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(今日のコトバ)
心に強さをつくるのは、
継続しかないのかもしれない。
強さ。
それも心の強さは、
なかなかつくれるものではない。
基準もわからないし、
どこからが強さの領域かも
わからない。
ただ、まわりにいる人で、
「心が強い」と思う人がいる。
その人たちの共通点は何だろう。
考えてみると、
みな長く継続しているものがある
ということに気づく。
一つのことを地道に突きつめる。
まっすぐ頑張り続ける。
その継続する力が強さになっているのだ。
もちろん、天然で心の強い人もいるだろう。
だが、その強さとは違う強さが、
一つのことを継続した強さはあると思う。
心の強さ。
簡単につくれるものではない。
基準も、領域もわからない。
だが、一つのことを継続していける
力には、心の強さが宿る。
そういっていいのではないだろうか。
(今日のコトバ)
人間は、
敗者から復活するたびに、
美しく感動的な生きものになる。
勝ち続けることもかっこいいが、
人がいちばん感動するのは、
一度負けた者が紆余曲折あって、
勝者になること。
敗北の軌跡を知っている。
もう一度、勝つために
どれだけ努力したかを
知っていると、
尚更、応援したくなる。
そして、その再び戦う姿に感動する。
日本には、
柔道にあるように
敗者復活戦という言葉がある。
考えてみれば、
人生はすべて敗者復活戦。
勝ってから負けることもある。
負けてから勝つこともある。
勝ったり、負けたりしながら、
自分が進化していく。
そこに努力の軌跡があると、
人は気持ちが動く。
エールをおくりたいと
気持ちが動くのだ。
(今日のコトバ)
どんな人生の壁だって、
足場のない壁なんてないんだ。
生きていると、
立ちふさがる壁に
直面することがある。
どうにもならない、、、。
途方に暮れる、、、、、。
八方ふさがりになる等。
だが、戦術を考えたり、
努力をしたり、
気持ちを強く持ったり、
パートナーを変えてみたりすると、
その壁を乗り越えることが
できたりする。
振り返ってみても、
壁を乗り越えてこなければ、
ここまで生きてこれなかった。
壁。
どうとらえるかは、
十人十色。
壁にぶち当たって壊す。
壁に穴をあけて抜ける。
壁のないところまで行って越える。
そして、壁をよじ登って越える等。
方法はいくらでもある。
様々な方法で
乗り切ってきたのだ。
その自分の歴史を考えれば、
これから巡り合うであろう壁も
なんとか乗り切ることができる。
自分の中に乗り切る力が
備わっている。
そのことを忘れずに
生きていけばいいのだ。
(今日のコトバ)
人間は、
エールなきレールの上を
走ってはいけない。
どれだけ頑張る気持ちがあっても、
どれだけ勇気を持っていても、
誰からもエールがない
戦いはできない。
夢への意欲が強くても、
目標達成意識が強くても、
「あの人のために、
あの人たちのために」の
気持ちがなければ、
最後まで全力を振り絞ることが
できない。
人は、「あの人のために」の
気持ちで生きている。
あの人を愛するために。
あの人を助けるたに。
あの人を支えるために。
あの人を、、、、、するために。
そこが頑張るための礎になる。
いま、頑張っているのに
力が入らない人は、
「あの人のために」の
あの人をつくろう。
「あの人」が決まれば、
いま以上に力を発揮できる。
もっと能力を全開にできるはずだ。
(今日のコトバ)
360°、人生のトーナメント戦は、
どこからで勝ち上がれることに
なっている。
考えてみると、
人には人それぞれの成功の
仕方がある。
オーソドックスな成功もあれば、
思いもつかない成功の仕方もある。
はっきりしていることは、
成功にはどんな道もあるということ。
方法は一つではない。
人格特性、環境、時代などで、
無限にある。
そう思うと、
一つの概念に凝り固まらず、
自分がやりたいようにやればいい。
やりたい道で成功を模索すればいい。
自己啓発本などで、
ワンパターンの成功の仕方があるが、
参考にはしても、
縛られる必要はない。
人生は、360°どこからでも
勝ち上れる。
自信があるなら
自分を信じるのだ。
(今日のコトバ)
迷った幅が、人生の幅になる。
人は、生きていると迷う。
何度も何度も迷う。
その迷いを解決できることもあるし、
解決できないこともある。
時間が経つにつれて忘れてしまう
こともある。
「一年前の迷いを覚えている人が
いるだろうか」という人もいる。
迷いとは、
生きている以上、
必須の気持ちなのだ。
ただ、こうも思う。
迷いに迷って、
決断すると、
なんだか自信がつく。
上手く解決すると、
生きることに勢いがつく。
自分の中で成長を感じるのだ。
もしかすると、
迷いを超えることは、
人間として成長するための
訓練機関になって、
迷いを超えるたび
人間の幅を
大きくしているかもしれない。
だからこそ、
人生の問題に迷っていい。
迷うことを解決することで
成長する。
また、迷ったことを
解決しなければならない
ということはもない。
忘れるという対処法もある。
とにかく、迷うことを逃げずに
自分なりに解決していく。
人生においてそこが大切なのだ。
(今日のコトバ)
強いと思ったのは、
いまいるまわりの人と比べただけ。
もっと強い人の中にいけば、
また、弱い自分が見えてくる。
強さを誇るとか、
弱さに卑屈になるとか、
そんな気持ちになるのは、
自分のいま置かれている環境で
決まるのだ。
簡単にいえば、
自分のいるまわりの環境で、
自分は強い、
自分は優れていると思うか、
自分は弱い、
自分は劣っていると思うかの問題。
環境が意識をつくっているだけのこと。
もっと強いものがいる環境にいけば、
自分の弱さが、また見えてくる。
もっと弱いものがいる環境にいけば、
自分の強さが、また見えてくる。
自分の強さ、
自分の弱さなんて、
そんなの。
だからこそ、
自分が強いと思える環境に
甘んじてはいけない。
遠くには、
もっともっと強いものがいる。
その強いものに
喰いついていくことこそ
進歩がある。
近視眼的に自分の力を判断しない。
自分が進化できる環境を探していくのだ。
(今日のコトバ)
代案なき抵抗勢力をクズという。
体制側に対して、
抵抗勢力というのは必ずある。
あるべきだと思うし、
なければ世の中が一方へ
行ってしまい、
もし、良くない方へ
まっしぐらだと大変なことになる。
だから、抵抗勢力は必要だ。
ただ、抵抗勢力といいながら、
何の代案もなく、
野次、文句、愚痴ばかりをいっている
勢力もある。
誰かの陰に隠れて、
後ろから野次しかいっていない勢力。
この勢力こそ、
やっかいで必要のない勢力だ。
体制に野次をとばしているだけ。
文句をいっているだけ。
自分は傷つかず
相手を傷つけているだけ。
そして、何も生産しない。
ものすごく世の中に無駄なのだと思う。
抵抗勢力は必要だ。
体制が間違った方向へ進んでいる時、
抑止力になるのが抵抗勢力。
正しい道に戻す力があるかしれない。
だからこそ、
抵抗勢力には代案がいる。
体制の間違いを指摘して、
良い方向を示す代案がいる。
抵抗勢力には代案を持つという
役目があるのだ。
(今日のコトバ)
「いま自分にあるものを使って、
できることをやる」から、
史上最高の進化がはじまる。
まずは、
いま「自分にあるもの」を確認する。
その「自分にあるもの」を
最大限活用することを考える。
どう使うか。
どう最適化するか。
どう力を発揮させるか。
そこを徹底的に考えていい。
ないものを考えても
時間の無駄になるし、
発想するのも難しい。
あるものであれば、
すぐにシュミレーションできる。
すぐに力を発揮させられる。
そこを忘れて
ないものねだりをすることは
愚の骨頂だ。
さらにいえば、
いま「自分にあるもの」は、
自分にとって機能的なもの。
自分にとって最高の能力を
有する場合もある。
だからこそ、「自分にあるもの」を
最大限に使う。
そのことを念頭をおいて生きると、
生き方がスムーズになる。
少し気持ちよく生きられるはずだ。
(今日のコトバ)
感謝は冷めないうちに。
感謝は、
すぐに返ってくると
嬉しい。
感謝は、
時間がかってしまうと、
気持ちの温度は冷めてくる。
もちろん、感謝されたくて
行っていないことも
たくさんある。
ただ、感謝されるなら、
すぐにされると、
「気持ちが伝わった」と
嬉しくなる。
これが時間がかかり過ぎたり、
感謝の言葉もなかったら、
いい気持ちはしない。
何となく、
感謝してくれない人のとの
距離ができることもある。
人は感情ある生きもの。
あたりまえのこと、
単純なことが、
日々の暮らしの中で大切になる。
その中で感謝は、
絶対伝えるべきもの。
後回しにしたり、
忘れたりするものではないのだ。
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