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(今日のコトバ)
転びそうなら手を差し伸べたくなる。
つまずきそうなら肩を貸したくなる。
倒れそうなら背中を支えたくなるのが人間だ。
人生、山あり、谷あり。
永遠に幸福はないし、
永遠に不幸もない。
だから、
人生の途中で転んだり、
躓いたり、倒れたりすることもある。
そのたびに立ち上がって生きてきた。
ただ、その時
一人で立ち上がっただろうか。
都合よく忘れてしまって、
「自分一人で立ち上がった」と
思う人もいるかもしれないが、
絶対に一人では立ち上がれない。
誰かの支えがあって立ち上がっている。
そのことを忘れてはいけない。
支えられて生きていることを
恩として心に刻もう。
そして、自分が誰かを
支える力がある時は、
恩返しのためにも力を発揮しよう。
それが人間として生きる
使命なのだ。
(今日のコトバ)
ひとつだけ笑いで嫌いなものがある。
それは、人の夢を笑うことだ。
笑いに救われたことが
何度もある。
辛い時、しんどい時、
笑いがあるから乗り越えられた。
悲しい時、寂しい時、
笑いがあるから立ち直れた。
もちろん、
楽しい時、嬉しい時、
笑いはそこにあった。
笑いは人生の万病に効く
といっても過言ではない。
ただ、どうしても賛成できない
笑いがある。
それは、人の夢を笑うこと。
何かを頑張っている人を
小馬鹿にして笑う。
批判めいて笑う。
笑っている人は、
何もしていない。
ただ、傍観者として笑う。
そんな人を何人も見てきた。
人の夢は、
かっこいいものばかりではない。
時に泥臭く、
時に恥をかくことさえある。
だが、そこを含めて
人の夢は応援したい。
称賛はしても笑うことではない。
だからこそ、
「人の夢を絶対笑わない」
肝に銘じたいと思う。
(今日のコトバ)
「人」がいちばん安らげる場所である。
どこで人は安らげるだろう。
人それぞれ安らぎ方によって違う。
癒しの場所であるマッサージ店、
サウナ、旅行等いろいろある。
ただ、何がいちばん
安らげるかといえば、
やっぱり「人」に
なるのではないだろうか。
気が合う人、
甘えられる人、
優しい人、
解決策を授けてくれる人、、。
胸襟を開いて話せる人がいると、
心から安らげる。
それは、安らげる環境では
越えられない世界。
やっぱり「人」なんだと思う。
だからこそ、
自分がどう転んでも安らげる場所として、
大切な「人」がいる生き方をしよう。
人は必ず、
自分の心が安らぐ何かを
見つけてくれる。
安らぎのある生き方のためにも
大切な「人」と生きていこう。
(今日のコトバ)
今日は、明日の母である。
どこからが未来だろうと、
考えることがある。
いまが過ぎたら、すぐ未来?
明日になったら、未来?
夢があるところが、未来?
いろいろな思いが浮かぶ。
時間軸で正しい答えはあっても、
気持ちの上での未来はたくさんある。
だが、ひとつ確かなことは、
今日という日には、
未来の成分が入っているということ。
今日は、未来を描いている。
今日は、未来への仕込んでいる。
今日は、未来を一部具現化している。
つまり、今日は未来のために
生きているといっても過言ではない。
だからこそ、今日という日は大切。
この先の人生を築く上で、
今日は大車輪で活躍できる。
そのことを肝に銘じて
生きていきたいと思う。
(今日のコトバ)
「得意」を手離さずに生きること。
それが幸福の条件だ。
人生、生きるためにはお金が必要だ。
富裕層と呼ばれるほど財産がなくても、
日々、暮らして、食べられるだけの
貯蓄は必要だ。
その時、仕事が大きな収入源になってくる。
働くことで、生活の安定を計ることになる。
では、働くことをどう考えればいいか。
ストレスやプレッシャーばかりで、
毎日が辛いと長続きはしない。
できれば、自分の得意なもの。
自分の才能を発揮できるもので
仕事ができたら、
ストレスやプレッシャーだけでなく、
自分の楽しみとして働ける可能性が高い。
そう考えると、
仕事は自分の得意分野にするべき。
できている人もいるが、
なんとなく仕事を選んでしまって、
酷い目に合っている人も結構いる。
人生を幸せに生きていくために、
仕事は得意分野で選ぶ。
いちばん肝に銘じることだ。
(今日のコトバ)
スタンドの野次に、
内野の指示が
かき消されてはいけない。
当事者ではない連中が
いろいろなことをいう。
本来は、当事者同志が話しをして
解決するべきなのに、
そうはならないことが多々ある。
誰にも経験はあるだろう。
ただ、結局、当事者でない連中の意見は
的を得ていない。
どうでもいいとはいわないが、
参考までに留めておくべきだ。
それより大切なのは、
当事者及び当事者まわりの
人の考え。
そこが汲み取れないと、
コミュニケーションが
うまくいかないことが増えてしまう。
難しい案件に取り組む時は、
当事者と当事者まわりの人の意見を
しっかり聞く。
そこに解決へのヒントが必ずある。
難しい問題を何度も体験すると
一つの方法として、
あたりまえだが当事者を意識することが
大切だと思うのだ。
(今日のコトバ)
傑作は、
人に想像力を授けてくれる。
アートなもの、
クリエーティブなもので、
傑作に出会うと、
自分の作品ではないのだが、
想像力がわいてくる。
何か自分にもできるのではないか。
凄いものを作れるのではないか。
そんな気持ちになってしまう。
人の想像力を刺激しているともいえる。
時代をつくるアーティストやクリエーターも、
どこかで想像力を刺激される作品に
出会っていると思う。
そして、その想像力が翼を羽ばたかせ、
傑作を生み出したのだ。
もし、いま、自分の想像力に
疑問を持っているなら、
世界の傑作、名作というものを
学んでみるのも、
一つの方法。
そこで、自分の中に想像する何かが
生まれたら、
きっと、人生は面白いものになる。
傑作は人の想像力を刺激する何かがある。
(今日のコトバ)
不安は、
希望の副産物である。
何かと不安になることがある。
人間誰しもあることだと思う。
ただ、不安があるということは、
「その先に何かある」ということ。
その何かを良い結果にしたいから
不安になる。
だとしたら、
不安は希望の兆候といってもいい。
「不安になってきた。
この先に何かがある」と心に刻む。
もちろん、すべての不安が
自分一人で乗り越えられるものではない。
誰かのチカラを借りるべき時もある。
その人の力も含めて、
希望を捉えることだと考える。
それぐらいの気持ちで生きる。
不安退治の一つの方法だと思う。
(今日のコトバ)
成長していることがわかると、
自分が未来になっていく気がする。
特に、若き日、
日進月歩で自分が成長することを
感じることがあった。
肉体も、精神も、あきらかに
強くなり、大きくなっていく。
学生の頃は、
「夏休み前と後では別人だ」と
いわれる人もいた。
年齢を重ねると、
日進月歩で成長する感覚はないが、
それでも、何か技術を習得したりすると、
成長を感じることもある。
そして、こうも思うのだ。
成長を感じる時は、自分が
未来になっていく感覚がある。
自分が何にも負けず、
何よりも強く、
何よりも速く、
未来に進んでいる。
生きる上で、
その感覚のある期間は大切だ。
人生に勢いをつける意味でも、
自分が未来になる気持ちになる。
そんな日々があってもいいと思う。
(今日のコトバ)
無意識に人を
傷つけることがあるから、
意識して人を助けに行こう。
日々生きていいると、
イライラすること、
腹が立つこと、
不愉快なこと等がある。
自分としては
被害者みたいな気持ちになる。
場合によっては、怒りから被害者から
加害者になってしまうともある。
そして、
人を傷つけてしまうこともある。
暴力をふるうのではなくても、
言葉や態度で傷つけてしまうことは、
誰にも何度かあったはずだ。
時間が経つと、自分がワルかったと
反省もできるのだが、
あきらかに人を傷つけてしまった。
それは一つ一つ反省して、
謝るべきは謝ることが大切。
さらにいえば、
人を傷つけることもあるなら、
普段、何かで困っている人を
助ける。
意識して手を差し伸べる。
無意識に人を傷つけてしまった
贖罪ではないけれど、
意識して人を助ける。
そこを忘れないで行動することで、
人生の、世の中の、
バランスがとれていくのだと思う。
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