寄り添ってくれる人がいる人生にしよう

 

(今日のコトバ)

 

いつでも一緒に笑ってくれる人と、

泣きやむまで

一緒にいてくれる人がいれば、

人生はだいじょうぶだ。

 

 

 

人にとって、

いちばんの幸せとは、

何だろうか。

人それぞれ定義は違うと思う。

欲張りで大きな幸せを求める人があれば、

小さな幸せでも満足する人がいる。

幸せは目に見えない概念だけに、

人それぞれなのはわかる。

ただ、

一つの考えとしてこんな定義はどうだろう。

いつでも一緒に笑ってくれる人と、

泣きやむまで一緒にいてくれる人が、

自分のまわりにいてくれれば、

それは幸せといえるのではないか。

人の幸せは、

いちばん身近にいる人が

つくってくれている。

その人が、

自分の心に寄り添ってくれていれば、

こんなに幸せなことはない。

基本的なことのようであるが、

これができている人と

できていない人がいる。

そして、できている人は、

とても幸せな人生になっているはずだ。

いま、幸せが足りないと感じている人は、

いつでも一緒に笑ってくれる人と、

泣きやむまで一緒いてくれる人がいるか。

そこを考えてみて、

もしいなければ、

そういう気持ちいてくれる人をつくろう。

寄り添っくれる人をつくろう。

それが幸せへの近道。

素晴らしい人生を

生きるために必要なことだ。

嘘は真実の顔をする

 

(今日のコトバ)

 

嘘は、

嘘をついた者に

真実を連れて帰ってくる。

 

 

 

 

一つの嘘。

確信犯の嘘、

無意識の嘘にかかわらず

嘘は大きくなる。

人から人に伝わりながら、

話を盛っていく。

大きくなると、

それが真実のような顔をする。

そこからが問題だ。

真実のような顔をした嘘は、

真実かどうか調べられる。

その時、

真実ではないと思われると、

その発信者は誰かが問題になる。

どんどん元をたどられ、

誰が発信者かを突き止められる。

その発信者は真実ではなく、

嘘を発信しているとわかると、

発信者から人は去っていく。

だから、嘘は怖い。

ジョークで終わるような嘘はかわいいが、

人の人生をダマすような嘘は、

人として嫌われる。

そのことを肝に銘じて生きる。

人生にとって大切なことだ。

下積みは、上積み

 

(今日のコトバ)

 

下積みとは、

日のあたらない上積みのことだ。

 

 

 

下積みという言葉が

昔から気にかかっていた。

下に積む?

何をもって下に積むのか。

歴史の中でつくられた言葉だから、

いちいち文句をいっても仕方ないが、

それでも下積みはピンとこない。

では、どういう言葉がふさわしいか。

それはもう上積みでいいのではないか。

「あの人、あの時期、上積みしたから

今の成功がある」

「あの厳しい上積み時代があったからこそ、

この成果があらわれたのだ」と。

決して、下という言葉を

ワルい意味で使っているのではないことは

わかっている。

縁の下の力持ちという言葉もある。

ただ、人生においての修行時代を、

下積みというより上積みといっても

いいのではないか。

いつも、そんな気がするのだ。

「思い」を大切にして生きたい

 

(今日のコトバ)

 

思いつきで夢見て、

思いこみで愛して、

思いやりで生きる。

 

 

 

人は、「思い」で生きている。

その思いには、

いろいろな思いがある。

思いつき。

思いこみ。

思いやり、、、。

思いつきは、

発想の領域に「思い」があること。

夢だったり、アイデアだったりに

「思い」があって、その力を発揮する。

思いこみは、

信じる領域に「思い」があること。

愛することや信頼することに

「思い」があって、その力を発揮する。

思いやりは、

誰かの領域に「思い」を提供すること。

困ってる人や弱っている人に

思いがあって、その力を発揮する。

「思い」

言葉にすると簡単だが、

その「思い」の力がどう発揮されるかで、

人の力が大きく分かれる。

だからこそ、

「思い」を大切にしたい。

自分の「思い」がまっすぐに届くと、

生きることが嬉しくなる。

日々の暮らしにも張り合いが出てくる。

「思い」を大切にして生きたいと思う。

 

 

幸せと不幸のバランスを考える

 

(今日のコトバ)

 

不幸は、

幸せのしっぽをつかんでる。

幸せは、

不幸の足を踏んでいる。

 

 

 

 

自分が幸せであれば、

誰かが不幸になっている。

必ずしもそうといえない場合もあるが、

大概において、幸せの反対側には

不幸がある。

ということは、

自分の幸せを成立させるために、

誰かが不幸を

受け持ってくれているといえる。

誰かが辛い目、痛い目に合っている上に、

自分が幸せを満喫しているのだ。

そう思うと

幸せを一人占めしてもいけないし、

幸せの上に胡坐をかいてもいけない。

もっというと、

幸せに感謝しなければいけないと思う。

反対に、

自分が不幸な時に、

誰かが幸せな状況を生きている。

そう思うと、

不幸であることが

すべてワルいことではない気もしてくる。

もちろん、自分で抱えきれない不幸もある。

できるだけ不幸になりたくないとも思う。

ただ、それでも、

自分が不幸をなっていることで、

誰かの幸せに役立っている。

そう思うと、幸せと不幸には、

バランスがあって、

行ったり来たりしながら、

人生はつくられているともいえる。

そのバランスを理解して、

上手に生きられると、

人生に抑揚が生まれて、

大きな気持ちになれる気がする。

幸せと不幸のバランスを一度、

ゆっくり考えてみてもいいと思う。

 

 

 

傷は自分オリジナル、誰も持っていないデザイン

 

(今日のコトバ)

 

 

生きてきた傷はかくさなくていい。

あなたが世界に誇る

最高のデザインになる。

 

 

 

カラダに、ココロに、

人は傷を負いながら生きている。

小さい傷、大きい傷、

いろいろあるだろう。

時に、その傷をかくして生きたいと思う。

かくすことはワルいことではない。

見せたくない傷もあるだろう。

ただ、傷は自分が生きていくために

つくった、いわば勲章。

決して、批判されるものではない。

傷があることは、

懸命に生きた証でもある。

もっといえば、

ひとつひとつの傷は自分オリジナル。

他の誰も持っていないデザイン。

唯一無二なのだ。

そう思うからこそ傷は自分の誇りになる。

いま、傷をかくして生きている人は、

一度、立ち止まって考えてみるといい。

その傷がほんとうにかくすべきものか。

否か。

傷を誇りにして

生きていけると思えれば、

人生は素晴らしいものに

なっているはずだ。

前向きな気持ちつくって生きる

 

(今日のコトバ)

 

深刻な顔は、

苦しみの押し売りになる。

 

 

 

ある車メーカーの社長が

幹部社員に伝令を出した。

「深刻になるな、真剣になれ」と。

新型コロナで委縮する社員に

メッセージをおくったのだが、

まさしくそう思う。

気持ちが深刻になると顔に出る。

ネガティブな気持ちが表情になり、

それが伝播する。

まわりのみんなが深刻になり、

まわりのみんながネガティブになる。

それではいけない。

こんな時こそ、表情は明るく前向きに。

強引にでもいいから笑う。

気持ちが前向きになれば、

いい発想も浮かぶ。

深刻な状態からも

脱出できる可能性が広がる。

もちろん、

そう簡単ではないことはたくさんある。

それでも、

気持ちを前向きにする努力は大切。

早くこの状況から立ち直るために、

前向きな気持ちをつくる。

生きるために必要なことだ。

時間という大切な記録が、人生という大切な軌跡をつくる

 

(今日のコトバ)

 

若者にとって未来は、

ただでもらえる試供品。

年寄りにとって未来は、

数少ない貴重品。

 

 

 

年を取れば取るほど、

人生の持ち時間が短くなる。

一日一日がとても大切になる。

反対に、若者にとっては、

人生の持ち時間は無限に感じられる。

明日は永遠に来る気がする。

だが、ほんとうは年寄りでも、

若くても、時間は貴重。

若ければ若いほど、

何でも挑戦できる分、

全力を尽くして

やらなければならないことが

たくさんある。

年寄りにしても

何を残すかを考えたら

ムダにしていい時間などない。

そう考えると、

いつの時間もムダにできない。

時間という大切な記録が、

人生という大切な軌跡をつくる。

そのことを忘れてはいけない。

「ありがとう」は、魔法の言葉

 

(今日のコトバ)

 

バカヤロウに、ありがとう。

サヨナラに、ありがとう。

ダイキライに、ありがとう。

ありがとうという言葉には、

どんな言葉もケンカできない。

 

 

 

嫌な気持ちになることがある。

不愉快な言葉を投げかけられて、

腹が立つこともある。

ただ、ケンカはしたくない。

関係を途切れさせたり、

コミュニケーションのとれない

状況もつくりたくない。

そんな時、

魔法の言葉がある。

「ありがとう」

という言葉を、

面と向かってはっきりいう。

例えば、バカヤロウと怒られても、

「こちらの間違いを教えてくれて、

ありがとう」と返せば、

相手の怒りは治まる。

サヨナラと別れをいわれても、

「いろいろ貴重な経験ができた、

ありがとう」といえば、

別れた相手も悲しい気持ちだけで

去ってはいかない。

ダイキライといわれたって、

「そういわれることで

気づくことがあった、ありがとう」

といえば、ダイキライという感情から

違った一面も感じてくれる。

「ありがとう」

たった一言だけど、

相手の感情を一気に落ち着けられる言葉。

もっというと、一気に平和にできる言葉。

そんな言葉を

常に自分のボキャブラリーリストに

入れておく。

それだけで、人生はうまく動き出す。

素敵な生き方ができるはずだ。

 

 

未来に不安になることは、もったいない

 

(今日のコトバ)

 

起こる前の心配は、

未来のムダ遣い。

 

 

 

未来に起こることに対して

不安になる。

考えれば考えるほど、

不安が大きくなって、

不安と闘う時間が長くなる。

ただ、この不安は何も解決しない。

不安な時間が、

ネガティブな考えの時間をつくったり、

手を止める時間を増やしたり、

足を止める時間を増やしたり、

人生の時間をプラスにできなくする。

そう考えると、

未来に不安になることは、

もったいない。

もっと前向きな時間に費やすことが

人生にとって有意義だ。

もちろん、途轍もなく大きな課題が

近い未来に待っていて、

不安になることもある。

だが、それでもなるべく不安から

意識を逸らすべき。

途轍もない未来でも、

想像するよりひどいことは、

そうそう起こらない。

人生を振り返ってみればわかる。

不安の先に、

どうしようない未来が起きたことなど

なかったではないか。

だからこそ、

せっかくの人生の有意義な時間は

前進するために使う。

その気持ちが大切だ。