誰もできないところまでやる

 

(今日のコトバ)

 

世の中は、

「誰でもできること」で

競争させる。

 

 

学校でも、会社でも、

たいがい「誰でもできること」を

覚えさせ競わせる。

さまざまな人がいる中で、

誰でもできることを標準装備させて、

世の中を構築している。

そして、世の中で頭角を現してくる人は、

誰でもできることをきちんとやる人。

誰でもできることを熱心にやる人。

そして、誰でもできることを

誰もできないところまでやる人。

誰もできないところまでやる人が

リーダーとか、トップと呼ばれ、

大きな組織をつくる。

人間は、

誰でもできることを、

誰もできないところまでやることで

進化していく。

そのことを理解すると、

世の中が生きやすくなる。

自分にできることは何か。

他人にはできないところまでできるか。

そこを知ると、なお、

世の中で生きやすくなるはずだ。

 

幸せは差別しない

 

(今日のコトバ)

 

賞に縁のない人も、

幸せは差別しない。

 

 

生きていく上で、

賞というタイトルがある。

子供の頃から

スポーツができる人にも、

芸術に才能を見出された人にも、

勉学で秀でる人にも賞がある。

大人になっても、

ノーベル賞から会社の賞まで、

数限りなくある。

ただ、どの賞も喜びはあれど、

100%の幸せは約束しない。

もっといえば、

賞などなくても

幸せには生きてい人がいる。

つまり、何かにとらわれて生きなくても、

生き方さえ前を向いていれば

幸せに生きられるということ。

まわりにもいるだろう、

陽の目を浴びようが浴びまいが、

楽しそうに生きている人、

幸せが顔に出ている人。

世の中、成功する人がいれば

失敗する人がいる。

勝つ人がいれば負ける人がいる。

そんな世の中だけど、

どんな状況にも幸せを用意している。

だからこそ、

幸せがどこにあるかを

確かめて、

幸せな気持ちで

生きていく。

肝に銘じたいと思う。

 

夢の風呂敷を広げる

 

(今日のコトバ)

 

夢なら、

できそうもないことを

約束してもいいじゃないか。

 

 

ホラ吹きになってはいけない。

ただ、あくまでも夢の話を人に語るなら、

できそうもないことを語ってもいいと思う。

「夢の風呂敷を広げる」

そんな話をしてくれる人は楽しい。

微笑ましくもある。

もちろん、夢に参加させるために

騙すようなことは言語道断。

やたらと人に迷惑をかけることも

してはいけない。

ただ、人の夢の話は聞いてる分には

面白い。

その人の人となりもわかったりする。

だから、

コンプライアンスで

がんじがらめになった世の中で、

夢を語るぐらい楽しめばいい。

そして、その夢の話を

実現する人もいる。

その夢を実現した姿を見て、

自分のモチベーションが

上がることもある。

世の中を面白くするためにも

大切なことだと思う。

強くあろうとすればいい

 

(今日のコトバ)

 

人間の強さなんて、

地域限定、期間限定、数量限定の

いずれかである。

 

 

強さって、なんだろう。

「あの人は強い人」とか、

「メンタルが強い」とか、

強さを評価されることはある。

だが、その強さも絶対ではない。

例えば、その道では強くても、

その道から外れたら、

強いとはいえなくなる。

また、体力のように鍛えている間は

強くても、

鍛えるのを止めてしまったら、

強さは誇れなくなる。

もっといえば、

順番をつけられて上の方にいるから

強いというものもあるが、

それも順番が入れ替わると、

強さではなくなることもある。

つまり、

強さの理由など不確実なものなのだ。

だからこそ、

強さで大口をたたくのではなく、

初期設定として強くあろうとする。

その努力を大切にすればいい。

そんな気持ちで

生きていけばいいと思う。

情熱が点火しせっかちになる

 

(今日のコトバ)

 

せっかちは、

情熱のある人の具体的行動である。

 

 

せっかちといわれる人がいる。

先を急ぐ人、落ち着かない人、

待つことの苦手な人といおうか。

だが、こうも考えられる。

決断が早い、行動が早い、

思い立ったらすぐに行動する人。

言葉の意味はいろいろあれど、

いつも思うのはせっかちな人とは、

後者の思い立ったら

すぐに行動する人のような気がする。

そして、特に企業の中にいると、

幹部になる人でせっかちでない人はいない。

すべて、「せっかち」な人といっていい。

では、なぜ幹部は「せっかち」なのか。

責任感、使命感、欲望等あるだろう。

ただ、いちばん思うのは情熱があること。

あきらかに一般社員より情熱がある。

その情熱が点火すると、

せっかちにならずいられない。

だから、まわりにいる人で

せっかちな人は

情熱のある人という視点で

付き合ってみる。

その情熱に共鳴できれば、

いい関係がつくれる。

熱く、意欲あふれる環境がつくれるはずだ。

 

期待を裏切った人にもご苦労さん

 

(今日のコトバ)

 

期待を裏切るということは、

期待されないより圧倒的上位概念。

 

 

「期待を裏切られた」と

口にすることがある。

まわりの人からもよく耳にする。

残念な結果になった。

思ったほどではなかった等。

捨てゼリフをいわれてしまう。

だが、ふと考えてみると、

期待を裏切ったということは、

期待していたということ。

つまり、その人に何かの力量を

感じていたということ。

だとしたら、

その人はある程度がんばっていた。

期待を裏切ったといっても、

勝手に期待したのは自分なのだ。

ある結果に届かなかっただけで、

その人は全力でがんばったかもしれない。

その人を切り捨てていいのだろうか。

立ち止まって考えると、

期待を裏切ったとは簡単にいえなくなる。

もっといえば、

期待をされてない人より、

圧倒的にがんばっている

可能性が高いのだ。

そう考えると、

期待を裏切った人にもご苦労さんと

いえる人でありたい。

そう思うのだ。

ひとつの遅刻は多大な迷惑

 

(今日のコトバ)

 

遅れてくる人は、

人の命の時間を削っているのです。

 

 

「肝心な時に遅刻だよ」

「あいはいつも時間に遅れる」等。

ケータイが普及し、

まったく連絡がつかないほどの

遅刻は減ったが、まだ、

時間にルーズな人は多い。

特に、遅刻に関しては、

いつも遅刻する人が同じだったりする。

本人は遅刻している意識はあるものの、

あまりワルいとも思っていなさそうでもある。

ただ、考えてみると、

時間が決まっているのに、

その時間にスタンバイできなければ、

まわりの人は被害を受ける。

調整をしなければならない場合、

謝りを入れなければならない場合、

無駄な時間が生まれてしまう場合等。

さらにいえば、

人の命の時間を

削らなければいけないという

考え方もできる。

だからこそ、不測の事態意外は

遅刻しないように生きる。

ひとつの遅刻が多大な迷惑を

かけていることを肝に銘じる。

遅刻しない意識を高めることは大切だ。

失敗に強いことと習慣化

 

(今日のコトバ)

 

失敗生まれ、習慣育ちは、強い。

 

 

成功する人の共通項を考えると、

みな失敗に屈さないことが挙げられる。

何度失敗しようと、

平気な顔で立ち上がる。

むしろ、失敗さえも

エンターティンメントとして

考えている節がある。

失敗への強さは

成功の源になっている。

さらに、もう一つ共通項を挙げるなら、

卓越したものはすべて

習慣化していること。

自分の武器と呼ばれるものは、

何年も、何十年も、習慣化し、

磨き続けている。

失敗に強いことと習慣化すること。

この二つの力を持つことで、

人は成功に近づいていく。

簡単なことではないかもしれないが、

誰にもできること。

もし、いま、成功したい夢があるなら、

トライしていくのも一つの方法だ。

 

正論の位置づけ

 

(今日のコトバ)

 

正論には、裏口を開けておこう。

 

 

誰にも自分の主張がある。

それを正論だと思って

生きていることもある。

正論。

正しい主張・意見。

だが、正論にはその前に隠れている

「自分の」という言葉を忘れてはいけない。

あくまでも自分においての正論。

ということは、

正論は人の数だけあるといってもいい。

もっというと、

自分の正論と他人の正論が

相反することも多々ある。

だからこそ、正論を述べる時は、

「自分としては、こう思う」という

言葉を添えて発言しよう。

100%間違いのない主張ではないことを

明解にする。

そして、自分の正論以外にも

聞く耳を持つことを表明する。

一方的な正論ではなく、

自分としての正論という位置づけ。

正論を大切にするために、

少しまわりのことも考えて発言しよう。

似ていない道をつくる

 

(今日のコトバ)

 

忍び足では、道をつくれない。

 

 

はじめに行動ありき。

悩み、迷い、考えるけど、

そこで止まったままではいけない。

とにかく、一歩踏み出す。

踏み出すことから

すべてが始まる。

そして、

その一歩一歩を踏み続けることが

道になっていく。

逆風もあるだろう。

荒波もあるだろう。

困難もあるだろう。

その時、ひるむことなく

踏みしめる一歩が道になる。

堂々との一歩、

恐る恐るの一歩、

いろいろな一歩がある。

どんな一歩でもいい。

ただ、足跡を残さないような

一歩は道にならない。

踏み出さななくてはいけない。

しんどくても

踏み出して前へ進む。

前へ進むことが道になる。

そう信じて邁進することが、

どこにも似ていない

道をつくることになると思う。