相談は、お腹の満たされている時に

 

(今日のコトバ)

 

腹をみたさなければ、

腹を割って話せない。

 

 

 

上司に相談をしにいく時、

「昼飯の後にしよう。

その方がスムーズに話しが進む」

といって、昼食後に話しに行ったのを

思い出す。

午前中のお腹が空いている時間だと、

難しい顔になったり、

イライラしたりしていて、

ダメ出しされることが多かった。

反対に、昼食後、

お腹が満たされている時間に

相談に行くと、案外、

すぐにOKが出ることも多々あった。

極端なケースのようだが、

そんな上司が結構な数が

いたことは確かだ。

全体的な傾向としても、

昼飯前の会議は

シリアスになることが多った。

よく考えてみると、

自分においても

そうだったかもしれない。

午前中の会議では、

「それば違う、もう一度考え直そう」

といっていたのに、

昼食後はすんなりと

判断を下した気もする。

実は、これらは、

本人の能力・思考ではなく、

お腹の空き具合が

大きく影響しているのではないか。

人間の行動学的とか、医学的、

栄養学的とかはわからないが、

かなりの確率で、

昼食後の会議の方が判断が早く、

スムーズに進む。

もちろん、例外はある。

いつ行っても面倒くさい人はいるし、

判断の早い人もいる。

だが、おおむね大事な相談は、

お腹が満たされている時にすべき。

意外に当たっていると思う。

 

 

 

 

 

 

挑戦者は、無限の攻めの力を持っている

 

(今日のコトバ)

 

夢を追いかけている挑戦者は、

夢を手に入れた王者より

無限の力を持っている。

 

 

 

王者になると、

頂点に立つと、

攻めるばかりではなく、

守ることが必要になる。

挑戦者である時は、

後先考えず、

ただ限界まで攻めることを考えれば

良かったが、王者はそうはいかない。

自分のポジションを守ることが

最大のミッションになる。

王者は、その守るということが

弱点になることが多い。

挑戦者であった時の

無限の力を繰り出せばいい状況ではない。

どこかで、

「守らなくては」という気持ちが

無限の力にブレーキをかける。

そして、

人から「守りに入った」といわれる。

そこに、挑戦者のチャンスが生まれる。

挑戦者は、

守りに力を注がなくていい分、

攻めだけに集中できる。

だからこそ、何かに挑戦している人は、

その攻めだけの力を

最大限に発揮するよう意識すればいい。

それこそが、挑戦を成功させる大前提。

そして、最大の武器。

挑戦者は、無限の攻めの力を使うのだ。

正しい道を、精一杯、正々堂々と生きる

 

(今日のコトバ)

 

アタマは下げていい。

だが、決して目を伏せることなく

生きるんだ。

 

 

 

「腰は低く、志は高く」

昔、体育の先生にいわれたことがあった。

そのころは、ただ先生の説法のひとつだと

思っていたが、今になって思う、

ほんとうにそうだと。

腰が低く、志が高ければ、

たいがいのことは乗り切れる。

生きるために、

あるいは、目標に向かって進むなら、

このスローガンが精神の指針になる。

アタマは下げてもいい。

だが、決して目を伏せることなく生きる。

そのためには、

正しいと思う道を見極め、

精一杯、正々堂々と生きる。

そこが肝心。

ブレない気持ちになって、

一歩一歩進んでいく。

生きるために、

もっとも大切なことだ。

 

 

 

 

迷い続けて、成長する

 

(今日のコトバ)

 

迷うのが自由。

迷わないのが自信。

そして、迷ったり

迷わなかったりするのが自分。

 

 

 

人は、迷ったり

迷わなかったりして生きている。

迷い方も大きく迷うこともあれば、

小さく迷うこともある。

迷わずまっすぐに、

迷わず一気呵成に生きることもある。

人生は、

迷う迷わないの繰り返し。

そして、その繰り返しを重ねながら、

自分という存在を確立していく。

つまり、迷うこと迷わないことが、

自分を磨いていくことでもある。

だとすると、

大いに迷って、大いに揺れていい。

反対に、

迷わない時はどっしりしていればいい。

まっすぐ進めばいい。

その記憶が自分を成長させていく。

自分を大きくするために、

迷い続けることは、

大切な要素なのだ。

 

次の成長のための助走になる

 

(今日のコトバ)

 

迷路は、助走するのにちょうどいい。

 

 

 

人は、スランプになる。

煮詰まったり、途方に暮れたり、

人生の迷路に迷うこともある。

だが、スランプを抜けると、

迷路を歩いたことが、

成長するための礎に

なったことを覚る。

つまり、迷路も次の飛躍への

助走になっている。

そう思うと、スランプになることも大切。

この経験が必ずこの先の人生の

役に立つ。

いま、スランプだと思う人、

迷路に迷っていると思っている人は、

次の成長への助走と考えればいい。

人生にスランプは、

必要不可欠な時間なのだ。

未練は持ち出し厳禁

 

(今日のコトバ)

 

未練は、未来に持ち出し厳禁。

 

 

 

未来に

新しい挑戦する。

どんな小さなことでもいい。

一歩踏み出して夢へ挑戦する。

その時に、

未練は足手まといになる。

前へ行こうとする時に、

足を引っ張る。

心を鬼にしてでも、

未練は切る必要がある。

もちろん、記憶や財産になるものは

未来に持っていけばいい。

ただ、未練、後悔などの気持ちは、

余計に気を使い、

余計に力を使う。

夢を叶えるための

邪魔になりかねない。

だからこそ、

未練は、未来に持ち出し厳禁。

前を向いて夢に挑むのだ。

無記名になった瞬間、過激になる

 

(今日のコトバ)

 

一人一人はいい人なのに、

集まると過激なテロリスト集団に

なってしまう。

 

 

 

 

個人個人は、いい人ばかりだ。

話せばわかる人ばかり。

だが、集まると、

途轍もなく過激になる人たちがいる。

群集心理というものなのか。

特に、いじめの現場や思想活動になると、

急激に先鋭的になる。

「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」

という気持ちになるのか、

突然、恐ろしい行動も平気になる。

また、自分ひとりが正論で動くと、

まわりから非難されそうだから、

誰かについていくという

怖い群集心理もある。

いずれにしても、

自分が正しいと思っている

行動というよりは、

みんなと同じ行動をしてしまう。

より強そうなものの影に隠れる行動を

してしまう。

ただ、この群集で動いてばかりでは、

先頭が間違っていたら、

みんなで間違うことになってしまう。

こんなに怖いことはない。

みんなになった瞬間、

自分が隠れて何をしてもいいと

思ってしまう怖さ。

SNSでの無記名で

個人攻撃するのも似ている。

「人は、無記名になった瞬間、

過激に行動する」

そこが怖い。そこが危ないのだ。

だからこそ、

そのことを忘れないで生きていく。

自分を怖い人間に、

自分を怖い状況に

追い込まないための

大きな戒めだ。

 

 

白でもなく、黒でもなく、幸せに

 

(今日のコトバ)

 

白と黒の戦いばかりしていたら、

虹の架け橋なんてつくれやしない。

 

 

 

「白、黒、はっはりつけろ!」と

人はよくいう。

勝負事だと、勝ち負けがあり、

わかりやすく白星・黒星が

つくからいい。

だが、生きていると、

決して、白と黒では決着しない、

解決できないものがたくさんある。

引き分けだの、灰色裁定だの、

喧嘩両成敗だの、、、、、。

どうしても白と黒にはならない

ことばかりだ。

もっというと、

決着をつけないからこそ、

円滑に世の中が

まわっていることがある。

この先に進むために、

ここで勝敗をつけない。

むしろ、共同で作業することで

結果、すべてがいい方向へ進んだりする。

そう考えると、

人生、白でもなく、

黒でもなく生きることもありだ。

時に実力のなさ、

時に決断力のなさ、

時に優柔不断といわれても、

それも一つの生き方。

白でもなく、黒でもなく、

幸せになる生き方もあるのだ。

 

 

 

 

実現するという確固たる信念

 

(今日のコトバ)

 

夢が叶う人は、

夢が叶うと、

夢見たときから決めていました。

 

 

 

立志伝中の偉人もそうだった。

自分のまわりで

頭角を現す人もそうだった。

「夢が叶ったらいいな」という

願望ではなく、夢を叶えようと思ったとき、

もう夢が叶うと信じていた。

もっというと、

夢が叶うと決めていた人が多かった。

「できれば、、、」

「いいな、、、、」

「したい、、、、」とかの

言葉で考えるのではなく、

「なる」

「できる」

「決める」という

言葉で考えていた。

その夢設定の違いが達成までの

違いになっていた。

願望のようなあやふやなものではなく、

実現するという確固たる信念。

その差が達成できるかできないかの差。

いま、自分の夢を

達成しようとしている人は、

確固たる信念があるか、

自分の心と相談してみよう。

あるとはっきりいえる人は、

達成までの困難な道も

のり越えられる可能性が高い。

まっすぐ走っていけばいいのだ。

 

今日まで生きたことが満点

 

(今日のコトバ)

 

人生では、

欠点、失点、減点、赤点、

たくさんあっても、

今日ここに生きている限り

満点である。

 

 

 

 

いろいろな「点」と共に

人は生きている。

決して、得点ばかりではなく、

失点もたくさんある。

もっといえば、

欠点という欠けている点もあれば、

赤点という満たない点もある。

人生、減点されていく

ゲームの要素もある。

だが、得点だけでなく、

減点もたくさんあったけど、

今日まで生きているのだ。

ちゃんと自分のポジションがあって、

生きているのだ。

それは、どんな得点よりも凄いことだし、

どんな減点も帳消しにすることでは

ないだろうか。

言葉にすれば、満点。

今日までちゃんと生きていたら、

いろいろ問題があっても満点。

そう思っていいのではないだろうか。

人生は無数の戦いに参戦する。

その戦いを続けてこれた人は、

すべての点を満たしている。

人生を生き抜いたことが

素晴らしいのだ。