飾りではなく、本物を

 

(今日のコトバ)

 

星3つより、

星5つより、

星1つでいい。

数ではない、

輝きの大きさがものをいうのだ。

 

 

 

 

いくら玄関に

賞状やトロフィーの数があっても、

少しも素晴らしいと思わないことがある。

飾っていても、自慢話のキッカケをつくるだけで、

こちらとしては楽しくもなんともない。

反対に、何も飾ってなくても、

その人の技、その人の所作で、

気持ちをよくさせれたり、

素晴らしいと思うことがある。

要は、飾りではなく、本物が大切。

本物を見せられれば、

数はいらない。

何も過去の実績で、

いま大きな顔をする必要はない。

もっというと、

いまがイケてないから、

過去で話をしようとしているように

思えてくる。

つまりは、いま優れたもの、

いま秀でたものを

一つ持っていること。

そこが素晴らしい生き方を

判断する基準になる。

満たないたくさんより、

凄い一つが重要なのだ。

 

自分にとって最大の理解者

 

(今日のコトバ)

 

カユイところに手が届く人と、

イタイところを突く人が同じ人でした。

 

 

 

ちゃんと自分のことを

理解してくれる人って、

どんな人だろう。

優しい人?

厳しい人?

話をよく聞いてくれる人?

甘やかせてくれる人?

いろいろな要素があると思う。

ただ、自分のことを

本気で考えてくれる人は、

ある傾向がある。

ひとつは、カユイところに手が届く人。

こうしてもらいたいと思った時や

困った時に、

してもらいたいことをしてくれる人。

たぶん人数は少ないと思うが、

人生の中で何人かはいるだろう。

もうひとつは、

イタイところを突く人。

自分の弱い部分、ワルイ部分を

ピンポイントで突いてくる人。

ワルモノになりたくないから、

正面きっていう人は

少ないかもしれないが、

こちらも人生で少なからずいる。

この二タイプは、

しっかりと自分のことを

見てくれていないと、

できないことをしてくれる。

わかりやすくいうと、

血縁関係のある人は、

わりと多いかもしれない。

また、血縁関係でなくても

そういう人がいる。

このタイプの人達こそ、

自分にとって最大の理解者だ。

困ってる時に救ってくれる。

ワルイところを注意してくれる。

人生という道を踏み外さないための

道標となってくれる人。

そういう人を大切にすることが、

人生という荒波を乗り越える

大きな武器になる。

忘れてはいけないことだと思う。

生きる意味、生きる価値

 

(今日のコトバ)

 

生きている以上、

もうキミには意味がある。

世界の誰かが生きる意味を

理解してくれている。

 

 

 

人は、必ず誰かとつながって生きている。

一人だ、孤独だといっても、

どこかで、誰かとつながっている。

そのつながっている人とは、

やはりどこかで依存しあっている。

依存というと言葉が適切かわからないが、

支え合っているのは間違いない。

自分も依存し支えてもらっているが、

相手も依存し支えられていると思っている。

ネット社会になり、

日本だけでなく、

見知らぬ国のどこか人と

つながっていることもある。

そう考えると、

自分の生きる意味が

大切であると思えてくる。

自分の生きる価値が

あるものだと思えてくる。

だからこそ、

生きることは素晴らしい。

強く生きている人だとか、

弱々しく生きている人だとか関係ない。

生きていることに意味があり、

価値がある。

そのことは、

どんな時も忘れてはいけない。

人間のいいところ

 

(今日のコトバ)

 

人は、

どんな道を違う志を持つ。

そして、向かうべき星を目指す。

 

 

 

人は、

それぞれ意志を持つ。

生まれてから大人に成長する過程で、

思い思いの目標を持ち、

達成に向かって

ステップアップしていく。

壁が高くて、

実現が困難な目標を

掲げる人もいるし、

低めの目標で

すぐに達成する人もいる。

ただ、どれだけ同じ環境に育っても

目標は人それぞれ違う。

そこが人間の凄いところ。

目標を自分で決めて切磋琢磨する。

そして、結果はどうあれ

一つのゴールにたどり着く。

もしかすると、

最初に描いた目標では

なくなっているが、

その変わり自分が幸せになる目標を

達成している。

「人間のいいところ。

目標に向かって生きていくこと」

何か人生でスランプに陥ったら、

一度、この人間のいいところを

思い返してみればいい。

再びアクションを起こす

きっかけになるかもしれない。

 

時間を生きて、時間を生かせ

 

(今日のコトバ)

 

時間を追いかけろ。

そして時間いっぱい生き抜け。

自分に翼があることがわかるはずだ。

 

 

 

世の中で人は、

ほぼ時間制限の中で

生きている。

どんなに素晴らしいことでも、

時間が過ぎてしまえば、

何の価値もなくなることさえある。

ただ流れていく時間。

されど生きている時間。

その時間をどう生きるかで、

人生は決まってしまう。

だとすれば、

時間を上手使う、

時間を精一杯生きることを

自分の目標にする。

全力を尽くして時間を使えば、

結果のアベレージも高くなる。

時間を意識するかしないかで、

長い人生の間に

相当の差がついてくる。

時間を味方にするぐらいの気持ちで、

時間を操る。

そこまでいければ、

生きることがもっと

楽しくなるはずだ。

 

遅刻常習犯は、もったいない

 

(今日のコトバ)

 

間に合わないというだけで、

人生の半分のチャンスは逃げていく。

 

 

 

時間に遅れる。

常習犯で遅れる人がいる。

性分なのかもしれない。

「いつも、アイツは遅れる、、、」

といわれてしまう。

仕方ないとまわりが認めてしまう人もいる。

「仕方ない」

そうかもしれない。

ただ、こうもいえる。

もったいない、とも。

遅れてしまうことで、

人生のチャンスを逃している

もったいなさがある。

時間に遅れたから、

参加資格が無くなる。

着くのが遅れたから、

先着にもれた。

いつも遅れてくるので、

話はしない、、、、、。

そして、遅刻常習犯になると、

相談しないし、信頼もしなくなる。

この相談しないし、

信頼しないというところに、

チャンスを失う原因がある。

反対にいえば、時間通りに

遅れずその場にいるたけで、

チャンスを手にできる機会に

圧倒的に恵まれる。

生きていれば、

そのことをみな理解しているはずだ。

それでも時間に遅れてしまうのは、

チャンスを無駄にしているに他ならない。

もし、チャンスを失うのを、

もったいないと思ったら、

時間に遅れることをしない努力を

すればいい。

それだけで、

チャンスに恵まれる回数は

劇的に増える。

まったく違う風景の人生に出会えるはずだ。

 

 

いけてないと、昔話が増えてくる

 

(今日のコトバ)

 

昔話に花咲くころ、

才能は枯れ葉になる。

 

 

 

想い出をめぐる会話は楽しい。

昔の武勇伝を含め、

自分の、自分達の歴史を語る。

同窓会などはその最たるもの。

「昔は、凄かった」

「昔は、こんなものじゃなかった」

「昔は、良かった」等。

だが、この昔話ばかりになっている自分は

なんだろうと思う。

昔を振り返ってばかりいるということは、

いま、そして、未来の話が

できないのではないか。

そう思ってしまう。

年をとれば、

昔話が増えるのは仕方ない。

ただ、もし、

現役でバリバリの状況なのに、

昔話しかできない時は、

自分があまりいけてないと思っていい。

振り返るのは、

いまと未来に話題がない。

現状が停滞している証明。

何かの目標を見つけて動きだすべき時で

あることを意識しよう。

 

 

一日には価値がある

 

(今日のコトバ)

 

昨日知らなかった道を

今日歩くことで、

昨日より今日は

少しだけ強くなっている。

 

 

 

今日は昨日より一日だけど、

長く生きた。

たった一日だけど、

新しい経験をしている。

この一日が人生にとっては大きい。

例えば、ビッグイベントが今日ある人は、

イベントが終わった時、

充実感と共に大きなキャリアを積む。

人生の財産が増える。

成長を感じることができるかもしれない。

もちろん、昨日と同じの普通の時間が

流れていくだけのこともある。

ただ、それでも一日24時間生き抜いた。

その価値は大きい。

ハンディキャップを負えば、

なおさら一日の価値を感じる。

一日の価値。

一日を生きること。

少し意識してみると、

一日の、そして、自分の価値に

気づくはず。

その価値を感じながら

生きることも自分にとって

大きい財産になるのだ。

席は実力の証明

 

(今日のコトバ)

 

空いてる席には、

誰でも座れる。

ただし、座り続けるには、

ふさわしい実力がなければならない。

 

 

 

 

そこに座り続けている。

それだけで自分という存在が成立する。

ある種のアイコンになり、

そこに責任も生まれる。

座るだけではなく、

座り続けることは、

実力を証明することでもある。

席は、肩書きやポジションで

決まる場合もある。

ただ、その実力が評価されなければ、

席に座り続けることはできない。

座り続けたいか、

続けたくないかもあるだろう。

だが、座り続けたいなら、

実力をつけていく。

常に進化していく。

その心がけを忘れてはいけない。

その席にいるから、

挨拶される。

その席にいるから、

相談される。

その席にいるから、

愛される、、、、。

その席に座り続けることは、

人生の様々な夢を

叶えてくれることなのだ。。

 

 

 

それでも、一本道を生きてきた

 

(今日のコトバ)

 

荒野ばかり歩いてきたけど、

振り返ると一本のまっすぐな道に

なっていた。

 

 

 

生きていると、

あっちこっち寄り道ばかり。

どれだけ一つのことに

集中して取り組んでいても、

無駄に思う道を歩き、

無駄に思う時間を使ってきた。

だが、どうだろう。

自分がここまできた道を

振り返ってみると、

なんだかんだいいながら、

一本の道を歩んできた気がする。

デコボコしたり、茨だったり、

落とし穴があったり、

一筋縄では行かない道だったけど、

前へ、前へと、

一本道を歩いてきた。

無駄だと思ったことさえ、

すべて必要なことに昇華して生きてきた。

そこが人間の素晴らしいところでもある。

人生という荒野を、

何とか知恵を絞って

切り抜けてきた力が

人間にはある。

だからこそ、

これから訪れる様々なことも、

なんとかできる知恵がある。

そう信じて力強く生きていけばいいのだ。