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(今日のコトバ)
誤差だと思っていた差が、
年を重ねるたびに
大差になるのが人生。
「子供の頃は、
そんなに変わらなかったんだけどね、
あいつは大人になったら凄いスターになった」
そんなことをいう人がいる。
自分でも思い当たる人物がいたりする。
まだ、何者でない時は
大差がなかったのに、
時間が経って成長すると、
圧倒的に差がついてしまったこと。
たしかに、昔の話をすると、
差はなかったのかもしれない。
だが、その後の人生で血のにじむような
努力をして能力を
開花させたかもしれない。
成長すると共に才能に気づき、
いかんなく才能を
発揮しているかもしれない。
人は人生の経過と共に、
努力で才能は開花するということ。
だから、
昔で人の能力を語っても意味がない。
いまの実力で語らないと話しにならない。
仮に、もし、自分にも
昔の仲間より大差つけたものがあるなら、
それは財産。
大切にして生きていく。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
幸せは、
一人占めできない化学反応だ。
なんとなく気づいていたことだけど、
一人で幸せになることはできない。
幸せは、
誰かと共有できないと
感じるものではない。
例えば、
嬉しい時に、
その嬉しさを誰かと分かち合うから
幸せになれる。
仮に、嬉しいと思っても、
誰とも共有できなかったら
どうだろう。
嬉しさは半減するし、
幸せなど感じないだろう。
だから、
幸せは一人占めするものではない。
必ず誰かと共有する。
その誰かは相手一人かもしれなし、
大勢の人たちかもしれない。
ただ、幸せは一人より二人、
二人より五人、五人より十人、
十人より百人と、
増えれば増えるほど
幸せの力を発揮する。
もっというと、
人との間に広がりながら
幸せはカタチになる。
幸せは一人占めできない。
幸せの能力を活かし
生きていこう。
(今日のコトバ)
口下手だからこそ
信用されることがある。
不器用だからこそ
愛されることもある。
人の心は、
才能ばかり望んじゃいない。
営業のトップセールスマンは、
必ずしも口八丁手八丁ではないという。
寡黙でも黙々と仕事をする人。
口下手だけど丁寧に仕事をする人。
そんな人の方が、結局、
トップセールスマンに
なったりするそうだ。
口八丁手八丁が有利そうな仕事が、
良い結果を出すとは限らない例だ。
人は才能ばかりで判断されない。
それ以上に、
人間力からくる
信頼性に魅かれるものなのだ。
だからこそ、
自分の能力の中で
秀でるものを探す。
才能はもちろんだが、
その他の人としての魅力はないかを
考える。
そこには思わぬ力を
発揮するものがあるかもしれない。
その力を信じれば、
人生の壁を突破して生きていける。
自分の思い描いた人生に
近づいていけるはずだ。
(今日のコトバ)
自信とは、
人の眼、人の声、
人の挙動に惑わされなくなること。
自信。
持っていると強い。
言葉にしなくても、
自分の強さを
証明するものといってもいい。
だから、
簡単に「自信を持て」などと
いっても無理な話で、
自分が研鑽し力を蓄えないと
持つことはできない。
だが、一言で自分が研鑽した力と
いっても、
どこからが自信に変わるかというと
判断は難しい。
ただ、一つの基準になるのが、
人の眼、人の言葉、人の挙動に
惑わされなくなることのような
気がする。
自信があれば、
他人の眼が自分をどう見ようがかまわない。
他人の自分に対する言葉にも揺るがない。
他人の自分に対する挙動も気にならない。
自分に対する他人の行動が
気にならなくなった時、
自信を持ったといえる気がする。
「他人の自分に対する行動」
それが気にならなくなった時、
自信を持った自分になったといえる。
そう信じて生きていこう。
(今日のコトバ)
忙しい人って、
眼の奥で笑っている。
「貧乏、暇なしで」
などという言葉を訊く。
忙しさをアピールする時、
貧乏を枕詞にして表現する。
ただ、この場合、
貧乏はどうでもよくて、
伝えたいのは
暇なし=忙しいということ。
忙しいことを人に知ってもらいたい。
その上で、幸せであるとも
伝えようとしている。
なぜなら、
忙しいといっている人たちは、
ほぼみんな笑っている。
「忙しいから充実しているよ」と
いっているようにも聞こえる。
笑いながら
充実していることを伝えるとしたら、
それは、
幸せを伝えているに他ならない。
だから、もし、
いま幸せになりたいなら、
忙しさに没頭すればいい。
もちろん、
体を壊すまで忙しくすることは
間違っている。
ただ、気持ちが充実するために
忙しいのは、自分にとって大切なこと。
生きるために、
忙しいということは
充実している
一つの気持ちの現れなのだ。
(今日のコトバ)
オールドになるか。
レトロになるか。
アンティークになるか。
人は生き様によって変わっていく。
歳をとる。
人は年齢という時間の経過を
止める術を知らない。
だから、
ある歳を境に、年々、
老いてくる。
仕方ないことでもある。
ただ、
歳のとり方も人さまざまあって、
生き様がその違いを現す。
古く老いてしまう
オールドになるか。
昔を懐かしむ・懐かしまれる
レトロになるか。
年季の入って価値を生む
アンティークになるか。
それ以外もあるかもしれない。
だが、生き様によって、
老いても人は変われる。
どの生き様が
いいかワルいかではない。
自分ならどの歳のとり方を選ぶか。
できれば、
一度の人生、理想の生き様で生きる。
そうありたいものだ。
(今日のコトバ)
やる気は、
人間の持つ最先端テクノロジー。
好きか嫌いか、
目標があるかないか、
欲望があるかないか、、。
ある時とない時の差は激しい。
ある時はやる気といっていい
熱い気持ちが生まれる。
ない時は冷たい
気持ちのまま動く気にならない。
その「ある時」に限っていえば、
気持ちはやる気になっている。
やる気になると、
自分の持っている
最高に近いパフォーマンスを
発揮できる。
いい結果になるケースは多いし、
誰に見られてもいい自分がいる。
少し大袈裟にいえば、
自分の最先端で
対峙しているといっていい。
だとすれば、
ここぞという時に
やる気になれれば、
自分の最高を見せられる。
そう考えると、
やる気になれる
環境をつくることが大切。
常にでなくてもいい。
自分の目指した方向に向かう時は
やる気を発揮する。
人生はやる気と伴走できると、
心地よい上に成果もでる。
やる気を出して生きるられる環境を
つくろう。
(今日のコトバ)
「きっと、いい日になる」を
「いい日だった」にするのが
今日の役割。
誰もが今日を、明日を、
いい日にしたいと思う。
漠然と、そして、具体的に、
いい日にしようと行動する。
ただそれだけのこと。
だが、それだけのことが、
人を成長させ、進歩させる。
「昨日より、良い今日にする」
「昨日より、ちょっと良い明日にする」
仕事などはそのためのエッセンスが
すべて入っていたりもする。
そんな気持ちで生きることが、
人を幸せにするともいえる。
だからこそ、
「いい日にしよう」と思ったら、
もう自分は幸せであることを
意識しよう。
「いい日にしようなんて思える今日は、
それこそなんていい日なんだろう」と思う。
それがわかっているだけで、
人は前向きに生きていける。
生きることに貪欲になれる。
「いい日にする」
その気持ちを忘れないでいよう。
(今日のコトバ)
世の中すべて「求む!経験者」。
経験に勝るものはないのだ。
よく人材を採用する時、
「求む!経験者」という
言葉を目にする。
採用する側としては、
この短い一言にすべてが
つまっていると思う。
何も知らない未経験者より、
少しでも経験した人を採用したい。
才能はともかく、
仕事のやり方を知っている人を
組織に参加させたい。
どの現場でもそう思っている。
そして、この言葉は、
人生のどんな状況でも
欲しい一言。
経験者であれば、
同じ考えで、
同じレベルで、
同じように活動できる。
そう考えて、
期待値は大きくなる。
だからこそ、
何事も経験者になろう。
経験があれば、
生きていく上で大いに役立つ。
自分の人生を
有意義なものにできる。
経験者になる。
人生のさまざまな分野の
経験者になる。
大切なことだ。
(今日のコトバ)
あなたは、
誰かの「必要」なんだ。
人は人に支えられて生きている。
自覚をしようがしまいが、
人は誰かに支えられている。
何も家族のように血縁関係でなくても、
誰かの手が差し伸べられて生きている。
反対にいえば、
自分は誰かを支えているともいえる。
誰も支えていないと思っても
支えている。
仕事で、学校で、趣味の場で、
ボランティアで、道端で、SNS上で、
何かしらの役に立っている。
そう信じて生きると、
自分が少し大切なものになる。
生きる価値がある生きものに思える。
この世の中は、
人に支えられなくては
生きていけない仕組みになっている。
そして、その一翼を担うのも自分。
そう思って生きれば、
生きるための自信がついてくるはずだ。
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