成果の前に幸せな環境

 

(今日のコトバ)

 

最高の仕事をする時、

となりに必ず幸福がいる。

 

 

 

取り組んだ仕事で、

最高に満足いくことがある。

数は多くない。

一年に一度か。

数年に一度か。

ただ、きっちり仕事をしていると、

心技体、タイミングがすべて

うまくいって、

結果も望むものになる。

そんな時思うのが

幸せな気持ちで仕事をしたということ。

つまり、心技体、タイミング、

パートナーなどがうまくいって

気持ちよく仕事ができたからこそ、

最高の成果になり、

幸せになった。

反対にいえば、

成果の前に幸せな環境があったのだ。

これから新しい仕事に

取り組む時、

できる限り、幸せな環境をつくる。

そこに注力すると、

最高の成果に近づける。

そのことを意識して

仕事にのぞみたいものだ。

未来は、まだ何も起こっていない

 

(今日のコトバ)

 

明日は、まだ未発掘な資源です。

 

 

 

起きてもいないことで

不安になる。

明日のことを考えすぎて

眠れなくなる。

目に見えないプレッシャーに

押しつぶされそうになる。

人は時々、未来の状況を想定して

自分がつらくなることがある。

ただ、未来の出来事は、

まだ、何も起こっていない。

想像することが必要だとしても、

未来をネガティブチェックする

必要はない。

むしろ、未来はまだまだ未発掘だから、

どうにでもできる。

面白いことの宝庫と思っていい。

だからこそ、

何も起こっていない未来に

ネガティブにならない。

楽しみにワクワクするか。

何も考えないでのぞむか。

どちらでもいい。

来るべき未来を

ネガティブになることだけは

やめよう。

それだけで、

気分は楽になるはずだ。

 

 

 

個性を生かして人生を有意義にする

 

(今日のコトバ)

 

個性とは、

特別なことをしなくても

輝くもの。

 

 

 

「個性が、ある」

「個性が、ない」

自分で、他人が、思う時がある。

その基準はまちまちだが、

どんな人にも個性はある。

ただ、強く個性を打ち出せる人と、

個性がわかりづらい人が

いるだけなのだ。

では、基準は何か。

まずは、特別なことをしなくても

目立ってしまうもの。

だれでもわかる基準だ。

また、見た目やちょっとした

付き合いではわからなくても、

噛んで出ててくる味のような

個性もある。

目立たない個性だってある。

探していけば、

どこかで必ず個性が見つかる。

人生を有意義にしていくためには、

その個性をどれだけ活かして

生きていけるかが大切。

自分で探す。

他人から教えてもらう。

何でもいい。

個性を認めさせて生きることを

考えていこう。

魂がハングリーになる時

 

(今日のコトバ)

 

ハングリーは、

誰も盗むことのできない

人間の持つ黄金である。

 

 

 

人はハングリーの時、

いちばんいい仕事をしている。

失敗から成功への途上だったり、

貧乏から抜けだせる時だったり、

敗北から勝利への道を

走り始めた時だったり。

夢や目標を前にして、

魂から飢えている。

飢えていると書くと、

ちょっとブレる気がする。

やっぱりハングリーでいい。

魂からハングリーになった時、

人は最高の仕事をする。

ハングリーは、

人間の持つ最高の黄金といっていい。

いま、もし、

夢の前でハングリーになれていたら、

魂の環境はいい。

飢餓感、

屈辱感、

怒り、苦しみ、悲しみなどが

ハングリーのエネルギーになる。

それをどう自分の武器にするか。

ハングリーは、

常に自分が生きていく上での

黄金。

そこを忘れず走り出すのだ。

 

良心というヒーローを忘れない

 

(今日のコトバ)

 

自分の中にある

良心という名のヒーローを

忘れてはいけない。

 

 

 

何かを決断する時、

良心との葛藤がある。

例えば、

「どうしても高い評価をしたい部下がいる。

だが、会社の方針は、

高い評価ができる枠はない。

結果、高いとはいえない

評価しかできなかった」

そんな記憶のある管理職は

たくさんいるだろう。

評価をした部下の顔が、

頭をめぐって辛くなる。

良心と葛藤しながら自分の無力を

感じずにはいられなくなる。

だが、こういう場合は、

評価する側の

アドバイスとエールで、

その部下の評価を

向上させることができる。

本人が気づいて、

モチベーションを高く

邁進できれば、

次回、評価を向上させることができる。

自分の良心のままに

本人を評価できる。

テレビドラマのヒーローのように

短時間での解決は

できないかもしれない。

ただ、少し長い目でみれば、

ヒーローのような役目が

できるかもしれない。

そのために良心を

忘れてはいけないのだ。

 

 

幸せな記憶を大切にしよう

 

(今日のコトバ)

 

サヨナラが悲しくて

しかたないということは、

それまで、とてつもなく

幸せをもらっていたということ。

 

 

 

別れは、辛い。

サヨナラすると簡単にいうけれど、

それまでしっかり付き合った人と

離れるのは、悲しい。

では、なぜ、辛くて、悲しいのか。

それは、共有した時間に

とてつもない幸せをもらったから

ではないだろうか。

楽しいことや

嬉しいことばかりではないが、

想い出になるとみな美しくなる。

もっというと幸せな気持ちになる。

記憶の数が多ければ多いほど、

幸せの財産は増えていく。

つまり、幸せの財産が多い分、

別れは辛くなる。

人は、幸せを記憶し人生を

生きていく。

その幸せの大きさをいちばん知るのが

別れの時。

だからこそ、

自分を幸せにしてくれる人を

常日頃から大切にしておこう。

別れは、

時を選ばないこともある。

サヨナラをしないですむなら、

しなくてもいい。

自分にとってかけがえのない

幸せを大事にする。

生きるために必要なことだ。

希望は、人生の高度を上げていく

 

(今日のコトバ)

 

人間は、

命の操縦をまかされている。

そして、行く先はいつだって

希望を叶える場所なんだ。

 

 

 

命ある限り、

自分が人生を操縦できる。

大人になれば、

自分の意志で行先を決定することが

できるようになる。

そして、いつだって

行先には希望がある。

大きかったり、

小さかったりするけれど、

希望が輝いている。

希望が輝いているからこそ、

人生を生きていける。

命を希望の方向へ操縦していける。

「希望」

人生にとってかけがえのない

目的地。

そこへ行くために、

命の高度を、

人生の高度を上げていく。

生きるために、

もっとも大切なものの一つだ。

 

喜びの熱は、大きく燃やそう

 

(今日のコトバ)

 

勝ちの中で一人勝ちほど

寂しいものはない。

 

 

 

どんなに大きな勝利でも、

一緒に喜んでくれる人がいない

勝利ほどつまらないものはない。

勝ったから、

自分本人は嬉しい。

だが、その嬉しさの熱が上がらない。

誰ともわかちあえない喜びは、

一人で燃え上がって、

それで終わり。

一緒に燃え上がるものがない。

当然、大きな喜びにはならず、

早い時間に鎮火してしまう。

そう思うと、

一人勝ちも考えものだ。

チームなら勝った瞬間、

チーム全体で喜べる。

先日のラクビーワールドカップでの

日本の勝利など、

国民を巻き込んで喜べる。

こんなに嬉しく感動するものもない。

だからこそ、

勝利は一人だけで喜ぶのでない方がいい。

仮に、自分一人が勝っても、

まわりの支えてくれた人も

一緒に喜べる状況をつくる。

喜びという熱を

みんなで燃え上がらるために、

勝ちを一人占めしない。

勝利の熱は高く大きく燃やすのだ。

 

やさしさは、守る力があってほしい

 

(今日のコトバ)

 

やさしさには、

「強いから守ってくれるやさしさ」と、

「弱いから装うだけのやさしさ」がある。

 

 

 

やさしさ。

一言でいっても、

いろいろなやさしさがある。

十人いれば十人分の

やさしさがあるのかもしれない。

ただ、大きく分けると

二つのやさしさがあると思う。

一つは、

「強いから守ってくれるやさしさ」

文字通り、本人に強さや力があって、

守ってくれるやさしさ。

もう一つは、

「弱いから装うだけのやさしさ」

弱いから、あるいは適当に、

やさしさを伝えてくる。

本気でもなんでもなく、

とりあえず、

もめないためのやさしさ。

やさしさは難しい。

本気でないから、

やさしさではないともいえない。

ただ、できれば、やさしさは、

どこかで守ってくれる力を

持っていてほしい。

やさしくされたから、

癒されたり、

力がわいてくることがあってほしい。

人間は傷つきやすい生きもの。

やさしさで、再び、

イキイキと生きたい生きものなのだ。

あることの、ありがたみ

 

(今日のコトバ)

 

道のないところを歩いてきた者は、

道のあるところを歩いてきた者より、

道の素晴らしさを知っている。

 

 

 

いつも歩く道。

行くべき場所まで続く道は、

とてもありがたい道なのだが、

毎日歩けばあたりまえの道になる。

反対に、

まだ道のない、あるいは道のわからない場所へ

行こうとすると、道ができた時、

道がわかった時のありがたみは格別だ。

行くべき場所へ続く道。

同じ道でも

その道があるかないかで、

まったく意識が変わってしまう。

そして、道がなかった時を知っている人は、

道のありがたみを知ることになる。

これはどんなことにも当てはまる。

いつもあたりまえのようにあるものは、

ありがたいと思わない。

だが、いままでないものが

新しくできると、

とてもありがたかく感じる。

だからこそ、ない時の気持ちを

忘れずにいよう。

あたりまえにあるものにも感謝しよう。

気持ちはどうあれ、

自分にとって大切なもの。

そのことを心に刻むのだ。