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(今日のコトバ)
一度の敗北なんて
途中経過でしかない。
ただし、あきらめてしまった者のみ
敗北になる。
人生は、勝ったり、負けたり。
負けが続くこともあるし、
トータルすると負けが多いような気もする。
だが、一度の負けで、
あるいは何度負けても、
それがイコール完全な負けとは限らない。
負けながら前進したり、
負けながら進化したり、、。
負けの解釈の仕方で、
負の遺産にならないことも
たくさんある。
ただ一ついえるのは、
あきらめたら負けということ。
もう戦わない。
そう決断したら、
それは負けになる。
そう思って生きると、
まだ負けていないものが数多くある。
負けたけどあきらめてないもの、
途中で止めているもの、
勝負のついていないもの、、。
反対に、ほとんどが
負けていないものばかりだかもしれない。
だからこそ、
一つ一つの挑戦をあきらめずに
精一杯やってみる。
そこで出た結果は、
すべて途中経過。
そこから、また、
リスタートすればいいのだ。
(今日のコトバ)
他人を裁くな。
自分を裁くな。
時間が裁いてくれる。
「アイツはダメだ」と思うことがある。
「自分がダメだ」と思うこともある。
その時々の出来事で、
誰かを批判したり、自分を批判したりする。
気持ちはわかる。
自分が思っていた結果を
出してくれない。
自分が思っていた結果を
出せないこともある。
ただ、この気持ちを言葉にしてしまうと、
誰かを中傷することになりかねない。
自分を追い込むことになりかねない。
誰か中傷しても、
傷ついた誰かが
やがて自分に牙をむくこともある。
自分を追い込むと、
自分自身が自滅することもある。
つまり、何の得もないのだ。
人生にとって、
意味のないもの一つといっていい。
もちろん、するべき批判はある。
ただ、多くの場合は、
しなくてもいい批判が多い。
そして、人間は時間があらゆるものを
解決してくれることを知っている。
だからこそ、時間に頼ればいい。
時間が解決してくれると思って
生きるのだ。
(今日のコトバ)
「いつか」を待つより、
「いま」を捉えろ。
「いつか」とか、
「そのうち」とか、
「きっと」とか、、、。
漠然とした時間の約束は、
ほとんど意味がない。
約束された相手も、
約束を必ず守ってくれると
思っていないこともあるので、
漠然から漠然への会話と
割り切ることもできる。
だが、せっかく約束をするなら、
約束を守るために生きていきたい。
いつ約束が守れるのかわからないなら、
約束をする必要はない。
そのために、いつ約束を実行するか。
いちばんいいのは、
「いま」スタートを切ること。
すぐに着手すること。
これ以上の約束の守り方はない。
「いま」には、
スピードだけではない理由もある。
「いま」でないと、忙しさにまかせて
忘れてしまうこともある。
状況が変わって、守りたくても
守れなくなることもある。
だからこそ、
約束は「いま」から始める。
そして、「いま」始める人への信頼は
厚いものになる。
とにかく、「いま」を大切にしよう。
(今日のコトバ)
「ひとりじゃないよ」って、
誰でも使える魔法のコトバ。
孤独を感じることがある。
どんなにまわりに人がいても、
一人ぼっちという気持ちになるこもある。
人間は、誰かとつながっていたい生きもの。
つねにどこかで一人ではないことを
確認して生きていたいのだ。
避けられていても、
イジメられても、
一人ではないと思いたい。
とすれば、
一人ではないということを
伝えてあげることは、
効き目のあるコトバだ。
「ひとりじゃないよ」
そういってもらえれば、
途轍もなく勇気づけられる。
孤独や寂しさも忘れられる。
魔法のコトバといっていいかもしれない。
自分に置き換えてもわかる。
誰かが「ひとりじゃない」と
いってくれる人がいれば、
安心していきていける。
だからこそ、この魔法のコトバを
いつも心に持っていたい。
誰かが孤独を感じている時、
そっとささやいてあげよう。
「ひとりじゃないよ」と。
(今日のコトバ)
一緒に勝ってくれた人から
夢をもらって、
一緒に負けてくれた人から
愛をもらった。
何か目標に向かう時、
決して、一人では達成できない。
強力な味方、
献身的なパートナーがいるはずだ。
それは、目標に対する結果はどうあれ、
人生にとって途轍もない財産を生む。
勝ったり、成功したりして、
一緒に喜ぶことでできる絆という財産。
負けたり、失敗したりして、
一緒に泣くことのできる絆という財産。
とにかく、一緒に何かを成したということが
人間と人間の間に強い絆をつくる。
そう考えると、
目標に向かっていい結果はでなくても、
トライすることで計り知れない財産を得る。
目標に向かって生きるだけで、
人間の絆は深まっていく。
自分がいま、
人間との絆を深めたいのであれば、
目標をつくって行動しよう。
そこから、人間と人間の絆が生まれる。
人生に大切な信頼が生まれるのだ。
(今日のコトバ)
昨日は昨日にまかせろ。
明日は明日にまかせろ。
今日はオレにまかせろ。
昨日も、明日も、
リアルな時間ではない。
過去には戻れないし、
未来にも行けない。
今日だけが自分の意志で
コントロールできる。
そう考えると、
今日を精一杯生きることは、
人生において大切。
今日を精一杯生きれば、
充実した人生になる。
反対に、今日を惰性で生きてしまうと、
つまらない人生になる。
そんなことはわかっているが、
意外に今日を充実させていくことが
できないこともある。
ただ、誰もが夢や希望を持っている。
大きくなくていい。
小さな夢や希望を、
人生に費やせばいい。
それだけで、人生は充実してくる。
少しずつ成長していける。
そのためにも、
今日という日はとても大事なのだ。
(今日のコトバ)
失敗とは、
秀でた記録であり、
優れた記憶である。
人は、失敗をしたくない。
頑張った人も、
頑張らなかった人も、
できれば失敗を避けたいと思っている。
ただ、人生は失敗をせずにはいられない。
特に、夢や目標が大きくなればなるほど、
失敗はついてまわる。
「失敗」
失うという字と、
敗れるという字だから、
決して、ポジティブにはなれない。
だが、失敗ほど人間を成長させ、
成功への道筋をつくるものもない。
失敗という経験、
失敗というデータがあるから、
成功に近づける。
もっといえば、成功できる。
また、失敗という経験も、
時が過ぎれば、
笑い話になって、
人生のいい想い出にもなる。
失敗の数が多いほど、
面白い人生になるといえるかもしれない。
そう思うと、
失敗することもワルくない。
人生で失敗を肯定的に受け止める。
そこから、成長する人生が始まる。
そう思って生きていこう。
(今日のコトバ)
人生はもう一度通る道なんてない。
少しぐらい恥をかいても
覚えている人なんていない。
人生は、片道切符を持って生きていく。
人生が時間で管理されている以上、
二度と戻ることができない。
日々、時間が経過すると
過去になっていく。
いい部分もあり、
ワルい部分もある。
ただ、いい部分を考えれば、
過去として通り過ぎていくのだから、
失敗も、敗北も、恥も、
かっこワルいことがいくらあっても、
いずれ過去になり風化する。
犯罪にならないのであれば、
いくらかっこワルいことをしても、
きっと、人は忘れていく。
そう思うと、
一度きりの人生、
どうしても叶えたい目標があるなら、
どれだけかっこワルいことをしてもいい。
今が、未来が、
かっこよくなっていくなら、
尚更、かっこのワルさもいい。
「生きるためのかっこワルさ」
人生が時間で過ぎていくなら、
どうってことない出来事なのだ。
(今日のコトバ)
神様は世界を無秩序にしないために、
一つだけ秩序をつくった。
それが数字である。
特に、会社にいるとよくわかる。
数字がすべてだと。
いい過ぎたかもしれない。
数字が大半を占めていると。
そして、数字こそが正義であると。
いずれにせよ、会社は数字に追われて
動いている。
どんな綺麗事をいっても、
赤字という数字では会社は存続できない。
どんな問題があったとしても、
黒字という数字であれば会社は存続してしまう。
もちろん、犯罪等にかかわれば話は別だが。
そして、赤字か黒字という数字の分岐点で、
会社は右往左往する。
そこにいる社員も一喜一憂する。
それ以外は、極めてアバウトで済む場合が多い。
会社もコミュニティだから、
人間関係の問題も多々ある。
そこを簡単にスパッと切ることはできない。
だが、数字に関することは、
簡単にスパッと切られてしまう。
そう思って世の中を見渡してみると、
数字のような役目を
するものがないことに気づく。
もうそれは神様がつくり出したとしか
思えない秩序といおうか。
もっといえば、世の中のあらゆるものが、
数字で動かされている。
だからこそ、あらゆる数字に立ち向かい、
あらゆる数字を大切にする。
それこそが、
人生を有意義にする秘訣なのかもしれない。
(今日のコトバ)
歩きやすいのは、
誰かのつくった道を歩いているから。
ただし、自分の行きたい場所には
たどり着かない。
スムーズに進むことがある。
わかりきっている状況、
マニュアルがある、
道標が所々にある等。
ただ、これらすべては先人が
つくった道を踏襲しているもの。
前にいる人のマネをすれば解決できる。
ただ、まったく新しい世界で、
誰もお手本がないとなると、
たちまち足が止まる。
どうしていいかわからなくなる。
真価はそこで問われる。
まったくお手本がない道を
どう進んでいくか。
発想、想像力、熟考などで、
新しい道を考える。
考えた末、
歩き出した一歩は、
誰かのつくった道を歩くより、
圧倒的に自分の力を発揮できる。
考え方次第だが、
同じ人生なら
自分で道をつくるのもワルくない。
誰かのつくった道は、
誰かの行きたいところへ続いている。
そして、自分のつくった道は、
自分の行きたいところへ続いている。
そのことを理解して生きていきたい。
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