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(今日のコトバ)
人生とは、
自分の中にある微量の金を
探し出すこと。
人には才能がある。
わかりやすく
誰にでも誇れる才能もあれば、
探さないとわからないものもある。
ただ、探してみると、
必ず才能はある。
その才能を
探し見つけることができるかが
人生を大きく左右する。
探せた人は人生を有意義に
生きていける。
反対に、探せなかった人は
人生がしんどいものに
なってしまうこともある。
そして、自分の才能を探すとは、
具体的にいうと、
才能を努力して磨くこと。
努力して磨かないと
才能も輝かない。
輝かなければ、
才能としての能力を
発揮しないのだ。
才能を努力して磨く。
人生を決める才能を
探し出すために、
才能を磨いていこう。
(今日のコトバ)
自由の中にも規律は必要。
規律の中にも自由は必要。
要はバランスだと思う。
なんでもかんでも規律で縛ると、
人は動けなくなり、
頭を使わなくなり、
やる気を失ってしまうこともある。
反対に、なんの制限のない自由を
与えられると、
なにをやっていいか
わからなくなる。
なにかのルールがあった方が
良く思えたりもする。
自由と規律。
相反するようだが、
どこかでつながっている
ものでもある。
だからこそ、
自由の中で
受け入れらる規律をつくる。
また、規律の中で許される
自由をつくる。
そんな意識を持ってのぞめば、
自由とも、規律とも
うまく付き合える。
「自由と規律」を
自分のものとして
生きていこう。
(今日のコトバ)
運のいい人は、
肯定を初期設定している。
確かなデータを
基にしたのではないが、
確信めいたことがある。
「何事も肯定している人は運がいい」と。
まわりにいもいるだろう
肯定至上主義の人。
その人はとりあえず
「やろう」という気持ちで行動し、
仲間からの評判もいい。
「やろう」というのだから
愛想もいいし、
笑顔での対応も多い。
とにかくポジティブなのだ。
そんな人が悲しい顔をしたり、
弱音を吐いているところを
見ることもなく、
日々、イキイキと生きている。
そして、ネガティブなことを
いっているところを
見たことがない。
だから、
運がよさそうに感じるのか
わからないが、
ネガティブ発言がないところも
大きい。
肯定至上主義の人は、
間違いなく運に恵まれ
楽しそうだ。
人の人生は
わからないことが多い。
人知れず泣いてこともあるだろう。
だが、それでも
肯定的に対応する姿を見ると、
運に恵まれてように見える。
実は、肯定的に生きることが、
運を集めて幸せになっている。
そう思えてならない。
そして肯定的に生きることは、
誰でも少しの意識でできること。
面倒くさかったり、
言い訳したい時もあるだろうが、
そこを意識して肯定的に考える。
それだけで人生の運は
よくなっていく。
そう思うのだ。
(今日のコトバ)
嘘はファンタジー。
真実はノンフィクション。
だから、ドラマは嘘から
はじまるのだ。
どうしても真実は、
逃げられない状況を
つきつける。
だから、
楽しいことばかりではなく、
辛いことも伝えなければ
ならない。
映画やテレビドラマでは、
ひとつ嘘が事件を起こし、
物語を展開していく。
現実の人生も
似たところがある。
話を盛る。笑い話にする。
確認しない噂話を拡散する、、。
嘘の部類に入るものが、
人生をドラマチックにするし、
おもしろくもする。
「痛みのない嘘ならそれも良し」
として生きているともいえる。
だからこそ、
嘘と真実を上手に使うことを
意識する。
嘘ばかりの人生は
きついものがあるし、
真実ばかりもしんどいものがある。
嘘と真実。
バランスよく
付き合っていくこと。
それが生きる知恵かもしれない。
(今日のコトバ)
地球に生まれた人間は、
夢というオモチャを
みんな持っている。
人として生まれれば、
大なり小なり
夢を持っている。
生きるために
標準装備されていると
いっていい。
誰もが自分の夢を持っていて、
その夢を叶えようとしている。
夢見ることは
楽しいことだし、
夢を叶えていく過程も
楽しいもの。
夢が達成できたら
至福といって感動に包まれる。
もちろん、夢達成のために
しんどい努力を
積み重ねなければならない
場合もある。
だが、それでも夢達成は
自分が選んだ道。
言い訳する必要のない道なのだ。
だからこそ、
人に、自分に、
夢があることに
感謝したい。
夢があるからこそ、
人生は躍動する。
楽しく有意義なものに
なっていく。
夢は人に無限の
幸せを与える。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
見送られる時、
見えなくなるまで
手を振ってくれる人を
好きにならずにいられない。
気持ちの問題だと思う。
見送られる時、
いつまでも手を振ってくれる人を
好きにならずにはいられない。
振り向いても、
振り向いても、
見えなくなるまで
手を振ってくれている。
親愛の情の現われか。
別れを惜しむ気持ちか。
ずっと自分のことを
見続けていてくれる。
その行為が愛しくなる。
何も支えてもらってなくても、
自分の味方がいると思えるのだ。
「見えなくなるまで
手を振ってくれる人」
そんな人がいるなら
大切にしよう。
短い人生で、
ずっと自分のことを
見続けてくれる人なんて、
そうそういない。
そして、
少なくとも敵ではない。
どこかで自分を
助けてくれる人の
可能性が高い。
そう思うと
大切にしなければと思う。
見えなくなるまで
手を振ってくれる人は、
見えなくなっても
手を握りしめてくれる人
だと思う。
(今日のコトバ)
出会いは奇跡であり、
別れは進歩である。
人生のいろいろなタイミングで
人と出会う。
それが想定されたものと、
想定されないものがあって、
その出会いが
人生を大きく左右していく。
生きていると
ほとんどの出会いが
あたりまえだと思うが、
よくよく考えてみると、
出会いほどの奇跡はない。
人生の出来事は、
出会った人が導いてくる。
あるいは、つくり出している。
その出来事の中で
自分が成長し、喜び、
感動しする。
また、自分が悲しみ、
苦しみ、
打ちひしがれる。
出会いは人の感情を生み出す。
さらに、一つ一つの別れも
人を成長させる。
一つの出来事が終わって、
その状況から
去らなければいけない。
去るということは、
一歩前へ進むこと。
過去を断ち切ること。
人としての進歩にも
つながるのだ。
そんな、出会いと別れ。
二つの大きな人生の
道しるべが、
自分という人間をつくり出す。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
欠けたものに気づいた時、
あなたに優しさが生まれる。
誰もが欠点を持っている。
欠点がない人も、
それが欠点になってしまうのが
人間性。
だから、誰にも欠点はある。
そして、
その欠点が生きていく上、、
重要な役割を果たしていく。
項目にすると
たくさんあるのだが、
中でも大切なのが、
欠点があることによって、
人として優しくなるということ。
ひとつの欠点が自分を戒める。
戒めるからこそ、
相手を許せる。
相手を優しくできる。
人生は出会いの連続。
出会う人に、
いかに優しくできるかが、
人との絆の結び目になる。
自分にある優しさは、
すべてではないが、
欠点から生まれている
可能性が高い。
そう考えると、
欠点も人生において必要。
欠点を肝に銘じながら
生きていこう。
(今日のコトバ)
一生より長い人生をつくれ。
人が生まれてから
命果てるまでを一生という。
生まれて人生がはじまり、
命果てて人生が終わる。
だが、人は人に
記憶を刻むことができる。
その人の人生が終わっても、
消えない記憶がある。
つまり、記憶がある限り、
その人の人生は終わらない。
時に、昔話として。
時に、笑い話として。
そして、
時に、未来の教訓として。
記憶が語り出す。
記憶が語り出すということは、
人生は終わっていないのだ。
だから、
この世に未練が残りそうな人は、
たくさんの記憶という想い出を
つくっておこう。
年月が過ぎ去っても、
忘れられない一生をつくる。
一生が終わっても
終わらない人生。
そんな人生を目指すのも
有意義なことだ。
(今日のコトバ)
困った時に
すぐ助けてくれる人は、
自分が困った時、
一人で頑張ろうとする。
困った時に
すぐ助けを求めてくる人は、
他人が困った時、
何もしてくれない、たいがい。
救い手のバランスは
難しいのだけれど、
まわりの人の行動を
見ていると、
一つの法則がある。
すぐに助けてくれる人は、
自分が助けて欲しい時、
誰かに救いを求めず、
ギリギリまで自分で頑張る。
反対に、
すぐに助けを求めてくる人は、
他人が救いを求めた時、
案外冷たい対応をする。
生き方は人それぞれ。
いいワルいは決められない。
ただ、冷静になってみると、
良くわかる。
自分より人のことを考えるか、
自分しか考えないかの差が
人にはある。
それが、
救いが必要な状況では
色濃く出る。
そのことを
理解して生きていくと、
困った時にジタバタせずに
すむ。
生きるための法則として、
覚えておいて
いいことだと思う。
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