運命の人になれる人がいる

 

(今日のコトバ)

 

運命の人とは、

目の前の人が運命の人に

なっていくこと。

 

 

「運命の人が突然現れた」

などという話しを訊く。

何の前触れもなく、

目の前に運命の人が登場する。

そんなことがある人も

いるかもしれないが、

ほとんどは空想の世界のような

気もする。

自分に置き替えても、

突然、運命の人に

出会ったことはない。

ただ、近くにいる人が

運命の人になっていくということはあった。

最初は普通の出会いだが、

コミュニケーションをとるうちに、

恋をしたり、信頼したり、

親友になったり、、。

人生に欠かせない人になっていく。

そういう人を

運命の人というのではないだろうか。

そう考えると、

運命の人とは出会う人ではなく、

運命を共有する人といえる。

いま運命の人がいないと

思っている人も、

自分のまわりの人を

しっかり見つめてみる。その中に

運命の人になれる人がいるかもしれない。

目を凝らしてみよう。

きっと、運命の人になれる人がいるはずだ。

世の中は必ず必要な人をつくる

 

(今日のコトバ)

 

世の中の長所は、

必要のない人をつくらないことです。

 

 

「こんな世の中」とか、

「世知辛い世の中」とか、

「汚い世の中だ」とか、、。

世の中に対して

人は辛口で評価する。

ただ、よくよく考えてみると、

世の中は素晴らしい機能を備えている。

それは、人間誰一人として

必要のない人をつくらないこと。

人は必ず誰かの必要な人になっている。

出来がいい、出来がワルいは関係ない。

「あなたがいなければ困る」

という人が必ずいる。

そんな環境をつくっているのも

世の中という環境だ。

だからこそ、

もっと世の中に希望を持って

生きてみる。

前向きな考えで世の中を視ると、

案外、ステキなことがたくさんある。

世の中という環境を大切にしよう。

成長して生きること

 

(今日のコトバ)

 

成功は、成長のオプションである。

 

 

生きることは、

結局、

成長し続けることかもしれない。

何も身体が成長するたけでなく、

心が成長する期間を考えると、

命果てるまで成長は続く。

今日より明日へ

生きることができれば、

まだ知らない経験ができる。

同じような毎日でも、

必ず今日とは違う明日がある。

そう思って人生を考えると、

どんな年代にも学ぶべき課題がある。

若ければ若い時代の課題。

老いては老いた時代の課題。

それをクリアすることで、

経験したからこそ

得られる豊かさがある。

だからこそ、

生きることは素晴らしい。

成功とか、勝利とか、奇跡とか、

彩るたくさんの

素晴らしいのことがあるが、

人生でいえばすべて前菜。

メインディッシュは

成長して生きること。

そのことを忘れてはいけない。

 

キラキラ輝いて生きる

 

(今日のコトバ)

 

希望は、

あなた自身が

希望になることを望んでいる。

 

 

希望がある。

状況に光が射している。

能動的になっていく。

自分の人生にとって、

いい方向に動いている。

それは人生にとって

プラスになことだ。

ただ、さらに上の希望もあると思う。

それは、自分自身が希望になること。

自分でやっていることが希望になる。

また、自分が

誰かの希望になることもできる。

この世知辛い世の中で、

自分が希望になれることほど

素晴らしいことはない。

人生は短い。

その人生の時間の中で

希望としてキラキラ輝いて生きる。

そんな人生を歩いていけたら

幸せだと思う。

昔の能力より今の実力

 

(今日のコトバ)

 

誤差だと思っていた差が、

年を重ねるたびに

大差になるのが人生。

 

 

 

「子供の頃は、

そんなに変わらなかったんだけどね、

あいつは大人になったら凄いスターになった」

そんなことをいう人がいる。

自分でも思い当たる人物がいたりする。

まだ、何者でない時は

大差がなかったのに、

時間が経って成長すると、

圧倒的に差がついてしまったこと。

たしかに、昔の話をすると、

差はなかったのかもしれない。

だが、その後の人生で血のにじむような

努力をして能力を

開花させたかもしれない。

成長すると共に才能に気づき、

いかんなく才能を

発揮しているかもしれない。

人は人生の経過と共に、

努力で才能は開花するということ。

だから、

昔で人の能力を語っても意味がない。

いまの実力で語らないと話しにならない。

仮に、もし、自分にも

昔の仲間より大差つけたものがあるなら、

それは財産。

大切にして生きていく。

そのことを忘れてはいけない。

幸せは一人占めできない

 

(今日のコトバ)

 

幸せは、

一人占めできない化学反応だ。

 

 

なんとなく気づいていたことだけど、

一人で幸せになることはできない。

幸せは、

誰かと共有できないと

感じるものではない。

例えば、

嬉しい時に、

その嬉しさを誰かと分かち合うから

幸せになれる。

仮に、嬉しいと思っても、

誰とも共有できなかったら

どうだろう。

嬉しさは半減するし、

幸せなど感じないだろう。

だから、

幸せは一人占めするものではない。

必ず誰かと共有する。

その誰かは相手一人かもしれなし、

大勢の人たちかもしれない。

ただ、幸せは一人より二人、

二人より五人、五人より十人、

十人より百人と、

増えれば増えるほど

幸せの力を発揮する。

もっというと、

人との間に広がりながら

幸せはカタチになる。

幸せは一人占めできない。

幸せの能力を活かし

生きていこう。

才能ばかりでは判断されない

 

(今日のコトバ)

 

口下手だからこそ

信用されることがある。

不器用だからこそ

愛されることもある。

人の心は、

才能ばかり望んじゃいない。

 

 

営業のトップセールスマンは、

必ずしも口八丁手八丁ではないという。

寡黙でも黙々と仕事をする人。

口下手だけど丁寧に仕事をする人。

そんな人の方が、結局、

トップセールスマンに

なったりするそうだ。

口八丁手八丁が有利そうな仕事が、

良い結果を出すとは限らない例だ。

人は才能ばかりで判断されない。

それ以上に、

人間力からくる

信頼性に魅かれるものなのだ。

だからこそ、

自分の能力の中で

秀でるものを探す。

才能はもちろんだが、

その他の人としての魅力はないかを

考える。

そこには思わぬ力を

発揮するものがあるかもしれない。

その力を信じれば、

人生の壁を突破して生きていける。

自分の思い描いた人生に

近づいていけるはずだ。

 

 

気にならなくなった時

 

(今日のコトバ)

 

自信とは、

人の眼、人の声、

人の挙動に惑わされなくなること。

 

 

自信。

持っていると強い。

言葉にしなくても、

自分の強さを

証明するものといってもいい。

だから、

簡単に「自信を持て」などと

いっても無理な話で、

自分が研鑽し力を蓄えないと

持つことはできない。

だが、一言で自分が研鑽した力と

いっても、

どこからが自信に変わるかというと

判断は難しい。

ただ、一つの基準になるのが、

人の眼、人の言葉、人の挙動に

惑わされなくなることのような

気がする。

自信があれば、

他人の眼が自分をどう見ようがかまわない。

他人の自分に対する言葉にも揺るがない。

他人の自分に対する挙動も気にならない。

自分に対する他人の行動が

気にならなくなった時、

自信を持ったといえる気がする。

「他人の自分に対する行動」

それが気にならなくなった時、

自信を持った自分になったといえる。

そう信じて生きていこう。

 

 

 

 

 

忙しいは、幸せ

 

(今日のコトバ)

 

忙しい人って、

眼の奥で笑っている。

 

 

「貧乏、暇なしで」

などという言葉を訊く。

忙しさをアピールする時、

貧乏を枕詞にして表現する。

ただ、この場合、

貧乏はどうでもよくて、

伝えたいのは

暇なし=忙しいということ。

忙しいことを人に知ってもらいたい。

その上で、幸せであるとも

伝えようとしている。

なぜなら、

忙しいといっている人たちは、

ほぼみんな笑っている。

「忙しいから充実しているよ」と

いっているようにも聞こえる。

笑いながら

充実していることを伝えるとしたら、

それは、

幸せを伝えているに他ならない。

だから、もし、

いま幸せになりたいなら、

忙しさに没頭すればいい。

もちろん、

体を壊すまで忙しくすることは

間違っている。

ただ、気持ちが充実するために

忙しいのは、自分にとって大切なこと。

生きるために、

忙しいということは

充実している

一つの気持ちの現れなのだ。

 

 

理想の生き様で生きる

 

(今日のコトバ)

 

オールドになるか。

レトロになるか。

アンティークになるか。

人は生き様によって変わっていく。

 

 

歳をとる。

人は年齢という時間の経過を

止める術を知らない。

だから、

ある歳を境に、年々、

老いてくる。

仕方ないことでもある。

ただ、

歳のとり方も人さまざまあって、

生き様がその違いを現す。

古く老いてしまう

オールドになるか。

昔を懐かしむ・懐かしまれる

レトロになるか。

年季の入って価値を生む

アンティークになるか。

それ以外もあるかもしれない。

だが、生き様によって、

老いても人は変われる。

どの生き様が

いいかワルいかではない。

自分ならどの歳のとり方を選ぶか。

できれば、

一度の人生、理想の生き様で生きる。

そうありたいものだ。