好きを武器に

(今日のコトバ)

 

好きを、掘れ。

 

 

 

恋愛ごとというわけではなく、

自分にとって好きなものを徹底的に極める。

それが、大成する一番の近道である。

社会に出て働いてみるとよくわかるのだが、

得意分野ではない仕事についてしまうと、

とてつもなく大変で、苦しい思いをする。

怒鳴られたり、いじめにあったり、はずされたり、

挙げ句の果てにはリストラにあったりする。

好きではない分野に進むと、

嫌いだから真面目にできない。

解決方法も見つからない、見つけられない。

できないストレスをかかえ不健康になる。

悪循環の方程式にハマってしまう。

好きなことならば、キャリアを積むうちに得意技ができ、

自分なりの対処の仕方を身につけられる。

目標も設定しやすいし、前向きに取り組んでいるぶんだけ

成果も上がり、よりよいポジションにつける。

つまり、「好き」であることをテーマにできるか、

できないかで、人生は天国にも地獄にもなるのだ。

だからこそ、「好き」を、掘れ。

何があっても自分の「好き」から掘りはじめよう。

それが、血や肉となり、やがてスタイルとなる。

そのスタイルができてしまえば、

未来をより豊かに切り開いていける。

幸せな人生を生きていけるのだ。

変化は進化のはしご

(今日のコトバ)

 

変化はイベントだ。

積極的に参加すればいい。

 

 

 

状況が変わっていくと、ついていくのに億劫になる。

変わらないで済むものならば、このままの状態でいたい。

人はおかれた状況に慣れながら、

自分のペースをつくるものだともいえる。

ただし、様々な事態から変化を余儀なくされることも

多々あるといっていい。

トップが変わる。会社が変わる。セクションが変わる。

学校が変わる。親が変わってしまうことさえある。

その変化は大変かもしれない。

ただ、受け入れるしかない状況ならば、

ひとつのイベント、ひとつの祭と思って、

積極的に、前向きに捉えて行動しよう。

いままでより負荷がかかる変化なら、

意識改革というイベントに参加するぐらいの気持ちでいい。

その気持ちが定着するうちに、

自分自身も新しいステージに上がっているかもしれない。

いや、間違いなく変化を受け入れ消化した時、

人は新しいステージに立っている。

ポジティブに変化に対応すれば、

さらに高いステージにもいける。

変化は進化のはしごだ。

前向きに受け入れてどんどん登っていこう。

幸せの数の調整

(今日のコトバ)

 

幸せは人類よりちょっと少なくて、

いつも足りないと嘆かれている。

 

 

すべての人に足りるほど、

幸せは数多くありはしない。

いつも誰かが幸せが欲しいと嘆き、

幸せをもっている人をうらやんでいる。

それはきっと、神様が幸せの数を調整して

誰でもかれでもあげないことにしたんだと思う。

考えてみるば、みんなが幸せになったら

自分は幸せとはいいきれない。

もっと欲深くなったり、

もっと幸せな人をみつけてうらやましがったり。

比較しなければ満足できるものを、

比較したために幸せではないと思ったり。

ただ、幸せが足りないと思って、

幸せが足りようとする努力は、悪いことではない。

もっといえば、幸せを自分のものにする努力の中にこそ、

幸せが隠れているともいえる。

つまり、幸せをちょっと少なめにつくって、

幸せでない人は自分で足りないものを補って幸せになることを、

神様は奨励しているのだ。

だから、幸せは少し足らなくていい。

その方が、幸せな人と幸せになろうする人で人類が構成できるのだから。

前よりも強い力で立ち上がれ

(今日のコトバ)

 

勝ち星は、流れ星。

 

 

人は、勝ちつづけては生きていけない。

必ずどこかで敗北し倒れてしまう。

だが人は、そのたびごとに立ち上がろうとして強くなる。

その力こそが人間の進化なのだ。

だから、勝ったことによる慢心もいけないが、

負けたからといって塞ぐこともない。

また、前よりも強い力を出して立ち上がればいい。

勝ち星なんて、流れ星。いつかは消えていくもの。

勝とうとした気持ちと、その過程で得た力と技の方が

よっぽど重要なのだ。

人は、慢心せず、立ち上がれることが大切な生き物なのだ。

ライバルで進化する

(今日のコトバ)

 

ほんとうの敵にこそ、

友好関係を結ばなくてはならない。

 

 

 

ライバルこそ、最良の師だと思う。

先生や先輩など指導をしてくれる人も大切だけど、

ほんとうに自分の未知の力を発揮させてくれる人は、

ライバル以外にないと思う。

「彼に、彼女に勝ちたい」「彼の上をいってやる」

という気持ちが無限のエネルギーを生み、

最大限の自分をつくり出す。

だからこそ、ライバルを大切にしなければならない。

人は、ライバルを蹴落としたいと思うが、

ほんとうにライバルを失ってしまうと抜け殻になって、

自分も進化できなくなる。

人生はライバルがいてこそおもしろい。

自分の人生の目の前に、ライバルを。

あきらめた場所から落下する

昨日はご迷惑をおかけしました。

本日、奇跡的早さで復旧できました。

今後とも、コトバザウルスをよろしくお願いいたします。

 

(今日のコトバ)

 

ストレートの人生もよし。カーブの人生もよし。

フォークの人生には気をつけて。

 

 

 

多少障害があっても、まっすぐに生きる。

遠まわりしたけれど、目指した場所にたどり着ける。

どちらも間違ってはいない。

ただし、突然、急降下で堕ちていく人生にしてはいけない。

人間は身を滅ぼす以外の対処方法を知らないからだ。

時に甘く、時に快楽を感じながら

立ち上がれない谷底へ堕ちていく。

その感覚に、人間が人間に戻れなくなる。

人生、負けても、失敗しても、堕ちていくことはない。

あきらめた瞬間から、落下の速度が上がっていくのだ。

人間として生きていくために、あきらめないことを肝に命じる。

そして、落下とは縁のない人生を築いていこう。

お詫び

本日より、数日間、「コトバザウルス」にアクセス

できなくなりました。こちらのミスで大変申し訳ありません。

復旧次第ブログでお知らせしますので、

どうか見捨てずに長い目でみてやってください。

ちなみに「今日のコトバ」は、

ブログの方で毎日更新していきます。

よろしくお願いします。

 

(今日のコトバ)

キミは、愛されるために生まれてきたのだ。

気を遣って損はしない

(今日のコトバ)

 

気は遣うもの。

遣わなくては気づかれなくなってしまう。

 

 

 

あまり気ばっかり遣うのも大変だけど。

自分が生きる社会の中では、

あるていど気を遣うべきだと思う。

気を遣っていれば仲間も相手も、

自分に対して気を遣ってくれる。

反対に全く気を遣わないと、

相手もいざという時、我関せずの態度をとるだろう。

日頃からコミュニケーションをとらないと、

ここ一番では頼りにならないのだ。

「かまわないでくれ」といっていても、

それは必要以上に触れてくれるなということであり、

気を遣うなということではない。

いま、自分のまわりがコミュニケーション不足だと思ったら、

ちょっとだけ気を遣おう。

たまに気疲れすることがあっても、

人生で損することはないと思う。

ケンカの醍醐味

(今日のコトバ)

 

ケンカにも、非常口をつくってあげる。

 

 

 

腹が立ってケンカしたい時は、

生きていれば様々な場面である。

怒鳴りあったり、殴ったり(暴力はいけません)、

理性の枠から感情が飛び出してしまう。

俗にいうブチきれた状態になってしまう。

感情をノーコンにすると、

人は人ではなくなり獣になってしまうのだ。

ケンカにもどこか許しあえる

扉をつくって、自分も許してもらえる、

相手も許してあげられる状況をつくろう。

ケンカは、戦争ではない。

一時的に感情同志がもつれあう台風のようなものだ。

終った後、嫌な感情を吐き出し、

爽やかな気持ちになれることが、

実はケンカの醍醐味だったりする。

たから、ケンカをしてもいい。

ただし、感情のしこりが残らないよう

心の非常口を開くのを忘れずに。

不健康から生きるペースをつくる

(今日のコトバ)

 

不健康なカラダだから、

健康に生きられる。

 

 

 

ひとつ持病をもつことが、まったく健康より、

健康的に生きていけることがある。

たしかに子供の頃のように、

怪我はあれどどこにも痛みもなく、

脅威の回復力をもっていると、

無理や無謀なことを平気でやってしまう。

大怪我や大病しないとわからない人もいる。

若さゆえに暴走することだってある。

ただ、慢性的な持病をもつと生き方は変わる。

まず、その疾病とどうつきあうかから

日々の暮らしを始めなければならない。

それは、けして悪いことではなく、

一日、一ヶ月、季節、一年にペースをつくり

カラダを大事にする習慣をつけてくれるのだ。

だから、人はちょっと不健康ぐらいでちょうどいいかもしれない。

健康すぎると自分の限界点をすぐ忘れてしまう生き物だから。