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(今日のコトバ)
この道を歩いていくから
出会える人がいる。
そして、出会いたい人は、
この道のどこかに必ずいる。
正解の道って何だろう。
右の道か。
左の道か。
まっすぐの道か。
はたまた戻り道か、、、。
いろいろ考えるが、
結局、一つの結論にたどり着く。
「自分が選んだ道が正しい」と。
茨の道だったり、
紆余曲折していたり、
上り坂が続いたり、、、。
楽な道ばかりではない。
ただ、自分の選んだ道を歩くと、
必ず会うべき人には会える。
仮に、会えないという人は
避けているだけ。
どんな道でも自分の選んだ道なら、
目的地まで続いている。
その途中で会いたい人に
会わなければ前へ進めない。
目的地までの案内人、
目的地までの行く能力を
つけさせてくれる人など、、、。
目的地さえブレなければ、
必ず必要な人と会う。
そして、会えれば、
この道は正しい道になる。
だからこそ、
選んだ道を信じて
まっすぐ歩いてみよう。
その道は必ず自分にって、
正しい道になるのだ。
(今日のコトバ)
赤点、平均点、合格点だって、
頂点までの通過点である。
人生は、命果てるまで通過点。
一区切りはあるものの、
すぐに次の目標に向かって
生きていく。
だからこそ、あきずに生きられる。
人生が短いといわれるのは、
何年、何十年という長い時間を
あきずに生きるからだ。
あきなないということは、
次に目標があること。
目標がある限り、
すべては通過点であり、
終止符は打てない。
そんな、あきない人生を
みんな生きている。
あきないということは、
ひとつの幸せでもある。
つまり、人生を生きることは
幸せなことになる。
そんな人生を生きられることを
感謝したいと思う。
(今日のコトバ)
この場所が輝いているのは、
光があたっているからでなく、
人が輝いているからです。
なんとなく明るい。
あの場所へ行くと明るい気がする。
そんな気持ちになる場所がある。
決して、日の当たりがいいわけではない。
ごく普通の照度の場所なのに明るいと思う。
なぜ、明るいのかと考えると、
そういう場所には明るい人がいる、
楽しい人が集まっている、
活気あって人が生き生きしているなどの
共通点がある。
反対に、暗い場所も照度の問題ではない。
そこにいる人が暗かったり、
怖い人がいる場所だったり、
みんなが意気消沈している場所など、
人の問題が大きい。
つまり、人は光を放っている。
人が明るいことが、
その場所を明るくしているのだ。
だからこそ、
自分の生きる場所を明るくしたいなら、
明るく、楽しく、
活気に満ちた人を集める。
まずは自分から明るくしていく。
自分のいる場所を明るくするためには
忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
正しさだけで突破するな。
間違いだけで退散するな。
正解ってなんだろうと思う。
立ち位置が変わると、
正解は変わってしまうこともある。
人の数だけ正解があるものもある。
例えば、戦争だって、
国と国との正解の戦いともいえる。
我々の国の正解は、
他の国の正解ではない。
どちらも正解だが、
どちらも正解でないこともある。
自分の正解だけを正論にすると、
大きな間違いになる場合もある。
また、間違いたと判断したから、
何もかも止めてしまうこともあるが、
間違いもすべてが
ワルいわけではないこともある。
少し修正すれば正しくなることもあれば、
そもそも間違っていないことを、
知識がないだけで間違っていると
判断してしまうこともある。
だからこそ、
正しさだけで突破せず、
間違いだけで退散しないことが大事。
よく考えて、
よく観察して、
自分のやるべきことを決める。
その意識を常に持つことが大切だ。
(今日のコトバ)
この一秒を縮めるために三年かかった。
そして、この一秒を縮めることを進化という。
たった一秒のために、
たった一センチのために、
たった一グラムのために、
アスリートは命を懸けている。
オリンピック選手なら、
人生のすべてを懸けて、
この戦いに挑戦しているといっていい。
実は、この「たったへの挑戦」は、
人間という生きものすべてのテーマでもある。
毎日生きてる人も、
毎日働いている人も、
けして、一日で劇的に進化するわけではない。
アリの行進のように、
少しずつ、少しずつ進化していく。
昨日と今日では何も変わらないかもしれない。
だが、今日と一年後では、
圧倒的な差が出る。
その差のことを進化という。
誰もがその進化を目指して、
日々を生きている。
そのことを忘れてはいけない。
人間は、少しずつ進化する生きもの。
すべての進化は少しずつなのだ。
(今日のコトバ)
勤勉は、結局、無敵です。
どんなことでも、
一つのことを続ける。
あたりまえのことを、
あたりまえに続ける。
誰が何といおうとも、
妨害があっても、
あきることがあっても、
コツコツ続ける。
それは凄いことだ。
おもしろくないこと、
嫌なことなどで、
続けることが
できなくなりそうなこともある。
それでも続けるということは、
並大抵の意志ではないし、
強い哲学を感じる。
一言で表すと勤勉になるだろうか。
勤勉に続ける。
実は、それこそが、
どんな目標も実現できる最強の武器。
結局、勤勉に続けた者が
一番高みに届く。
人はみな勤勉が最強の武器であることを
知っている。
だが、人は勤勉に続けることを
どこかで放棄する。
人によってはあきらめてしまう人もいる。
そして、そこが人生の分岐点。
勤勉を続けられる人は、
目標に手が届くことが多くなる。
続けられない人は、
目標に手が届かなくなる。
どちらの生き方を選ぶか。
分岐点は自分で決めるのだ。
(今日のコトバ)
誇大広告で生きるな。
希少価値で生きよう。
「自分を大きく見せる」
出会う人に等身大の自分より、
あきらかに誇張して見せようとする。
そんな人を時々見かける。
自分もそうかもしれないと思う時もある。
では、自分を大きく見せる時とは
どんな時だろうか。
一つは、初対面の相手を威圧するために
必要以上に力んで大きく見せてしまう。
もう一つは、自分がイケてない時に、
イケてるとポーズをとってしまう時。
この二つが思い浮かぶ。
いずれにせよ自分の力が及ばないから、
なんとかかっこつけようと演出しているのだ。
本当に力があれば、
大きく見せる必要はない。
相手が怖くなければ尚更だ。
ただ、人間は臆病な生きもの。
なんとか大きそうに、強そうに見せて、
相手からマウントをとりたがるものだ。
だからこそ、
どんな時も自分が胸を張れるものを
持っている。自覚しておく。
そして、自分の価値を知っておく。
何をされても、何をいわれても
ブレない価値のあるものがある。
そこさえわかっていれば、
自分を大きく見せる必要はなくなる。
文字通り自信を持って生きていける。
まわりの人は、
誇大広告を見ようとしない。
希少価値が知りたいのだ。
そこを理解して生きていこう。
(今日のコトバ)
お互い様、お疲れ様、お蔭様。
人間にとって大切なものは、
「様」がついている。
「お互い様」
「お疲れ様」
「お蔭様」
生活の場面で必要な言葉。
「困った時は、お互い様」
といって、手を差し伸べたり、
手を差し伸べてもらったりしている。
「今日は、お疲れ様」
といって、仕事から解放される
言葉として定番に使われている。
「お蔭様で、ありがとう」
といって、誰かの支えに感謝する時
使われている。
生きる場面の節目節目に
使われる不変の言葉たち。
この言葉が人生で必要な言葉だから
不変なのだ。
だからこそ、
「様」をつけてリスペクトしている。
こじつけでもあるが、
人にとって、
人生にとって重宝な言葉たちなのだ。
だからこそ、
その言葉たちを大切に使いたい。
この言葉をしっかり使えれば、
人生はいい方向に向かっている。
そう思えるのだ。
(今日のコトバ)
明日、誰かにこびないために、
今日、全力を尽くして生きろ。
負い目がある生き方をしていると、
知らず知らずのうちに、
相手にこびてしまう。
必要以上に気を使ったり、
やたら下手に出てしまう。
心からそうしたいならいいが、
けして、本気ではない。
ただただ負い目をつくったから、
下手に出てしまう。
誰にでもあることだと思う。
自分が下手に出ることで、
負い目を解消しようとしている。
だが、負い目がなければ、
そんなことはしたくない。
だとしたら、
負い目のない生き方をすることが大切。
特に、大きな借りをつくることは避ける。
ギブ&テイクが通用しない相手なら、
尚更、もらうばかりではいけない。
そのために何をするか。
それは、日々、着実に生きる。
借金や必要以上に世話になることをしない。
自分が借りをつくらない範囲で生きていく。
そこさえブレなければ、
こびずに生きていける。
まず、人に借りをつくらない生き方を
実践しよう。
(今日のコトバ)
自分投資していない者に、
投資家は集まらない。
夢は自分だけでは叶えられない。
自分以外の人の力が大きく左右する。
では、自分以外の人が自分の夢に参画するには
何が必要だろう。
それは、
自分が夢に向かって研鑽していること、
自分が切磋琢磨して、
夢へ前進している姿勢を見せることが必要。
つまり、自分が自分に投資している様を
見せる。
夢に参画する人たちは、
ある意味投資家だ。
投資家は、
夢が実現すると思わなければ、
投資に躊躇する。
だからこそ、
夢を叶えようとする自分は、
研鑽を続けていくことが大切。
いま、自分に夢があって、
誰かのサポートが必要な人は
自分を研鑽し、
自分に投資する。
そして、進化する自分を見せる。
そこが一番大切になる。
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