プラスにすれば幸せになる

 

(今日のコトバ)

 

ひがんでいる人は、

幸せがいつも少なく配られる。

 

 

 

成功。勝利。達成、、、、。

それら他人の結果を、

まともに称賛できない。

どこかに嫉妬心がある。

どこかでひがんでいる。

誰にでも、少しはそんな気持ちがあるだろう。

ただ、ひがんだからといって、

自分が幸せになることはない。

ひがむ数だけ嫌な人になっていく気もする。

まわりからみたら、

それこそ、ひがみ根性丸出しで、

かっこわるく映る。

もちろん、ひがむこと、嫉妬することから、

反撃のエネルギーがわくこともある。

だが、ひがんでいるだけでは、

どんどん自分が劣化するだけだ。

さらにいえば、

ひがんでると幸せも避けて通る。

称賛したり、反省したり、

普通のことを普通にすることの方が、

自分の人生にとってプラスになる。

プラスになるということは、

幸せになるということにもつながる。

どの気持ちを選択かは

自分の意識次第。

どうにでもなるのだ。

知識は知識を求めている

 

(今日のコトバ)

 

人間が進化したのは、

知識がふえればふえるほど、

知識がないことを痛感してきたからだ。

 

 

 

 

一つのことを理解すると、

その先のわからないことがふえる。

研究とか、学問とかを突き詰めると、

そのことの繰り返しといって

いいかもしれない。

繰り返すことで、もっと深い知識をつけ、

知の財産を蓄える。

実は、そこが人間の強み

といっていいのではないだろうか。

知識をつけただけで終わらない。

その先へ、その上へ、進化を求める。

それができるからこそ、人間。

もし、自分が知識をつけることを

止めてしまっていたら、

進化が止っている時だと思っていい。

もっと知識を求めていたら、

まだまだ進化する。

いちばん簡単に自分が進化しているか

判断する方法だと思う。

孤独は成長へのトンネル

 

(今日のコトバ)

 

孤独な夜は、

旅立ちの朝の準備支度のためにある。

 

 

 

 

何か目標に向かって、

追い求めていると、

孤独になったり、寂しくなったり、

やりきれない気持ちになることもある。

うまくいかなくて、

自分の力に嫌悪を感じて、

むなしくなって、、、、、、。

いまの状況を憂う。

だが、その時こそ、

自分が大きく成長している時。

「明けない夜はない」

「夜明け前がいちばん暗い」

目標に挑んでいて、

もう少しで達成するという時は、

そんな状況になる。

だからこそ、

目標の途中で孤独になっている人は、

夜明けは近いと思って

ふんばってみよう。

案外、光が見えてくるかもしれない。

光が見えないまでも、

状況を冷静に分析できれば、

それほど孤独にならなくても

すむかもしれない。

そして、間違いないのは、

孤独は成長へのトンネル。

そこを抜ければ光ある場所へ

たどり着くはずだ。

 

勇気は生物

 

(今日のコトバ)

 

勇気は使わないと、

いちばんはじめに錆びてしまう武器である。

 

 

 

 

勇気を使う時は、

人生の中でも限られると思う。

その使うべき時に、

勇気を使えないと、

まったく役に立たないものになったり、

もう一度、勇気を出せといわれても、

出せないものになってしまう。

つまり、勇気は、

もっとも腐りやすい生物ともいえる。

その瞬間が勝負。

時間が経ってしまうと、

価値が無くなってしまう。

そう思うと、

勇気を発揮しなければならない時は、

必ず勇気を発揮しなければ意味がない。

勇気。

人生の大事な時に必要となるもの。

そこで、勇気を発揮できる状態にする

ことが大切。

そのために人生を修練する。

勇気を出すために、

心技体がコントロールできるようにする。

途轍もなくハードルの高いものもあるだろう。

そこを乗り越えるために、

人生の時間を使うのだ。

以下同文ではない人生がある

 

(今日のコトバ)

 

以下同文というあなたの人生なんて、ない。

 

 

 

 

卒業シーズンだ。

式の後、一歩門を出ていくと、

その後、人生が大きく変わっていく。

目指した方向に邁進できる人、

時間をおいて再びトライしようとする人、

何も決まっていない人、、、。

様々だ。

卒業証書の決まり文句のように、

「以下同文」なんていう人生は

ひとつもない。

一つ一つの

かけがえのない人生があるのだ。

だが、若いうちは、

そのことがわからない。

時間を有効に使わないで、

人生を浪費することも多い。

振り返るとわかる、

若いうちの時間の浪費ほど、

もったいないことはない、と。

有効に使えば、

どこまでも可能性がある。

どこまでも成長できる。

年をとっては

できないことが、

若いうちならできることがある。

だからこそ、若さにある膨大な可能性を、

以下同文ではない人生に投入する。

そのことを忘れずに生きるのだ。

 

 

意欲の源泉に失敗

 

(今日のコトバ)

 

失敗は、未来をかじっている。

 

 

 

 

何度も、何度も、

人は失敗を繰り返す。

特に、新しい挑戦であれば、

失敗は絶対ともいえる。

失敗。

字面はあまりよくない文字。

だが、この失敗ほど

人間の成長に欠かせないものはない。

失敗があったからこそ、

成功が導き出せた経験が

誰にもあるはずだ。

もっというと、

失敗という経験値、

あるいはビッグデータがあるからこそ、

夢や目標に大きく近づく。

つまり、失敗することで、

少しだけ夢や未来を

感じていることもある。

場合によっては、

夢や目標を少しだけ

手でつかんでいることもある。

そう考えると、

失敗ほど人生に必要なものはない。

もし失敗を毛嫌いする人は、

失敗の有難味を知らないのだ。

人生は、成長して

夢や目標を達成できると楽しい。

生きる意欲がわいてくる。

その意欲の源泉が失敗にある。

そのことを忘れてはいけないと思う。

幸せに気づく

 

(今日のコトバ)

 

小さな幸せをずっーと持っていることほど、

大きな幸せはありません。

 

 

 

 

幸せの大きさなんてわからないけど。

生きていると、大きな良い出来事があって、

それをもって幸せだと思ったりする。

受験に成功したり、大会で優勝したり、

就職が内定したり、昇進したり。

わかりやすい人生における幸せがある。

ただ、幸せはそれだけではない。

日々の暮らしの中で、

あたりまえの幸せもある。

毎日会って、喫茶店で話す友人との時間。

夕食を囲む家族との時間。

会社帰りに一杯飲みに行く時間。

趣味の仲間と遊ぶ時間等々。

日々の中であたりまえのことが、

実は、幸せなのだ。

それは、体調を壊したり、

スランプに落ちたりするとわかる。

いちばん取り戻したいものは何か?

それは、それまでの普通の毎日。

つまり、普通の毎日に

しっかり幸せが息づいているのだ。

だからこそ、幸せは大きさだけではないと

気づくべき。

あたりまえのような

毎日の時間に幸せがあることを。

 

 

やさしく正論を

 

(今日のコトバ)

 

正論をスローカーブで投げてもいい。

 

 

 

正論。

まっとうな論で、

誰もが納得する。

ただ、人生の様々な場面で、

まともに正論を投げかけられると、

息苦しくなることがある。

「そんなに正論で責めるなよ」

「正論なのはわかっているよ」

「正論だけがすべてじゃないだろう」等々。

一度ぐらい、

こんな言葉を発したことがあるはずだ。

正論が邪魔になる。

正論ばかりが正しい選択ではないだろうと

思うのだ。

そんな時、言い方を変えると

納得させることができる場合がある。

伝えることは同じだが、

柔らかく話してみる。

あるいは、正論以外の論も話しながら、

正論の正しさを伝えていく。

つまり、直球ではなく、

緩急をつけた伝え方を選択する。

そのことで、まっすぐ過ぎる正論が、

相手に素直に伝わることがある。

正論を伝える時こそ、

まっすぐだけでなく、

やさしく伝える方法も模索する。

大切なことだと思う。

 

秀でたもので生きる

 

(今日のコトバ)

 

自分のいちばん優れているものを

見つけることが、

人生の最優先課題だ。

 

 

 

 

 

「人より秀でた能力は何だろう」

その答えを出さずに社会へ出ていく人が多い。

子供の頃から特別に訓練された人、

もしくは、天才と呼ばれ、

まわりから才能を認められた人は、

その武器を持って社会に出ていく。

ただ、能力を見極めることを

意識しないで生きていると、

その武器を見極めずに

大人になってまう。

大人になると、

働くという種目が生きるための必須条件となり、

いやがおうでも能力を

発揮しなければならなくなる。

その時になって、

自分の才能は何だろうと悩むのは、

遅い気もする。

できるだけ、社会に出る前に、

自分の秀でた才能を

見つけておくべきだ。

その方が、有意義な人生をおくれる。

想像してみて欲しい。

仮に、口ベタで、人と話すが苦手な人が、

営業職についたら、

仕事のすべてが苦痛になってしまう。

いい結果が出ない可能性が大きい。

もちろん、努力に努力を重ねて、

研究に研究を重ねて、

口べたな人が

営業職で成果を上げることもあるだろう。

ただ、できるだけ自分の能力が

発揮できる世界で生きていきたい。

口べたでも、クリエーティブな世界へ行けば、

自分のパフォーマンスを

全開にできるかもしれない。

人生は選択だ。

そのために自分の才能を理解すること。

それが、人生を有意義にするために、

もっとも大切なことなのだ。

 

輝くとは、強い姿勢で生きること

 

(今日のコトバ)

 

未来が見つけやすいように、輝いたらどうだい。

 

 

 

何かの結果を出す。

それも、まわりの人も、

未来も、運も、味方につけて。

そんな人がいる。

未来や運と書いたので、

さも大きなことのように聞こえるが、

そうではなく、

一つ一つのプロジェクトでも、

仕事を遂行するときに感じる人がいる。

そんな人とは、どんな人だろう。

それは、プロジェクトの中心となって、

バリバリ活躍する人。

と同時に、そのプロジェクトを楽しんでいて、

知らず知らずのうちに、

アイデアを提供している人のような気がする。

そんな人は、輝いて見える。

輝いていると、見つけやすい。

見つけやすいから、みんなが頼る。

頼られると、そこに責任が生まれ、

強い姿勢で生き始める。

つまり、輝くとは、

強い姿勢で生きることなのでは

ないだろうか。

そこに、人、未来、運等、

あらゆるものが集中する。

だからこそ、その中心にいる人が輝く。

できれば、その輝く人に

自分がなりたいものだ。