自信の言葉力

 

(今日のコトバ)

 

自信を持った時の言葉は、

いい声量になる。

 

 

言葉には力がある。

そんなことわかっているが、

いちばん力を感じるのは、

どんな時だろう。

いろいろな場面があると思う。

声が大きいだけで力を

感じることもある。

言葉遣いが上手だから

力を感じることもある。

ただ、人が自信を持った時の言葉は、

違った次元の力を発揮する。

自信という心の底からの力が

いい声量になる。

その声量が力になって、

人への説得力になる。

誰もが感じることがあるだろう。

自信を持った時の言葉力。

まわりの人においても、

自分においても言葉が力を持つ。

だからこそ、

何かを伝えたい、

何かを説得したい時は、

自信を持ってから話しをしよう。

人に自分の言葉が理解されることは、

人生で大きな喜びの一つなのだから。

結末が毎日変わる舞台

 

(今日のコトバ)

 

人生とは、日々、

結末が変わっていく劇場である。

 

 

どれだけ生きても、

どれだけ平凡な日が続いても、

今日という日はみな違う。

何か新しいこと、

予想だにしなかったことが起こる。

だから面白い。

生きるのにあきないともいえる。

もちろん、出来事が大き過ぎて

抱えきれないこともある。

平凡でない日もたくさんある。

だがそれでも、

日々変化があるからこそ、

生きる意欲が湧いてくるのだ。

人生は自分が主役。

そして、毎日結末が変わっていく

日常という舞台を生きていく。

そう考えると、

少し生きる勇気が湧いてくる。

もっと前進したい気持ちになれるはずだ。

 

全力が可能性を生む

 

(今日のコトバ)

 

全力を尽くして残った「悔しい」。

それこそが可能性に生まれ変わる。

 

 

ワールドカップ。

世界一を目指して戦った日本代表が

ブラジルに敗れた。

本当の差はわからないが、

過去の日本とブラジルとの差より、

圧倒的に縮まったように思う。

少なくともブラジルをあわてさせたし、

明らかに優勢な時間もあった。

選手たちも、サポーターも、

「勝てる」と思ったはずだ。

だけど勝利はブラジルに微笑んだ。

選手は悔しいと思う。

全力で挑んだだけに記憶にも

大きく刻まれるだろう。

ただ、こうも思う。

本気で、

全力を尽くして

叶わなかった時の「悔しい」は、

一瞬で可能性に変わる。

その悔しさが意識に火をつけ、

夢を、目標を叶えようとする。

そう考えると、

全力で挑んで

その結果が良くなくても、

必ず次の可能性になると信じていい。

とにかく、夢や目標が生まれたら

全力で取り組む。

そこに可能性が生まれることを

忘れてはいけない。

まずは一歩、とにかく一歩

 

(今日のコトバ)

 

はじめの一歩に、無駄足はない。

 

 

どこへ行くにも、

はじめの一歩はある。

そして、その一歩はとても大切なもの。

行くべき場所への方向を示すものだし、

意志の現れでもある。

仮に途中で変更しても、

変更する場所までの一歩になる。

だからこそ、

何か意志を持ったら、

とにかく一歩を踏み出してみる。

踏み出してみれば見える景色もある。

正しいか、行けるかを知るためにも、

一歩を踏み出すことが大切。

人生は短い。

たくさん一歩踏み出し、

自分の可能性を広げてみる。

一歩が思わぬ道に進み、

大成功の人生を歩めることもある。

まずは一歩。とにかく一歩。

そんな気持ちで生きていこう。

勇気は人生を大きく切り開く

 

(今日のコトバ)

 

勇気はいつも心の先頭に立って

準備している。

後は、心の扉を開くだけだ。

 

 

誰でも勇気を持っている。

その勇気を振り絞るか、否か。

それだけの差だ。

もっというと、

勇気はいつも準備している。

後は飛び出すだけの話しだ。

ただ、その勇気の司令塔である意志が

勇気を使うか、

勇気を使わないか、

常に判断している。

意志がGOを出さないと、

勇気は飛び出すことをしない。

だとすれば、

強い意志を持って

勇気を使うことが大切。

なんでもかんでも勇気が必要ではない。

ここぞという時、

勝負できる勇気。

そのために強い意志を持つ。

意志はやるべきことをやる時に、

一歩踏み出す姿勢。

やるべきことは何か。

自問自答して答えを出す。

その答えが出ると勇気は飛び出す。

そして、勇気は人生を

大きく切り開くのだ。

大人の前に人間

 

(今日のコトバ)

 

「まだそんなことやっているのか」と

いわれるぐらいの未熟さを持って

生きていきたい。

 

 

大人になればわかる。

大人って、そんなに大人ではないことを。

仕事をして、社会の歯車として

組み込まれ、本意でないものの

わかったふりをして生きている。

できる、できないかかわらず、

とにかく、やる。

いいか、ワルいかにかかわらず

やらされてしまうこともある。

やらされてしまうことをやるのが、

大人なのかもしれない。

ただ、人生は仕事だけでない。

大人のふりをすることばかりではない。

「まだそんなことをやっているのか」と

いわれるぐらい羽目を外してもいい。

まだまだ未熟、

まだまだ未完成であっていい。

世の中の大人という概念を

とっぱらって

生きるから人間でいられる。

大人の前に人間。

そういう気持ちで生きていこう。

悩むことは、前向きなこと

 

(今日のコトバ)

 

悩んでいるということは、

少し荷物を持って前進することです。

 

 

人生は、いろいろなことで悩む。

些細な問題、大きな問題、

日々の問題、過去の問題、

未来の問題、たくさんある。

ただ、悩むというと停滞していて、

躍動感は感じられないが、

本当はそんなことはない。

悩むということは、

自分の前にある課題を

何とかしようとすること。

これからの人生を良くしようと

アレコレ思考を巡らせることでもある。

そう考えると、

悩むということは

ポジティブなことでもある。

対策、解決を考えている状態と

定義すれば、悩むこともワルくない。

だからこそ、人生の時間の中で

大いに悩んでいい。

ただ、長く悩み過ぎると、

しんどくなるから、

ある程度、期間を区切って悩む。

それぐらいの気持ちで生きていこう。

言葉遣いは可能性を広げる

 

(今日のコトバ)

 

言葉遣いは、魔法遣い。

 

人は無限の可能性を持っている。

その中で意外と身近で優れた可能性、

それは言葉遣いだったりする。

言葉を丁寧に使うだけで、

思考を正確に届ける可能性が高まる。

目標を達成するための道程が

前進する。

着実に工程を進められる。

もっというと、言葉を自在に使えると、

想像を超えて、素晴らしい結果、

あるいは、

最高の状態を手に入れることができる。

だからこそ、

言葉を大切に使う必要がある。

人生を望み通りにするために、

人生の大願成就をするために、

自分を大きく変えるために、

言葉を大切に使う。

それだけで、人生が好転していく。

チャンスが増えてくる。

一つ一つの言葉を大切にして、

自分の思い通りの人生を

生きていこう。

幸せの配分

 

(今日のコトバ)

 

一人では、結局、

幸せの配分が少なくなる。

 

 

何事も一人は損をする。

チケットも二人だと割引があったり、

団体も団体割があったりする。

税金も、子育て世帯、

夫婦に減税措置はあるが、

独身における独身減税はない。

一人だと楽な暮らしもできるが、

幸せを考えると、

二人で生きていたり、

家族として何人もの人と暮らす方が

幸せを感じることが多い気がする。

仕方ないことかもしれない。

一人だから出来事が少ない。

当然、一緒になって考えることも少ない。

その分、気軽るに生きられるのだが。

どちらがいいかではない。

選択の問題だ。

ただ、幸せの配分を

多くしようと思ったら、

二人以上で生きてみる。

大変さも増える代わりに、

幸せも増えていくはずだ。

 

立ち位置で人は変わる

 

(今日のコトバ)

 

立ち位置が変わると、

人は別人になる。

 

 

人は変わる?

人は変わらない?

論争とまではいわないが、

意見としては割れることが多い。

「あいつは変わらないから」とか、

「あの人、変わったな」とか、

時々、まわりでも話す。

そんな時、いつも思うのが

人は立ち位置が変わると、

変わったように思えること。

一番は肩書きという立ち位置。

平社員が部長になった時、

「平の時は話のわかる奴だったのに、

部長になったら急に偉そうになった」等、

よく耳にする。

日本の社会にある肩書、そして地位は、

本当に人が変わったと思わせる。

それ以外でも、

悲しい経験をすると、

悲しい人と同じ立ち位置になったりする。

もちろん、

根本は変わらないとは思う。

だが、人は立ち位置が変わると、

その立ち位置の人になろうとする。

人によって幅の違いはあれど、

変わろうとする。

もし、今、自分が変わりたいと思ったら、

目指す方向へ位置を変えてみる。

一つの生き方だと思う。