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(今日のコトバ)
生き残ったのは、
ヒーローではなく臆病者でした。
向う見ずに、
無鉄砲に、
無謀に生きている。
端から見ると、
ちょっとかっこいい。
ヒーローのように見られる。
そんな人がまわりにいる。
ただ、このヒーローのような人は、
大概長続きしない。
心が折れたり、
生き方の方向が変わったり、
急にブレーキを
かけた人生になったり、
消息不明になったり、、。
反対に、
かっこいいところは
何もないけれど、
いつもいろいろな情報を
チェックして感度を高めている人。
一言でいうと臆病な人は、
どんな世界でも生き残る。
臆病者と呼ばれて、
かっこは良くはないが、
危機察知能力は抜群。
逃げ足が速く、
現場にいち早く到着する。
場所場所の空気をいつも読んでる。
そういう人は生き残る。
どちらがいいワルいではない。
ただ、この世知辛い世の中で
生き残りたいなら、
臆病に生きるという選択肢もあると思う。
(今日のコトバ)
この広い世界で
せっかく出会ったのに、
相手のいいところを知らないなんて、
思いっきり損をしている。
ほんとうに自分のそばにいる人の良さを
知っているだろうか。
毎日会っている。
良く話しもしている。
でも、ほんとうの良さを知らない。
そんなことが何度かあった。
それは自分が困った時、
いつも積極的には動かない人が、
すごい早さで動いてくれた、、。
意外に愛想は良くなかったけれど、
自分が失敗した時に
優しく手をさしのべてくれた等。
人は見かけによらないと思った時がある。
ただ、そういう時に、
もっとその人たちの
心のあたたかさを知っていれば
良かったとも思う。
知らない間は、
少し損した気分にもなった。
だから、
自分のまわりにいる人だけで
いいから、
その人を良さを知っておく。
反対に、日頃愛想が良くても、
ここぞという時に逃げる人もいる。
だからこそ、
ちゃんと人を見極める。
生きる上で、
いい人と出会うために
大切なことだ。
(今日のコトバ)
言葉は、
幸せにたどり着くまでの道を
照らしてくれる。
何はともあれ、
はじめに言葉ありき。
生きるためには、
言葉を使って人生を
切り開かなければならない。
もちろん、言葉以外の要素もある。
ただ、はじめは言葉からが多い。
だとすると、
その言葉の行方を幸せに設定すれば、
幸せに生きていけるのではないか。
幸せ=楽をする、楽しいばかりではない。
何が幸せかも人によって違う。
だが、幸せを目標設定にして
言葉を紡ぐ。
そこからはじめることが、
自分の人生を幸せに導くことになる。
まずは、
言葉から幸せに向かわせていこう。
(今日のコトバ)
いっぱい話してくれる人は
大切だけど、
いっぱい話しを聞いてくれる人は、
もっと大切。
おもしろくて、
楽しい人が
まわりにいてくれるのは
ありがたい。
いてくれることに感謝もしたい。
ただ、それ以上に大切な人がいる。
それは、自分の話しを
聞いてくれる人。
どんなことでもいい。
些細なこと、
とるに足らないこと、
世間話、、。
そして、肝心なことも、
自分が辛いときの話しも
聞いてくれる。
無理にアドバイスはいらない。
ただただ話しを聞いてくれる人。
そんな人が
自分の人生にいてくれると、
人生はより有意義になる。
人生はたった一度きり。
できる限り素晴らしいものにしたい。
そのために、
話しを聞いてくれる人が
自分のそばにいてくれることは
大切なことだと思う。
(今日のコトバ)
「いつか」
「こんどこそ」は、
いまのあなたには支配できない。
上手くいっていない時、
人はいう。
「いつか」とか、
「こんどこそ」とか、
「いまに見ていろ」とか。
その気持ちはわかる。
何とか現在の状況を打破して、
目標を達成する自分を伝えたい。
だが、これから先の未来は、
何も約束できない。
どうなるかはわからない。
伝えられるとしたら、
「いま」という現状だけだ。
その「いま」が上手くいっていないのに、
未来をどうだこうだは、
いうだけ空しいものになる。
もし、未来のことを発信するのであれば、
「いま」という現実で結果を出している、
実績を積み上げていることが大切。
未来のことは誰もわからなくても、
実績があれば、
「あいつならやるかも」と
耳は傾けてもらえる。
ただ、耳を傾けてもらえるまでだ。
結局は、未来のことは支配できない。
ほら吹きらならないように
偉そうに未来を語るのは
考えた方がいいと思う。
(今日のコトバ)
あなたがその場所に
気持ちよく座れるのは、
その場所をあたためてくれた人が
いたからです。
なぜ、自分に座る席があるのだろう。
仕事場、家、趣味の場など、
自分が座るべき席がある。
あたりまえのように
そこに座れるけれど、
なぜ座れるかを
あまり考えたことがない。
考えてみると、
自分の席に座るために、
必ず誰かが動いてくれている。
その上で自分が居場所として
わがもの顔で座っている。
そう考えると、
この席をつくってくれた人に
感謝せずにはいられない。
席をつくってくれた人、
自分を支えてくれた人がいるから、
自分の居場所がある。
だからこそ、その人達に感謝。
そこに座れるのはあたりまえではない。
肝に銘じて生きていきたい。
(今日のコトバ)
志の向かう方向が同じなら、
道は必ずつながる。
人生は道の選択の連続だ。
自分の行きたい道を、
意識無意識にかかわらず
選んでいる。
その途中で、
必ずといっていいほど、
出会うべき人に会っている。
もっというと、
同じ道なら並走するように
同じ道を歩く人がいる。
自分の道を歩いているのだが、
目的地が同じだと、
まわりに同じ道を歩く人がいる。
だからこそ、
自分で道を選択しても
一人ではないと思っていい。
孤立しなくていい。
ちょっと見渡して見ると、
誰かが横にいる。
前を歩いている人もいる。
アドバイスを受けていい。
助けを求めてもいい。
最終的に自分の道を
ゴールすればいい。
人生に同じ道を歩く人が
必ずいるのだ。
(今日のコトバ)
みんなにエールを
おくられているうちに、
あなたの夢を叶えよう。
タイミングというもがある。
いい波がきていると思う時もある。
チャンスだといえる時かもしれない。
その時、その勢いに
迷わず乗ってしまう。
躊躇せずに波に乗る。
自分が感じるだけでなく、
まわりも応援してくれる状況がある。
自分にとっていいタイミングは、
それほどない。
人生で数えるほどしか
感じることはないのではないか。
そのタイミングを
指をくわえて見ていたら、
人生のチャンスを見逃すことになる。
そう考えると、
自分にとっていいタイミングは、
絶対に乗るべき。
後のことは、
乗った上で考えればいい。
人生という限られた時間に
訪れたタイミングは幸運と思っていい。
だからこそ、必ずその幸運を捉える。
そのために、ためらわずいい波に乗る。
人生を素晴らしいものにするために
大切なことだと思う。
(今日のコトバ)
夢は、
生きるために
人生を駆けめぐる希望である。
夢って、何だろう。
眠った時に見る夢ではなく、
生きている時間に見る夢とは、
何だろう。
それは、自分の理想の頂点にあるもの。
「こんなことをしたい」と思う完成形。
何年かけても到達したいゴール、、。
いろいろな考え方がある。
ただ、その頂に希望があることは
間違いない。
何がとは具体的にいえないかもしれない。
だが、たどり着くと、
途轍もない幸福感を感じる。
自分の人生を肯定できる。
だからこそ、生きるために夢が必要。
生きていくから、夢がある。
夢があるから、生きられる。
どちらでもいい。
生きることと夢は一心同体。
人は生まれた瞬間から、
生きるために
夢が体をめぐっているのだ。
(今日のコトバ)
名前は、
年齢を重ねるごとに
ジャストフィットしてくる。
名前。
生まれた時から
人生が終わるまで付き合うもの。
もちろん、改名して
名前が変わる人もいる。
芸名やニックネームを名前として
使う人もいる。
その誰もが自分の象徴として
使う言葉のアイコン。
最初は、
名は体を表していなかったり、
違和感を感じる名前もあるが、
長く生きれば生きるほど、
名前と本人は一致してくる。
「名前通りな人間だな」とも
いわれるようになる。
だからこそ、
名前を大事にしたい。
自分を象徴する最初で最大の
言葉のアイコン。
アイコンを
大事にしないということは、
自分を大事にしないということ。
それは、自分に対して失礼だ。
名前という
一生付き合う言葉のアイコンと、
最高の関係で生きていこう。
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