人間は、反省できる生きもの

 

(今日のコトバ)

 

後悔は下を向いてするもの。

反省は上を向いてするもの。

 

 

 

誰でも後悔する。

一生、どこか後悔しているといっていい。

人間である以上、

仕方ないことだ。

ただ、後悔だけで終わらせていいものと、

そうでないものがあるような気がする。

そうでないものとは、

人生を懸けたり、

勝負を賭けたりするもの。

もっというと、そこで終われないものは、

後悔で終わらせてはいけない。

では、どうするか。

反省という言葉がある。

自分の普通の行動をこれでいいかと

顧みることという意味だろう。

自分のこれまでを検証してみる。

そして、これからに役立てる。

後悔を越えたいなら、反省をすべきだ。

後悔は、下を向いたままでいい。

振り返ったままでいい。

だが、反省は、

上を向かなくてはならない。

前へ進まなければならない。

自分が懸けているもの、

賭けているものは反省する。

人間は、

反省できる生きものであることを

忘れてはいけない。

 

 

自分が成長する上でのいい循環

 

(今日のコトバ)

 

 

自分の大きさ、

自分の高さ、

自分の速さで生きることが、

自分をもっとも進化させる。

 

 

時に、

自分では超えられそうもない

目標を掲げ挑むことも大切だ。

だが、なんとかなるほどの

実力がないと、

目標達成への道程は遠のく。

がんばってはいても、

どうにもならないこともある。

もちろん、目標があることで

成長することは否定しない。

ただ、それでも身の丈に合わない目標は、

未達成で終わる可能性が高い。

それならば、目標を自分の力の延長線上、

ちょっと手を伸ばせば届くところにおいて

全力で挑んでみるのはどうだろう。

なんとかなると思っているから、

モチベーションが上がる。

「できる」という気持ちがわけば、

想像力も働く。

自分が成長して上で、

いい循環が生まれる。

その人の性格にもよるが、

ちょっと上の目標を掲げた時、

人はいちばんモチベーションが上がる。

そして、目標を達成する確率を上げる。

そう思うのだ。

 

今日は人生はじめての日

 

(今日のコトバ)

 

息が切れてもいい。

転んでもいいい。しゃがんでもいい。

だって、今日のこの日は、

人生はじめての日なのだから。

 

 

 

どれだけ長く生きていても、

今日という日と出会うのは、

はじめてだ。

昨日までとは違う何かがある。

似たような日がたくさんあっても、

どこかが違っている。

はじめてだから、痛いこともあるだろう。

つらいこともあるだろう。

ただ、同じように、

嬉しいこともあるだろうし、

楽しいこともあるはずだ。

想像のつかなかったサプライズが

待っていることもある。

だからこそ、

今日が完璧でなくていい。

かすり傷をつくってもいい。

ささくれができてもいい。

それは、成長するための力になる。

今日は、人生はじめての日。

そう思って、新鮮な気持ちで生きていこう。

 

自信は、人の声も力にする

 

(今日のコトバ)

 

あなたが自信を持てないのなら、

あなたを信頼している私を

信じてください。

 

 

自分自身だと、

どうしても自信が持てないことがある。

どれだけ努力しても、

どれだけ苦しい思いをしても、

自信がないことがある。

そんな時、

利害関係のない第三者や他人、

まわりにいる人などから、

「凄いじゃないか!」とか、

「誰もかなう奴はいない」とか、

「最高だよ」といわれると、

みるみる自信がわくことがある。

自信とは、

何も自分の気持ちだけでなく、

自分以外の誰かの評価によって

植えつけられることもあるのだ。

だとすれば、

自分が自信を持つ時も、

人からの声を大事にしていい。

誰かが評価してくれたら、

それは自信になる。

また、誰かが力があるのに

自信がなさそうなら、

「大丈夫、キミは凄い!」と

いってあげよう。

それだけで、

自信は揺らぎにくくなる。

自信とは、

目に見えない意識をしっかり持つこと。

そのために、

人の声、人の評価は大切なのだ。

 

時間をかけて人の気持ちを動かす

 

(今日のコトバ)

 

心の扉だって、

叩いてすぐに開かないこともある。

着替えて、化粧して、

落ち着いてから開くこともある。

 

 

 

人の心を開くのは、

簡単ではない。

こちらからいくら話しても、

心は開かない。

相手のニーズに応えても、

心は開かない。

何をしたらいいんだろうと

悩むこともある。

そんな時の一つの答えが

時間だったりする。

最初のうちは、

何をしてもダメだったものが、

少しずつ前進することもある。

あきらめず努力を続けることも大切だが、

人によっては、

何もせずただ待つことも

大切なことがある。

ただ、わかることは、

ほぼすべてに時間が必要となる。

誰でも心をすぐに開いてくれて、

コミュニケーションが

取れること願っている。

だが、人の気持ちはすぐには動かない。

そこを理解して、

時間をかけて心を開いてもらう。

人とのコミュニケーションにとって

大切なことだ。

いちばん大切なのは、「いま」

 

(今日のコトバ)

 

「いま」を大切にすると、

過去も、未来も、力になってくれる。

 

 

人は、過去と未来を意識する。

過去の記憶と未来の想像は

大切なことだ。

そんな中で、

少しおろそかになるのが「いま」だ。

考えてみれば、

過去も、未来も、コントロールできない。

できるのは、「いま」だけ。

この「いま」に

どれだけ力を発揮できるかが

人生でいちばん大切。

過去にすがりたいこともある。

未来にまかせたいこともある。

ただ、どちらにせよ「いま」を

どう生きるかが鍵を握る。

そう思うと、

状況はさまざまだが、

それでも「いま」を大切にする。

それこそが、

人生を有意義にする最善策。

過去も大切、未来も大切だが、

いちばん大切なのは「いま」なのだ。

 

人生を未来に向ける

 

(今日のコトバ)

 

想い出に引きこもっていたら、

いつまでも未来なんて見つけられない。

 

 

 

人は想い出話をする。

楽しかった想い出、

悲しかった想い出、

嬉しかった想い出、

苦しかった想い出、、。

それらの想い出は、

想い出になった瞬間、

みないい想い出になる。

楽しい想い出、

嬉しい想い出はそれでもいいが、

悲しい想い出、苦しい想い出も、

いい想い出となってしまう。

いい想い出となると、

人そのいい想い出に逃げ込んでしまう。

想い出の心地よさを求めてしまう。

特に、いま、生きるテーマが見えないと、

想い出にすがりつく。

未来への意欲がおろそかになってしまう。

生きるため大切な未来のことを

考えなくなってしまう。

もっというと、前へ進むことを

しなくなってしまう。

それは、人生にとってプラスにならない。

だからこそ、

想い出話が多すぎる時は、

未来が欠けているという意識をもとう。

そこから未来へ気持ちを向けて生きる。

人生には未来が大切なのだ。

「めんどうくさい」の先に、幸運

 

(今日のコトバ)

 

幸運は、

「めんどうくさい」の中に

埋もれている。

 

 

 

「めんどうくさい、な」と思うことがある。

生きていれば、結構な数の

「めんどうくさい」と出会ってしまう。

やれないことはないが、やりたくない。

やれと強引にいわれるから、やりたくない。

ほんとうにやりたくない、

自分にはできそうもない等、、。

ただ、「めんどうくさい」と思うこを

やりきった後に、

「やってよかった」と思うことも多いし、

やったことで、その後、いい思いをしたことが

たくさんあるこも確かだ。

思えば、自分が「めんどうくさい」と

思っていることは、

依頼している人も、

ほぼ「めんどうくさい」と思っている。

あるいは、「めんどうくさい」と思うのは、

本当に重い案件、重要案件だったりする。

それを片付けてくれる人は、

貴重だし大切にされる。

だとすれば、

「めんどうくさい」と

思われている案件こそ、

積極的に行動していい。

誰かのためにも、自分のためにも、

かなりの確率でプラスになる。

もっといえば、幸運になる確率を

あげる作業になることは間違いない。

人生で出会う「めんどうくさい」。

時に腰が重くなって、

やりたくないことも多いが、

やった後の人生へのプラスを考えれば、

やっと方が得だと思うのだ。

遅刻は、まわりの人の未来を奪っている

 

(今日のコトバ)

 

遅れる者は、未来泥棒である。

 

 

 

時間に遅れる人がいる。

交通関係の遅延などの不測の事態ではなく、

いつもいつも遅れてくる人がいる。

なんとなく、

「あの人は、いつも遅れるから」と、

認知されている人もいる。

だが、そういう人は、

まわりの人の未来の時間を

奪っているといっていい。

遅れなければ、予定通りに進行でき、

作業はスムーズに進んでいく。

遅れれば、それだけ作業も後ろ倒しになる。

だからこそ、

どうしてもという理由がない限り、

遅れないように生きていきたい。

昔、毎度毎度遅れてくる人に

予定の1時間前を教えたら、

ちゃんと予定時間に

着席していたことがあった。

遅刻をしない。

そのために自分に合った手で

時間を調整する。

そんな気持ちを持って

生きていく。

遅刻は、

まわりの人の未来を奪っているのだ。

 

失敗を失敗で終わらせないために

 

(今日のコトバ)

 

失敗とは、

成功の通り道にある道標である。

 

 

誰もが一度で成功するとは思っていない。

失敗という道を通過しないと、

成功へたどり着けないことを知っている。

だが、失敗が続くと、あるいは、

とんでもない失敗をすると、

成功へのモチベーションが萎えてしまう。

失敗続きだとあきらめてしまうこともある。

ただ、何度も失敗をし、

成功したことも少なからずあると

わかることがある。

失敗は決して終わりではないし、

後退でもない、と。

たいがいが前進、進歩であることが多い。

失敗を失敗に終わらせるか、

失敗を成功への過程と考えるかだけの

差のような気がする。

あきらめない者、続ける者にとって、

失敗は失敗ではなく、

成功への過程と名前が変わる。

人生の考え方は、

人それぞれだ。

ただ、失敗を失敗で

終わらせたくなかったら、

あきらめず続ける。

その気持ちを持てるかどうかで、

成功が決まってくると思う。