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(今日のコトバ)
ライバルは、
神様が用意してくれた
最高の贈り物。
何を目標にするか。
人それぞれ違うだろう。
ただ、目標を持った以上、
達成したい気持ちは誰にでもある。
その時、必ず出現するのが
ライバル。
自分より先を行く人に
照準をあわせる。
自分と同じぐらいのレベルの人を
チェックする。
そして、このライバルが
いることによって、
自分のペースが上がったり、
自分のやり方を工夫したり、
自分の位置を確認できたりする。
一人で目標を目指しても
届かない状況が、
ライバルと切磋琢磨するうちに、
目標をクリアしてしまったことも
あるだろう。
そう考えると、
ライバルは神様が用意してくれた
最高の贈り物ともいえる。
「ライバルがいたから、
ここまでこれた」と
勝因で語る人もいる。
だからこそ、
いま、目標を持っている人は
ライバルをつくろう。
目標と同時につくれば、
モチベーションも上がり、
達成までの期間も短くなる。
ライバルは目標達成に
絶対必要なのだ。
(今日のコトバ)
追い越して自分の強さを知り、
追い越されて自分の弱さを知る。
人生はレースに例えられる。
勝ったり負けたり、
一進一退、喜んだり悲しんだり、
抜きつ抜かれつ等々、、。
勝つことができると、
自分で自分の力を確認でき、
勝ち続けることができると
自信にもなる。
反対に、負けると悔しさが募り、
負け続けると失望を感じてしまう。
だが、そのどちらも人生の糧となって、
生きる上で、
より強い自分をつくってくれる。
勝ちだけじゃないから、
負けだけじゃないから、
生きるモチベーションが上がっていく。
だから、人生は面白い。
生きる希望は、
人生がレースだから
続いていくのだ。
(今日のコトバ)
止まない雨はないから、
雨宿りできる場所をつくっておこう。
人生には雨が降り続くような時がある。
晴れた日ではなく、
耐え忍ばなければならない
辛い時期がある。
そんな時、
「止まない雨はない」と
心を慰めたりする。
気持ちを維持するためには大切だ。
ただ、雨をそのままダイレクトに
受け続けるのもしんどい。
まともに受けない方法も
用意すべき。
避ける場所。
守ってくれる人。
しんどさから逃れる行動、、。
一人一人それぞれ違う方法があるはずだ。
その雨宿りの方法ともいうべき
方法を意識して、平時から準備しておく。
世知辛い世の中を生きていくために、
大切なことだと思う。
(今日のコトバ)
困難に挑んで、運命を鍛えろ。
誰でも困難に挑むはしんどい。
自分の能力でクリアできるのか、
そうでないのか、いろいろ考える。
頑張るだけで乗り切れればいいが、
そうはいかないと
強い忍耐も必要になる。
生きることもしんどくなる。
ただ、振り返ってみると、
困難を乗り越えるたびに、
自分も強くなった気がした。
困難に挑むことでついた
精神の筋力が、
自信も植え付けてくれる。
そして、さらなる副産物として、
運命にも流されない、
希望する運命に
近づくことができる気もする。
だからこそ、
困難から逃げないで取り組む。
そこから、自分が成長できる。
その後の人生が
もっと有意義になっていく。
そう信じて生きていっていいと思う。
(今日のコトバ)
予感は、幸福を抱えている。
何か予感がする。
その何かはたいてい
幸せだったりする。
いい事が起こる、愛するにおける何か、
おいしい物が届くなど、
幸せの前兆が予感。
反対に、ワルい予感、
嫌な予感などという言葉もある。
これは予感ではなく、
自分の行いに負い目があって、
良くない事が自分に起きると
暗示をかけてしまっている気もする。
だからこそ、
予感のすべてを
幸せになれると想定してしまう。。
それが予感を素晴らしいものにする。
生きる気持ちをアシストする。
そう思って生きていきたい。
(今日のコトバ)
人間に生まれてきたということは、
最後の最後まで希望を捨てない生き物に
生まれてきたということ。
どんな状況になっても、
人は希望を捨てない。
どうにかならないかと
頭をめぐらしたり、
何かの明かりを探そうとする。
ほんとうに道がふさがれても、
否、ふさがれたからこそ、
希望を見出そうとする。
そう考えると、
人という生き物は
希望を見出す生き物
といっていい。
だからこそ、
成長し、進化し、
文明を築き上げたのだ。
いま、
自分の状況に
置き換えてみるとわかる。
しんどい状況でも、
どうにかならないかと
頭をめぐらせる。
どうにかならいか生きることは、
つまり希望を探すこと。
その気持ちがある限り、
人は前へ進める。
自分の人生には
希望がついていると思っていい。
明るく未来を照らしてくれのだ。
(今日のコトバ)
プロになるということは、
言い訳を封印すること。
人は社会に出ると、
何かしらのプロになる。
プロという定義は難しいが、
お金を稼いでいることを
プロとするなら、
ほとんどの社会人はプロだ。
では、プロとアマの違いは?
いろいろあると思う。
プロ野球のように
高い壁のようなプロもあるし、
アルバイトでもお金を稼いでいるから、
ある程度プロといえばいえる。
ただ、プロの条件の一つは、
自分の遂行する仕事において、
言い訳ができなくなること。
言い訳してできないと、
それはプロ失格ということになる。
もちろん、
仕事の中で言い訳をする人は
いっぱいる。
だが、たいていの場合、
言い訳してもその先で解決している。
だからこそ、
お金をもらって
言い訳ができなくなったら、
プロのカテゴリーになったと思っていい。
そして、
言い訳は通用しないと設定して邁進する。
人がプロになるとはそういうことだ。
(今日のコトバ)
勝利はデータになるが、
敗北はキャリアになる。
戦いで勝つこと。
それは素晴らしい。
誰の人生においても
金字塔になる。
自分のプロフィールにも記載できる
データだ。
だか、敗北は人生の記録に残らない。
自分でもわざわざ記録することもない。
もちろん、大きな戦いで
誰もが知っている敗北は記録されるが、
自分自身は抹消したい部分でもある。
ただ、一つ一つの敗北も、
人生とって大きな役に立っている。
間違いなくいえるのは、
負けることよってキャリアが残ること。
負け方を身をもって知る。
知った上で勝つための戦いを考えられる。
自分が成長していく上で、
勝つことよりも大切なことを
たくさん教えてくれる。
勝利はデータになるが、
敗北はキャリアになる。
だとしたら、敗北はウェルカム。
自分を成長させようと思ったら、
いくら負けてもいい。
自分が敗北を乗り越えられる限り、
敗北は敗北ではない。
そう思って生きていけばいいのだ。
(今日のコトバ)
不幸な人とは、
自分が幸福であることを
知らない人、全員。
生きている以上、
基本的には幸せであると思う。
もちろん、異論もあるだろう。
困難続き、不運続きで、
とても幸せとはいえない
という人もいるはずだ。
だが、それでも起きて、寝て、食べて、
働いて、勉強して、運動して、
テレビを観て、SNSをして、
趣味を堪能し、誰かを好きになっている。
生きることのあれこれを
実践している人は、
やっぱり幸せなのだと思う。
そして、不幸な人とは、
その幸せを感じていない人。
初期設定として不幸だと思っている人、
全員なのだと思う。
さらにいえば、
幸せ不幸を判断するなら、
いい方法がある。
幸せの数を数えてみること。
朝起きてから寝るまでの幸せなこと。
これまで生きてきた幸せなこと。
一つ一つ数えてみる。
それを日々くり返す。
それだけで、自分がどれだけ
幸せなのかを知ることができる。
幸せではないという人は、
試してみる価値はあると思う。
(今日のコトバ)
全力とは、
命いっぱいにして
前進すること。
何も力がない時、
人はどうやれば意志を伝えられるのか。
それには、全力を尽くすしかないと思う。
いまできることのすべてを駆使して、
やるだけやる。
実力はないけど、
全力を尽くしたという誠意は伝わる。
それが、力なき者の唯一の戦術である。
この全力という戦術は
破壊力がある。
全力=一生懸命が伝わると、
まわりの人は評価する。
少々至らないところがあっても、
手を差し伸べてくれる人が
現れたりする。
全力を尽くすことは、
局面を打開する可能性もあるのだ。
だからこそ、
自分の技術、自分の才能が至らないと
思ったら、全力を尽くすという
戦術を使ってみる。
力はなくても、
誠意と本気が伝わる。
そこに、人生の様々な局面を
打開する可能性が生まれるはずだ。
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