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(今日のコトバ)
これで「いい」。
それで「いい」。
あれも「いい」。
どんなことでも肯定したら、
人生は「いい」方向へ
進んでいく。
とにかく肯定する。
前向きに捉えて
歩みを止めない。
まわりを見渡して見ると、
一人ぐらいは必ずいる。
そして、そんな人は、
たいがい幸運をつかんでいる。
なぜか?
特に才能の問題でもない。
否、肯定することも
能力だとすれば
才能かもしれないが、
「人生の出来事を肯定する」
魔法は、それだけ。
それだけで幸運と多く出会い、
人生がいい方向へ進んでいく。
解明すべき理論はわからないが、
とにかくポジティブに捉えると、
出来事もいい循環を
するのではないだろうか。
消極的に、否定的に捉える人より、
まわりの人もやる気になるし、
気分が良くなる。
そこに肯定する人の
幸運の秘密があるのかもしれない。
自分だけでなく、
まわりの人のやる気を
引き出している。
答えは、
そんなところに
あるのかもしれない。
(今日のコトバ)
嘘はエンターティンメント。
真実はノンフィクション。
だから、わかっていても
人は嘘になびくのだ。
嘘はダメだ。
嘘は嫌いだ。
嘘をつく奴を信じるな、、。
嘘がワルいものとして、
対外的には遠ざけようとする。
だが、本音は少し違う。
嘘だから笑える。
嘘だから楽しい。
嘘だから刺激的等、
嘘を心の底では嫌っていない
側面もある。
では、なぜ嘘を嫌えないのか。
それは、嘘はエンターティンメントに
なるからかもしれない。
たいがいにおいて嘘は面白い。
小さな嘘でダマすことは、
コミュニケーションの潤滑油に
なることもある。
また、病名など
重大なことを告知しない嘘で、
人を安心させることもある。
もちろん、犯罪行為の嘘は
いけない。
ただ、人生の彩りをつくったり、
人生をドラマチックにしたりする
嘘を人間は嫌えない。
そういう意味で嘘も大切。
真実があって、嘘があって、
世の中が、人生が動いていくのだ。
(今日のコトバ)
世界は、
勝者より、敗者より、
挑戦者を求めている。
広く世間を見渡して見る。
どこで自分が役立つか
考えてみる。
答えは出ない。
やりたいことが
ないこともある。
やりたいが
チャンスがないこともある。
需要と供給のバランスが
良かったり良くなかったりでも
変わってしまう。
ただ、世間が求める基本条件は、
モチベーションの高い人。
貪欲に頑張ってくれる、
チャレンジしてくれる人は、
欲しい人材になる。
もちろん、才能がなければ
どうにもならないこともある。
だが、一般的な環境には
モチベーション高く
チャレンジしてくれる人が
求められる。
そのことを理解して生きていこう。
(今日のコトバ)
努力は見世物ではないが、
光輝く努力は誰もが
目にしてしまう。
「見えない努力の賜物だ」
などいわれることがある。
「努力は人に見せるものではない」
などといわれることもある。
どちらも正しい。
努力は披露することが
目的ではなく、あくまでも
本人が研鑽するためにある。
だが、どうだろう。
自分のまわりいる人で
努力している人は、
みんながっていないか。
「あの人は努力の人だ」と
知ってはいないだろうか。
隠す人もいるし、
目の前で努力する姿を
見せる人もいるが、
努力の人は、
結局、みんなが気づいていく。
それは、なぜか?
一つは努力して結果を出すため。
確実に成長し成果を出すと、
いやがおうでも努力していると思う。
だが、それだけではない。
決して、結果がついてこなくても、
一生懸命がんばっている人は、
行動に輝きがある。
知らず知らずのうちに、
目に入ってしまうのだ。
努力はする価値がある。
そう思えるのだ。
努力は、
すればするほど人として輝く。
人の輝きは、
必ずまわりの人に
伝わっていく。
その人は評価され、
努力の先にある
素晴らしいことを
手にできる。
「努力」
古くからある言葉だが、
その輝きは、
いまの時代も変わらない。
努力する人の輝きは
変わらないのだ。
(今日のコトバ)
寄らば大樹の陰に隠れ、
長い物に巻かれながら様子を見、
虎の威を借りて吠える生きものが
集まる場所を世の中という。
小心とか。臆病とか。
人はどこかに自分の弱さを
持って生きている。
何もそれがワルいことではなく、
弱さを持っているから、
生き馬の目を抜く世の中で、
痛い目を回避して
生きていけている。
もっというと、サバイバルに
成功しているといってもいい。
ドラマの世界では
筋を通したヒーローが、
最後に勝つ。生き抜く。
だが、現実では、
危険回避ができる人が
生き残っていく。
だからこそ、
理想論だけではない
現実論の生き方を
懐に忍ばせて生きるべきだ。
人生の時間を
長くしたいなら、
命知らずでは難しい。
小心でも、臆病でもいい。
危機と距離を置いて
生きることを考える。
身を守るために大切なことだ。
(今日のコトバ)
希望が誘導してくれるうちに、
才能を目覚めさせよ。
「はじめるのに遅いことはない」
というけれど、
才能には旬がある。
若いうちでなければ、
どうしても開花しない
才能もあるはずだ。
だからこそ、
「やりたい!」と思ったら、
一刻も早くやりはじめる。
才能という能力を
発揮したいなら、
早いにこしたことはない。
もっというと、
早いうちなら
人生の持ち時間も長い。
希望が才能を照らす時間も
長いのだ。
人生は短いと思う人が多い。
だとしたら尚更、
才能を確かめたいものは、
いま、すぐ、はじめる。
成果を求めるなら、
早くはじめることに
デメリットはない。
いま、すぐ、はじめよう。
(今日のコトバ)
人間は傷を負うから、
強くなる、美しくなる、
そして、優しくなる。
すべって、ころんで、
ぶつかって、、。
人は傷を負う。
体に傷を負うこともあるが、
心に傷を負うこともある。
その心の傷は目には見えない。
大きな傷か、深い傷か、
かすり傷かはわからない。
だが、心の傷は、
体の傷と違って見えない分、
いろいろな力を与えてくれる。
傷を負って、
その傷をいやすうちに、
心が強くなることもある。
同じような傷を負っても、
もう苦しんだりしないのだ。
また、心の傷が誇りとして
美しく輝くこともある。
傷があるからこそ、
胸がはれることもある。
そして、心の傷は人に
優しさをも授けてくれる。
傷の痛みを知ったから、
同じ痛みを抱えている人に
優しくなれる。
だから、心に負う傷は、
自分にとって
財産になることも多いのだ。
そのことを忘れず生きると、
心に傷を負ったことを
力に変えていける。
心の傷は人生にとって
大いに役立つのだ。
(今日のコトバ)
一生は、
どれだけ笑えたかを競うレースだ。
どんな人でも、
いつも笑っていられたら、
それは最高の人生といえる。
一日中笑っている。
よく笑っている、、。
とにかく、笑う量が多い。
そんな人は幸せといえるし、
いい人生をおくっているはずだ。
勝負にする必要はないが、
笑いが多い人生は、
それだけで勝ちのような気もする。
人生は短いが、たくさんの苦難が
待ち構えている。
それを乗り越えて
笑っていられるのは、
素晴らしいこと。
笑いが多い。
笑っていられる。
それこそ、
幸せの正体なのかもしれない。
ちょっとした意識でいい。
日々の笑いの量を増やしてみる。
結果、日々の幸せの量が
増えている。
そんなことに
気づくけるかもしない。
(今日のコトバ)
すぐれた人は、
あなたを
見ていないかもしれないが、
やさしい人は、
あなたをちゃんと見ていてくれる。
ちゃんと見ていてくれる人がいる。
そう思って
生きていけることは、
もっとも安心して
生きていけることの一つ。
自分がどんなことがあっても、
救ってくるだろうという
心の支えがあると
安心して生きていいける。
では、それはどんな人か。
言葉にすると簡単だけど、
それはやさしい人ではないだろうか。
振り向けば
見つめてくれていると共に、
何か困った時、
親身になって相談にのってくれる。
誰でもいいというわけではない。
できるだけ
自分の身近な人がいい。
そう考えると、
いま、自分のまわりに
やさしい人がいる場合は、
その環境を守ることが大切。
もし、やさしい人がいないなら、
自分にとって
やさしくしてくれそうな人捜す。
自分の人生にとって、
やさしい人がいるといないでは、
安心感がまったく違う。
そのことを
理解して生きていくのだ。
(今日のコトバ)
口癖で鍛えろ!
どのように目標に向かっていくか。
状況を判断しながら、
自分を磨き、達成するに値する
能力をつけていく。
日々、目標に向かって
コツコツ前へ進んでいく。
達成への方法に正解はない。
だが、
一つ信じてもいいことがある。
それは、口癖を目標に向けること。
目標を口にする。
できるという確信を口にする。
ポジティブな気持ちを口にする。
とにかく、目標を達成する言葉を
口癖にする。
それが、達成への潤滑油になる。
口にしたことが行動になると、
達成は近づいてくる。
人は目標がある時、
成長する。
その目標ができたら、
口癖と共に行動する。
達成までの時間は短くなるはずだ。
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