

体を壊したり、メンタルを壊したりするとわかる。

いかに、普通であることが素晴らしいことか、と。

もう一歩踏み込んで考えてみると、

体調が好調であることは奇跡かもしれない。

食事がおいしいと思えることは奇跡かもしれない。

働ける場所があることは奇跡かもしれない。

ぐっすり眠れることは奇跡かもしれない。

一つ一つの出来事は、決してあたりまえでも、普通でもない。

一つ崩れたら、すべてが崩れてしまうこともある。

おおげさにいえば、人間は長い歴史の中で、

知らず知らずのうちに奇跡を普通にする術を体得してきたのだ。

その体得したものを、自然に生活に応用しているのが人間なのだ。

今日、いま、普通だと思っている生活は、

実は、奇跡の産物。

そう思うと、今日という時間も貴重に思える。愛しく思える。

普通である今日の生活を

大切にして生きていきたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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身の丈にあった幸せ

(今日のコトバ)

 

幸せを忙しく働かせよう。

 

 

 

一年の計は、何しようと考える。

言葉にすると幸せになることが一番だと思う。

幸せは人それぞれ違う。

では、その幸せとは何か。

人それぞれ違うものではあるが、

目標に向かって邁進し、達成することが幸せの大きな要因になる。

目標に向かっている時間、達成した感動があると、

幸せな気持ちになれる。

となれば、目標をつくって、達成することに夢中になれるこことは、

一つの幸せのカタチだと思う。

その幸せのカタチになるためのすべての行動が、

もう幸せになっている。

そうなると人生は楽しくなる。

もちろん、幸せの概念が何もしないで楽だけしているという人もあるだろう。

刺激を求めて、危ない世界へ踏み込む人もいるだろう。

だが、あきてしまったり、恐怖と背中合わせばかりでは、

幸せは遠のいていく。

幸せは身の丈にあって、自分でちゃんとつかめるもの。

その中でも自分の幸せといえる目標と生きる。

そこが大切なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

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今日は希望の宝庫

(今日のコトバ)

 

今日は、希望の最先端に立っている。

 

 

 

新しい年が明けた。

東京は気持ちのいいぐらいの晴れだ。

初詣で何かを祈願するにもいい日。

たった一日だけど、

2016年から2017年と一年を越えた。

ちょっとだけ新しい自分になった気もする。

これだけ人の気持ちを変える日も珍しい。

ただ、本当はこの日だけでなく、

新しい一日が始まれば、

また、新しい気持ちになっているはず。

大きさ小ささがあるが希望も身近に生まれる。

今日という日は、希望の最先端に立っているのだ。

その気持ちを持てれば、

あるいは持ち続けられれば、

一日をもっと大切に使っていける。

小さな希望でいい。小さな目標でいい。

着実に達成しようと前進する。

そこに進歩がある。

そこに成長がある。

できるなら、今日という日を、

もっと大切に使っていこう。

今日は希望の宝庫なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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もっと新しいアクション

(今日のコトバ)

 

もっといいことがある。

そう思って、これからも生きていくのだ。

 

 

 

大晦日。

激動の2016年も今日で終わる。

一年を振り返ると、グッドニュースも、

グッドでないニュースもたくさんあった。

毎年毎年、これでもか、これでもかと、

いろいろなことが起こる。

そのこれでもかをなんとか乗り越えて、

人は生きていく。

もしかすると、それが進歩かもしれない。

進歩といえなくても、少なくとも、

それが経験であることは間違いない。

その経験を財産にできた人は、

もっと新しいアクションができるはず。

一歩といわず、五十歩でも、百歩でも。

ホップといわず、ステップでも、ジャンプでも。

来年という新しい扉を、また、開けるのだから、

もっと新しい何かに足を踏み出そう。

そう思って生きていければ、

少しは明日が明るくなるはず。

今年は今日で終わる。

この財産は財産として人生に積んで、

来年という新しい年に、

もっと新しいアクションを起こそう。

人生は素晴らしい時間の旅なのだ。

 

 

 

 

 

 

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夢のあらゆる側面をみる

(今日のコトバ)

 

夢がやせ細らないように、

夢の口にあう獲物をあたえよう。

 

 

 

 

まったく奇想天外だったり、

まったく好きなものではなかったり、

自分の中から派生していない夢を、

成就させるのは難しい。

どこかに不信感があるし、

やる気にいま一歩問題が出てしまう。

もっというと、夢を設定もすんなり出きない。

つまり、納得していないということ。

あまりケースとしてはないにしても、

会社だったり、自分発ではない夢に巻き込まれると、

時々、そういった夢を持つことがある。

その時、どう自分を鼓舞するか。

一番大切なのは、自分が納得できるよう

夢のあらゆる側面を見つめ直す。

自分がやりたい側面を探し直す。

そこへたどり着くまで、どうするかを考え、

夢を自分事にする。

そこが大切なポイント。

努力も真剣にやると楽しくなるということもある。

自分事すれば、自分が納得する。

納得すれば、動きは良くなる。

夢へまっすぐになれる。

夢のあらゆる側面をみて、

夢を自分事にするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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落としどころ

(今日のコトバ)

 

人間は、落としどころという決着場所を知っている。

 

 

 

どこに着地させるか。

発想も、会議も、組織も、

最後は、そこに神経を使う。

いろいろな考え方があって、

どれをチョイスするか。

それを落としどころという。

落としどころがうまくいくと、

その先の進行はスムーズにいく。

反対に、落としどころを間違えると、

スムーズに進行しないし、いい結果にはならないことが多い。

大混乱の元凶になってしまうこともある。

振り出しに戻るという結果になることもある。

そう考えると、落としどころは慎重を期すべき。

誰かの独善的な意見や肩書きに流されたり、

ただ、反対論を発するのではなく、

何が正しいか。何か効くか。

一番、このテーマに適したものを

真剣に考える、

そしてチョイスする。

せっかく、いい考えがあっても

それを選ばなければ、

何にもならない。

落としどころ。

正しい場所に落とすのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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決壊

(今日のコトバ)

 

限界は、口にするとすぐにやってくる。

 

 

 

 

苦しい状況が続きすぎると、

人は限界を思い浮かべる。

「どこかでギブアップしてしまえば楽になる。

ただし、目的は達成できない。

後少し、ガマンだ」

ガマンして、何とか乗り切ろうとする。

このガマンがどこでガマンできなくなるか。

いろいろなケースがあると思う。

ただ、決壊するのは、

「もう限界だ」と口にしてしまうことだろう。

口にすると、ほんとうに思考停止になるというか、

あきらめが心身共に支配する。

限界を自分で発令すると、

もう一歩もそこから前へ進まなくなるのだ。

反対に考えれば、限界を口にしなければ、

少し限界を遅らせることにもなる。

口にしないことが限界ではない意志表明にもなる。

もちろん、口にする前に限界になっしまうこともある。

だが、一番限界をすぐにつくってしまうのは、

言葉を口にすること。

そのことを忘れなければ、

少し粘り強いに人間になれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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気持ちを強くするために

(今日のコトバ)

 

気持ちを行方不明にしたら、

気持ちの闘いの時に、

気持ちを前へ出せない。

 

 

 

 

どこに気持ちがあるのか。

何も考えないで過ごし、

何の目的もなく生きる。

そんな状態で生きていると、

気持ちのありかはわからなくなる。

普段、何もない日々はいいが、

ここ一番で勝負がかかる時、

最後に勝敗を決めるのは、

気持ちの問題だったりする。

その時、気持ちがわからなかったり、

気持ちが弱くなったりすると、

勝負には勝てない。いい結果は導けない。

では、気持ちを持つ、

気持ちを強くするにはどうしたらいいだうろか。

それは、目的に向かう日々の中で、

自分をいかに追い込むかにかかっている。

追い込めば、追い込むほど、

自分の気持ちと対話しなければならない。

「まだまだ、やり抜こう」

「後100回、続けよう」

「もう1Km、走ろう」

等々、自分を追い込むと、

自分の気持ちと相談しなければならなくなる。

「もうやめよう」といってしまった時、

気持ちも消えていく。

勝負の苦しい場面で、

はっきり気持ちを見つめ、

気持ちを強く持つのは、

そんな日々の気持ちの追い込みが、

勝負の時に差になってくる。

人生は、どこかで気持ちの闘いになる時がある。

その時、勝ちにいくなら、

日々の気持ちの追い込みを大切にしよう。

繰り返していれば、

最後に力となって、自分を必ずけてくるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

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弱さは、生きるための種

(今日のコトバ)

 

 

人は、弱さを補うために強さをつくるのだ。

 

 

 

 

「弱い」

どんなに強がっている人も、

自分の中に弱さを隠し持っている。

もしかすると、人生は、

その弱さを克服するためにあるかもしれないとも思う。

何かを始める時は、当然、できないわけだから、

弱い方に属し、できるように、

強い方になろうとする。

仮にできるようになっても、

今度はより上手い人に、

自分の能力の低さを気づかされ、

もっと上手くなろうとする。

もっと強くなろうとする。

さらに、頂点に立っている人でも、

孤独の中で自分の弱さと闘っている。

だからこそ、人生が大変だともいえれるし、

だからこそ、人生が面白いともいえる。

どこまでもいっても、弱さとの戦い。

どこまでもいっても、強くなろうとする闘い。

その繰り返しで、進化していく。

弱さは、人にとってかけがえのない

生きるための種なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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