原点に返って希望で前進する

 

(今日のコトバ)

 

野望は、

牙をむいた希望のことである。

 

 

ギラギラしている。

欲を出して自分の夢に

邁進する。

言葉にすると、

野望となるだろうか。

野望を持った人というと、

清濁をのみこみながら、

前へ進む人のイメージがある。

間違いはないだろう。

ただ、どんな野望も一皮むけば

希望がある。

その希望は純粋なもの。

野望が見えすぎて

敵をつくってしまうなら、

原点に返って希望を

叶えることに集中してもいい。

決して、

野望がワルいわけではないが、

敵をつくったり、

えげつなさをまき散らすなら、

希望に戻って前進する。

生きるために必要なことだと思う。

愛する人のように自分を大事にする

 

(今日のコトバ)

 

自分を大事にする仕方は、

愛する人を大事にする仕方を

参考に。

 

 

生きていれば、

疲れてきたり、

弱ってきたり、

意気消沈したり、

前向きになれない時もある。

自分も大事しなければと思う。

ただ、自分を大事にするには、

どうしたらいいのだろう。

状況によって

対処法が決まっていればいいが、

完璧な対処法を持っている人も

少ないと思う。

では、どうやって

自分を大事にするか?

いちばんできそうな方法は、

愛する人を大事にする方法を

参考にすること。

愛する人の気持ちの変化、

体調の変化はいち早くわかる。

その時、自分ができる処方箋で

何とかしてあげようとする。

その自分ができる処方箋を

自分に処方すればいい。

何も特効薬でなくてもいい。

少しずつ効いていけばいい。

時間が経ったら

笑顔に戻れるように

処方すればいい。

世知辛い世の中で生き抜くには、

愛する人のように自分を

大事にする。

そのことを忘れてはいけない。

戻るのは、笑顔

 

(今日のコトバ)

 

人間は、

笑顔で人生を

コントロールしている。

だから、悲しくても、

寂しくても、嬉しくても、

楽しくても、

戻るところは笑顔なのだ。

 

 

人はいろいろな顔を

持っている。

その顔を見て、

人が評価されてしまう

こともある。

もちろん、顔だけ見て

正しい評価が

下せるわけではない。

だが、ある程度、

一定の評価はされてしまう。

そして、人はいろいろな顔のうち、

笑顔という表情を持っている。

笑顔といっても、

何も笑うだけが笑顔だけではない。

楽しい時も、

嬉しい時も、

また、悲しい時や

寂しい時でさえ、

笑顔をつくることがある。

なぜだろうか。

笑いたい時だけ笑顔でなく、

笑顔をつくってしまう。

それは自分と他人の人間関係が

上手くいくように、

笑顔をつくっているのだ。

楽しさや嬉しさは、

より楽しさや嬉しさを

倍増させるために。

悲しさや寂しさは、

見せたくない

悲しさや寂しさを隠すために。

すべての気持ちを

コントロールできるように

笑顔がある。

そして、

人は人生のどんな状況でも

通じる表情として

誰もが笑顔を持っている。

だからこそ、

自分の笑顔を大切にしていきたい。

人生のどんな状況でも、

最後に戻るのは笑顔であると。

そのことを忘れないで

生きていきたいと思う。

名もない想像もある

 

(今日のコトバ)

 

想像力なんて、

ほとんど間違いと失敗で

出来ている。

 

 

想像してできたものは、

出来上がって、

称賛されたものばかり

注目が集まるが、

ほんとうは、

無限の間違いと失敗を超えて、

つくりだされたもの。

名もなく世に出ることのない

想像されたものもたくさんある。

ただ、その名もなく

世に出ることのない想像を

くり返すからこそ、

まったく新しい想像も

生まれてくる。

また、想像できる

頭脳でいることは、

毎日、想像をくり返している方が

いいタイミングで、

新しい提案が出来る。

だからこそ、

間違いや失敗に挫けず、

想像をくり返えす。

その継続力が

途轍もない発想力を生む。

新しい提案を

つくり上げていくには

大切なことだ。

習慣は、自信と誇りの源

 

(今日のコトバ)

 

習慣に不幸は寄りつかない。

 

 

普通の人が特出したものを

習得するために大切なことがある。

それは、習慣化すること。

一定の周期で同じことをする。

単位としては、

毎日がいいかもしれない。

毎日毎日、同じことを習慣化して

行うことは、

何かを習得するだけでなく、

技術を磨くことにもなる。

もっというと、自分の武器になり、

自信や誇りの源になることもある。

ただ、簡単に習慣化といっても、

同じことを繰り返していくのは、

途轍もなくしんどい作業でもある。

三日坊主という言葉があるくらい、

あきらめてはまうことも多い。

その中で、長い期間続けられたことは、

人生においての

特殊能力といっていい。

いま、自分が平凡過ぎて

何の取り柄もないと

思っているなら、

習慣化したものを

確認するといい。

そこに、

自分の自信と誇りになるものが

あるかもしれない。

習慣化できているものを、

意識して人生の礎にするのだ。

 

 

 

言葉は人間力

 

(今日のコトバ)

 

言葉を思い通りにできる人は、

人生の勝率が高くなる。

 

 

簡単なようでできないこと。

それは、言葉を自在に操ること。

自分の進みたい方向へ

導くための言葉を躊躇なく

伝えられる能力を持つ。

それができる人は、

人生がとても面白いものになる。

自分のまわりを見ているも、

言葉で説得できる人は、

世の中でいいポジションに

ついている。

もちろん、言葉を使うのも

才能と努力が大切だ。

ただ、言葉については、

言葉を使う人の人間力も

大きく加味される。

そう思うと、

日々の生き方で人間力をつけて、

言葉の重みを増すこともできる。

生きる上で言葉ほど

人生の局面を変えることのできる

ツールはない。

だからこそ、

言葉を思い通りに駆使できる

人間になるために、

人間力を磨いていくべきだ。

 

言い訳から距離を置く

 

(今日のコトバ)

 

言い訳が得意になると、

才能が枯渇していく。

 

 

できないとか、

やりたくないとか、

あるいは、

嘘をつく時、

人は言い訳をする。

なぜだか、

言い訳になると、

自分を正当化することに

熱くなる。

その熱量を言い訳ではなく、

肯定する方向へ費やせば、

どれだけ役立つだろうと

思うぐらい熱くなる。

だが、言い訳が

打開する局面はない。

自分にとっても、

まわりの人においても、

後ろ向きな状況をつくるだけ。

さらに、言い訳をして行動を

しないと、

自分の才能を披露する場所も失う。

もったいない。

人生の中でもっもムダなことの

一つかもしれない。

では、言い訳をどう考えるか。

とにかく、自分の中では

言い訳をしないよう決める。

それでどれだけ人生が変わるか。

簡単ではないし、

しんどい思いは

増えるかもしれない。

ただ、自分の能力を発揮したり、

充実した人生は

おくれるかもしれない。

納得する人生のために、

言い訳から距離を置く人生を

試すのもいいと思う。

勝負所

 

(今日のコトバ)

 

人生はどんなに負け続けても、

復活劇という舞台が

用意されている。

 

 

どれだけ負けてもいい。

もちろん、

どれだけ勝ってもいい。

人生はたくさんの勝負があって、

誰しも全戦全勝というわけには

いかないし、

全戦全敗ということもない。

ありがたいのは、人生は

負けても負けても

チャンスはあるということ。

あるカテゴリーにしぼれば、

もうチャンスはないこともある。

だが、人生全体で考えれば、

命の続く限り

挑戦する場所はある。

そう考えると、

人生は何度でも復活できる。

だからこそ、何事も

一度や二度の負けで、

あきらめることはない。

違う角度から攻めれば、

勝てるかもしれない。

時期を変えれば、

勝てるかもしれない。

方法を変えれば、

勝てるかもしれない。

どうしても

勝ちたい勝負があるなら、

勝負所を変えて戦う。

それだけで人生の勝率は上がる。

自分の強みがわかる。

もっと自信を持って

生きていけるはずだ。

 

後一歩の気持ち

 

(今日のコトバ)

 

千歩より、

万歩より、

ダメだと思ってからの

もう一歩。

 

 

通常、

ここまでならできる。

ある意味、

自分の能力は知っている。

ただ、それより先、

限界を超えることが

できているか。

そう問われると、

「できている」と

答えられない自分もいる。

限界を超える。

簡単にいうことはできるが、

実行することは困難だ。

ほとんど人の場合、

アスリートや研究者でもなければ、

限界と向き合うこともない。

だが、

それでは進歩がないことも

わかっている。

では、どうすればいいか。

それは、

限界を問われなくても、

毎日、後一歩だけ

頑張ってみる。

自分自身の目標設定として、

後一歩、もう一歩、

進んでみる。

それだけで、

人生は少しずつ前へ進む。

特に、一般の仕事をしている人は、

後一歩の気持ちが大切。

何年かかかるかもしれないが、

限界を超える時がくる。

そして、

途轍もなく進化した自分に

出会える時がくるかもしれない。

限界を超えるために、

後一歩頑張ってみよう。

利口も、馬鹿も、人生に指定席はない

 

(今日のコトバ)

 

小利口の限界。大馬鹿の可能性。

 

 

あまり頭が良いと、

ものわかりが良くなり、

思い切ったことをしなくなる。

一歩進むために検証し、

石橋をたたきながら渡る。

その結果、

能力は高いものがあるのに、

たいした力を発揮しない。

反対に、

日頃「馬鹿だな、あいつ」と

いわれている人が、

ここ一番、いい意味で

空気を読まないで

とんでもないことを

成し遂げる。

自分のまわりにも

そんな人がいるはずだ。

利口過ぎて限界をつくる人。

馬鹿だけど可能性に挑む人。

だからこそ、人生は面白い。

利口であっても、馬鹿であっても、

人生に指定席はない。

才能の活かし方で人生は変わる。

努力のしかたで人生は変わる。

そして、

度胸のあるなしで人生は変わる。

そのことを忘れてはいけない。