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(今日のコトバ)
今を生きているんだ。
時間を昨日のままにするな。
時代を過去のままにするな。
「過去にとらわれるな。
未来に目を向けろ」
人の生きるものさしとして、
過去と未来が表現されることが多い。
だが、僕らが生きているのは、
過去でも、未来でもなく、
「今」なのだ。
この今という瞬間をどう生き抜くか。
一番のテーマは、いつだって「今」なのだ。
過去を懐かしむのもいい。
未来に夢を託すのもいい。
だが、その時、「今」の役目は何だろう。
「今」に生きているのだから、
「今」が生きていなければ、
過去からテーマは途絶えるし、
未来へのテーマは途切れてしまう。
だからこそ、「今」が一番肝心。
何も重く考えることはない。
「今」を全力で生きればいい。
生きるための目的を持って、
前進していく。
険しい道もある。
舗装された道もある。
その道を一歩一歩全力で生きる。
そのことだけ考えて
生きていけばいいのだ。
(今日のコトバ)
生きるということは、
幸せがとぎれないこと。
つくづく思うことがある。
どんな人生であろうとも、
幸せはとぎれさせてはいけないと。
悲しいことがある。
つらいことがある。
苦しいことがある。
いまならコロナウイルスで、
ネガティブな気持ちの人は
たくさんいるだろう。
だが、そんな時でも、
人生のどこかに幸せを感じること。
幸せを感じる。
感じるというからには、
自分がどう思うかだ。
「自分がどう思う?」
「自分が幸せに思う!」
そう設定してしまう。
幸せが感じられないと、
どんどん気持ちがふさぎこむ。
良くない方へ、
良くない方へ向かってしまう。
その時、自分は幸せだと思えると、
どこかで救われる。
どこかで前向きになれる。
自分は幸せである。
決めて生きていく。
長い人生、
幸せだと思って生きた人と、
そうでない人の文字通り幸福度は
圧倒的に違ってくる。
人生の幸福度を上げるために、
人生のどこかに幸せを感じていよう。
(今日のコトバ)
眠りとは、
明日起きた時にすべてを
幸せに向けてリセットするもの。
しっかり眠りたい。
いつも思っている。
ただ、年をとると、
寝つきがワルく、また、夜中、
トイレに起きることもある。
その上、
朝は早くから目覚めてしまう。
眠ることさえ、
簡単ではなくなる。
だが、この眠るということは、
人間にとって最高に大切なもの。
眠らないで生きてはいけないし、
眠ることで解決することが
たくさんある。
その一番の効能は、
なんといっても眠ることによって、
生きることをリセットできること。
今日と明日の間の区切りを
つくってくれること。
今日、嫌なことがあっても、
眠ってしまえば、
忘れてしまうこともある。
もちろん、眠るぐらいで
解決しないこともある。
それでも、眠ることは、
嫌なことを解決する策の一つ。
もっというと、眠ることによって、
明日、もう一度幸せになるために
人生をリセットできる。
だからこそ、
眠ることを大事にして
生きたいものだ。
(今日のコトバ)
神様から授けてもらった才能を
支配できるのは、努力だけだ。
才能。
この抽象的なものを、
しっかり自分のものとして
発揮できる人と、
発揮できない人がいる。
その差は、何か。
ズバリ、努力の差ではないかと思うのだ。
才能というと、
何もしなくても
秀でてしまうもののように思う。
間違ってはいない。
だが、どれほど凄い才能を持っていても、
磨かなければ輝くことない。
まわりをみても、
「アイツ、才能あるのにもったいない」と
いわれる人がたくさんいると思う。
努力をしない、
磨かないと、
才能も輝くことなく終わってしまう。
もっというと、
才能が本物になるには、
努力とセットと考えてもいい。
もし、才能があると思って、
なかなか評価されない、
武器にならないと思ったら、
努力することを徹底しよう。
才能は努力で必ず輝き出す。
努力で必ず輝くから才能ともいえる。
充実した人生をおくるために、
才能を磨こう。
(今日のコトバ)
自信とは、
夢の下でしっかり準備が
できていること。
自信がどこでできるのか。
人によって、
考え方によって、
生き方によって、
違うことかもしれない。
ただ、
自信を持っている人は、
同じ条件を満たしている気がする。
それは、準備ができていること。
この先、何が起こっても、
ブレないで前進できる強さを
持っていること。
そのベースになっているのは準備にある。
準備と一言でいっても、
多岐な要素がある。
技術を磨く。
体力・コンディションを良いものにする。
精神的なものを安定させる。
文字通り、段取りを想定通りやり遂げる等。
これらがしっかりできていると、
自然と自信がわいてくる。
もし、いま、自分に自信がないなら、
何の準備ができていないか
チェックしてみよう。
自分に足りないものがわかる。
自信がないものがわかる。
わかったら、
その足らないものを
補っていけばいい。
それが、自信をつけるために
必要なことだ。
(今日のコトバ)
奇跡は、足跡の延長線上にある。
何度も、何度も出会うものではないし、
簡単に起こるものでもない。
奇跡。
出会えれば、人生が劇的に変わる。
起これば、素晴らしい未来が約束される。
奇跡のチカラは素晴らしい。
では、どうすれば奇跡と出会えるのか。
たぶん公式とか、方程式はないはずだ。
ただ、一つだけ信じるに値するのは、
自分の生きている道を全力で生きて、
その先でなら出会うことが
できるかもしれないということ。
数少ないがある気がする。
もっというと、
自分においての奇跡は、
全力で生きた先にしか
出会いないもののような気がする。
奇跡は、全力で生きた人に贈られるギフト。
そう思うと、
いま生きることを大切にできるし、
一歩一歩前進することを大事に生きられる。
いつ、どこで出会えるかわからない。
だが、いつか奇跡に
出会えると思って生きることは
モチベーションにつながる。
奇跡が起こることを、
信じて生きることもワルくない。
(今日のコトバ)
思い込みで人生を囲ってしまうと、
思いつきの種を
植えることはできない。
人は、思い込む生きものだ。
間違えて思い込んだことを、
何年も正しいことだと
思っていたことは多々ある。
間違えたことだけなら、
記憶を書き換えればいい。
ただ、それより問題なのは、
思い込んで記憶したため、
思いついたものを削除してしまうこと。
思い込みは、
思考のフィールドを確立してしまう。
そこをロックして、
違った情報、新しい情報をハネてしまう。
そうなると、
柔軟な思考になっていかない。
素晴らしい思いつきであっても、
ハネてしまうことなりかねない。
だからこそ、
思い込みを疑おう。
まずは、正しいか正しくないか。
その上で、思い込みをはずして、
思いつきを活かしてみる。
言葉では簡単だが、
意外に難しい。
常に意識して、
思考を柔軟にする。
面白い人生にするには、
大切なことだ。
(今日のコトバ)
すぐれた改革者は、
いちばんはじめに
自分の改革に着手する。
組織を強いリーダーシップで
変革ができる人。
改革者と呼ばれる人は、
必ず存在する。
小さな改革者、
大きな改革者のスケールは
違っても、
組織に必ず存在する。
その改革者は、
まず、自分のブレないスタンスを提示できる。
そして、目標を設定し、
猪突猛進できる。
いちばん大切なのは、
改革者がブレない目標を持つこと。
ブレないということは、
目標に対する信念が
しっりできているということ。
その信念に至るまで、
改革者は自分の中に
ブレない気持ちをつくっている。
そう思うと、
自分及び自分のまわりにいる
改革者もわかる。
もし、いま、組織において改革が
必要だと思うなら、
改革者を捜せ。
その改革者と組織を変えていく。
自分がベストなら自分でもいい。
ブレない信念がある人であれば、
改革という目標達成の道は、
思いっきり近づくはずだ。
(今日のコトバ)
いっぽん道も、
まわり道も、
より道も、
わき道も、
みんな同じ空の下。
生きていれば、
いろいろな道を歩く。
平坦な道だけではなく、
苦しい上り坂もあれば、
勝手に足が動くような下り坂を
歩くこともある。
まわり道して
疲れてしまうこともあれば、
より道してホッとすることもある。
わき道に逸れたことだって、
一度や二度ではない。
それらのすべての道が、
人生の礎になっている。
その道があったからこそ、
自分という生きものが存在する。
歩いてきたどんな道も、
自分には必要だった。
そう思うと、
すべてが愛しい道。
振り返っていい。
自分がどれだけの道を歩いてきたかを。
どれだけの道を歩ききったか。
そこに、自分のプライドが生まれる。
自分の自信が生まれる。
歩いてきた道には、
自分をつくり上げた歴史があるのだ。
(今日のコトバ)
手を抜いたら、
手を差しのべてくれる人の
手をつかむことはできない。
生きていると、
誰かの助けが欲しい時がある。
がんばっているのに、
何かが足りない。
もう少し、
誰かにサポートしてもらえば、
なんとかなるかもしれない。
そんなことを思う時がある。
その時、
手を差しのべてもらえる人と、
差しのべてもらえない人の
差は何だろう。
それは、
手を抜かず一生懸命に生きているか、
そうでないかの差だと思う。
一生懸命に目的に向かって生きていたら、
誰かがエールをおくるように、
支えてくれる。
生き方を見ていて賛同できると
思えば、人は支えたくなる。
エールをおくるに値するなら、
必ず賛同して支えてくれる人はいる。
だからこそ、人生を
手を抜かず生きていこう。
この先の人生にサポートが欲しい時が、
きっとくる。
その時、自分の生き方を見ている人が
判断する。
手を差しのべるか、否かを。
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