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(今日のコトバ)
前後の文脈で
言葉の意味なんて変わる。
一言で悲しむことはない。
その先の言葉が
素晴らしい未来に
連れて行ってくれることもある。
よく聞かなければ、
間違えた行動を起こしてしまう。
特に言葉の最初だけ聞いて
行動を起こすと、
右に行けばいいものを、
左に行ってしまうほど
間違えることもある。
言葉には、その先がある。
ちゃんと最後まで聞いて行動する。
ただ、人間は、早とちり、
オッチョコチョイ、勘違い等、
言葉の最後を聞かない人が
たくさんいる。
自分はどうか。
ちゃんと言葉を最後まで
聞いているか。
もし、自分にも心当たりがあるなら、
あせらず言葉をしっかり聞く。
人生のつまらないミスが、
それだけで減っていく。
もう少し落ち着いた行動をとれる
人間になれるはずだ。
(今日のコトバ)
旧自分から独立して、
新自分になりました。
そろそろ卒業のシーズンだ。
自分史の中で一つの殻を破る時期。
意識しようがしまいが、
次の段階へ
進まなければならない時でもある。
「新しい夢に向かって挑戦しよう」
「違う何かを見つけに行こう」
「もっと修行して人間的に成長しよう」等、
様々なテーマを考える。
いままでの自分から、
新しい自分になる。
それがこの3月という月の
大きな役目なのかもしれない。
もちろん、
新しい夢に挑戦する気分ではなく、
振り返る作業ばかりになる人もいる。
だが、それでも3月は新しい自分に
向き合うには、いい時期だ。
これから自分が何かやりたいか、
何がしたいかはっきりさせる。
そして、一歩踏み出す。
2019年の3月、
新しい自分がデビューする
かもしれない。
(今日のコトバ)
決断しないということは、
運命を誰かの手に
委ねるということだ。
人は、道を前にしたとき、
決断を迫られる。
右の道へ行くか。
左の道へ行くか。
元の道に戻るか。
ただ、そこに立っていながら、
迷っていると、
社会は、誰かが出てきて
行く道を決めてしまう。
右でも、左でも、
元来た道でもない、
誰かがいいと思う道へ。
もちろん、誰かが自分のことを
思って、いい道を
用意してくれることもある。
ただ、たいがいは誰かに
とっていい道を薦められる。
そして、考えもしないで、
その道を歩いていくと、
納得できないことに
突きあたることもある。
決断しなかった
自分がワルいのだが、
誰かのせいにもしたくなる。
だとすれば、
自分で道を選べる時、
決断して道を決める。
その意識を持って生きると、
少なくとも自分の歩いていく道に
納得はできる。
変な後悔をせずにすむ。
それだけでも人生は、
いい方へ進んでいる気に
なれるはずだ。
(今日のコトバ)
あなたはあなたの歌を
歌えばいい。
あなたの歌を
いちばんうまく歌えるのは、
あなたなのだ。
オリジナル、元祖、、、。
いちばん素になるものを
つくり出した人は、
やっぱり「初」の強さがある。
「初」をつくりあげたのだから、
二番煎じ、三番煎じ、
まがいものには負けない。
となると、
あなたという一個人も、
あなたというオリジナルでは
負けることがない。
早く見つけられた人を天才といい、
見つけられない人は凡人となる。
だからこそ、
自分のなかのオリジナルを
探して見つける。
得意だと思えるものを磨く。
そこに、自分の人生の未来が
大きく開けていく人と、
そうでない人の差が出る。
人生に明るい未来を
見つけたかったら、
自分のオリジナル見つけて磨く。
それが大切だ。
(今日のコトバ)
家族には、
家族にしか達成できなかった
世界記録がある。
人生の最古で最小で最高のチームは、
家族である。
否が応でも避けられないチーム家族。
その家族には、
世間からしたら
まったく記録に残らない
家族だけの素晴らしい記録がある。
家族にしか理解されないが、
世界のどんな記録より
素晴らしいもの。
子供が生まれる。
受験に合格する。
短距離走が校内一速い。
テストで満点をとる。
誰より出世する。
社長になる。
人助けをした、、、、、。
家族のまわりで起こった
家族内での新記録は、
すべてが世界新記録。
家族みんなの心の中に
忘れられぬ記録になる。
そう思うと、
家族は素晴らしいチームになる。
家族で起こった記憶が、
他の人々がたどり着けない
記録に変わる。
家族とは、
唯一無二のチームなのだ。
(今日のコトバ)
明日が何者だかわからないのに、
今日から怪物だと思う必要はない。
この先に起こることに
不安になって、
眠れないことがある。
ネガティブなシュミレーションを
繰り返して、
気分がどんどん不快になる。
失敗したイメージが先行して、
落ち込むことさえある。
明日が来るのが怖くもなる。
ただ、明日なんて来てみなければ
わからない。
誰もが経験上わかっていると思うが、
最悪の事態は避けられることが多い。
もちろん、
最悪の事態が起こることもある。
だが、それ以上に明日、
事態が好転することもある。
つまり、これから起こることで
一喜一憂してもしかたない。
起こる時は起こるし、
起きない時は起きない。
それよりは、今日のいまという時間を
大切に、最大限に生きる。
意識して、その気持ちをつくる。
それこそが、充実した人生をおくる
秘訣だと思う。
(今日のコトバ)
ころがって、
ころがって、
ころがり続けてきた道は、
やがて大空に舞い上がる
滑走路となった。
人生は、
ころがったり、
倒れたり、
傷ついたりしながら、
少しずつ強くなる。
例外として、生まれつき強い生き方が
できる人もいる。
だが、たいていの人は、
少しずつ経験を積みながら、
生きることに強くなる。
その強くなることが大事。
強くなることで
人生の道を切り開く能力を
身に着ける。
新しい挑戦もできる。
勇気がもわいてくる。
その経験が自分のマグマに火をつける。
だからこそ、人生にとって
痛い目にあう経験は必要。
もちろん、致命傷のような
痛い目は別として、
かすり傷のような痛い目は、
人生を強くする。
そう覚えていていいと思う。
(今日のコトバ)
扉をノックしなければ、
主は顔を出さない。
どこの世界へ足を踏み入れるにも
扉がある。
前を素通りするだけで、
あるいは、ウロウロするだけでは、
扉は開かない。
ノックしたり、
ピンポンを鳴らしたり、
とにかく、中にいる主に
会いに来たと意思表示を
しなければならない。
まず、そこからだ。
どんな世界でも
扉を開いてもらわなければ、
話ははじまらない。
ノックできないでいれば、
コミュニケーションは
はじまらないのだ。
だからこそ、
勇気を出してでも、
扉をノックしよう。
扉をノックする方法は、
いろいろある。
SNSを使ってもいい。
一人でなく、仲間とでもいい。
とにかく、自分が相手に知られること。
そこから相手に自分を認知させる。
まずは、扉を開けてもらおう。
(今日のコトバ)
人間は、
「正しい」と「正しい」で戦うから、
引き分けを生み出したのだ。
いろいろな意見、
いろいろな主張はあるけれど、
本人は自分が絶対正論だと思って
発言していることが多い。
なにも自分が間違っていると思って、
わざわざ声高に意見をすることはない。
議論と呼べる時、
どこかに自分の正論を持って、
あるいは、
どこかで自分が正論だと思って、
意見を発している。
自分も、相手も、
そして、世の中も、
正論を持っている。
だからこそ、
どっちが勝ちで、
どっちが負けといいきれない
結論もある。
引き分け。
勝敗はない。
この結論も、
人間が生きていく上で、
とても大切なこと。
人間が円滑なコミュニケーションを
行うために、
引き分けは必要なのだ。
(今日のコトバ)
人生は、
人が見つからなくて
迷子になるのではない。
自分が見つからなくて
迷子になるのだ。
迷う。
人生という岐路には、
たくさん迷子になる道がある。
迷って、迷って、迷って、、、。
いつも迷っているといってもいい。
標識を見つけてたい。
行く先を知っている人と
知り合いたい。
だが、人生はそう簡単ではない。
標識が見つかないこともある。
行く先を知っている人が
見つからないこともある。
そして、迷子になっているのは、
まわりの環境だけでなくて、
自分自身の問題でもあることに気づく。
自分がどこへ行きたいか。
自分がどうしたいかが、
不明瞭だと人生に迷ってしまう。
反対に、自分の行くべき道が明解だと、
どんな状況でも迷うことが少ない。
仮に迷っても、
迷う時間が少ないような気がするのだ。
だからこそ、
目的はしっかり持っていたい。
目的さえ定まっていれば、
行くべき道がまっすぐになる。
人生に迷わないために、
目的を持つのだ。
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