有益な遠回り

 

(今日のコトバ)

 

近道は、絶景を見るには短すぎる。

 

 

人は、いろいろな

人生の道を歩いてきた。

近道で楽した記憶もあるだろう。

反対に、遠回りして、心も、体も、

しんどい思いをした

記憶もあるはずだ。

ただ、近道は楽だった半面、

少ない風景しか見れず、

体験的にはたいしたことが

なかったりする。

遠回りした道は、

しんどい記憶があると同時に、

近道よりは様々な風景に

出会ったはずだ。

その中に、

人生を変える風景があったりする。

そう考えると、

人生、遠回りも

わるいことばかりではない。

否、むしろ様々な

体験ができるということでは、

近道より遠回りした方が、

人生にとって有益だったりする。

そう考えると、

遠回りもわるくない。

人生、近道、

ショートカットするばかりが

素晴らしいわけではない。

そのことを忘れてはいけない。

 

傷で強くなる

 

(今日のコトバ)

 

つまずいてつくった傷が、

誰にも負けない個性になる。

 

 

 

人は何度もつまづく。

痛い思いもする。

時に苦しくて音を上げる。

時に悲しくて嘆いてしまう。

誰でもあることだ。

ただ、その人生のつまづき、

強くいうと傷は、

やがて人生の糧に

なることが多い。

その傷をつくった

経験があるから、

いまの自分が生きていられる。

いま自分が強くなったといえる。

そして、その傷は、

自分の個性のひとつに

なることもある。

人生でつまづいてつくった傷は、

自分の強い武器になる。

それぐらいの気持ちで

生きていこう。

悲しみから距離をおけ

 

(今日のコトバ)

 

継続しても

力にならないものが一つある。

それは、悲しむことだ。

 

 

 

続けていると、

いい・わるいにかかわらず、

一つの力になっていく。

習得したいことは、

続けることが、

もっとも大事だったりする。

ただ、悲しみという気持ちだけは、

力になることはない。

悲しみが続けば続くほど、

自分が弱くなる。

自分が壊れてしまうことさえある。

長く続くとやっかいな感情だ。

できるだけ、

早く立ち直る必要がある。

自分が悲しみに暮れた時、

悲しいことは弱くなるばかりだから、

とにかく立ち直る気持ちを持つ。

なんとか悲しみと

距離をおくことを考えて生きる。

悲しいの「悲」は、

心に非ずと書く。

悲しい間は心を失ってしまっている。

そう考えて、

いち早く立ち直ることを考えるのだ。

 

運命と格闘しよう

 

(今日のコトバ)

 

運命は、

史上最高の教育者である。

 

 

必然だったり、

偶然だったり、

突然だったり。

運命は、人生をあらゆる方向へ

導いていく。

いいこともある。

わるいこともある。

そして、運命につくられた道を

自分の力で開拓していく。

その開拓していく力こそ、

自力をつけていく訓練。

順調、好調、

苦境、逆境、

乗り越えていけば、

自分が進化していくチャンス。

いま、自分に運命とよばれる試練が

やってきたら、

思いっきり悩んで、

思いっきりジタバタして、

運命と格闘しよう。

その経験が自分を

もっと向上させてくれる。

もっとスキルアップさせてくれる。

運命こそ、最高の教育者なのだ。

 

今日までというキャリアを味方につける

 

(今日のコトバ)

 

知恵は、

昨日より今日の方がベテランです。

 

 

 

長く生きている。

十年前より、一年前より、昨日より、

人生の時間を蓄積している。

ということは、

知識・経験も

増えているということ。

単純にいえば、

今日は人生で一番知識人といえる。

そう思うと、

人生で一番自信を持っていい。

人生で一番堂々としていい。

今日という時間は、

いろいろな出来事に出会う。

いいことも、わるいこともあって、

一喜一憂することもある。

ただ、心のどこかで、

「今日が一番人生で知識人」と

思えば、少しだけ強く生きていける。

もっといえば、

今日が人生の最高点と思ってもいい。

今日という貴重な時間を

思う存分楽しむ。

そのために、

今日までというキャリアを

味方につけるのだ。

奇跡とは、軌跡の先の感動

 

(今日のコトバ)

 

足跡を残して歩み、

爪跡をつけて登り、

傷跡をつけて生きる。

そして、人生は奇跡を生んだ。

 

 

 

ここまで来るのに、相当、

厳しい状況を乗り越えてきた。

そう思えることが多々あった。

「よくやった」と自分で自分を

ほめてやりたいと思えることもあった。

そう思える時、

気づかなくても、

軌跡の先で奇跡に出会っている。

乗り越えた山、

突破した壁、

更新した記録など、

すべては奇跡がなせること。

長い人生、

奇跡などそうそう出会うものではないと

思っている人がいると思う。

だが、考え方によっては、奇跡に

出会うことが多い人生でもある。

特に、目標を挑戦・達成を繰り返す人に

奇跡は待っている。

達成の先の感動は、

奇跡のなせる業なのだ。

 

正体不明の人々の総称

 

(今日のコトバ)

 

「みんな」って、

どこにもいないのに、

世の中でいちばん偉そうな顔を

している。

 

 

 

誰かがいう。

「みんな、いっている」

「みんな、知っている」

「みんな、笑っている」等。

ただ、この「みんな」って、

どこまでの人を指すのか?

あやふやで適当。

正確な人数なんて数えられない。

ただ、枕詞に「みんな」

という人がいる。

「みんな」

誰もが自分の意見を正当化したい時、

「こんなにも人がいるよ」というために

使ってしまう言葉。

すごく簡単に圧力を

かけてしまう言葉なのだ。。

だからこそ、

「みんな」を簡単に信じてはいけない。

頭の片隅ぐらいで感じておけばいい。

「みんな」は正体不明の人々の総称で

しかないのだ。

不幸から逃れるには複合技で

 

(今日のコトバ)

 

不幸の滞在時間を最短にして生きろ。

 

 

 

簡単にいうけれど、

不幸なことは、、

なかなか自分の心から

消えていくことはない。

生きていくことで、

これほど辛い時もない。

できるなら、

なるべく辛い時間を短くしたい。

忘れられるものなら、

忘れて生きていきたい。

では、どうやって短縮するか。

一つは不幸の原因に対峙すること。

その原因を解決するために行動する。

あたりまえだ。

ただ、そこに忙しさが

ついてまわると、

辛い時間がどさくさに紛れてだが

消えていく。

忙しくなれば、

辛い時間が短縮になる。

それ以外の方法もあるだろう。

ストレスを発散するような方法。

誰かとたくさん会う。

誰かとたくさん話す等、

いろいろある。

複合技でいい。

忙しくして、

ストレスを発散することをして、

誰かと会う、話す。

そして、流れていく時間を短くして

生きていく。

そこに不幸の滞在時間を

短縮するあれこれが

装備されているのだ。

 

 

自分に合った発散する場所・時間

 

(今日のコトバ)

 

気をつけ過ぎて、

気を使い過ぎて、

気づかなくなることがある。

 

 

 

徹底的に気を配る。

とことん相手のことを考えている。

いい人といわれている。

まわりの雰囲気をよくする人でもある。

ただ、こういう人に限って、

自分が痛んでしまうことがある。

日々、

少しずつ自分の気を使い過ぎて、

心まで削ってしまっている。

一日では気づかないが、

何年も続くと、

自分がほころびはじめる。

そんな人がまわりにいるはずだ。

気を使い過ぎる人。

そういう人は、

そういう人こそ、

自分の使い過ぎた気を補うために

発散する場所・時間が必要だ。

そこへ行けば、

リラックスできる、

リフレッシュできる、

リセットできる。

使い過ぎた気も、

また、復活する。

人それぞれ違うと思う。

自分に合った発散する場所・時間。

それを知って生きる。

気を使い過ぎる人には

大切なことだ。

 

 

自分の強みを意識する

 

(今日のコトバ)

 

飛べる鳥は

大空を飛べばいい。

飛べない鳥は

地に足をつけて歩けばいい。

 

 

 

得意、不得意がある。

自分の強み、自分の長所があれば、

自分の弱さ、自分の短所もある。

本来は、どういう状況になっても、

自分の強み、

長所で生きることを

選択しているはずだ。。

だが、これができているようでいて、

できていない人が結構いる。

なんとなく流れにまかせて、

あまり考えもせず生きていると、

自分の強みではないところで

生きてしまう。

そこを意識して、

絶対、

自分の強みで生きるようにする。

どこが自分の強みか。

どこが自分の長所として

生かしていけるか。

世の中は、

時としていじわるだ。

弱いものを排除していくことがある。

その時、自分の強みで生きていけたら、

苦しむことが最小限にできるはずだ。

人は、ほめられて成長するもの。

自分の強みであれば、

人より秀でる可能性が高い。

ほめられる可能性が高い。

世の中という大河が

生きやすくなっていくのだ。