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(今日のコトバ)
沈黙は、ひとつの解答。
沈黙ほど雄弁な言葉がない時がある。
何かの質問をして解答しない時。
答えがわからなくて黙っている。
また、答えはわかっているからこそ、
沈黙している時がある。
リーダーがあきらかに間違っている時、
沈黙して抗議することなのだ。
その時の沈黙は、
どんな言葉より重く力を発揮する。
「言葉は発さない。
何も行動しない」
なのに、言葉より行動より
相手に意志を届ける。
だからこそ、
沈黙もひとつの解答。
いくら言葉を重ねて説明しても
理解されないなら、
沈黙という方法もある。
できれば使いたくない方法だが、
一つの生きるための戦術だ。
(今日のコトバ)
人生を当たり前にしていくことで、
人生に落とし前をつけているのだ。
日々の暮らしを当たり前にする。
言葉では簡単だが、
当たり前にするまでに、
大変な労力が必要な場合もある。
一言で当たり前といっても
千差万別。
人生の長い時間を、
物事を当たり前にするために
切磋琢磨しているのだ。
もっというと、
人生という未開の地を
整地することが、
当たり前にすること。
そう考えると、
人生を当たり前にすることは、
人生を自分のものにするといっていい。
だからこそ、
人生の当たり前なものを
大切にしよう。
人生の当たり前は、
当たり前ではない。
普段の労力と努力の賜物。
人生を有意義に生きていくために
当たり前は必要不可欠なのだ。
(今日のコトバ)
決意は、
本気の居場所を決めること。
「腹をくくった!」
そういう時がある。
難しい状況にあって、
決断を迫られて、
意志を固めた時に
そんな気持ちになる。
一言でいえば、
本気になったともいえる。
そう考えると、
腹をくくった数が
本気になった数ともいえる。
人生の夢、
人生の目標を達成するためにも、
本気になる必要がある。
その本気を引き出すために、
決意することが大切。
簡単ではない。
もし、いま、夢や目標を達成するために
本気になる必要があるなら、
意志を固めて決意することが大切。
決意が人を本気にする礎になるのだ。
(今日のコトバ)
弱点に困難な道を行かせるより、
長所に希望の道を歩かせたい。
どの長所を駆使して生きていくか。
簡単なようだが、
人生には大きな問題だ。
長所を使ったて生きていけば、
スムーズに、困難をも勢いよくクリアしたり、
高いモチベーションを持って
生きていける。
だが、自分の不得手な部分で生きるのは、
最初から苦しい状況をつくってしまう。
どうしてもやりたくて、
どんな厳しさも覚悟して
目標を達成したい人は
いいかもしれない。
ただ、なんとなくとか、
みんながやるからとか、
自発的でない部分で何かを
はじめてしまうと、
しんどい人生が待っている。
だからこそ、
自分の長所は何か。
短所は何か。
そこをしっかり見極める。
人生を自在に生きていくために、
長所を味方につけて生きる。
意識していいことだと思う。
(今日のコトバ)
人生は頂点に立ったと思っても、
もっと上から声が聞こえる。
「ここまで上がって来い」と。
自分なり全力を尽くした。
目指した目標もクリアした。
満足する結果になった。
そんな気持ちになることもある。
後悔もなく、反省もない。
良くやったと自分で褒めてもあげたい。
ただ、こんな声もどこからか聞こえる。
「まだまだ上があるぜ。
もっと高いところまで上がってこいよ」と。
誰かがいうのではない。
自分の心の耳に伝わってくる。
「そこが頂点ではない。
頂点の上にも頂点はあるのだ」と。
だからこそ人は、
命果てるまで前進するのかもしれない。
歳をとっても、成長したいという気持ちを
失われないのかもしれない。
いま、一つの頂点に立って満足している人は、
もう一度、心の耳を澄ましてみるといい。
そこが限界なのか。
まだ可能性があるのか。
心の耳はしっかり聞き取っているはずだ。
(今日のコトバ)
プライドが
チャンスを通せんぼする時がある。
「あの人はプライドが高い」と
いわれる人がいる。
ほんとうに力があって、
胸を張ることはワルいことではない。
だが、プライドの高さが
人のコミュニケーションの
壁になってしまう人がいる。
「プライドが高いから距離を置こう」
「プライドが高過ぎて腹が立つ」等。
煙たがられて、
情報がまわってこない。
そんな状況になると、
チャンスをもまわってこないことになる。
だとすれば、
プライドが高いことで、
人生が大損していることにも
なりかねない。
そうならないように、
プライドの高過ぎに注意しよう。
自信を持って対応するのはいい。
ただ、人が嫌がるほどプライドを
押し付けると、
まわりにいる人が去っていく。
コミュニケーションもとれなくなる。
そのことを肝に銘じたい。
(今日のコトバ)
敵は、
敵こそが、
あなたの存在を証明してくれる。
誰にもライバルはいる。
意識している人もいるし、
無意識にライバルと
思われている人もいる。
「ライバル」
そう聞くと、天敵であり、
倒すべき相手であり、
憎むべき奴だったりする。
ただ、ライバルほど
自分が生きていると
感じさせくれる人はいない。
ライバルがいるから目標ができる。
ライバルがいるから頑張れる。
ライバルがいるから進化できる、、。
ライバルに勝とうが負けようが、
切磋琢磨したことは成長につながる。
そして、
ライバルが自分の存在を明解にし、
ライバルからも標的という存在になる。
だとすれば、
ライバルは自分にとって
最高に大切なもの。
ライバルがいるかいないかで、
人生の存在価値が変わる。
人生のポジションが変わる。
もっと高見を目指すなら、
ライバルをつくって
生きていくべきだ。
(今日のコトバ)
雑談は、心の平和をつくる。
コロナが流行った頃、
人との接触を避けることが
感染を防ぐことになると
いわれて、家にこもって、
なるべく人に会わないようにした。
当然、誰とも話さない時間・日が増える。
最初は、会社や学校に行かなくて
楽かもしれないと思ったが、
そんなことはなかった。
人と会えない。
つまり、人と話せないことが
どれだけ辛いことか。
一日、二日誰とも話さないことが
孤独感を煽る。
人によっては、否、大半の人が
メンタル系がおかしくなったのではないか。
話すこと。
ただ、それだけのことができないと、
心が黄色信号になる。
とにかく誰かと話したい。
話さないと自分を維持できない。
そうまで思うようになる。
コロナで一番教訓になったのは、
人と話すことは大切ということ。
なんでもない雑談が心に
大きな影響力を持っている。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
希望は標準装備。
絶望はオプション。
常々思うことがある。
「希望はどんな時でも
気持ちの片隅にあるものだ」と。
どんなに負けても、
どんなに失敗しても、
一瞬だけ負けた、失敗した気持ちが
支配しても、
すぐに希望が立ち上がる。
この後、どうしようかと思った瞬間から、
希望の尾が見つかって、
なんとかなる、
なんとかなるのではないかと
思うようになる。
反対に、絶望は平時には感じない。
自分にとって大きなものを
失った時だけに絶望が生まれる。
そう考えると、
希望は人間に標準装備されていて、
絶望はオプションと捉えてもいい。
だとすれば、
絶望はできる限り意識しなければ、
気持ちの中に生まれることはない。
「絶望はオプションだ」と
肝に銘じれば、
前向きに生きる時間が増える。
希望と絶望。
表と裏のようなものではなく、
絶対あるものと選択するもの。
そんな気持ちで生きていこう。
(今日のコトバ)
ベストショットは、
愛する人の前でする顔。
「いい顔をしている」
と思うことがある。
ルッキズムのいい顔ではなくて、
雰囲気から現わされる表情のことだ。
その場合のいい顔は、
誰にでもあると思う。
最近、特に思うのが、
いい顔をしている時は、
愛する人、
好きな人といる時にする表情だということ。
彼・彼女の前でする恋人同士の表情。
推しに出会った時の表情。
尊敬する人を見つめる表情、、。
好きな動物を見つめる表情も
そうかもしれない。
みんないい顔になる。
だとすれば、
人生の時間を愛する人に
会う時間で埋めればいい。
そうするば、
誰もがいい顔、いい表情をして
生きていける。
自分の最高の笑顔で
人と会える。
人生、
そんなに素晴らしいことは
ないじゃないか。
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