笑顔は自分の株を上げる

(今日のコトバ)

 

株を上げるために、景気のいい顔からはじめよう。

 

 

「景気は、気」という言葉がある。

ほんとうにそれだけで決まってしまうかは、

さておき、人間関係の上で、

笑顔を常に送り続ける人は、

まわりの人間も気持ちよくする。

結果、自分の株を上げることになる。

反対に、不景気な顔というか、

不機嫌な顔ばかりしていると、

まわりは自然に避けていく。

結果、自分の株を下げてしまう。

どうせ生きるならどちらがいいか。

自分の株を上げることがいいか、

自分の株を下げることがいいか。

たった、笑顔にするだけで、

自分の状況が変わる。

笑顔で近づいてくる人間に、

不快感は持てない。

もちろん、その人となりを知っていて、

痛い目にあっていたら笑顔をつくっても無駄だ。

だが、たいがいは笑顔でコミュニケーションを

とれる人の印象はいい。

だとしたら、いつも笑顔を忘れない。

意識して実践するだけで、デメリットはない。

笑顔は自分の株を上げる武器なのだ。

驚かそうとして楽しんでいる

 

(今日のコトバ)

 

天才は、突然の使い手である。

 

 

 

人には、いろいろな才能がある。

特に、天才といわれる人は、

人より段違いに凄いことができたり、

人より習得能力が優れていたり、

人よりアドリブが秀でていたり、

人とまったく異なった力を発揮したりする。

ただ、どの天才という才能も、

驚かすという能力が含まれているような気がする。

人をあっといわせる力、

凄い!と認めさせてしまう力を発揮する。

もちろん能力が次元違いだから、

そう感じてしまうのかもしれない。

だが、少し考えてみると、

その能力を養う時に、

驚かせようという気持ちがあるのではないか。

さらにいえば、驚かせようという気持ちの先で

楽しんでいる。

スポーツの天才アスリートが、

試合の時、「楽しもうと思う」というのも、

あながち嘘ではなく、本当に楽しんでいる気がする。

また、仕事の天才、アートの天才等、

あらゆる天才は驚かせるために楽しんでいる

のかもしれないと思うのだ。

もちろん、それこそ何の才能もなく、

何の努力もせず、楽しんでいるだけで、

天才という領域にたどり着くことはできない。

だが、本当に天分の才能を発揮するためには、

驚かそうとして楽しんでいる。

才能の上に、その気持ちがあるような気がある。

天才は、驚かせるために楽しんでいるのだ。

 

 

いまいる場所が最高の場所

(今日のコトバ)

 

いまを生きるこの場所をライトアップせよ。

 

 

 

「ここじゃない。

ここが自分の生きる場所じゃない。

もっと素晴らしい、もっと自分にふさわしい場所が

どこかにある」

そう思って生きている人もいるだろう。

ただ、その場所がどんな場所であっても、

いまいる場所より、いい場所とは限らない。

仮に、いい場所だとしても、

そこで自分の力を発揮できるとも限らない。

では、ほんとうに力を発揮すべき場所はどこだろう。

それは、間違いなく、いまいる場所だ。

いまいる場所で力を発揮できなければ、

評価はされない。

もっというと、いまいる場所こそ、

力を発揮するのに最大かつ最高の場所であるはずだ。

その場所の環境に慣れている。

その場所の機能を知っている。

その場所の強みを理解している。

考えれば考えるほど、

自分にとって最適な場所といえる。

ただ、自分の置かれている状況や

人間関係等、様々な要因が最適な場所と

思えない気持ちにすることもわかる。

難しい問題だ。

だが、間違いなくいえるのが、

いまいる場所は、自分が選んだ場所。

力も発揮できるはずだった場所。

だとしたら、その場所で、

全力でやれるだけのことをやって、

自分の力を出しきってみることが必要だ。

もうこれ以上できないというところまで

やってみる。

もしダメだったら、

他の場所のことを考えればいい、

いまいる場所は、頑張っている人間に

それほど冷たい扱いをしないことが多い。

自分の気持ちを、もう一度リセットして、

いまいる場所で力を発揮してみる。

やってみる価値はあるはずだ。

明確な目標と集中力

 

(今日のコトバ)

 

狙撃手は、獲物なき標的に銃を向けない。

 

 

 

目標が決まれば、

どうしても達成したい目標が決まれば、

ブレずに集中して前進できる。

ただ、目標があやふやだったり、

いやいやな気持ちになる目標をつくられると、

集中して物事に取り組めない。

集中していないから、

時間もかかり、着地点もズレる。

目標がわかりずらいと、

なんとなく、ゆるんだ状況が続いてしまう。

自分がもし、

最高の時間の使い方をしたいと思ったら、

目標をできる限り明確にすることだ。

さらに、できれば、自分のしたいこと、

自分のやりたいことであると、尚可。

自分の人生において、

大きな結果を出す時、大きな成長を感じる時、

必ず目標が明解な時と一致する。

もう一つ要素があるとすれば、

しっかりと集中できた時でもある。

人生の持ち時間は限られている。

その時間の中で狙撃手のように的を撃ち抜くには、

明確な目標と集中力が必要。

そこに人生飛躍のポイントがあるのだ。

 

幸せをつくる

 

(今日のコトバ)

 

そんじょそこらにある幸せも、

命がけで手にした幸せなんだ。

 

 

 

他人の幸せは、はたで見ていると、

自然に、難しいことなく、

日々の生活の中にあるように思える。

親と子供が公園で遊ぶ風景、

家族で焼肉をつまむ風景、

手をつないで歩く恋人たちの風景等。

ぐるっと地元を一周すれば、

一つぐらいは幸せのカタチを見ることができる気がする。

反対に、不幸のカタチのようなアクシデントは、

そうそう遭遇するものではないし、

あえて自分たちの恥部を人前に見せようする人もいない。

ただ、幸せに生きようとしている人は、

みんな幸せのために頑張っている。

まずは、給料を稼ぐために、

不愉快きわまりのないことをしているし、

ストレスの正体の大部分は給料のためだったりする。

誰かが、「給料はガマン料だ」といったが、

うなずける部分もある。

また、平和な関係を維持するために、

頭を下げたたり、黙ったり、

自分の気持ちと裏腹な行動をとる人もいる。

さらには、幸せな暮らしに見せかけるために、

見栄を張った演出をしてしまう人もいる。

もちろん、ほんとうに幸せで、

ほんとうに楽しくてしかたない人もいるだろう。

だが、たいがいの人は、

幸せのために人生の時間を多くかけている。

人の人生はいろいろだ。

幸せなど考えずに生きることもあるし、

危険なことに手を出す人もいる。

ただ、やっぱり幸せに生きるには、

それ相応の努力がいる。

そして、幸せになるために頑張る必要がある。

そのことを忘れてはいけない。

 

可能性を掘りきる

 

(今日のコトバ)

 

未知数をマイナス成長させてはいけない。

 

 

人には、可能性がある。

大きい可能性、小さい可能性、探してみれば、

必ず何かしらあるはずだ。

ただ、その可能性に気づかない人がいる。

あるいは、気づいているが可能性伸ばそうと

しない人がいる。

気づかない人は、はじめから、気づこうとしない。

大概、現状に満足して、新しい自分への挑戦を

しようと思っていない人が多い。

だから、可能性に気づく必要もない。

また、気づいているが

何もしようとしていない人がいる。

単純に、なまけ者で、切磋琢磨することが面倒くさいと

思っていて、一歩踏み出すことをしない人。

両者共、とてももったいない人生だと思う。

人生は、自分の可能性があるもの、

自分の得意分野であるもので生きることが

いちばん楽しい。有意義に生きていける。

自分の可能性を掘らないだけで、

人生にどれだけ差が出るか。

計り知れないものがある。

ちょっと考えてみると、答えが出るはずだ。

この先の人生、自分の能力が大きく発揮できる人生と、

まったく発揮できない人生と。

選択するのは、自分自身。

人生の短い持ち時間の中で、

どう生きるかは自由だ。

そこで、自分の可能性を掘りきらない人生は、

もったいないこと、この上ない人生なのだ。

 

 

基準は温かさ

 

(今日のコトバ)

 

人の手の大きさより、人の手の温かさを信じよう。

 

 

人の力って、何だろう。

いろいろな場面で、人の卓越した能力を

感じることがある。

各分野によっても、

素晴らしい能力を発揮する人がいる。

すべてが力だし、優れた能力だ。

その力の中で、人を助ける力も

大きな力だ。

「ここまでなぜ他人にできる」という

人の助けてくれる、人の優しくしてくれるが

もっとも力を感じる。

世の中は、財力だったり、規模の大きさだったり、

肩書きだったりで、

守られていると思っていることが多い。

それもまったくないわけではない。

だが、本当に自分にとって役立つ力は、

人を助ける力をもっている人、

温かい気持ちを持っている人なのだ。

いま、世の中の仕組みにのみこまれ、

人の温かさに気づかない人は、

身のまわりにいる人を、

財力、規模の大きさ、肩書きでなく、

本当の優しさで判断してみよう。

本当の行動で判断してみよう。

少しだけ人の温かさがわかるはずだ。

 

生きた時間の最長記録

(今日のコトバ)

 

昨日より大切なものを今日は持っている。

 

 

 

今日という時間は、どれだけ貴重だろう。

忙しく生きていると、つい、忘れてしまう。

いつもと変わらない日々を過ごしていると、

やっぱり忘れてしまう。

今日という時間が、いかに貴重かは、

例えば病気をした時に気づく。

体調が悪いと、体調が良かった時間が

いかに素晴らしい時間であったかがわかる。

早く、あの体調のいい時間に戻りたいと思う。

戻すために、今日何をしなければならないか

考える。

また、苦しく辛い時間を送っていると、

今日という日に何とか好転させようと努力する。

昨日よりいい今日にしようとする。

さらには、今日、試合の大一番があるとか、

人生を左右する試験があるとか、

ビッグビジネスを獲得するプレゼンがあるとか、

ほんとうに今日が大切な日なることがある。

ただ、何もなくても、

今日を生きることほど貴重なことはない。

なぜなら、今日は生きた時間の最長記録の

一日になる。

自分史上最長記録の一日なのだ。

人生でいちばんキャリアのある自分が、

ここにいるのだ。

そう考えると、今日はやっぱり貴重なもの。

大切にして、し過ぎることはない。

人の人生は、一日一日の積み重ね。

その重ねた頂点にあるのが、今日。

貴重な時間として、

愛しく付き合っていくことが大切なことなのだ。

 

 

気持ちの切り替えでリセットする

(今日のコトバ)

 

散らかった気持ちのままで、夢はつかめない。

 

 

 

 

集中できない時は、

何をやっても上手くいかないことが多い。

どうにかしたいと思っているのに気持ちがのらない。

のらないのに、あれやこれや手をつけてしまう。

つまらないことに気をとられ、

気持ちが散漫になってしまう。

そんな時は、一回、気持ちを切り替える必要がある。

時間がある時には、休んで、まったく今の課題を

忘れてしまう。

遊ぶでもいい。眠るでもいい。

好きなように時間を使えばいい。

また、時間がない場合は、

同じことを繰り返し考えても、

ムダな時間を過ごしてしまうから、

一度、気持ちを切り替えるために違うことを考える。

少しの時間でいい。違うことで頭をリセットする。

つまり、気持ちが散らかっている時は、

気持ちを切り替えることに専念すればいい。。

目的に向かって前進しようとする時、

気持ちが一つにならないと、

どうしても進みづらくなる。

そのことを忘れてはいけない。

 

人生経験という財産

 

(今日のコトバ)

 

どこかで会ったような今日が必ずあるから、

不安にならなくていいんだ。

 

 

 

人間は、人生という膨大な財産を持っている。

荷物にならないから、どのくらいか実態は

わからないが、その財産は途轍もないものだ。

いちばんわかりやすいのが経験。

生きるために、何かしていく必要がある。

その時、自分で考えれば、答えが出る。

答えが出るということは、

自分の財産になっているのだ。

もちろん、簡単に答えが出ないものもある。

どれだけ生きても、まったく新しい挑戦もある。

ただ、自分の頭の中の記憶を探すと、

たいがいのものが見つかるはずだ。

そう思うと、いま自分がかかえている課題も、

自分の財産を探し出せば、

見つかる可能性が高い。

解決法という答えは、

人生のどこかに潜んでいる。

もっといえば、自分で解決できない課題でも、

自分の長年培った人脈ネットワークを使えば、

なんとか解決できることもある。

だからこそ、いまかえている課題に

押しつぶされる必要はない。

人生経験を駆使すれば、

どこかに解決法は見つかる。

今日の課題は、昨日までの過去のどこかに

経験してきたもの。

決して、怖れることも、あわてることもない。

自分の力を冷静になって発揮すれば、

解決できるものばかりなのだ。