表情で相手を歓迎することから

(今日のコトバ)

 

顔が鎖国しているから、

あの人が入国できないんだ。

 

 

 

コミュニケーションの第一印象は、顔である。

笑顔で向かい入れてくれようとする人を、どうして怒れよう。

つきあいが始まって、何か問題があってもめることもある。

けんかすることもある。でも、それは心が開かれた後の話。

まず、新しい絆をつくりたいと思ったら、笑顔が必要だ。

表情が相手を歓迎すれば、相手もあなたを歓迎してくれる。

すべては、そこからスタートする。

そして、そのスタートの数が多いほど人生は豊かになるはずだ。

長い人生の道の休憩所

(今日のコトバ)

 

ずっと黙っていると、

心にいいたいことがたまりすぎて、

心が動かなくなる。

 

 

 

寡黙とか、無口とか、けして悪いことではないけれど。

「沈黙は金」などとというけれど。

花田のお兄ちゃんは黙っているから賢いというけれど。

ほんとうは、しゃべらないと人生の余分なものが心にたまってしまう。

余分なものが心にたまってしまうと、

喜怒哀楽を感じる心が動かなくなってしまう。

しゃべることは、一番簡単なストレス発散法。

その日一日のつらさは、仕事帰りの飲み会で、友人との長電話で、

喫茶店でのバカ話で、思いっきりしゃべってしまえば、

スッと消えてしまったりする(人の悪口には気をつけて)。

あんまりカッコつけずに、力を抜いて、

ストレートに気持ちを伝えられる。

そんな人や時間をもつことは、

長い人生の道の休憩所をもつことになる。

さあ、自分の心の扉を開いて、気分良くしゃべろう。

人生の埋蔵金がある限り

(今日のコトバ)

 

ひとりひとりの「いままで」という財産は、

ものすごいダイヤモンドだ。

 

 

 

戦いにのぞむとき、力を試されるとき、

人は自分の力量が不安になって、

プレッシャーという名の大津波にのまれてしまうことがある。

人は敵の幻想におびえて、

緊張感という血液の上昇に足元が見えなくなってしまうことがある。

でも、どうだろう。挑むのは自分で、

戦いの日だけで劇的に変わることはあまりない。

しかし、生まれてからその日まで培ってきた自分の中の財産は、

けして少ないものではない。いや、膨大な宝の山だ。

その人生の埋蔵金ある限り、人生の貯蓄がある限り、

戦える。負けることや苦戦することがあるかもしれない。

だが、立ち直れなくなることは絶対にない。

だって、いままで生きてこれたのも大変な道のりだったのだ。

人は全部覚えているとつらくなるから、

ほどよく忘れてしまう装置を内蔵している。

その忘れてしまったつらいことに最強の経験がつまっている。

追い込まれれば、からだが自然に思い出す。

自分を信じろ。これまで生きてきた力で自分新記録を更新しよう。

人は、強い精神をもった生き物なのだ。

わかりにくさに嘘がある

(今日のコトバ)

 

極めれば、単純になる。

 

 

 

技術を身につけるために、切磋琢磨し、熟練されたものは

すべからく単純になる。

世の中の技術・商品・行為で、

わかりにくく伝えられているものは、偽物と判断していい。

わかりにくくしていることで、人を騙し、心をあざむき、

悪い奴らが利権を得ようとしているのだ。

「これは私にしかできない」を疑え。

難しい言葉を使い、優しい笑顔で近づいてくる人物を疑え。

あなたが理解できなければ、きっと、嘘の何かが隠れているはずだ。

怒りよ、ちょっと待て

(今日のコトバ)

 

一秒おけ、一分おけ、一時間おけ、一週間おけ。

それでもダメなら一年おけ。

アタマにきたものは、みんなカラダから抜けていくから。

 

 

 

 

若い時ほど瞬間的に怒ることはなくなったが、

いわゆる「アタマにくる」という状況は、

毎日の生活の中で必ずあらわれてくる。

そして、この数えきれないほど「アタマにきた」ことによって

学んだことがある。それは、誰かに怒るとソンをすることだ。

例えば、激情した場合。

いままで築きあげた関係が一瞬で壊れ、二度と元に戻らない場合がある。

戻ったとしても、ぎくしゃくした付き合い方になってしまう。

例えば、勘違いの場合。

怒った後、得た情報が間違えだと気づき恥ずかしい思いをする。

面と向かって怒ってしまえば、すぐにアタマを下げて謝らなければいけない。

例えば、辞めてしまった場合。

あまりの怒りに行動を辞めてしまった場合、ゴールをみずにレースを終えてしまう。

完成を知らずに、達成感もなく、行動がストップするということは、

生きるテーマを失ってしまうことでもある。

それに引き換えトクをすることは、皆無に等しい。

あるとすれば、一瞬胸がスッとすることぐらいだ。

でも、その後の嫌悪感もまた覚悟しなければならない。

つまり、「アタマにきた」怒りをストレートにぶつけるのは

人生の停滞をまねいてしまう。人生で作り上げたものが無くなってしまう。

もっと前へ、もっと高く、夢へ挑みたいのなら、

ちょっと待って、ゆっくり待って、じっくり待って、

「アタマにきた」ものが去って行くまで辛抱すればいいのだ。

モジトルは美しい

英語でもなく、フランス語でもなく、

イタリア語でもなく、ハングル語でもない。

新しくて聞き慣れない言葉が約半年前、この世に生まれた。

モジトル。

西洋の書道といわれるカリグラフィーを、

斬新な現代の発想で表現するアーティスト集団の総称である。

基本的に西欧の歴史上の名言などを、

ダイナミックにビジュアル化していく芸術。

しかし、このアーティスト達は、個々の才能をいかんなく発揮し、

まったく新しい芸術として作品を発表している。

まずは、言葉。西欧の名言はもちろん、オリジナルの言葉も

作り上げ過去の財産に頼ることなく、未来に向けて想像の翼を広げている。

そして、カリグラフィー作品。イラストとも違う、レタリングとも違う、

美しさだけをキーワードに、アーティスト個々の作法で表現されている。

メディアが発達した弊害で、商業主義、マーケティングが徹底されたことで、

新しい表現を目にすることは少なくなったが現在、

モジトルの作品には新鮮に驚いてしまう。

さらに、モジトルのウェプサイトでは、写真家、ミュージシャン、

コピーライター、教師など様々な分野の賛同者とコラボレーションしている。

ともあれ、百聞は一見にしかず。

www.mojitor.comへアクセスしてほしい。

あなたに新しい世界が広がるかもしれない。

普段の中に真剣勝負を

(今日のコトバ)

 

勝ちぐせではない。勝負ぐせをつけておけ。

どんな時も平常心で戦うために。

 

 

 

勝ちたい、勝ちたい、勝ちたいと思うと気負って負けてしまう。

怖い、呑まれてる、不安だと思うと実力を出し切れず負けてしまう。

いずれにしろベストパフォーマンスができず、

思い通りの結果が出ずに終わる。

もっている能力を100とすると、きちんと100を出せずに

戦ってしまったことになる。

では、この100を出すためにどんな準備をしたらいいのだろう。

それは、常に本番の用意をしていることではないだろうか。

練習を本番の試合ように。受験の前の模擬試験を本番の入試のように。

社内打ち合わせを本番のプレゼンテーションに。

勝負は実力だけでは決まらない。政治の力で決まることもある。

談合の力で負けることもある。縁故の力で落とされることもある。

そして、運の力で左右されることもある。

社会に出れば、無敗で生きていくことできない。

でも、勝負なら自分の力を100%出し切って戦いたい。

ならば、普段の中に真剣勝負を持ち込もう。

本番をつくろう。場慣れさえしていれば、

結果はどうあれ、平常心をもって自分のベストで戦えるはずだ。

悲しいけれど冷静に、不幸だけどまっ白な

(今日のコトバ)

 

人間は、喪失感の中だけで真実がわかる。

 

 

 

失ったり、無くしたり、寂しくなったり、孤独を突きつけられた時、

今まで自分がいかに理想の形で成り立っていたかを、

純粋な気持ちで知ることができる。

あなたのまわりを彩るたわいもないこと、

近くにいてくれた人、あたりまえだった健康、

まとわりついて離れないペット、駐車場で毎日待ってる車などなど。

失うと、去っていったものを愛おしさだけを、

悲しいけれど冷静に、不幸だけどまっ白な気持ちで見つめ直せる。

真実は惰性や快楽にまぎれて、

その正体を隠していく。

だからこそ、何かを喪失した時に

正体をあらわす真実をしっかり把握しよう。

その経験は、本当に大事なことを大切にしようとする。

そして、きっとあなたが大切なものを失いかけた時、

この経験が生きてくる。

真実はここにあるよ、とあなたを導いてくれる。

リーダーの意識の下に

(今日のコトバ)

 

動かぬボスはいらない。

動くリーダーが必要だ。

 

 

 

席から一歩も動かない。口だけで何も実行しない。

職権を乱用して私腹を肥やしている。

あなたの部の一番窓側の席にもいないだろうか。

ボスという名の給料泥棒が。

一昔前、バブル以前の社会なら、

人より偉くなることは、人より楽をすることと、

勘違いしていたかもしれない。

しかし、グローバルスタンダードの世の中になった

現代では、ポストにつながろうとする社畜は、

まったく必要とされない。

仕事に対して自らが足を運び、自らが決着をつける

リーダーがいればいいのだ。

そして、リーダーの時代になったいま、

現場をまかされているビジネスマンのすべてが、

リーダーでありリーダーにならなくてはいけない。

考えようによっては、現代の方が上司の腰巾着になって

仕事をするより、よっぽどいい時代になったかもしれない。

外資企業の管理職がプレジデントの下に、

バイスプレジデントしかおいていないように、

現場とトップだけで構成される時が、もうそこまで来ている。

あなたもリーダーとなるべく日々研鑽すべきではないだろうか。

心があってありがとう

(今日のコトバ)

 

光よりも速く、太陽よりも暖かく、青空よりも優しいもの。

それは人の心だ。

 

 

 

感動とか、感激とか、感謝とか、恋なんかもそうかもしれない。

一瞬で震えたり、熱くなったり、穏やかになったりする、

心が動いて起こるあらゆるものは、

自然の世界では算出できない素晴らしさをもっている。

サッカー日本代表がワールドカップ出場を決めたゴールの瞬間に

襲ってくるマッハの速さの感動、感激。

感謝し嬉しくて、ありがたくて涙したときの震度8クラスの震え。

愛する人に告白するときの体温計では感知されない体温の上昇。

それらの心の動きの中にこそ、感情という動物が大勢住んでいる。

そして、心が動くことで、夢が生まれ、愛が育ち、

幸せを手に入れることができる。

心があってありがとう。人生は心のおかげで想像を超えておもしろい。