わりと本を読む方だと思う。自分では多読家だと自負している。
だが、映画を観るようにボロホロ泣くことは、人生で一度もなかった。
本では映像ほど、人を泣かすことはできないと思っていた。
「東京タワー」という作品を読むまでは。
この作品は、リリー・フランキーの自伝的小説である。
ただ、主人公が作者であると共に、主人公に深い愛情を注いだオカンとの物語になっている。
普通は、苦節何年、仕事で成り上がりました、とか、恋人、妻との激愛の歴史になるのだが、
ずーっと、著者を育ててきたオカンとの関わりの変遷という、ありそうでなかった小説なのだ。
小説といっても、これはあきらかに著者のドキュメンタリーであり、
著者を産んだオカン、著者を育てたオカン、病気になり東京で著者と暮らすようになったオカンを
温かな目で著者が包んでいる無償の愛情ドラマになっている(ときどきオトンも出てくる)。
ひとりの男を陰になり支えて一人前にしていくかの前半と、
ガンを煩ったオカンを著者が大きく包みこむ後半が、
殺伐とした毎日を忘れさせて家族のことを思い出させてくれる。
「昔の女は」などというが、子供ために節約し、
毎日欠かさずたくさんのおかずと飯を作り、
よく泣き、よく笑い、よくしゃべる。
戦前に産まれた女としては、よくいたタイプの女性だ。
ただ、著者からすればオカンは特別であり、よくいたタイプなどといわれたくないだろう。
自分の母親が他の親と同じ扱いでないように。
とにかく、秋の夜長、感動する一冊といったら、この一冊を迷わずおすすめします。
最後に、この本の「オカン」という部分に「私の母」といれてみると、
案外、似たような母に育てられた自分にびっくりする。
また、「東京タワー」をこれから読まれる人も、
「オカン」の部分が自分の母にだぶってくるのではないだろうか。