「ありがとう」がすべてを包んでくれる

 

(今日のコトバ)

 

「ありがとう」という言葉は、

優しさも、厳しさも、

嬉しさも、悲しさも、

強さも、弱さも、

みんなつめこんだ感謝の言葉なんだ。

 

 

 

「ありがとう」

この一言が持つ意味は大きく広い。

感謝の一言だけど、

その中にあらゆる気持ちを込められている。

相手のがんばりに応えるために「ありがとう」

相手が不満でもういいという意味で「ありがとう」

相手と一緒に目標を達成して「ありがとう」

相手と一緒に失敗したから「ありがとう」

相手に対して虚勢を張るために「ありがとう」

相手に対して力不足を伝える「ありがとう」

感謝の気持ちをのぞいてみると、

深いところで、

様々な「ありがとう」がある。

もっというと、「ありがとう」という言葉が

すべてを包んでくれているともいえる。

人は、人によって支えられている。

そして、この支えてもらっている気持ちを

表す言葉として、

人は、「ありがとう」という

万能な言葉を持っている。

そのことを忘れてはいけない。

貴重な武器、大いなる財産になる継続力

 

(今日のコトバ)

 

行動を継続するんだ。

勝利も、成功も、そして奇跡も、

気になって後をついてくる。

 

 

 

とにかく継続する。

継続力とでもいおうか。

長く一つのことを続けていくことが、

目標を達成する確率の高い方法。

年を重ねると思うのが、

「長く続けていれば良かったな」ということ。

その道の大先生にならないまでも、

続けていれば自分の武器にできたと

思うものがいくつかある。

稽古事、趣味、研究していたもの等。

人生でもったいないと思うのは、

途中でやめてしまったものなのだ。

そして、続けている人をみて思う。

続けているからこそ、

手に入れる喜びがあることを。

勝利、成功、幸せ、奇跡などを、

時間をかけて手に入れている。

もし、いま長く続けているものがあれば、

やめてしまう前に、

一度、冷静に考えてみよう。

その後の人生の貴重な武器、

大いなる財産になる可能性がある。

人生にとって、続けることは大切なことなのだ。

「ありがとう」は万能の言葉

 

(今日のコトバ)

 

「ありがとう」は、360°敵をつくらない。

 

 

「ありがとう」と伝えることを

一日のうちでどれぐらいやるだろう。

一回か、二回か、何十回か。

また、0回の人もいるだろう。

ただ、生きていく上で、

「ありがとう」と伝えられる場面を

多く持てることは素晴らしいことだと思う。

もっというと、

「ありがとう」といえる場面が

たくさんある人は幸せだと思う。

「ありがとう」というからには、

誰かが自分にいいことをしてくれたはず。

いいことの回数と

「ありがとう」の数は比例する。

つまり、「ありがとう」は、

いいことへの御礼なのだ。

さらにいえば、

「ありがとう」といっている限り、

敵になる人はほとんどいない。

仮に、敵のような存在でも、

「ありがとう」といわれると、

敵ではいられなくなると思う。

「ありがとう」を

自分からいう場合は、

相手の気持ちをリスペクトできるし、

「ありがとう」を

相手から伝えられると心が癒される

万能の言葉。

だからこそ、

自分の生きる領域に

「ありがとう」がたくさん行き交う

状況をつくっていく。

短い人生だから、

できるだけ気持ちよく生きていきたい。

そのためには、

「ありがとう」という万能の言葉が

たくさん行き交う状況を

つくることが大切だ。

意志を持った希望

 

(今日のコトバ)

 

希望に意志を持たせよう。

倒れず、逃げず、ひるまない

意志をつくるんだ。

 

 

 

3.11

もう今年で9年が経つ。

人によっては早く、

人によっては長い時間が過ぎた。

ただ、その人たちが

その人なりに復興という希望を持った。

あの状況から、

なんとか立ち直るために、

人それぞれの戦いがあった。

それは、希望という

漠然としたものだけではなく、

意志をもって強く生き抜く必要があった。

どれだけ希望を持って、

どれだけの意志が必要だったかは、

その人にしかわからない。

だが、3.11を境に、

意志をもった希望が必要だった人が

この国にたくさんいたことはたしか。

その意志を持った希望が、

この国の復興に貢献してきた。

いま、新型ウイルスで

試練に直面しているが、

意志を持った希望があれば、

日本は必ず復活する。

日本人は必ず復活する。

そう信じてやまないのだ。

 

遊びの時間をつくる

 

(今日のコトバ)

 

勉強をやめない

オトナになることも大切だけど、

遊びをやめない

オトナになることは、もっと大切。

 

 

 

あたりまえだけれど、

オトナになると自由な時間が減る。

働く時間が人生の大半を占め、

ストレスを抱えることが多くなる。

さらには、家族のためのサービス、

働くために学ぶべきことも増え、

自由になる時間が少なくなる。

だからこそ、

自分を解放する時間が必要になる。

子どもの頃でいえば、遊ぶ時間。

自分にとって楽しい。

自分にとって癒される。

自分を発散できる等。

そんな時間を持つことが必要になる。

もっといば、子どもの頃より、

オトナになった方が、

遊びの時間が大切なのだ。

いま、仕事を含めた生活に

追われて、

ストレスを感じている人は、

遊びの時間をつくるべきだ。

時間がないと思っても、

強引にで時間をつくる。

時間は結局、意識しなければつくれない。

意識して遊びの時間をつくる。

それこそが、

ストレス時代を生き抜くには

大切なことだ。

幸せとは、身の回りにあるものを大切にすること

 

(今日のコトバ)

 

誰かが持ってるものを

うらやましがるより、

自分の持っているものを

愛することが、

幸せになる近道です。

 

 

 

人は自分にないものを欲しがる

生きもの。

誰かの持っているものが

うらやましくなったり、

自分にないものがある人に

憧れることもある。

ないものねだりという言葉もある。

だが、そこで問題なのは、

ないものを欲しがるあまり、

自分の持っているものを

おろそかにしてしまうこと。

いま、持っているもの。

いま、ここにいてくれる人。

いまというより、

いままでといってもいいかもしれない。

なぜ、長く自分の身の回りにあるのか。

それは、愛しているからに他ならない。

自分にとって大切だからこそ、

長く身の回りにあるともいえる。

だからこそ、いま、

自分の身の回りにあるものが、

なぜ、あるのかを考えて、

大切なのかを、

もう一度考えよう。

必要だから。

気が合うから。

癒しになるから。

素晴らしいから。

楽しいから等々。

理由はたくさんあるはずだ。

欲しいものは、

まだ手元にないから、

どれぐらい大切かわからない。

しかすると、

手に入った瞬間、

あきてしまうかもしれない。

長く自分が持っているものとは、

愛するレベルが違う。

まったく次元の違う価値があることを

理解すべき。

そこを理解する。

自分の身の回りにあるものを

大切にすることを忘れなければ、

幸せから遠ざかることはないはずだ。

 

 

 

 

されないと寂しいが、されると圧力になる「期待」

 

(今日のコトバ)

 

誰かの期待に応えることは、

結局、

自分の目標を達成することでした。

 

 

 

「期待」される、という。

力がついて、

信頼されるようになると、

「期待」を背をわされる。

自分以外の誰かが目標を決めて、

そこへ向かって全力を尽くす。

目標というものは、

本来は自分でつくって

達成していくもの。

誰かに、

決められるものではない。

だが、本音の本音でいえば、

誰かの「期待」も、

自分の目標になっている。

あの人の「期待」に応えたいという

目標も大きくブレない目標だ。

この目標を達成したら、

あの人が喜んでくれると思うと、

果然、力がわいてくる。

「期待」

されないと寂しいが、

されると圧力になる目標。

だからこそ、

できる限り力を尽くし、

達成する努力をする。

その過程で、

自分の力は想像以上に進化している。

そのことを忘れてはいけない。

「まじめ」は人生にとって素晴らしい贈り物

 

(今日のコトバ)

 

「まじめ」という荷物をかついでいると、

遠くに行くには時間がかかる。

ただし、間違った近道を歩くことはない。

 

 

 

「まじめ」だと思う人がいる。

正しいことしかしない。

羽目を外さない。

時間にきっちりしている等。

また、いちいち面倒くさい。

気が小さい。

細かすぎる等の傾向も

あるかもしれない。

そんな「まじめ」な人は、

ダイナミック、スピーディな感じはしないが、

いんちきもしない。

人生の近道もしないが、

まっすぐ歩いて、結局、

先頭集団でゴールにたどり着いたりする。

「まじめ」という生き方は、

人生を間違えずに

まっすぐ歩かせてくれる。

つまり、最終的に一番早く、

一番幸せになることもあるのだ。

だから、自分の性格が「まじめ」なら、

人生にとって素晴らしい贈り物を

もらったと思っていい。

「まじめ」な人生。

いい人生の選択だと思う。

 

 

大人にもっと気を使おう

 

(今日のコトバ)

 

子どもは、答えを探したがる。

大人は、答えを合わせたがる。

 

 

 

子どもの頃、

時間が無限のような気がして、

世の中の様々なものを

探していた。

なんでも首を突っ込み、

夢中になって生きていた。

言葉にすれば好奇心になるだろうか。

反対に大人になると、

何事も解答を求められる。

その分、

何かを探したり、

夢中になったりすることが

少なくなった。

どちらがいいという話ではない。

ただ、大人がしんどいのもわかる。

とりまく環境が、

答えを求めてくる。

それに答えないと、

前には進めない。

つらくて、しんどい環境だ。

だから、もっと大人は気を使われていい。

他人からも、気を使われる。

自分でも、気を使う。

大人が疲れていなければ、

未来はもっと明るくなる。

大人が元気でいられる環境をつくり出そう。

得意技を持つ人

 

(今日のコトバ)

 

私は、

「私化」に成功するまで、

得意技を磨き続ける。

 

 

 

自分らしい生き方をするなら、

自分のストロングポイントを

理解することが大切だ。

どの能力が高いかを

自分で見極める。

できれば、見極めた上で、

その能力を磨く。

磨いていけば、

自分の武器になる。

得意技とよべる

ストロングポイントになる。

人生は一度きり。

自分の思うように生きていければ、

最高に幸せな人生をおくれる。

その時、得意技を持っている人は、

より幸せになれる確率が高くなる。

「得意技を持つ」

人生を、幸せに、有意義にするために、

得意技は必需品なのだ。