起きている時の夢、眠っている時の夢

 

(今日のコトバ)

 

夢のある人は、

起きて夢を追いかけ、

眠って夢を見れる。

一日中、夢ばかりの人生になる。

 

 

 

人は、夢を見る。

現実の世界での夢。

眠りの世界の夢。

簡単にいうと、

起きている時の夢と

眠っている時の夢。

大きくはこの二つに分けられる。

この二つの夢の世界で、

起きている時に夢を持つと、

自動的に眠っている時の夢と

二つの夢の世界を制覇することになる。

だとすれば、

起きている時に夢を持った方が

人生は得。

いつも夢を見ていることになる。

もちろん、夢の中には

いい夢ばかりではない。

見たくもない夢もある。

だが、それでも起きている時に

夢があると人生は躍動してくる。

もし、自分の人生を少しでも

躍動させたかったら、

起きている時の夢をつくる。

そこから人生はもっといい方向、

面白い方向へ動いていく。

夢は、

それだけ人生に大きな存在なのだ。

「あきらめない」は、成果につながる

 

(今日のコトバ)

 

成功した人は笑いながらいう。

「みんな、

あきらめるのが早かったね」と。

 

 

 

世の中に出ればわかることがある。

あきらめない人、

しつこい人、

粘りのある人が、

大きな成果を上げるということ。

「あきらめない」

つまり、トコトンつきつめて、

最後の最後まで仕事を全うする人は、

着実な成果を上げる。

あたりまえのように思うが、

この簡単なあきらめないということを

仕事でやり続けることは難しい。

時間の制約、コストの制約、

コミュニケーションの制約等、

さまざまな制約があるなか、

切り捨てるべきものは

切り捨て、

合理的に作業をしなくてはならない。

ただ、その中でも

あきらめないで熱心に仕事をする人は、

必ずといっていいほど成果を出す。

もっというと、

そのあきらめない姿勢が信頼を呼び、

大事な仕事も任される。

つまり、成果を出すことによって、

成功を収める確率が上がる。

いま、自分の仕事がうまくいかないで

嘆いている人は、目の前の仕事に

あきらめず邁進してみるといい。

言葉でいうほど簡単なことではない。

だが、やってみる価値はある。

いままでと違った成果が表れる。

自分自身のモチベーションにも

つながる。

あきらめないことは、

成果へのいちばん大きな条件なのだ。

自由に挑戦できるという可能性がある

 

(今日のコトバ)

 

1位だけしか憶えていない。

2位以下なんて誰も憶えていない。

だからこそ、2位以下には

無限の可能性があるのだ。

 

 

 

例えば、

10年前の甲子園の優勝校は覚えていても、

準優勝校は覚えていなかったりする。

去年ですら、

準優勝校になると忘れてしまったりする。

マニアックに調べている人でない限り、

2位以下になると、

突然、記憶は定かではなくなる。

人間の記憶なんて、そんなものだ。

一つの歴史をつくったものは、

記憶に刻まれる。

だが、その途中の段階で

敗れ去った者は忘れられる。

ワルいといっているのではない。

2位以下はまだ無名であるのだ。

つまり、あくまでも挑戦者で、

無限の可能性があるといえる。

一度、歴史をつくってしまうと、

挑戦者ではなくなってしまう。

動くことが不自由になることもある。

そう思うと、

まだ結果を出していないという状況は

まだまだ自由に挑戦できる。

そのことに気づくと、

1位という結果を出していなくても、

あわてる必要はない。

これから自由に挑戦できるという

可能性がある。

人は、自由を制限されると

生きることが苦しくなってくる。

その反対に、まだ1位になっていない

状況には、自由という可能性がある。

忘れてはいけない。

 

夢をあきらめることができない人生

 

(今日のコトバ)

 

夢をあきらめる方法を

誰も教えてくれなかったから、

僕らは夢中になって進化してきたんだ。

 

 

 

 

すべての人は夢を持って生きている。

大きかろうが小さかろうが、

夢は心の片隅で輝いている。

どうして人は夢を持ち続けるのだろう。

考えてみると、

それは、誰も夢をあきらめさせないから

ではないかと思うのだ。

もちろん、

「そんな夢やめてしまえ」

「無謀な夢などあきらめろ」等、

言葉で警鐘を鳴らす人はいても、

あきらめるために

責任をとってくれる人はほぼいないし、

あきらめさせようという理由も、

経済的だったり、無謀すぎたりと、

漠然としたものばかり。

反対に、夢をあきらめない理由は

たくさんある。

自分の生活を進化させるために、

個々人に様々な理由が発生する。

そして、その理由の下、

夢に向かうことが、

人間にとって素晴らしい未来をつくる。

だから、人は、夢見ることを

あきらめられないのだ。

いま、夢がないと投げやりな

生き方をしている人もいると思う。

ただ、よく考えてみて欲しい。

自分の人生のどこかに、

何かを達成したいという

夢や目標があるはずだ。

その一つでいい。

達成に向けて行動してみる。

それだけで人生が躍動してくる。

もっと、夢に向かって

生きていきたいと思う。

夢をあきらめることの

できない人生になる。

その状況の中を

思いっきり生きればいいのだ。

希望より自力のいる欲望

 

(今日のコトバ)

 

欲望は、

希望に握力をつけたもの。

 

 

 

希望というと、

素直で、ピュアで、まっすぐで、

どこにも濁ったものがない気がする。

希望を持って生きるというと、

なんだか応援したくなったりする。

だが、希望より自己顕示欲が強くなった

欲望はどうだろう。

強欲で、汚れていて、ギトギトしていて、

濁りばかりが目立つ気がする。

ただ、希望も、欲望も、

願望という意味では同じ根っ子にある。

その成長の仕方で、

キレイに見えるか、

汚れて見えるかの違いになる。

だとしたら、

こう考えてみてはどうだろうか。

「欲望は、希望に握力をつけたもの」

希望だけが正義ではないし、

欲望だってワルいことばかりではない。

ただ、希望より自力がいるのが欲望。

上手に理解すれば、

欲望もいい目標になる。

そこを使い分けて願望を叶える。

一つの生き方だと思う。

本気になると、「いつか」は口にしなくなる

 

(今日のコトバ)

 

「いつか」とは、

本気になっていない未来のことだ。

 

 

 

「いつか、やる」

「いつか、がんばる」

「いつか、叶ったらいいな」

人は、「いつか」という言葉を使う。

何気ない言葉かもしれない。

深い意味はないかもしれない。

だが、「いつか」とは、

約束した未来ではない。

ただの願望を言葉にしただけのこと。

「いつか」がワルいということではなく、

そこに本気の気持ちはない。

「いつか」を連発している時は、

まだ、夢や目標が定まっていない状態。

まっすぐ前進していない状態と思っていい。

だからこそ、「いつか」を進化させるために、

「いつか」ではなくスケジュールをつくる。

達成までの工程表をつくる。

そこから、

夢や目標に向かって本気モードになる。

本気モードになった時、

「いつか」は口にしなくなる。

「いつか」とは、

そんな言葉かもしれない。

戦いは不平等の中で行われる

 

(今日のコトバ)

 

不平等こそ、

すべての人間に与えられた

平等な条件である。

 

 

 

つくづく思うことがある。

平等とは言葉の世界だけの

アイコンで、ほんとうの平等は

ないのかもしれないと。

否、平等はある。

もっというと、社会のシステムは

より平等になるように進化している。

歴史も積まれれば積まれるほど、

平等という言葉は、

真価を発揮していくのかもしれない。

だが、自分のまわりをみると、

やっぱり平等でないことは多い。

世の中に競争がある以上、

平等はないのかもしれない。

それは仕方ないとも思う。

だが、平等だと思って挑んでいるのに、

平等ではないとがっかりすることがある。

ビジネス社会で多いのが、

競合といわれ、

提案したもので判断されるといいながら、

結局は根まわしだったり、

接待だったり、別の基準で決定してしまう。

それも含めてビジネスだといわれれば

そうかしれない。

ただ、とても承服できない結果が出るたび、

平等って、なんだろうと思う。

そう思うと、

はじめから平等なんてないと設定すると、

いちいち腹が立たなくてすむ。

つねに、戦いは不平等の中で行われる。

もしかすると、

歴史が積まれ、文明や技術が進化し、

いつの日か不平等がなくなる日が来る

かもしれないが、

それにはまだ時間がかかる。

平等。

簡単なようで難しい問題だ。

 

才能を武器にするために、日々、努力する

 

(今日のコトバ)

 

才能という拳銃を持っていても、

努力という弾をつめこまなければ

武器にはならない。

 

 

 

人より優れているものがある。

他人からすると才能といわれる。

時に人を圧倒したり、

時に人を感動させたりする

才能という武器。

自分のまわりにもそう思わせてくれる

人がいるだろう。

ただ、その才能という武器も

磨いていないと、

あっという間に

ガラクタになることもある。

武器ではなく、

秀でることのない能力になってしまう。

では、才能を武器にするには、

どうすればいいだろう。

それは努力という名の

切磋琢磨を続けること。

日々、努力し続けること。

それしかない。

そして、それ以上のものもない。

才能を持っていて、日々、

努力を続ける。

それこそが、才能を武器にできる

唯一の方法。

人生は、才能を発揮できて

上昇していく。

そのために、努力を忘れてはいけないのだ。

記憶とは、人生が素晴らしいものだと確認する機能

 

(今日のコトバ)

 

愛した人は、

いちばん美しい風景を

つくってくれました。

 

 

 

記憶という思い出は、

ひとつの風景になって心に残る。

いい記憶、ワルい記憶、

いろいろな記憶がある。

その中で、

愛した人、好きだった人、

ステキな人など

人生を豊かにしてくれた人との

記憶は美しい風景に彩られる。

いくつあってもいいし、

どれを思い出してもいい気持ちになる。

だからこそ、

長く続く人生なら、

人生を豊かにしてくれる人と

たくさん出会うべきだ。

たくさん出会っていれば、

人生が豊かになる記憶がたくさん残る。

振り返るたびに、

人生が素晴らしいものだと思える。

記憶とは、

人生を素晴らしいものだと

確認するための機能。

一人でも素晴らしい人と

出会いたいと思う。

笑うことをふやしていこう

 

(今日のコトバ)

 

怒り続けるヤツには、

笑い続ければいい。

いずれ決着がつく。

その時、勝者は笑ってる。

 

 

 

「笑うことが大切」

そんなことはわかっている。

だが、人生の局面で、

笑ってばかりは

いられないこともある。

怒ったり、悲しんだり、

辛そうな顔をしたり、、、、。

笑いと遠いところにいることがある。

ただ、笑いと

遠いところにいるからこそ、

笑わないと、

まったく笑うことが

なくなってしまうこともある。

だからこそ、

あえて笑う。

怒ってる時も笑う。

悲しい時も笑う。

辛い時も笑う。

とにかく笑いグセをつける。

笑う門には福来る。

笑うことから幸せになる。

その意識が大切。

もちろん、場違いの笑いで

不謹慎に思われることもある。

それでも、笑う。

笑うことは、相手をホッとさせるし、

自分を鼓舞することもできる。

笑う。

それだけで、人生が好転していく。

生きるために、

笑いを増やしていこう。