長所を味方につける

 

(今日のコトバ)

 

弱点に困難な道を行かせるより、

長所に希望の道を歩かせたい。

 

 

どの長所を駆使して生きていくか。

簡単なようだが、

人生には大きな問題だ。

長所を使ったて生きていけば、

スムーズに、困難をも勢いよくクリアしたり、

高いモチベーションを持って

生きていける。

だが、自分の不得手な部分で生きるのは、

最初から苦しい状況をつくってしまう。

どうしてもやりたくて、

どんな厳しさも覚悟して

目標を達成したい人は

いいかもしれない。

ただ、なんとなくとか、

みんながやるからとか、

自発的でない部分で何かを

はじめてしまうと、

しんどい人生が待っている。

だからこそ、

自分の長所は何か。

短所は何か。

そこをしっかり見極める。

人生を自在に生きていくために、

長所を味方につけて生きる。

意識していいことだと思う。

 

 

頂点の上にも頂点

 

(今日のコトバ)

 

人生は頂点に立ったと思っても、

もっと上から声が聞こえる。

「ここまで上がって来い」と。

 

 

自分なり全力を尽くした。

目指した目標もクリアした。

満足する結果になった。

そんな気持ちになることもある。

後悔もなく、反省もない。

良くやったと自分で褒めてもあげたい。

ただ、こんな声もどこからか聞こえる。

「まだまだ上があるぜ。

もっと高いところまで上がってこいよ」と。

誰かがいうのではない。

自分の心の耳に伝わってくる。

「そこが頂点ではない。

頂点の上にも頂点はあるのだ」と。

だからこそ人は、

命果てるまで前進するのかもしれない。

歳をとっても、成長したいという気持ちを

失われないのかもしれない。

いま、一つの頂点に立って満足している人は、

もう一度、心の耳を澄ましてみるといい。

そこが限界なのか。

まだ可能性があるのか。

心の耳はしっかり聞き取っているはずだ。

高すぎるプライドに注意

 

(今日のコトバ)

 

プライドが

チャンスを通せんぼする時がある。

 

 

「あの人はプライドが高い」と

いわれる人がいる。

ほんとうに力があって、

胸を張ることはワルいことではない。

だが、プライドの高さが

人のコミュニケーションの

壁になってしまう人がいる。

「プライドが高いから距離を置こう」

「プライドが高過ぎて腹が立つ」等。

煙たがられて、

情報がまわってこない。

そんな状況になると、

チャンスをもまわってこないことになる。

だとすれば、

プライドが高いことで、

人生が大損していることにも

なりかねない。

そうならないように、

プライドの高過ぎに注意しよう。

自信を持って対応するのはいい。

ただ、人が嫌がるほどプライドを

押し付けると、

まわりにいる人が去っていく。

コミュニケーションもとれなくなる。

そのことを肝に銘じたい。

ライバルが存在証明をしてくれる

 

(今日のコトバ)

 

敵は、

敵こそが、

あなたの存在を証明してくれる。

 

 

誰にもライバルはいる。

意識している人もいるし、

無意識にライバルと

思われている人もいる。

「ライバル」

そう聞くと、天敵であり、

倒すべき相手であり、

憎むべき奴だったりする。

ただ、ライバルほど

自分が生きていると

感じさせくれる人はいない。

ライバルがいるから目標ができる。

ライバルがいるから頑張れる。

ライバルがいるから進化できる、、。

ライバルに勝とうが負けようが、

切磋琢磨したことは成長につながる。

そして、

ライバルが自分の存在を明解にし、

ライバルからも標的という存在になる。

だとすれば、

ライバルは自分にとって

最高に大切なもの。

ライバルがいるかいないかで、

人生の存在価値が変わる。

人生のポジションが変わる。

もっと高見を目指すなら、

ライバルをつくって

生きていくべきだ。

話さないと自分が維持できない

 

(今日のコトバ)

 

雑談は、心の平和をつくる。

 

 

コロナが流行った頃、

人との接触を避けることが

感染を防ぐことになると

いわれて、家にこもって、

なるべく人に会わないようにした。

当然、誰とも話さない時間・日が増える。

最初は、会社や学校に行かなくて

楽かもしれないと思ったが、

そんなことはなかった。

人と会えない。

つまり、人と話せないことが

どれだけ辛いことか。

一日、二日誰とも話さないことが

孤独感を煽る。

人によっては、否、大半の人が

メンタル系がおかしくなったのではないか。

話すこと。

ただ、それだけのことができないと、

心が黄色信号になる。

とにかく誰かと話したい。

話さないと自分を維持できない。

そうまで思うようになる。

コロナで一番教訓になったのは、

人と話すことは大切ということ。

なんでもない雑談が心に

大きな影響力を持っている。

そのことを忘れてはいけない。

絶対あるものと選択するもの

 

(今日のコトバ)

 

希望は標準装備。

絶望はオプション。

 

 

常々思うことがある。

「希望はどんな時でも

気持ちの片隅にあるものだ」と。

どんなに負けても、

どんなに失敗しても、

一瞬だけ負けた、失敗した気持ちが

支配しても、

すぐに希望が立ち上がる。

この後、どうしようかと思った瞬間から、

希望の尾が見つかって、

なんとかなる、

なんとかなるのではないかと

思うようになる。

反対に、絶望は平時には感じない。

自分にとって大きなものを

失った時だけに絶望が生まれる。

そう考えると、

希望は人間に標準装備されていて、

絶望はオプションと捉えてもいい。

だとすれば、

絶望はできる限り意識しなければ、

気持ちの中に生まれることはない。

「絶望はオプションだ」と

肝に銘じれば、

前向きに生きる時間が増える。

希望と絶望。

表と裏のようなものではなく、

絶対あるものと選択するもの。

そんな気持ちで生きていこう。

愛する人の前ではいい顔になる

 

(今日のコトバ)

 

ベストショットは、

愛する人の前でする顔。

 

 

「いい顔をしている」

と思うことがある。

ルッキズムのいい顔ではなくて、

雰囲気から現わされる表情のことだ。

その場合のいい顔は、

誰にでもあると思う。

最近、特に思うのが、

いい顔をしている時は、

愛する人、

好きな人といる時にする表情だということ。

彼・彼女の前でする恋人同士の表情。

推しに出会った時の表情。

尊敬する人を見つめる表情、、。

好きな動物を見つめる表情も

そうかもしれない。

みんないい顔になる。

だとすれば、

人生の時間を愛する人に

会う時間で埋めればいい。

そうするば、

誰もがいい顔、いい表情をして

生きていける。

自分の最高の笑顔で

人と会える。

人生、

そんなに素晴らしいことは

ないじゃないか。

「なんとんなる」は未来本願

 

(今日のコトバ)

 

「何とかなる」は、

人生の困難を突破するレーダーだ。

 

 

軽い気持ちで

「なんとかなるよ」という時もあるし、

決意を持って

「なんとかなる」という時もある。

どちらも運を天に任せた表現のようにも

聞える。

ただ、この「なんとかなる」という気持ちが

人生のさまざまな場面で、

大きな役割を果たしている。

「なんとかなる」という気持ちの裏には、

「目途が立っている」

という気持ちの場合もあるし、

「出たとこ勝負でやってみよう」

という気持ちであることもある。

また、「絶対、なんとかする」という決意の

表明であることもある。

つまり、

どんな状況でもポジティブに捉えて

前進するということ。

それは人間が成功するために、

もっとも必要とする意志。

だからこそ、

「なんとかなる」の気持ちで

前へ進むことは大切。

「なんとかなる」は、

人生の優れたレーダーの役目を

果たしている。

そのことを忘れないで生きていこう。

陰口は自分の問題

 

(今日のコトバ)

 

陰口とは、

裏口から幸せを捨てることです。

 

 

時に陰口を言う。

時に陰口を聞く。

人生で何度も経験したことだ。

ただ、陰口は言った時も、

聞いた時も嫌な気持ちが残る。

少しだけ、

気持ちが晴れたりもするが、

それ以上に、嫌な気持ちが残る。

それは、陰口する相手に嫉妬していたり、

直接言えない弱さがあったり、

どうにもならない負い目があったりして、

相手の問題というより、

自分の問題で

陰口を吐いているからかもしれない。

ただ、一つ言えるのは、

陰口はどこかで幸せをも

捨ててるということ。

言った自分が嫌な気分になったり、

聞いた自分が不快になったり、

いずれ相手に伝わって関係が壊れたり、

幸せと逆の道に進んでしまう。

だから、陰口を言う時は、

幸せを一つ捨てるぐらいの気持ちでいよう。

もし、幸せを失いたくないと思ったら、

陰口は止められるはず。

そう肝に銘じれば陰口を

吐くことは無くなっていくはずだ。

 

しんどいことは武器に変わる

 

(今日のコトバ)

 

重荷を背負ってきたと思ったけれど、

壁を越えると武器に変わっていた。

 

 

しんどいことを

何とか乗り越えてきた。

うんざりするような気持ちにもなったけど、

何年が続けていると、

しんどさは消えていた。

さらに、そのしんどいことが

自分の秀でる武器になっていた。

そんなことが人生で何度かあった。

しんどいということは、

自分の能力より上、

もしくは苦手な種目であったはず。

その種目が自分に身に付き、

自分の切り札になってる。

誰の人生にも

大なり小なりあったと思う。

だとすれば、

いま、しんどいと思っていることも

続ける価値はある。

なんでもかんでも、

しんどいことを

まっとうする必要はない。

ただ、自分の生きていく方向と

未来が想像できるなら、

続ける価値はある。

自分の武器を増やしていくために

必要なことだ。