やさしくした後が、やさしさの大切なところ

 

(今日のコトバ)

 

やさしさは、力技でした。

 

 

 

人にやさしくする。

言葉では簡単で、

ちょっとしたやさしさなら、

誰にでもできる。

だが、「ほんとうのやさしさ」とは、

と考えてしまう。

悲しんでいるから、

寂しそうだから、

困っているから、

やさしくする。

ほんとうは、やさしくした後が、

やさしさの大切なところかもしれない

と思う。

言葉だけとか、

一応、同情するとかではなく、

悲しみから立ち直るために、

どんなやさしさを届けるか。

寂しさから抜け出すために、

どんなやさしさを伝えるか。

真摯に、粘り強く、

その人を支えてあげる。

そこまでがやさしさではないだろうか。

自分が辛い時を考えてみればいい。

言葉だけでやさしくされても、

と思ってしまうこともある。

だからこそ、やさしさは、

やさしくした後も大切。

気持ちをこめて、

時間をかけて、

その人を支えていく。

やさしさとは、

そういうものだと思う。

人は、夢と生きている

 

(今日のコトバ)

 

転んだのは、夢を追いかけたから。

倒れはのは、夢に届かなかったから。

傷ついたのは、夢を失ったから。

そして、いま、生きているのは、

夢を持っているのだ。

 

 

どんな人生でも、

夢はある。

大きな夢の人いれば、

小さな人もいる。

人は、

その夢を叶える途中で生きている。

もちろん、夢を叶えた人もいるだろう。

ただ、すぐその後から夢が生まれる。

夢を失った人もいるだろう。

ただ、すぐその後から夢が生まれる。

人は、夢に向かって生きている。

そう考えると、

夢の一つや二つが失われても、

夢が無くなることはない。

夢は、自然発生的な現れる。

人生は、夢でできている。

そんな気持ちで生きればいいのだ。

 

気持ち一つで人生は変わる

 

(今日のコトバ)

 

「だけど」では過去のままだから、

「もしも」で未来を探っていこう。

 

 

 

否定的な気持ちでいると、

上手くいかないことが多くなる。

ネガティブなのだから、

あたりまえとえばあたりまえだ。

反対に、肯定的な気持ちで生きると、

人生は好転していく。

前向きな気持ちが、意欲を呼び起こし、

力をしっかりと発揮できる。

いってしまえば、

たったそれだけのことで、

人生は大きく変わる。

日々、肯定的に生きる。

意欲的に物事に取り組む。

それがどれほどの効果があるか。

自分のまわりの人を見てみるといい。

肯定的な人がどれほど、

人生を好転させているかを。

そして、否定的な人がどれほど、

人生を難しくしているかを。

気持ち一つで大きく人生は変わる。

人間は気持ちの生きものなのだ。

見せたい年齢のように生きよう

 

(今日のコトバ)

 

人は一年で歳をとる人ばかりではない。

一日で老いる人もいれば、

一か月で若返る人もいる。

 

 

年齢なんていうものは、

ただの数字だと思う。

そう思ってるのだが、

年をとると一年一年感じることがある。

「40歳には見えない」

「30歳のわりには老けている」など、

基準はどこにあるかわからないが、

なんとなく

言わんとしていることはわかる。

最近では、90歳でも若く見える人もいる。

年齢の概念も変わってきた。

定年も60歳から65歳になり、

ゆくゆくは70歳になるという。

年齢は、やっぱりただの数字。

くくりやすい数字。

歳をとると、目標が明確にある人と

ない人では、見た目にも差が出てくる。

歳より老いている人もいれば、

歳より若い人もいる。

あるとすれば、

自分がどう見えたいかだけだと思う。

老けて見せたければ、

老いて生きればいい。

若く見せたければ、

若く見せればいい。

ただそれだけのことだ。

 

権力は、不正に感染する病気

 

(今日のコトバ)

 

権力は、

不正に手を染めるという

弱点を持っている。

 

 

 

特に、政治を見ていると、

どうして権力は、

不正と癒着したがるのかと思うほど、

権力=不正になっている。

権力を行使できるようになれば、

少々の悪いことは許される。

否、力があるから悪いことは、

まわりの人が許してくれる。

否、力があるから、

どんな悪いことも正義になる、、、。

まさに、悪循環という構造を持っている。

ただ、政治でない世界でも、

似通ったことは起こる。

会社で肩書きが偉いといわれる人ほど、

不正率は高くなる。

さらにもっといえば、

たいした権力などないのに、

自分よりあきらかに力の弱い者に、

似たようなことをしてしまっている。

「まったくしていない」と

答えられる人はごく少数なはずだ。

そう思うと、

権力という力は、誰もが不正に感染する

病気のようなものといえる。

だとすれば、

その不正に向かわないために、

自分以外のチェック機関を持つことは

必須になる。

権力と不正はセット。

その意識を持って、

つねにチェックできる状況をつくる。

権力をただの悪の権化にしないためにも

チェックは必要。

暴走する権力は悲劇を生む。

そして、誰もが権力を持つと、

自分を忘れてしまう。

そう戒めて生きていきたいものだ。

 

 

困難は、人生のテスト

 

(今日のコトバ)

 

困難は、

本気を出させるための

神様からのテストだ。

 

 

 

いつも思うことがある。

困難を乗り越えると、

一つの自信がつくような気がすると。

困難を乗り越えるたび、

何かをつかんでいく。

この経験が

人を成長させていくといっていい。

過度に困難ばかりの人生では辛いが、

人生の新しいステージに行くための

必要不可欠なものといっていい。

乗り切れる者が、

新しいステージに行ける。

そう思うと、

困難は新しい人へのテストともいえる。

テスト。

好きではない人もいると思うが、

自分を成長させるために、

あるいは、

自分の現状の実力を知るために

大切なもの。

そのことを理解して生きると、

困難に立ち向かっていける。

困難は、新しい人生へのテストなのだ。

若さは、いくらでも挑戦者になれる

 

(今日のコトバ)

 

 

若さという白紙は、

何を描いても夢になる。

 

 

 

若き日々は、

たくさんわからないことがある。

未熟なことがあり、未完成なことがあり、

そして、未完成なことも多々ある。

人生においての新人の時期。

その間は、いくら挑戦してもいい。

転んでも、倒れてもいい。

そこで学ぶものがあれば、

失敗は成功になる可能性がある。

もっというと、挑むことすべてが夢になる。

あまりに幼すぎるでも無理で、

年をとりすぎるとできないこと。

それは、挑むこと。

つまり挑戦者になれること。

若さは、挑戦者になれるという

人生最大の醍醐味がつまっている。

そのことを忘れないで、

若さという貴重な時間を使おう。

有意義な人生のために。

 

 

 

 

夢や目標をつくるために約束する

 

(今日のコトバ)

 

約束は、希望になる。

 

 

 

何かを約束する。

その約束のために、

未来の時間がつくられていく。

それは、希望といっても

過言ではないのでないか。

未来のために時間をつくる。

未来のために何かをする。

まさに、希望といえる。

もっというと、

約束がポジティブなものであれば、

自分の夢や目標になるともいえる。

いま、自分に夢や目標がないという人は、

約束をしてみるのどうだろう。

きっと、希望あふれる未来が広がる。

もっとイキイキとした時間が

つくれる。

いずれにしろ約束は、

人生にとって大きなエネルギーになる。

約束する、

そして、約束のために行動し、

約束を守る。

自分を成長させるためにも必要なことだ。

 

負けることは、挑戦者になること

 

(今日のコトバ)

 

 

敗北のいいところは、

負けた瞬間から挑戦者になれることだ。

 

 

 

人生において、無数の負けがある。

勝ちと負け、どちらが多いかというと、

主観だが、圧倒的に負けが多いと思う。

その負け中で何を学ぶかで、

人生の進む道は大きく変わってくる。

状況の数だけ進む道があるといっていい。

その中でいちばん大きな力は、

負けるだびに挑戦者になれるということ。

挑戦というのは、

人生において人間をもっとも

成長させるといっていい。

もっといえば、

人間が成長するのも、

挑戦者になることを繰り返せるから

といっていいかもしれない。

だからこそ、負けること大切。

そのたびに、また、

新しいテーマに挑める。

挑戦者になれる。

そう思って、

負けることも歓迎する。

勝ちも大切。

負けはもっと大切。

忘れてはいけないことだ。

 

大いなる挑戦には、必ず嫉妬心が生まれる

 

(今日のコトバ)

 

だけど、嫉妬しなかったら、

新記録も、新発見も、

新発明もなかったと思う。

 

 

嫉妬。ジェラシー。

日本語でも、英語でも、

言葉だけで執念深そうな印象がある。

意味も、他人が自分より優れていたり、

恵まれていることに対してうらやむことと

定義されたりしている。

だが、清く正しいスポーツマンスピリットの

ようなものがあるにしても、

それとは別に、偉大な功績を上げた人は、

すべからく、嫉妬した経験があるはずだ。

思った通り伸び伸びやりきって、

さわやかに結果を出した人など皆無だと思う。

そう考えると、

嫉妬も、人間の進化に大きく貢献している。

もっといえば、

嫉妬を感じなかった結果というものは、

大した結果でもない。

だからこそ、嫉妬心は大切にしたい。

大いなる挑戦には、必ず嫉妬心が生まれる。

そう思って生きて間違いないのだ。