思うようにならない自由

(今日のコトバ)

 

人生は、思うようにならない自由である。

 

 

 

 

自由である、と思う。

意思のある方向へ生きていけるし、

束縛されてがんじがらめになってる訳ではない。

ただ、その自由が無制限の自由かというと、

そうともいえない。

不自由ではないのは確かなのだが、

すべてが思うようになる訳ではない。

どこかで何か見えないものにとらわれて、

どこか息苦しかったりする。

もちろん、仕事のように自分だけでは

どうにもならないこともある。

だが、そういうものとは別に、

何かにとらわれている気がする。

実は、それが人生だったりする。

人生には、見えないことが

たくさんうごめいている。

夢、希望、愛、、、、。

絶望、苦しみ、嫉妬、、、、。

いろいろな思いが人生を

思いもよらない方向へ導いていく。

それでも、自由がある。

だからこそ、人生は面白い。

毎日が違って、

明日が新しくて、

生きていくのに値する。

人生は、思うようにならない自由なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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才能を披露せよ!

(今日のコトバ)

 

どんな才能だって、

ほめられなければわかりません。

 

 

 

 

自分にどんな才能があるか。

日々、生きていて、

他の人より秀でているものがある。

他の人に負けないものがある。

そんなことが自信になって、

才能を認識するのではないか。

ある有名なデザイナーが、

子供の時に「絵が誰よりも上手い!」と

ほめられていたということを聞く。

プロ野球選手が

小学校の頃、80mを超える遠投ができて

驚かれたと聞く。

もう最初から違って、

自分は別次元だと認識するから、

才能があると思うのだ。

だが、こういう話もある。

「中学までは天才といわれたが、

高校へ入ったら、凄い奴だらけで、

自分なんてたいしたことなかった」と。

結果、その才能があると思った道を

断念してしまうこともある。

つまりは、才能とはまわりと比較して

理解するもの。

だからこそ、自分ができると思ったものは、

どんどん人々に披露してみる。

まわりの人の反応を見てみる。

そこで、ほめられたり、驚かれたら、

才能があるかもしれない。

自分で磨くべき才能を

知ることができるかもしれない。

人の前で才能を披露するのは、

自分の目指すべき道を

知ることができるかもしれない。

才能を披露することは、

人生にとって大切なことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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みんな今日の新人

(今日のコトバ)

 

 

人生は踏み出した足にしかわからない。

足は命の代走者なのだ。

 

 

 

 

今日のことは、わからない。

どんなに考えても、必ず、誤差が生まれて、

何か新しい体験がある。

ただ、とにかく一歩を踏み出すことで、

人生の今日という日がはじまる。

ある意味、毎日、出たとこ勝負でもある。

もちろん、日々のプレッシャーが、

大きい人、小さい人いるだろう。

大きいことでも気にならない人、

小さいことでも気になる人いるだろう。

だが、今日というまったく新しい日がはじまる。

考え方のよっては、どうにでも色づけられる。

反対に、何もしないで時間を過ごすこともできる。

どちらも、今日という一日の使い方だ。

出たとこ勝負、即興、臨機応変、、、、。

自分の持っている昨日までの能力で

今日を乗り越える。

そう思うと、これからはじまることを、

細かく考えすぎても仕方ない。

みんな今日という日の新人なのだから、

とにかく一歩踏み出せばいい。

そう思うと、少しだけ今日がワクワクしてくる。

今日を楽しんでしまえばいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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人は前向きにできている

(今日のコトバ)

 

つま先は、いつも前だけ見ている。

 

 

 

 

もうどうしようもないことだが、

人の体は前方だけ見ている。

どんなに後向きな時も、

どんなに落ちこんでいる時も、

どんなに苦しい時も、

前方だけ見ている。

つま先から一歩踏み出せば前進することになる。

ただの人間の機能といってしまえば

それまでだが、

人間は前進するようにできていると考えれば、

これほどわかりやすいものはない。

体全体が前を向いて、

とにかく前進するようにできている。

そう思うと、

前向きに物事を捉える生きものともいえる。

時に、後向きになったり、落ちこんだり、

苦しんだりすることもあるけれど、

人間は前向きに戻る。必ず戻る。

そういう機能にできていると自分で設定しまえば、

何か自分が停滞している時に、

気持ちをリセットすることができる。

少しだけかもしれない。

すべての停滞感を払拭はできないかもしれない。

だが、自分が前向きにできていると思うと、

少しだけ前向きに生きられる。

一歩踏み出す気持ちになれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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いい準備は、いい仕事を生む

(今日のコトバ)

 

準備は、本番決行した後も続いていく。

 

 

 

本番のために、準備をしてきた。

コツコツと、必要なことをやり遂げた。

完璧に近い形で準備が終了。

そして、本番決行。

いいスタートだ。

ただ、忘れてはいけないことがある。

準備は、スタートしてからも続いていく。

本番が始まれば、

また、やらなければいけないことが生まれる。

本番が進むにつれ、

新しい課題が生まれる。

同時に、準備しなければならないことが発生する。

準備がこれでいいと思うのは簡単だが、

これで終わりというのは本番中はない。

つねに準備の連続。

そして、いい準備ができればできるほど、

いい仕事ができる。

本番中の様々な問題を未然に防ぎ、

物事がスムーズに進んでいく。

こちらの思い通りの本番ができる。

もちろん、時間の制約や環境の状況もあって、

100%の準備ができない時もある。

それでも、準備を怠わらず進行することは、

いい仕事の条件。

とにかく、物事の本番が終わるまで、

準備は続ける。

いい仕事をするには、

忘れてはいけないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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人の温かさは、また別の尺度

(今日のコトバ)

 

いい人でも、冷たい人はいる。

悪い人でも、温かい人はいる。

 

 

 

 

 

「人がいいな」とか、

「いい人だなあ」といわれる人がいる。

何か要領が悪く、割りをくってしまったり、

文字通り、人のためにいいことをしようとしたりする。

ただ、いい人だから、人として温かいかというと、

それは別だったりする。

出来事に対して、人のいい対応をするのであって、

人に温かい対応をするとも限らない。

このへんが混同してしまうことがある。

だから、いい人だと思うと、

優しくて、温かいと思って、

必要以上に依存してしまう。

反対に、「悪い奴だ」といわれる人が、

付き合ってみると、

ほんとうに親身になってくれて、

人に温かい人がいる。

例えば、田中角栄などその筆頭かもしれない。

悪さの基準は難しいが、

希代の悪である彼の、

その人柄、その人の温かさは誰もが認めるところ。

困った人には

優しい手を差し伸べることでも有名だった。

一例だが、こんな人が世の中にもたくさんいる。

嫌われていても、威張っていても、

そして、悪いといわれていても、

人としての温かさ、人としての優しさは、

また別の尺度。

そのことを理解しておくべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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外面の自分をほんとうの自分に戻せ

(今日のコトバ)

 

もう一人の自分が

執行猶予を与えている間に、

ほんとうの自分を取り戻せ。

 

 

 

生きていると、

外面とは違う、

もう一人の自分がいることに気づく。

時に冷静だったり、

時に本音だったり、

時に良心だったり、

飾っていない自分、

嘘でない自分がいる。

素の自分とでもいおうか。

この素の自分と外面が

あまりにもかけ離れていると、

生きることが苦しくなる。

自分が自分を信じられなくなり、

自分が自分をコントロールできなくなる。

そうなる前に、

外面の自分を素の自分に戻す。

人間は反省しながら

自分の生き方を正しい道に戻せる生きもの。

そして、外面というもう一人の自分が、

素の自分に近づくために

執行猶予の時間もたいがいある。

その反省をきっちりやる。

やらないでまったく違う二人の自分を持つと、

自分の生きる道がわからなくなる。

自分が生きることが苦しくなる。

素の、ほんとうの自分で生きるように、

反省をしながら生きていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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好きが導いてくれる

(今日のコトバ)

 

好きを捨てると、自分が嫌いになってしまう。

 

 

 

 

自分が好きだと思っているものを、

嫌いになってしまうと、

自分のストロングポイントがなくなってしまう。

好きなところが武器にならなくなる。

錆びてしまって、いい働きをしなくなる。

自分にストロングポイントがないと思うと、

自分自身が信じられなくなる。

結果、自分が好きではなくなる。

経過はいろいろある。

なぜ、嫌いなったか。

人それぞれだ。

ただ、一度、自分の機能で好きになったものは、

大切に持っておくべきだ。

その好きなものが人生のさまざまな状況で、

自分を救ってくれる。

その好きなものが人生のさまざまな状況を、

有意義なものにしてくれる。

いまの自分があるのは、

自分が好きなものが導いてくれている。

そのことを忘れてはいけない。

好きなものは自分のストロングポイントなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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プライドと認定できるプライド

(今日のコトバ)

 

敗北がどれだけ続いても、

下を向かないものをプライドという。

 

 

 

どんな状況にあっても、

どんな結果であっても、

自分の気持ちが揺らがないもの。

誰かに何かをいわれても、

誰かに何かをされても、

自分の気持ちが変わらないもの。

確固たる意志を持ちブレないものこそ、

本当のプライドという。

ちょっと実績をつくったからといって、

すぐに自慢するものは、

まだ、プライドとして自分に根付いていない。

ましてや、なんの根拠もなく、

自信を持っているものなど、

プライドではない。

そう考えると、

プライドと認定できるプライドは、

それほど多くない。

自分の中あるどこに出しても

恥ずかしくないもの。

いくらフィルターをかけても

自信がある。

それこそが、プライドの条件なのだ。

いま、自分が誇るもので、

本当に自信をもって揺らがないものは何か。

そのフィルターを通ったプライドを持つ。

自分が納得するプライド、

誰もが納得するプライドは、

カッコいい。そして、尊敬される。

本物のプライドといえるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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人生が停滞している時間を短縮する

(今日のコトバ)

 

終わりは、終わりではない。

必ずはじまりの産声をあげている。

 

 

 

一つの出来事が終わった。

結果が惨敗で、喪失感だけが残ることがある。

人生の終止符が打たれたような気持ち。

立ち直ることができそうにない気持ち。

敗北すると、失敗すると、

そんな気持ちになる。

ただ、生きている以上、

すべてが終わってしまうことはない。

一つの出来事が最後になっただけで、

人生の最期ではないのだ。

そして、必ず、一つの出来事の終わりには、

何かがまた始まっている。

失敗したら、成功するために。

負けたら、勝つために。

病気になったら、治すために。

新しい目的が、すぐその場から生まれている。

そう思うと、一つの出来事が終わった時、

「なるべく早く上を向いて行動せよ」

といわれているような気もする。

もちろん、敗北感、喪失感があって、

いつも通りにとはいかないかもしれない。

だが、なるべく早く自分のペースに戻す。

その気持ちを忘れてはいけない。

それだけで、人生はもっと充実したものになる。

人生が停滞している時間を短縮する。

それができる人とできない人の差が人生の差になるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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