相容れないものを理解する

 

(今日のコトバ)

 

人には、

片づける人と散らかす人がいる。

 

 

部屋などが

散らかったままで平気な人がいる。

そんな人は何事も

散らかったままでいい

性格だったりする。

だらしない人ともいわれる。

反対に、部屋などがキレイな人がいる。

そんな人は何事も

整然としていることを

大切にする性格だったりする。

几帳面な人ともいわれる。

長く生きていると、

たいがいがこの二つの性格に分かれる。

そして、この二つの性格は

相容れない。

だらしなくていいいと思う人と、

整然としてなければ

ダメだという人には

一線がある。

どちらがいいワルいではない。

人には相容れないものがある。

性格だから

どうにもならないということを

わかりあって生きる。

コミュニケーション良く

生きるためには、

変えられないものがあることを

忘れてはいけない。

 

 

名言という名の言葉

 

(今日のコトバ)

 

名言とは、

心の痛いところに貼る

言葉の湿布です。

 

 

 

何も著名人の名言でなくても、

自分のまわりの人がいってくれた言葉が

名言となって、

人生を救ってくれることがある。

「その言葉で気がついた」

「その名言に助けられた」

「その一言で道が開けた」等。

座右の銘として、

一生抱えていく人もいる。

たかが言葉、されど言葉。

何かを気づかせるという

力を持った言葉は、

人生さえ左右する。

だからこそ、

自分の人生においても

何かを気づかせてくれた言葉は

大切にしよう。

人生の節目でその言葉に頼れば、

生きる方向性を示してくれる。

「名言という名の言葉」

その力を信じて生きていくことは、

自分が前へ進むために

大きく役立つはずた。

知識を行動に変えるために

 

(今日のコトバ)

 

知識と意識が手を組んだ時、

自分の中に革命が起こる。

 

 

 

いくら知識があっても、

行動が伴わなくては

何の役にも立たない。

知識だけで偉そうな顔をすることは

誰にでもできるが、

それは実力とは違う。

もっというと、

行動した記録だけが実績であり、

実力といわれる。

知識を実力にまで高めるには、

必ず行動が必要になる。

では、知識が行動を起こすために、

何が必要になるか。

それは、意識ではないだろうか。

知識を持った時、

その知識をどう行動に変えるかを

意識する。

つまり、

自分の知識をどう利用するかを考える。

それができるだけで、

人は加速度的に進化する。

知識という財産を最大限に利用して、

世の中に挑んでいける。

人生は知識を行動に変えて、

世の中の役に立てる。

そのために、日々、

知識を意識するのだ。

世の中にいない自分という生きもの

 

(今日のコトバ)

 

誰かをマネしはじめて、

誰にも似ていないものを見つける。

それが、自分という最高傑作である。

 

 

マネからはじめる。

どんな道も、

誰かのマネをする。

そして、マネを消化したところから、

自分のオリジナルがはじまる。

自分という生きものは唯一無二だが、

その唯一無二を証明するために、

努力が必要となる。

その努力のはじめが

誰かのマネだったりする。

だからこそ、

自分がなりたい理想があるなら、

まずマネからはじめていい。

そのマネをする過程で、

自分のオリジナルが生まれてくる。

まだ、世の中にいない

生きものとしての自分が生まれる。

その自分という生きものは

唯一無二の傑作なのだ。

 

過信に警告を与える失敗

 

(今日のコトバ)

 

失敗は、過信しない。

 

 

生きていると

失敗する。

失敗の連続といってもいい。

その中で、

人はできるだけ失敗を避け

生きたいと思う。

だが、

失敗もワルいことばかりではない。

失敗することで

経験という財産がつくれる。

「こうしたら失敗する」という

経験値が、

人生の抑止力になる。

ケガを未然に防ぐことになる。

生きる人間にとって、

ワルいことではない。

そして、もう一つ

失敗に優れた機能がある。

それは、過信しないということ。

失敗したら、後悔したり、

反省したりする。

テングは鼻を折られるし、

出る杭は打たれる。

そこで、

過剰な自信は抑えられる。

過信しないのだ。

人生において自信は必要。

だが、長い期間の自信だったり、

根拠のない自信は過信につながる。

その過信にきっちり

警告を与えるのが失敗。

人生のリスクを回避するために

失敗は機能する。

そう思うと失敗も人生の大切な

道標になっているのだ。

長所を武器にして生きよう

 

(今日のコトバ)

 

「生まれつき天才」であることを

確認する作業を人生という。

 

 

この世に生を受けた人は、

何かしらの長所がある。

得意な分野があって、

自分のため、世の中のために、

役立てることができる。

自分も、自分以外の人も、

どこかに長所が必ずある。

よくできたものだと思う。

勉学に優れた人、

運動に優れた人、

優しさに優れた人、

忍耐に優れた人、

空気を読むことに優れた人、、

カテゴリーを分けていけば、

まわりにいる人は、

必ず長所があることがわかる。

そして、

そのほとんどが生まれつきの

才能だったりする。

もちろん、後天的なものもあるが、

長所の方向性は、

生まれつきのものが多い。

だとしたら、

生まれつきの才能を上手に使うべきだ。

複雑に進化していく世の中で、

自分を武器にして生きられるか

そうでないかは、大きく差がででくる。

だからこそ、

人生を有意義に生きるために

長所を見極めよう。

笑いを広げる

 

(今日のコトバ)

 

人生でもっとも感染力が強く、

そして、免疫力が強いのは「笑い」だ。

 

 

笑っている人がいる。

自分も笑っている。

まわりみんなが笑っていれば、

嬉しいしほっとする。

だが、世知辛い世の中では、

笑いが少なくなっている。

笑いが薄くなっているともいえる。

テレビやSNS等で笑わせてくれる

コンテンツはあるが、

身のまわりで

腹を抱えて笑うことは

少なく、薄くなっている。

「笑うようなことがない」と

いってしまえばそれまでだが、

みんなで何かを達成することが

減った分、笑いは少なったともいえる。

また、オンラインが一般化したせいか、

個人主義が広がり、

笑わなくなっているともいえる。

ただ、人間は動物という生きもの。

そして、他の動物には見られない

笑いという感情を持っている。

この力を人生に

使わないのはもったいない。

笑いがあれば、生きることが楽しくなる。

その力を存分に使って生きることは、

必ず幸せにつながると思う。

面の皮を厚くするために

 

(今日のコトバ)

 

面の皮の厚さは、

生きるための最高のプロテクター。

 

 

あまりいい表現ではないけれど、

「面の皮が厚い人」は、

どんな状況でも強く生きられる。

この世知辛い世の中、

あらゆる方向から、

難題がやってくる。

その一つ一つの出来事に、

いちいち傷ついていては身がもたない。

事実、身がもたなくて

苦しんでいる人もたくさんいる。

そう考えると、

やっぱり面の皮が厚いぐらい人の方が、

ケロッと生きられる。

では、面の皮が厚くするには

どうしたらいいか。

もともと生まれつきふてぶてしくて、

面の皮が厚い人がいる。

そういう人は除いて、

繊細とか、神経質とか思う人はどうするか。

一つは経験を積む。壊れない程度に、

難題に自ら取り組む。

何度も難題をクリアした経験があると、

少しずつ面の皮が厚くなる。

また、難題と距離を置くのも一つの方法。

距離を置いて

自分の心を痛めないように生きる。

さらには、

誰かに難題を任せてみるのもあり。

繊細な人は自力本願になりがち。

他力本願で考えるのもありなのだ。

世の中の難題を

すべて一人で解決なんてできない。

重い荷物は誰かと

担ぐぐらいの気持ちでいい。

面の皮が厚い人は、

実は、他力を使うことも

上手かったりする。

とにかく自分一人で解決しない。

そんな考えから面の皮を厚くしていこう。

 

夢に期限を

 

(今日のコトバ)

 

「いつか」を封印すると、

「いま」が自由に動き出す。

 

 

「いつか、やってやるよ」という。

いつかという期限なしの夢。

だが、いつかと口にした時点で、

漠然とした夢でしかない。

何をやるとも決めていない。

そんな状況では、

一歩踏み出す気持ちにもならない。

では、

夢を実現するためにどうするか。

それは、期限を設けること。

何月何日までに達成するという

期限を決める。

決めてしまうと、いま、

何をしなければならないかが

見えてくる。

行動すべきことも明解になる。

ムダな時間も削減できる。

だからこそ、夢を決めたら

期限を決める。

期限を設定するだけで、

夢への道は見えてくる。

夢という漠然としものだからこそ、

期限をつくろう。

未来は無限大

 

(今日のコトバ)

 

未来は何も決まっていない。

もっと自由に、もっと激しく、

もっと大きく動いていいのだ。

 

 

あまり未来のことを

限定して生きることはない。

生きていれば、

明日はたいがい予定があって、

そこそこやることは決まっている。

だが、

決まっていない明日の時間もあるはず。

もっといえば、明後日、一か月後、

一年後ともなれば、

決まってないことだらけだ。

その決まっていない時間を、

もっと自由に、もっと激しく、

もっ大きく生きてみる。

いつもやっていないことに

挑戦するでもいい。

冒険的なことに挑むでもいい。

いまやっているものを

深く突き詰めていくのでもいい。

未来という無限の時間を

精一杯生きてみる。

それこそが自分の殻を破る、

自分が変わる、

自分が進化することになる。

自分というこの世界で一番尊い生き物に

最高の未来を与えて生きるのだ。