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(今日のコトバ)
「優しさ」だって、
優しくしたい人に
優しくしてるんだ。
優しい。といっても、
広い意味がある。
どこまでが優しさで、
どこからが優しさでないかの
一線はない。
ただ、一言いえるのは、
自分が人に優しくする時は、
やっぱり優しくしたい人にする。
よく頑張ってるからとか、
運がワルかったからとか、
体を痛めているからとか、
心を痛めているからとか、、。
どこかで優しくしたい状況がある。
何も優しくしたいと思わない人に
優しくすることはない。
そう考えると、
優しくする状況はあるし、
優しくされる状況もある。
人と人が支わなければ
生きられないのと同じ。
だとすれば、
優しくしたい人に遠慮しない。
優しくされなければ
立ち上がれない人には、
手を差し伸べてあげる。
反対に、
自分が優しくされたい時は、
誰かの手にすがる。
その循環が世の中を、
優しく、強くしていく。
世の中がいい状況とは、
優しさが循環している状況なのだ。
(今日のコトバ)
時間を大切にできない人は、
自分を大切にできない人。
時間。
どうにでも使えるもの。
人によっては、
予定をきっちりと組み、
休みなくやることを決める。
反対に、
人によっては、
予定のない時間が大幅にあり、
何もしない時間がたくさんある。
どちらの人もいるだろう。
ただ、自分の人生を
イキイキ生きるためには、
予定をきっちり組んで、
やるべきことを決めていかないと、
人生の持ち時間はどんどん消えていく。
何事もできる人というのは、
時間を上手に使っている。
ムダな時間というものが
あまりない。
そして、その時間を上手に使う人は、
自分を上手に使っている人といっていい。
そして、時間を上手に使っている人は、
常に成長している。
つまり、自分を大切にしている人なのだ。
そう考えると、
時間という有限な資源を、
どう使って生きるかが生きる鍵。
そこを意識して生きることは、
自分の人生にとって大切。
自分が成長する核心になるのだ。
(今日のコトバ)
自信を失うと、
世界中が敵にまわった気がする。
何かが原因で自信を失う。
その瞬間から
途轍もない喪失感に襲われる。
無力、敗北、失敗、哀しみ等、
いろいろな感情が入り混じる。
味方を失ってしまったという
気持ちにもなる。
自信があると、
自分の実力も
揺るぎない気がするのだが、
それ以上に、自分に集まる人の力も
大きなものだと思っている。
それが一瞬にして失ったとなると、
どうしていいかわからなくなる。
自信というものは、
ほぼ「気」につくられている。
「気」というものは、
一瞬で壊れもするが、
一瞬でつくり上げることもできる。
つまり、「気」は
自分の意識でどうにでも
なるということ。
もちろん、自信を失ったばかりでは、
「気」をアップすることはできない。
それでも、自分ができることを確認し、
もう一度歩き出せば、また、自信が
ふつふつ湧いてくることもある。
時間が「気」を癒し、
自信を元のポジションに
戻してくれることもある。
だからこそ、
自信を失ったからといって、
喪失感にさいなまれることはない。
いままでの自分の財産も、
自分の味方たちも、
未来への時間も、
取り戻すことができる。
自信は必ず自分に帰ってくる。
そう信じて生きていくのだ。
(今日のコトバ)
愛されている時間は、
人を憎めない。
人を憎んでいる時とは、
どういう時だろう。
嫌がらせをされた時とか、
卑劣なことをされた時とか、
傷つくことをされた時が多いと思う。
だからといって、
自分が傷つけられた時に
人を憎んでいるかというと、
そうもいえない。
では、どんな時に人を憎んでいるか。
それは、愛されていない時が
多いように思う。
もう少し正確にいうと、
自分が愛してほしい人に、
愛してもらえない時、
人を憎むような気がする。
自分において憎んだ人のほとんどが
愛していた人だから、
あながち間違いでもない。
だからこそ、
人を憎んで暗い影を落とした時は、
「愛されていなんだなあ」という
状況に気づいて、
愛されるように、もしくは、
もっと愛してみたり、
愛を届く行動をしてみよう。
そこからは憎しみは生まれにくい。
少し大きな話をすると、
憎しみがなければ
戦争は起こらない。
地球規模で平和に生きるめの
考え方の基本になるはずだ。
(今日のコトバ)
ジタバタすることは、
未来への道を舗装すること。
さまざまな場面で
人はジタバタする。
もがく。
あがく。
無駄な抵抗かもしれない。
見苦しく見えるかもしれない。
ただ、ジタバタした後の自分は
どうだろう。
少し成長した気もするし、
ホッとする時もある。
言葉としてはかっこワルいが、
決してワルいことばかりでは
なかったと思う。
では、なぜジタバタすることが
ワルいことばかりではないのか。
それは、
未来のために
生き方を整えているから。
立ちふさがる人生の課題に対して、
体当たりして、もがく、あがく。
そのもがくこと、そのあがくことが、
未来を整える作業になっている。
これから生きていく道を、
舗装することになっているのだ。
だとすれば、
ジタバタすることもワルくない。
もっとジタバタしながら
未来にいこう。
ジタバタするだけ未来は、
自分のものになるはずだ。
(今日のコトバ)
みんながやりたがらない仕事を、
早い者勝ちでやれる人こそ頂点に立つ。
誰もがやりたくない作業がある。
面倒くさかったり、
ただの手伝いだったり、
体に負担のある重労働だったり、
長い時間を拘束されたり、、。
「やりたくない」
そう思う。
ただ、そんな作業を嬉々として
やってしまう人がいる。
誰よりも先に作業をはじめる。
ものによっては、
あっという間に作業を終えてしまう。
どんな現場でも一人ぐらい目撃したはずだ。
そんな人は、
必ずといっていいほど、
トップやリーダーというポジションに
駆け上がっていく。
しんどい作業を
「しんどい」と思うのではなく、
作業を片づけて
時間を有効に使おうと思っている。
時間のムダをつくらず
モチベーション高く作業する。
目標の次元が高いのだ。
もっというと、
目標があってそこに意識があるから、
しんどい作業に気持ちが向くのではなく、
目標に向いているのだ。
だからこそ、
しんどい作業もこなせる。
もし、いま、
自分の作業がしんどいと思ったら、
その作業の延長線上に目標があるか。
そこを一度、考えてみよう。
目標があれば、
しんどい仕事も少し楽になるはず。
作業が目標につながるなら、
熱い気持ちで仕事に
向き合えるはずだ。
(今日のコトバ)
「失敗を怖れるな」という人ほど、
失敗を大声で叫ぶ。
無責任に、
あるいは、咤激励を込めて、
「失敗を怖れるな」という人がいる。
確かに、失敗を怖れれば怖れるほど、
一歩踏み出せなくなる。
弱気な自分がいると、
どうしても不安になり、
勇気が出せなくなる。
そんな時、自分が自分に
「失敗を怖れるな」と、
気持ちを鼓舞するのはいい。
だが、他人から「失敗を怖れるな」と
いわれるのは少し違うと思う。
まず、他人に責任はない。
失敗しようがしまいが自分は痛まない。
また、失敗しないと困る人と
失敗すればいいと思う人が、
結構な数で混在している。
気持ちの底から応援をしている人は、
ごく僅かといっていい。
大勢は無責任に言葉を発しているのだ。
だから、
無責任な言葉に心を動かすことはない。
自分の内なる声に耳を傾け、
自分のタイミングで
動けばいい。
自分の責任は自分しか持てない。
自分の内なる声の元に
動いていていこう。
(今日のコトバ)
笑顔こそ、
人間の放つ持続可能エネルギー。
会う時は
笑顔でいたいし、
相手にも笑顔であってほしい。
笑顔であることで、
最初のコミュニケーションは円滑になる。
笑顔から笑顔へ。
笑顔が続いていけば、
決してワルい話にはならない。
笑顔はその人にプラス1の力をくれる。
もちろん、
騙そうとして笑顔をつくる人もいる。
笑顔の裏に恐怖を隠しいる人もいる。
そういった例外を除けば、
笑顔はありがたい贈り物。
もっというと、流行りの言葉を使えば、
笑顔は持続可能エネルギーともいえる。
笑顔という枯渇することのない
エネルギーを使って、
自分のまわりの状況をよりよくできる。
だからこそ、笑顔は大切。
人間誰もが持っている
エネルギーで、
素晴らしい状況・環境をつくっていこう。
(今日のコトバ)
ほめることが素敵なのは、
そこに「やさしさ」があるから。
怒ることが不快なのは、
そこに「かなしさ」があるから。
ほめることで、
マイナスになることはほぼない。
ほめられた人は嬉しいし、
ほめる人も相手を喜ばせて、
いい気持ちになれる。
そこに、温かく優しい時間が生まれる。
騙そうとしたり、
貶めようとするために、
ほめたふりをしなければ、
人と人とのコミュニケーションにおいて、
素晴らしい機能だ。
反対に、怒ることは、
絶対にプラスを生まない。
怒られた人は、
そこで萎縮してしまうし、
腹立たしさを感じることもある。
怒った人も、
感情のコントロールの効かない人と思われ、
嫌な人と思われる。
怒りが続けば、
距離を置かれる人にもなりかねない。
そこに、悲しい時間が生まれる。
環境というものは、
そんな一つのコミュニケーションで、
がらりと変わる。
馴れ合いにならない程度に
ほめ合えれば、
そこには優しい時間が流れる。
ところかまわず怒る人がいると、
そこは悲しい時間が流れる。
人生の短い時間の中で、
優しい時間と悲しい時間の
どちらの時間を増やしたいか。
もし、優しい時間だったら、
ちゃんとほめてあげる。
それだけで、
優しい時間と環境がつくれる。
世の中を見ていてそう思った。
(今日のコトバ)
「いつか」の期限が決まると、
本気がはじまる。
夢や目標で
「いつか叶うといいな」と
いっている人がいる。
自分も「いつか」と
口にすることもある。
ただ、「いつか」という言葉は
漠然とし過ぎて、
何も約束していない。
ただただ願望があるだけ。
それでは、夢を叶えることは難しい。
大きな夢になれば、
ほぼ叶えられないことになる。
では、どうすければ「いつか」は
「いつか」でなくなるか。
それは、「いつか」の年月日を決めること。
来年の三月までにこの夢を叶えると
期日を決めれば、
夢に対して本腰を入れられる。
「いつか」だけでは、
どこで本気になって、
どこで本腰を入れればいいかわからない。
そうならないために、
夢や目標の期日を決める。
それだけで達成までの
ロードマップが見えてくる。
本気が動き出す。
そのことを忘れてはいけない。
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