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(今日のコトバ)
小物は大きく見られて喜ぶ。
大物は小さく見られて笑う。
小物、大物。
人を表現する時、
使う言葉の一つ。
この二つだけで
割り切れない部分はあるが、
生きていると納得することもある。
小物は、すぐにビビって、
落ち着きがなく、弱々しい。
大物は、つねに堂々としていて、
余裕を見せ、強く感じる。
本当の内面はわからない。
ただ、小物、大物と定義されると、
まわりの人たちが、
そう思って対峙する。
それでもいい人は別だが、
それが嫌な人は、
小物、大物の定義を考えて
行動してみる。
さらには、どちらにも
定義されないで生きれば
楽になれることもある。
どんなイメージになることを
選択するか。
意識してもいいかもしれない。
(今日のコトバ)
救ってあげることは、
未来をあげること。
人は誰かに救われながら
生きている。
毎日、誰かに救われていると
いっても過言ではない。
では、救ってもらった
効果とは何だろう?
大袈裟かもしれないが、
「未来をつくってあげたこと」と
いってもいいのではないか。
救われなかったら、
失ってしまった未来を
救われた人は生きている。
自分において考えてみると
よくわかる。
困難に突き当たった時、
誰かの手が差し伸べられたから
いま、普通の顔をして生きている。
場合によっては、
医師のように生きられない状況を
救ってもらったこともある。
自分の作業を手伝ってもらったから、
夜の時間が自由に使えたということも、
未来をつくってもらったといえる。
だからこそ、
人を救うことを
できる限りしていこう。
救ってあげた人に
未来をつくってあげたと思えば、
とても気持ちいいものになるはずだ。
(今日のコトバ)
生きることは、
「初めて」を続けること。
どんな時、
人は成長しているのだろうか。
考えてみると、
一つの結論にたどり着く。
それは、「初めて」の時。
何事も初体験の時は、
全身全霊で
そのものを理解しようとする。
できるようになろうとする。
その意欲、
モチベーションが上がっている時が、
人生で一番の成長期。
だとすれば、
「初めて」をいっぱいつくれば
人は成長できるはず。
例えば、芸人やアイドルなど、
「初めて」の挑戦の連続。
何年かすると、
途轍もなく成長した姿を
見せることがある。
一般人より「初めて」の場数が違いが
成長の後押ししたのだ。
「初めて」の場数が、成長を約束する。
そう信じて生きる。
人生、「初めて」を
挑戦して生きていこう。
(今日のコトバ)
3000gの魂として生まれ、
30000日の奇跡を生きる。
生まれたての人間は、
魂のままともいえる。
まだ一人では生きていけない。
たくさんの人の手で育てられ、
一人でも
生きていけるようにしてもらう。
一人で生きられるようになっても、
誰か支えがなければ
生きることはできない。
一日一日が奇跡の連続といっても
過言ではない。
人が生まれる時の平均体重が
3000g弱。
生きる平均日数は30000日を超える。
その一つ一つが奇跡の仕業。
そう思って生きると、
一日一日が愛しくなる。
生きていく日々に感謝。
貴重な経験の連続を過ごしているのだ。
(今日のコトバ)
人生、足し算、引き算、
掛け算、割り算したけど、
すべて「ありがとう」が清算してくれた。
生きていると、
積み上げるものがあったり、
失ってしまうものがあったり、
どんどん大きくなるものがあったり、
同等に分配されるものがあったり、
さまざま。
株ではないが、
一日のうちでも大きく変わる時がある。
極端にいうと奇跡の日々を送っている。
その中で、日々変わる状況を
リセットする言葉がある。
それは「ありがとう」。
誰かに助けられた日は
「ありがとう」と伝える。
誰かを助けた日は
「ありがとう」と伝えられる。
助ける、助けられる。
極めれば、
ほとんどがその二つで成り立つ。
そこで必要な言葉も、
極めれば「ありがとう」になる。
だからこそ、
「ありがとう」という言葉を
大切にしたい。
「ありがとう」は
人として生きる中心にあるのだ。
(今日のコトバ)
自信は最後に顔に現れる。
そして、顔に自信が現れた時、
昔の自分はそこにいない。
なぜだか自信を持った人は、
雰囲気だけでわかる。
いちばんは顔まわりだろうか。
顔の目、そして、口から発する言葉が
自信を明解にする。
その人の昔を知っている人は、
「自信を持って変わったな」と思う。
知らない人でも、
「自信にあふれている」と思う。
自信。
その正体はわからないのに、
誰もが感じるもの。
そこには、キャリアだったり、
努力だったり、意識だったり、
多様な要素がある。
ただ、その要素の何かが
ある一線を超えると、
人に自信が生まれる。
その一線は明解ではない。
だが、どこかに必ずある。
人はその目に見えない一線を
超えて自信をつかむ。
人間という生きものの
不思議な能力の一つかもしれない。
(今日のコトバ)
今日、
人生の一番若い日にするか。
今日、
人生の一番老いた日にするか。
それが問題だ。
かけがえのない今日という日。
あたりまえに続く今日という日。
人それぞれ考え方があるだろう。
ただ、この今日という日を
大切に使えば、
これほど有効な時間もない。
昨日や明日は
どんなに使いたくても
使えない時間。
今日という「今」だけが、
人生に機能させることができる。
だとしたら、
今日という「今」を大切に使う。
「今」の自分にとって何か必要か。
その必要なもののために
時間を費やす。
深く考えなくていい。
必要なものに時間を費やす。
その積み重ねが
誇りある人生になる。
人生は一筋縄ではいかない。
だからこそ、
「今」を大切にして生きるのだ。
(今日のコトバ)
幸福な人も、不幸を持っている。
不幸な人も、幸福を持っている。
大切なのは、
持っているものをどう考えるかだ。
幸せが続くことがある。
「こんな幸せでいいのだろうか」と思う。
不幸が続くことがある。
「なぜ、こんなに不幸なんだろう」と思う。
確かに、長い人生、
幸せがつながる時、
不幸に覆われる時、
あるだろう。
ただ、それは誰でも一緒。
本来は、どちらかだけではないと思う。
幸せな時も不幸の芽があったり、
不幸な時も幸せな状況があったりする。
要は、その時、どれだけ幸せが、不幸が、
心を占めているかだけだったりする。
だとすれば、
自分にとっていいように
理解したらいいと思う。
幸せ過ぎるなら、
足元を見つて浮かれないようにする。
不幸に苛まれたら、
幸せの芽を探す。
そんな気持ちを持っていれば、
少し強く生きていける。
人間にはそれほど弱くないのだ。
(今日のコトバ)
世の中、
真実だけでは背負いきれないから
嘘があるのだ。
正しいことは、真実。
誰もがわかっていること。
ただ、人によっては真実が
重すぎて、隠したり、
知らないふりをしたり、
嘘をついてしまうことがある。
それは、ワルい意識を持って、
真実をベールで覆うことがもあるが、
真実を伝えると、
相手が悲しむから、
気を使った結果であることもある。
性善説に立てば、
むしろ後者の方が多い気もする。
だとすれば、嘘も必要なものになる。
人と人との関係において、
世の中においても、
嘘をつくことで、
真実の重さを減らす。
いい意味で嘘を利用する。
嘘にも人を傷つけたないために、
いい仕事をしてもらっているのだ。
(今日のコトバ)
時間配分は、人生配分。
時間の使い方は、
人によりけりだ。
ただ、上手に時間を使う人と
あまり上手に使えてない人に
分かれる気がする。
では、時間を上手に使えるとは
どういうことか。
それは、自分の人生に有効に使うということ。
有効といっても、
これも人様々。
ムダなくスケジュールを
こなすことがいい人もいれば、
時間に余裕を持って生きることも
いい人もいる。
結論からいうと、
本人次第で時間の価値は決まる。
だからこそ、
自分と自分の目標のゴールを決め、
いちばんいい時間の選択をする。
その意識を忘れないで生きていこう。
いい時間を過ごした人の人生と、
そうでない人の人生は違ったものになる。
そう思うのだ。
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