休日の前の日の至福

 

(今日のコトバ)

 

人生でいちばん安らぐ日は、

「明日が休日」の日です。

 

 

サラリーマンは、

一週間働くとヘトヘトになる。

そして、

「明日は休みだ」と思った時、

一週間分の至福を感じる。

誰でも感じていたことがあると思う。

土日が休みの人は、

金曜日の夜、仕事が終わった時、

やっと解放される気持ちは格別だ。

時々、その一瞬のために

仕事をしていると思えることもある。

人は、何かの目標に向かって、

がんばっていく。

だとしたら、「休日の前の日の至福」を

目指して生きていくのも、

モチベーション高く生きるための方法だ。

人生はたくさんしんどいことがある。

そのしんどさを忘れさせくるものを、

できるだけたくさん見つけておくのも、

上手に生きる方法だ。

 

逃げない人と勝負

 

(今日のコトバ)

 

戦う時は逃げない者を集めよ、以上。

 

 

ここ一番の勝負は、

本気の戦いになる。

最強の戦力で戦いたいものだ。

その時、最強とは何か。

もちろん、強い人、できる人を

集めることは大切。

だが、本気の勝負になった時、

それ以上の概念がある。

それは、逃げない人を集めること。

どんな困難に出会っても

逃げたりしない。

とにかく愚直に困難に対峙する。

しんどい状況であっても、

現場でなんとかしようとする。

そんな人が集まった組織は最強になる。

強い人がいても、できる人がいても、

逃げられた戦力にはならない。

自分の人生においても、

多少戦力的に弱いと思っていたチームだけど、

粘り強く逃げないメンバーがいる時は、

いい結果を出している。

戦い方には、考え方がある。

リーダーの方針もある。

ただ、何かここぞという勝負に、

逃げない人という基準で

人選するのもワルくない。

想像以上の結果を残すはずだ。

 

 

あえて余裕を持って生きる

 

(今日のコトバ)

 

人生は算数ではない。

今日の間違いを修正すれば、

明日、正解になることもある。

 

 

 

数字で割り切れないことばり、、、。

人生は予想外のことが起こっていく。

今日まで正解といわれたことが、

明日から不正解になることもある。

もっといえば、

今日の正解が今日のうちに不正解に、

今日の不正解が今日のうちに

正解になることもある。

人間は、そんな世の中を生きているのだ。

だからこそ、

今日の出来事に

一喜一憂しないことも大切。

あせらず捉える。のんびり捉える。

正解なんてない。

否、正解は変わる。

こんな世知辛い時代だ。

あえて余裕を持って

生きてくことも大切だ。

幸せとは、まあまあの暮らしであること

 

(今日のコトバ)

 

普通の人は、お金が足りないという。

お金持ちは、幸せが足りないという。

幸せな人は、普通がいちばんだという。

 

 

 

普通に生きている人は、

「もっとお金があったらいいなあ」と

思って暮らしている。

働けど、働けど、

何でも買えるほど稼げないし、

貯蓄もたまらない。

ただ、それでも仕事が順調だったり、

家族との団らんがあったり、

たまに外食したり、

晩酌できる暮らしは嫌いではない。

貧乏だがまあまあの暮らしだと思っている。

お金持ちは、お金はある。

買いたいものは、来年の税金は意識するものの

買うことはできる。

お金で解決できるものは、

何でも解決できる。

ただ、何かが足りない。

お金があるゆえの不安、

猜疑心、プレッシャー、、、。

お金持ちも大変だ。

そう考えると、

普通の暮らしをしている人も、

それほどワルい暮らしではない。

お金が潤沢にあるわけではないが、

まあまあの暮らしをしている。

普通の暮らしをしている。

つまり、それは、

幸せな暮らしをしている、

といっていいのではないだろうか。

人生は、人それぞれその人生がある。

お金があるにこしたことはない。

だが、お金持ちの暮らしも大変。

もっといえば、幸せはお金だけではない。

そう考えると、

まあまあの普通の暮らしも、

十分幸せな暮らしといえる。

年をとるとそう思うのだ。

アイデアを丸くするな

 

(今日のコトバ)

 

 

みんなの意見を聞いていたら、

まったくおもしろくない提案に

なりました。

 

 

 

アイデアを提案する。

あれやこれや考えて、

いいアイデアをつくろうとする。

この時、大きなミスをすることがある。

独善的になって、自分のアイデアは

完璧だと押し通す場合。

あまりにもまわりの目を無視すると、

お門違いのアイデアをつくってしまう。

だが、それよりもっとワルいものがある。

ひとつのアイデアをみんなで吟味し、

みんなのアイデアを取り入れること。

せっかく、粗削りでも新しい芽があるものを

みんなで丸くして、つまらないアイデアにする。

みんなで吟味することが、

すべてワルいわけではない。

ただ、人が増えれば増えるほど、

アイデアは丸くなる。

なぜなら全体の平均をとろうとするからだ。

だからこそ、アイデアを決める時、

たくさんの人を介さない方がいい。

斬新なアイデア、いいアイデアのために、

人を増やして合議するのはやめよう。

失敗や間違いが人生の糧になる

 

(今日のコトバ)

 

あなたの失敗の数が、

あなたをかっこよくした。

あなたの間違いの数が、

あなたを美しくした。

失敗も間違いも、

すべてあなたに必要だった。

 

 

 

生きていれば、

たくさんの失敗と間違いをする。

失敗に傷つき、

間違いに頭を抱えたこともあっただろう。

だが、それら一つ一つの経験は、

人生で考えると自分の実になってきた。

失敗があったからこそ、

間違いがあったからこそ、

自分が成長した。

そして、いまの自分があるといえる。

だからこそ、

失敗や間違いを前向きに捉えよう。

その数が、

その一つ一つが人生の糧になる。

そう信じて生きていければ、

人生はもっともっと豊になるはずだ。

健康のふりをしないように生きる

 

(今日のコトバ)

 

いつでも臆病。ときどき仮病。

健康優良児だけでは健康でいられない。

 

 

現代は、超ストレス社会。

オンラインが定着したといっても、

自宅まで仕事が追いかけてくる

世の中ともいえる。

仕事が目の前にあれば、

いつも元気でいられないこともある。

そんな時にカラダを傷めず、

心が折れないように生きることも大切。

例えば、少し臆病に生きてみる。

特に、カラダのメンテナンスは

早め早めがいい。

臆病なぐらいカラダの調子とチェックする。

心のバランスがよくない時は、

仮病ではないにしても、

少しぐらいズルく休んでもいい。

健康を意識する。

健康のふりをしないようにするのだ。

時に、ゆっくり。

時に、避けながら、

自分の心とカラダの調子を整える。

健康に生きるために必要なことだ。

幸せを数えて生きる

 

(今日のコトバ)

 

人は小さいけれど

無数の幸せを持っている。

その幸せは、

いつか大きな不幸がやってきた時、

わがもの顔をさせないために、

力を合わせて守ってくれるんだ。

 

 

 

幸せを意識しない時ほど、

幸せな時だという。

たしかに、幸せを考える時は、

幸せな状態ではない気もする。

だが、幸せは思った以上にたくさんある。

一度、数えてみるばわかる。

あれもこれも幸せだと感じるはずだ。

無事、朝を迎えただけでも幸せ。

晴れただけでも幸せ。

食事がおいしいだけでも幸せ。

もちろん、その日に朗報があれば幸せ、、、。

無数にある。

仮に、よくないことが起こった時、

この幸せの数を思い返す癖をつけると、

ちょっとだけよくないことを

跳ね返せることができる。

幸せを数えて生きる。

人生のリスクに少しだけ役立つ行為だと思う。

目標クリア基準は、幸せになること

 

(今日のコトバ)

 

勝利を目標にしてきたのに、

勝ってしまうと、

ほんとうの目標は、

幸せであることに気づいてしまうんだ。

 

 

 

何かに勝利したり、

何かを達成したりした。

その瞬間は、気持ちよかったり、

達成感があったりする。

だが、少し時間が経つと、

何だかむなしくなる。

そんなことがある。

勝ったのに、達成したのに、

状況は変わらず

自分以外が喜んでいない。

結果を出したのに、

何かが自分に届かない。

それは何か。

一言でいってしまうと

幸せになる。

喜んで、満足して、

望んだ状況にステップアップする。

まわりの人もこの状況を喜んでくれる。

そうなれば、幸せになれる。

勝利の、達成のご褒美が、

ちゃんと届いたことになる。

そう考えると、

あらゆる目標は幸せになることと

定義していい。

もし、その目標をクリアしても

幸せになれないなら意味はない。

目標クリア基準は、幸せになること。

そこを目指して生きていこう。

 

それでも希望を探している

 

(今日のコトバ)

 

どんなに転んでも、

どんなに倒れても、

どんなに傷ついても、

立ち上がったら、

もう希望が前を歩いている。

 

 

人生は、いいことばかりではない。

転んだり、

倒れたり、

傷ついたり、、、。

つらい状況に陥ることは多々ある。

生きている以上、

人はそのたびに立ち上がってきた。

では、なぜ立ち上がれたのか。

それは、いつも希望があったからに他ならない。

何かのために、

誰かのためにという気持ちが、

希望につながっていたのだ。

そして、人の心は、

常に希望を求めるようにできている。

考えてみると、

どんな状況になっても、

どこかで希望を探している。

大きい小さい、

深い浅いあるかもしれないが、

それでも希望を探している。

だからこそ、

生きるための希望を大事にしよう。

どんな状況でも希望がある。

希望がついてくる。

そんな人生を

忘れずに生きていきたい。