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(今日のコトバ)
歴史を塗り替えるなら、
自分の色で塗り替えろ。
何か目標を持った時、
それまでのルールが邪魔になって、
自分のやりたいことができないことがある。
誰もがいままでのルールを
あたりまえのように、
同じようにやっている。
だが、どうしてもそのやり方が
正しいと思えない。
効率的だと思えない。
ましてや革新的だと思えない。
とても、やっていて疑問を感じる。
目標を目指した人なら、
そんな気持ちになったことが、
一度ならずとも感じたことがあるはずだ。
では、その時、どう行動すればいいのだろう。
ルールの中で自分なりのカスタマイズをして、
新しいやり方を模索する。
そんなやり方を、
つねに考えてみてはどうだろう。
もちろん、ルール自体を、
まったくやり方を変えてしまうことも
できるかもしれない。
だが、それには実績が必要だったり、
強過ぎる意志が必要だったりする。
まずは、ルールの中で自分のやり方を
提案してみる。つくり出してみる。
さらにいえば、
実績をつくって、自分のやり方を
ルールにしてしまう。
現状のルールに甘んじることなく、
自分の色でルールをつくることも、
仕事を楽しくしていく上で大切なこと。
簡単ではないかもしれないが、
人生という場を有意義にするためには、
意識していいことだ。
(今日のコトバ)
不自由も、不可能も、
そして、不幸もみんな知っているけど、
ちゃんと、
幸せに生きていけるのが人間です。
どんな人生にも、
不自由を感じたり、
不可能を思わせられたり、
時に不幸にさいなまれたりする。
苦しかったり、
しんどかったりして、
途方に暮れることもある。
だが、その度に
どうにかこうにか
乗り越えてきた。
人生で経験したことを糧に、
対応策・解決策を身に着け
少しずつ強くなって生きてきた。
もっといえば、
不自由があっても、
不可能があっても、
不幸があっても、
すべて乗り越えて、
幸せになってきた。
それが人間の能力なのだ。
いま、人生にいろいろな「不」がある。
ただ、人間はその「不」を
乗り越える力を持っている。
その「不」から
はい上がる力を持っている。
だからこそ、自信を持って生きていい。
人間の乗り越える力を信じていいのだ。
(今日のコトバ)
野望とは、
どん底にいる者が
汚れた気持ちのまま見る
希望のことである。
人生がうまくいっていない時、
なんとか状況を変えようとあがく。
上を向こうとする。
突き進もうとする。
その時、まっすぐ、
目標へ向かうのはいい。
だが、人生がイケてないと、
目標がまっすぐならない、
あるいは、汚れた目標に
向かって進んでしまうこともある。
誰かを蹴落としてしまったり、
決して、いいとは思わない方法で、
駆け上がろうとする。
希望というよりは、野望。
浮上するために
何かのきっかけが欲しくて、
汚れることもいとわなくなる。
ただ、汚れていることが、
ワルいことになると、
必ずどこかに敵をつくる。
悪意を持った人と対峙しなければ
ならなくなる。
どこかで足を
引っ張られることにもなる。
せっかく、浮上しようとした気持ちも、
まったく浮上せず、むしろ
後退してしまうことさえある。
だからこそ、いま、
人生がうまくいってないなら、
正しく希望に向かって
突き進むことを意識する。
遠まわりでも、
時間がかかっても、
最終的には、
正しい判断が正しい道を歩かせる。
希望でも野望であってもいいが、
そこで、人を妨害したり、
罪を犯したりしないことを
肝に銘じて前へ進む。
自分の気持ちを正しく持って
生きることが大切なのだ。
(今日のコトバ)
夢は、遠くにあって輝くもの。
幸せは、近くにあって温まるもの。
時々思う。
夢とか、目標とかに向かって
前進している時、
もうそこに幸せがあるんだ、と。
ワクワクしたり、
楽しんだり、
一生懸命になったりしている時、
幸せになっている。
仮に、結果が敗北だったり、
失敗だったりしても、
その過程は幸せに満ちている。
そう思うのだ。
勝った。負けた。
嬉しい。悔しい。悲しい。
つまらない。おもしろいなど。
いろいろな状況、気持ちの中で、
幸せはつねに生まれている。
だとすれば、
前向きに生きてさえいれば、
どこかに幸せが生まれている。
もし、自分の人生に幸せが
足りないと思うなら、
夢や目標をもって、
前向きに生きて、
自分の環境を見つめてみよう。
幸せは、たくさん生息しているはずだ。
(今日のコトバ)
人生は絶対に勝ち続ける
トーナメント戦。
何度負けても、
次の試合に勝ち上がれるのだ。
生きることは、
日々、しんどいことがある。
傷つくことだってある。
負けた日もあれば、
失敗した日もある。
だが、命果てるまで、
次の日に進めないことはない。
どんなことがあっても、
なんだかんだあっても、
生きている。
生きているということは、
考え方によっては、
人生を勝ち続けているともいえる。
つまり、人生は、
絶対に負けないトーナメント戦なのだ。
もちろん、「そんなに勝ってばかりじゃない」と
思う人もいるだろう。
だが、生き方は考え方だ。
「今日も勝った」と思えれば、
少しだけ前向きに生きていける。
その前向きな気持ちを大切にする。
生きていく上で意識していい考え方だと思う。
(今日のコトバ)
道があれば、歩けばいい。
扉があれば、開ければいい。
人がいれば、会いにいけばいい。
ちょっと臆病者を
休んでみればいい。
ほんの少しのことだと思う。
一歩踏み出す、
扉を開ける、
人に会いに行くなど。
ちょっと勇気を出すことで、
人生の局面が変わるかも
しれない時がある。
だからこそ、
いまある力を振り絞って
前へ進む。
その意識があるかないかが
大きく人生を変える。
簡単のようで、
案外できない人は多い。
「ちょっとだけのこと」を
億劫がらずにやるのだ。
人生の時間は限られている。
生きた時間を生きるために、
前へ進む。
そう思うことが重要なのだ。
(今日のコトバ)
目標に対して、
苦しみながらがんばるのが努力。
目標に対して、
楽しみながらがんばるのが夢中。
一概にはいえないが、
努力というと苦しみとか、辛さが
ついてまわる。
たしかに、
努力していると自分で思う時は、
苦しいこと、辛いことが思い浮かぶ。
ただ、同じようにがんばっているのに、
夢中になると、苦しさや辛さではなく、
楽しい気持ちでいることに気づく。
もちろん、正確にいえば、
努力と夢中は意味が違う。
だが、何かに取り組むという意味では同じ。
だとすれば、努力という言葉を
夢中という言葉の領域に入れてはどうだろう。
ある映画監督が
「ちゃんと努力をしていると夢中になって、
そこから楽しくなるんだ」
といった。
努力と夢中を近い意味に使ってみる。
そうすれば、
人生の楽しい領域が広がっていく。
そんな気がするのだ。
(今日のコトバ)
見つけてもらうのを
待っているなんて気持ちなら、
一生、見つかることなんてない。
何かに目標に向かって、
そこそこがんばっている。
ある程度のペースで、
そこそこがんばっている。
誰かが見つけてくれれば、
目標に近づけるかもしれない、、、。
そんなことを思っている人もいると思う。
だが、世の中は甘くない。
目立たないものまで見つける余裕はない。
見逃せない何かがないと、
人の能力を見つけることはできない。
特別な才能を見せつけるか、
桁外れの努力の姿勢を見せるか、
他の人と差の出る
アクションが必要になる。
そこで、人に印象づけるものを
見せられた時、
まわりから評価の声が上がる。
見つけてもらおうと
待っているのではなく、
見つけてらうものを発信する。
その気持ちで挑むことが大切。
自分の力を、
自分の光を、
しっかりと表現し、
世の中に伝える。
その意識を忘れはいけない。
(今日のコトバ)
未来とは、まだ、
まったく失敗していない
自分の時間。
人生いろいろあるけれど、
未来のことはわからない。
予定を組んで、
やることを決めても、
その通りに完璧に実行されることは
ほぼない。
反対にいえば、
未来は、まだ何も手垢のついていない時間。
自分の生き方次第で、
どうにでもできる。
未来に不安になる、
未来をどうしていいかわからない、
未来に希望が持てなて等、
未来に前向きになれない人も
いると思うが、
とにかく、未来は、まだ変えられる。
そう思うと、
少し気分が昂ってくる。
変えられる時間があることを
感じて生きることができる。
そう思うと、
毎日が幸せに生きていけるはずだ。
(今日のコトバ)
ゆっくり歩いてきたから、
新しい花の芽を
見つけることができました。
遠まわりをする。
曲がり道を迷いながら歩く。
近道をしていない。
まっすぐ歩いてきた人より、
時間はかかっている。
ただ、ここまで時間がかかっただけに、
まわりの風景をゆっくり見れた。
急いでいたら見逃すようなものも、
じっくりと見ることができた。
それは、より速くゴールに
着いてしまうより、
よっぽど楽しい時間だった気がする。
人には、人の価値がある。
速く走って、
一等を目指す人もいるだろう。
だが、その反対にゆっくり進んで、
何かを見つけながら歩く人もいる。
それは、それ人で素晴らしい人生だ。
自分が何を選ぶか。
自分にとって何が幸せか。
考えた上で、
自分のスタンスを決める。
長く生きていくには、
大切なことだ。
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