1の差

 

(今日のコトバ)

 

0が1になる差。

1歩目から2歩目に進む差。

99点が100点満点になる差。

たった1しか違わないのに、

別次元に

つれて行ってしまう1がある。

 

 

 

たった1の差。

だけど、決定的な差に

なってしまうことがある。

この1の差に人は全力を傾ける。

0だったものを1ついうカタチにする。

99点を100点満点にする。

もう少しいうと、

決議では49%と51%では51%が勝つ。

どちらかが1%多くとるかに

すべてを懸ける。

たかが1。されど1。

この1をつくるために

世の中があるといっていい。

そして、この1に

全力を傾けることができる人と

そうでない人の差が人生をつくる。

それだけは間違いではなさそうだ。

何度もトライする気持ち

 

(今日のコトバ)

 

人生はどんなに間違えても、

修正して答えを出せば正解になる。

 

 

生きていると、

間違えることばかりだ。

間違えないで正解することなど、

まずない。

ただ、人生は修正できる。

やり直しができる。

その結果、正解を導くことはできる。

何度修正しても、

何度やり直してもいい。

人生で正解にしたいものがあるなら、

何度でもトライすればいい。

「何度も」

このモチベーションがあるかないが、

正解の多い人生と

そうでない人生を分けていく。

もし、いま、

人生を正解の多い人生にしたかったら、

何度もトライする気持ちを持とう。

そして、実行しよう。

正解の多い人生に近づくはずだ。

できることで、できないことを解決する

 

(今日のコトバ)

 

できることの延長線上に、

できないことの解決法がある。

 

 

 

「難問に困った」

「できないことをどうすればいいか、

悩んだ」など。

その時、どう解決してきたか。

思い返してみると、

一つの方法にたどり着く。

それは、

できることをやり続けて、

できないことに取り組むこと。

勢いがあり、流れがよくなると、

何かのきっかけで難問を

突破できることもある。

できなかったことが

できるようになることもある。

もちろん、

簡単にできないこともある。

だが、解決法としては、

まったくできないことに

取り組むのではなく、

できることを続けていく。

すべての解決法になるかは

わからないが、

一つの解決法になるはずだ。

 

一つ失敗することに、成功に一歩近づいている

 

(今日のコトバ)

 

失敗は前進しているのに

そこから立ち上がれない人がいる。

その人だけが失敗した人なのだ。

 

 

何をやるにも

最初は失敗ばかりだ。

何度も、何度も失敗して、

成功に近づく。

ものすごく簡単なこと以外、

一度で成功することはない。

そう考えると、

失敗は成功へ向けての前進と

捉えることもできる。

繰り返した失敗は、

実は、1ミリでも、1センチでも、

前へ進んでいる。

そう捉えると、

失敗は大歓迎。

一つ失敗するごとに、

成功に一歩近づいている。

辛抱が足らなかったり、

焦ってしまうこともある。

だが、それでも自分にいい聞かせる。

「この失敗は前進。

成功に近づいている」と。

その気持ちで生きると、

何事にトライするにも

高いモチベーションで

挑めると思う。

昨日、今日、明日の役目

 

(今日のコトバ)

 

昨日の自分は

賞味期限切れであり、

明日の自分は

未完成品である。

 

 

 

昨日、今日、明日。

人生で意識しているのは、

大きくこの三日だろうか。

もちろん、生き方によって、

数年前、数年先まで考えることもある。

だが、リアルに大切な日はほぼこの三日。

そして、この三日ほど確実に意味合いが

違ってくる日もない。

昨日はもう戻らない日だし、

明日はまだ来ていない日。

現在進行形で動かせるのは、

今日という日だけ。

三日は大きく機能を変えてしまう。

さらにいうと、

この三日はたいがい連動性がある。

昨日までの作業が今日の自分をつくり、

今日の準備が明日の自分をつくる。

たかが三日。されど三日。

その日の役目を知って、

上手に三日を使う。

人生において大切なことだと思う。

「いまま」でが、「これから」に役立つ

 

(今日のコトバ)

 

それでも、「ここ」まで来たんだ。

これからは、そんなに怖くない。

そして、遠くない。

 

 

 

振り返ってみると、

大変なことがたくさんあった。

言い方を変えると、

大変なことを

乗り越えてきたともいえる。

その乗り越えてきたことは、

人生の財産になっている。

これからを生きるための

大きな道標になっている。

だからこそ、

未来へ希望を持っていきていける。

もっといい明日が来ると思える。

まだ未体験の今日たって、

しっかりした足取りで歩いていける。

今日を生きることに、

少し怖くても大丈夫。

いままでの人生の財産が役に立つ。

生きるためのマニュアルに

なってくれるはずだ。

自分と自分以外のもう一人がいる

 

(今日のコトバ)

 

一人では

立ち向かえないものがある。

だが、二人なら

立ち向かえるものばかりだ。

 

 

 

何かをはじめる時、

一人ではじめられないことがある。

決断できなかったり、

やる気が起こらなかったり、

まわりを気にしすぎたり、、。

だが、誰か一人が隣りにいれば

はじめられることがある。

「やってみたら」

「やろうよ」

「大丈夫」

「手伝うよ」など、

前向きな言葉をくれたら、

それだけで充分。

背中を押してくれる力は、

たった一人の力だけど、

計り知れない力になる。

自分と自分以外のもう一人がいる。

それが、どれだけの力になるか。

五人いようが、十人いようが、

百人いようが、

たいして力にならないことはあるが、

信頼できる一人の人がいれば、

自分の生きる道が変わるほどの力なる。

だからこそ、人生で大切な

一人のパートナーをつくる。

その結果、

自分の人生が揺るぎないものになる。

そのことを忘れてはいけない。

自分の居場所は大切

 

(今日のコトバ)

 

みんな人生の迷子に

なりたくないから、

自分の居場所をつくって

生きている。

 

 

会社でも、学校でも、サークルでも、

何か自分が所属するものを

持とおとする。

自然の流れのように

居場所をつくっているようだが、

明解なのは居場所がないと

自分の存在を証明することが

できないということ。

だからこそ、

ほとんどの人は、

自分の居場所をつくり大切にする。

もし、自分の居場所がなければ、

人生において迷子になってしまう。

どうしていいか

わからなくなってしまう。

そう考えると、

自分の居場所はとても大切。

生きてく上での

目標になるし道になる。

また、夢を叶える場所になると同時に

生きる場所であり、

いやしの場所になる。

自分の居場所は生きるための

心臓になる。

そのことを忘れてはいけない。

いい人でない時間をつくる

 

(今日のコトバ)

 

いい人をやり過ぎて、

自分にとっていい人に

なれない人がいる。

 

 

 

「いい人だな」と思う人がいる。

だだ、こうも思う。

「疲れるだろうな」と。

人に気を使ってばかりいて、

普通の人の何倍もの負担を

受けもっている。

まわりの人にとっては

ありがい人だが、

その疲れは想像を

越えた負担になるはずだ。

いい人は性格によることもあるから、

一概にすぐ止めた方がいいとは

いえないが、

できれば、

いい人ではない自分の時間を

ちゃんとつくることも大切。

気疲れしない時間をつくる。

リフレッシュする時間をつくる。

いい人をやることで、

自分が壊れては本末転倒だ。

いい人は、

いい人でない時間を

しっかりつくって生きていこう。

 

 

人は一人で生きていけない

 

(今日のコトバ)

 

一人の結論、

「一人では生きていけない」

 

 

 

コロナ禍になって

つくづく思ったことがある。

一人で生きることはできない、と。

もう少し詳しくいうと、

誰とも会わないで生きること、

誰とも話さないで生きることは、

人間にとってとてもつらいこと。

普段は、人との関係がわずらわしかったり、

面倒くさいと思うこともあるが、

コロナ禍のように

誰とも会わない状況が続くと、

一人でいるのはとてもしんどくなる。

孤独というか、孤立というか、

一人になる時間が増える。

人と接する時間がたくさんあって、

一人の時間が増えるのはいい。

だが、一人の時間が

来る日も来る日も続くと、

精神的にまいってしまう。

そんなことを気づたことも、

コロナ禍の教訓になる。

「人は一人では生きていけない」

だからこそ、平凡な日々に

しっかりとした人間関係を

つくっておく。

ただそれだけのことが、

とても大切なことに思うのだ。