自信は傷つきやすい生き物

(今日のコトバ)

 

失った自信に翼はいらない。

足をつけてあげよう。ゆっくり歩きはじめれば、

ゆっくり回復する。

 

 

 

失敗を繰り返し、自信を無くしてしまった。

その時、人はどう自信を回復させるのだろう。

一発逆転で失地を取り戻そうとすると

返って大きな失敗をよびこみ泥沼にはまる。

また、自信を失ったまま引きこもってしまうと、

元には戻れない。

自信は、実に傷つやすい生き物だ。

やさしく、ゆっくりと、いたわるように、

癒し、看護し、社会復帰させなければならない。

そう、入院患者がリハビリをするように、

病院の庭を散歩するように、

少しずつ歩くことから失ったものを取り戻す。

つまり、できるこから一歩一歩はじめ

回復具合ほを確認しながらチャンスをつかむ。

しっかり、ゆっくり、土台をつくりあげれば、

再び大きな希望が生まれ、新しい挑戦ができる。

心と同じように、あなたのケアひとつで、

勇気とともに再生できるのだ。

明日もまた、生きる元気が湧く

(今日のコトバ)

 

今日を食べ残すと、明日はおいしくありません。

 

 

 

今日やるべきことを明日に延ばしてしまう。

明日はそのやるべきことからスタートしなければならない。

一日という限られた時間の中で、

昨日の宿題で時間を費やしてしまうと、

人生はとても短くなる。

明日をめいいっぱい使うために、

今日やれることは、今日やろう。

今日のやることを、今日やってしまえば

充実感の中で一日が終わる。

ゆっくりと睡眠がとれる。

新鮮なあなたが、明日の朝目覚める。

明日もまた、生きる元気が湧いて

気持ちいい日々をおくることができるはずだ。

意志の先のポジション

(今日のコトバ)

 

どうしてキミはそこにいるのだ?

それはキミがそこに行きたかったからに他ならない。

 

 

 

そのポジションにいることに、自信がなくなる。

そのポジションにいることが、不愉快でたまらない。

そのポジションにいることが、間違っているかもしれない。

人は、時々、自分のまわりがうまく回転しなくなると、

今いるその場所に不安をおぼえる。

でも、そのポジションに行きたかったのは、

他薦、自薦を問わず自分の意志があってのことだ。

自分のまわりで嫌なことが起きることで、

そのポジションにいずらくなることと、

そのポジションが好きではないということは、

イコールではない。

早とちりで答えを出してはいけないと思う。

深呼吸をして、ゆっくりもう一度まわりを見渡して、

冷静になってから答えを出そう。

そのポジションは、あれだけ行きたかったポジションなのだから。

肩書きに依存しないで生きる

(今日のコトバ)

 

人間なんて肩書きをとってしまうと、

ライオンだってサルになってしまう。

 

 

 

大声で吠えていた社長が失脚すると、

本当に蚊の鳴くような声で、いじめらてばかりの子のように

弱々しくなってしまう。

在任当時は、部下をどんどん怒鳴りつけ、

剛腕で会社をひっぱってきた社長も、

肩書きを失った瞬間、大きい顔と恐怖の顔を

どこかに捨ててしまう。

社長だけではなく、あなたの身近かにも

似たようなケースはたくさんあるはずだ。

クラブのキャプテンが、番長(もうないか)が、

PTAの会長が、取引会社の担当者が、

自分の仮面ともいうべき肩書きを失った時、

力なく別人ようになってしまったことに

遭遇したことはあるだろう。

人は下で動かされているよりは、

上で下を動かしたいと思う。

その時、上へいけばいくほど、

大きく、怖い仮面をつけて、

下の人を威嚇する。

そのことが本当の自分であると錯覚してしまう。

でも、本当はひとりでは生きていけないただの人間なんだ。

ライオンでも、オオカミでも、ヘビでも、ワシでもない。

ちょうど幼稚園のおゆうぎ会でつけたお面を、社会でつけているだけなんだ。

だから、肩書きに依存して生きるのはやめよう。

本当の自分が問われた時、弱々しい自分を露呈する。

肩書きは肩書きでいい。その横にいる自分を大切にしよう。

最後に救ってくるのは、助けてくれるのは、

素顔をあなたを信じた人たちなのだから。

心の欠けた部分を補強する

(今日のコトバ)

 

甘えられる人・場所・時間を大切に。

 

 

 

寂しい時やつらい時に、誰かに弱音をはけることができる人は強い。

無くした何かを、足らない何かを、

誰かに助言してもらうだけで、誰かに聞いてもらうだけで、

弱さを埋めていける。

この埋める作業ができない人は、

強がっていても寂しさやつらさはぬぐえない。

でも、世界中にたったひとりでいいのだ。

あなたを甘えさせてくれる人をもっておこう。

その人がいるだけで、救われる。

その人がいるだけで、安らげる。

その人がいるだけで、笑える。

その人がいるだけで、元気が出る。

心の欠けた部分を補強してくれるその人が、

あなたの明日を支えてくれるのだ。

外なる敵と戦え

(今日のコトバ)

 

外を見ろ。外に出ろ。外と戦え。

内に向いての戦いでは進歩がない。

 

 

 

スポーツでも、ビジネスでも、なんでもそうだけど。

勝負がかかっている場合、戦う相手は、外にあり、

外敵に勝つことが目的であるはずだ。

しかし、僕らは戦いが大きければ大きいほど、

内なる敵を見つけて、その戦いに躍起になにってしまう。

仲間の動きばかりに気をとられ、仲間をつぶすことに力を注いでしまう。

もっと悪くなれば、派閥をつくり派閥抗争に目的が変わってしまう。

内戦、内乱が発生しては、とても外敵と戦うことはできない。

敵は、外にある。内なる敵に足を引っ張られているようでは勝負にならない。

もし、いま新しい戦いが始まろうとしているなら、

敵が外にあって大挙して襲いかかっていることを、

味方同士でしっかり確認して戦うのだ。

意志を統一して、一丸となって戦うのだ。

勝利という結果を求めるなら、

内なる敵に力を使わずに、全力で外敵と戦う。

戦いは、いつも足並みやバランスをくずした方が敗退する。

神様は前進している人だけ応援している

(今日のコトバ)

 

無欲の前進に、朗報あり。

 

 

 

最高の朗報は、無欲な時に、突然やってくる。

受験や就職の結果も、いい知らせはふいにくる。

逆に、いまかいまかと一分一秒力んで待っていると、

ほぼ朗報はこない。

ほんとうは無欲ではないのだが、

次に向けて前進している姿勢をみせていると、

いい結果が得られ、その場で止まっていると、

わるい結果が届くような気がする。

これは、人生の中で唯一、神様にコントロールされて

いるのではないかというぐらい同じパターンで結果が出てくる。

それは、「神様は前進してる人だけ応援している」

ということなのだろうか。

前向きだから運命が味方してくれたのだろうか。

それとも、偶然が続いているのだろうか。

もう少し人生をの中で研究して答えを出したい。

クイックレスポンス

(今日のコトバ)

 

その場でやってくれない人は、

いつまでたってもやってくれない。

その場でやる人であれ。

 

 

 

頼み事をして、クイックレスポンスをしない人は

何を頼んでもやってくれない。やろうとしない。

時々、気が向いたようにやってくれたり、

何度も何度も頼んでやってくれたとしても、

こちら気分が不愉快になる。

頼む事が面倒くさくなるくらいなら、自分でやった方がいい。

それが、自分サイドのスタンス。

とすると、相手も同じ事を考えている。

だから、あなたも何かの依頼に対し、

クイックレスポンスをしてあげよう。

できることは、すぐ行動に移し、

できないことは、できないとはっきり答える。

できないということも、クイックレスポンスなのだから。

そして、自分と相手のやり取りをすばやくしておけば、

スープの冷めない関係でいられるはずだ。

ピュアゴールドな心を忘れずに

(今日のコトバ)

 

コドモをいつまでもっているか。

カッコイイオトナの戦いです。

 

 

 

子供の幼児性を維持しようというのではなく、

純真で素直な気持ちを大切にする。

その気持ちが生き方の所々で表現されている。

なにも大人を否定しよういうのではなく、

大人の中にも持つべき、ピュアな生き方が、ピュアな気持ちが、

どこかにあることって、とってもカッコイイことだと思う。

いい年のとり方をするために。心地よく暮らすために。

そして、まっすぐ生きるために。

子供のピュアゴールドな心を忘れずに。

幸福は、普通の生活のどこかにある

(今日のコトバ)

 

幸福も大量摂取してはならない。

必ず人生のバランスを破壊されてしまう。

 

 

 

宝くじで億万長者になった人が、

幸福から一転、不幸のどん底に堕ちてしまうことって、

よく耳にする話だ。

本来なら一生暮らしていける金を手にして、

楽しく、豊かに、生きていけるはずなのに。

幸福を散財で使い切ってしまう。

幸福をひとり占めして使う切ってしまう。

幸福を悪事に利用して使い切ってしまう。

幸福を詐欺師にだまされ使い切ってしまう。

大波のようにやってきた幸福で生活の重心が狂い

生きていくバランスを失ってしまうのだ。

幸福は、普通の生活のどこかにある。

不幸な生活の中にも、幸福の芽はどこかにある。

いままで生きてきて、ほどほどの人生であれば、

きっと、上手に幸福を使ってきたのだ。

自分の生活にちょうど良い幸福が備わっていたのだ。

幸福は大切だ。できれば、たくさんの幸福に恵まれたい。

ただ、幸福をたくさく手にしても、

自分の生きるペースは変えずに行こう。

自分が生きるペースを変えてしまうと、

身についていた幸福は、すぐに不幸に蝕まれていく。

人生もいきなり負の世界に舞い込んでしまう。

ゆっくりでいい。不器用でいい。マイペースでいこう。

その生き方には幸福が一緒についてきているのだから。